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西脇市めぐりの続きです。<br />今回の目的は、黒田官兵衛関係の場所を訪ねることでした。<br /><br />黒田官兵衛は姫路で出生したというのが通説のようですが、<br />この西脇で官兵衛が出生したという説もあります。<br />また、官兵衛に関しての遺蹟もあって、そのあたりを周ってみました。<br /><br />大河ドラマで軍師 黒田官兵衛、かっこよかったです。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

兵庫さんぽ  西脇をめぐります♪(後)黒田官兵衛生誕の言い伝えのある遺蹟めぐり♪

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2026/01/17 - 2026/01/18

268位(同エリア268件中)

1

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hijuno

hijunoさん

この旅行記のスケジュール

2026/01/17

この旅行記スケジュールを元に

西脇市めぐりの続きです。
今回の目的は、黒田官兵衛関係の場所を訪ねることでした。

黒田官兵衛は姫路で出生したというのが通説のようですが、
この西脇で官兵衛が出生したという説もあります。
また、官兵衛に関しての遺蹟もあって、そのあたりを周ってみました。

大河ドラマで軍師 黒田官兵衛、かっこよかったです。






旅行の満足度
4.5
観光
4.5
グルメ
4.5
同行者
家族旅行
交通手段
自家用車 徒歩
  • 西脇市めぐりの続きです。<br /><br />前回の、羽柴秀吉の腰掛の石といわれるところ、小高い丘のようになっていて、そこからすぐそばにある池、、<br />そして、その奥に社殿が見えました。<br /><br />

    西脇市めぐりの続きです。

    前回の、羽柴秀吉の腰掛の石といわれるところ、小高い丘のようになっていて、そこからすぐそばにある池、、
    そして、その奥に社殿が見えました。

  • 駐車場に車を置きます。<br />池の側にある鐘楼が美しかった~

    駐車場に車を置きます。
    池の側にある鐘楼が美しかった~

  • 兵主神社です。<br /><br />拝殿が安土桃山時代のもので、美しいと聞いていました。

    兵主神社です。

    拝殿が安土桃山時代のもので、美しいと聞いていました。

  • 由緒ある神社です。<br /><br />784年の創建。<br />羽柴秀吉が三木城を攻める際に、黒田官兵衛が必勝祈願で寄進、拝殿は奉納金で改築されたものだそうです。<br /><br />

    由緒ある神社です。

    784年の創建。
    羽柴秀吉が三木城を攻める際に、黒田官兵衛が必勝祈願で寄進、拝殿は奉納金で改築されたものだそうです。

  • 拝殿。1591年に改築されたもの。<br /><br />茅葺き入母屋造、長床式というスタイルで、安土桃山時代の建築様式だそうです。

    イチオシ

    地図を見る

    拝殿。1591年に改築されたもの。

    茅葺き入母屋造、長床式というスタイルで、安土桃山時代の建築様式だそうです。

    兵主神社 寺・神社・教会

  • ちょっと、もどって、、、山門?も、素朴ながら、威厳のある雰囲気でした。

    ちょっと、もどって、、、山門?も、素朴ながら、威厳のある雰囲気でした。

  • 随神でしょうか~

    随神でしょうか~

  • 左右にあります。

    左右にあります。

  • 拝殿の中。

    拝殿の中。

  • 茅葺きの屋根が実にみごとです。

    茅葺きの屋根が実にみごとです。

  • 屋根の下の樹々も古いもので、時代を感じました~

    屋根の下の樹々も古いもので、時代を感じました~

  • 本殿に続きます。

    本殿に続きます。

  • とてもシンプルですけれど、力強さを感じました。

    イチオシ

    とてもシンプルですけれど、力強さを感じました。

  • 説明板があります。<br /><br />秀吉の必勝祈願、奉納金をした黒田官兵衛に関する説明でした。<br />当時、もう46歳、当時としては高齢ですよね。。

    説明板があります。

    秀吉の必勝祈願、奉納金をした黒田官兵衛に関する説明でした。
    当時、もう46歳、当時としては高齢ですよね。。

  • 拝殿の説明もありました。<br /><br />貴重な拝殿です。

    拝殿の説明もありました。

    貴重な拝殿です。

  • なんだか、神々しい雰囲気でした。

    イチオシ

    なんだか、神々しい雰囲気でした。

  • 前の方には、池があります。

    前の方には、池があります。

  • 境内にありました。<br />牛を祀っている、、天神さまかな、、

    境内にありました。
    牛を祀っている、、天神さまかな、、

  • こちらも。<br />可愛い表情してました。

    こちらも。
    可愛い表情してました。

  • 安土桃山の時代から~

    安土桃山の時代から~

  • つぎに黒田官兵衛の出生の地を訪ねます。<br /><br />まず、黒田城址へ。<br />中世戦国時代の山城。<br /><br />黒田城は、宗家をついだ、黒田官兵衛の兄の治隆の時代に、<br />石原掃部助と丹波の赤井氏の連合軍にお城を攻められ、落城。<br />こちらの黒田氏は絶えてしまったといわれているそうです。<br /><br /><br /><br />

    つぎに黒田官兵衛の出生の地を訪ねます。

    まず、黒田城址へ。
    中世戦国時代の山城。

    黒田城は、宗家をついだ、黒田官兵衛の兄の治隆の時代に、
    石原掃部助と丹波の赤井氏の連合軍にお城を攻められ、落城。
    こちらの黒田氏は絶えてしまったといわれているそうです。



  • この神社の鳥居から石段を登って、上にいくと、城址になるようですが<br />全体の城郭は不明のようです。<br /><br />

    この神社の鳥居から石段を登って、上にいくと、城址になるようですが
    全体の城郭は不明のようです。

    黒田城跡 (黒田庄町黒田) 名所・史跡

  • 神社いりぐち、小さな川があって、橋もかかってます。

    神社いりぐち、小さな川があって、橋もかかってます。

  • そして、神社の下の道を歩いていくと、(車を停めておくところがみあたらず、、ひとりで、ポチポチ歩いて、出生の地を探します。。)<br />

    そして、神社の下の道を歩いていくと、(車を停めておくところがみあたらず、、ひとりで、ポチポチ歩いて、出生の地を探します。。)

  • すると、遠くに、姥が懐(うばがふところ)という、看板のようなものがみえました。<br />ここに、地元の有志の方によって建てられた、黒田官兵衛出生の地の石碑があるそうです。<br /><br /><br />行き方を近隣の方にきいてみましたら、<br />「もう、なんにもないよー」みたいなお返事で、行き方も、不明で、<br />遠くから眺めただけ。<br /><br />もう雑草が生えて、どこから歩いてよいのかわからない状態でした。。<br /><br />このあたりで、官兵衛が出生、そして邸宅の跡ともいわれています。

    すると、遠くに、姥が懐(うばがふところ)という、看板のようなものがみえました。
    ここに、地元の有志の方によって建てられた、黒田官兵衛出生の地の石碑があるそうです。


    行き方を近隣の方にきいてみましたら、
    「もう、なんにもないよー」みたいなお返事で、行き方も、不明で、
    遠くから眺めただけ。

    もう雑草が生えて、どこから歩いてよいのかわからない状態でした。。

    このあたりで、官兵衛が出生、そして邸宅の跡ともいわれています。

    姥が懐 (黒田官兵衛生誕地) 名所・史跡

  • そして、生誕の地の石碑は近くの道路沿いにも。

    イチオシ

    そして、生誕の地の石碑は近くの道路沿いにも。

  • 遠くから観た、黒田城のあったあたり。

    イチオシ

    遠くから観た、黒田城のあったあたり。

  • そして、多田構居跡というのが近くにあります。<br />多田城址ともいわれています。<br /><br />黒田城の山の下にあった城主居館と家臣団の屋敷の跡だそうです。<br />

    そして、多田構居跡というのが近くにあります。
    多田城址ともいわれています。

    黒田城の山の下にあった城主居館と家臣団の屋敷の跡だそうです。

  • スマホマップ頼りにたどっていきます。。

    スマホマップ頼りにたどっていきます。。

  • いまは、マンション、駐車場になっていて、もう遺構はありませんでしたが、説明板がありました。

    いまは、マンション、駐車場になっていて、もう遺構はありませんでしたが、説明板がありました。

  • 川が近くに流れていて、こんもりとした樹々の茂っている場所もありました。

    川が近くに流れていて、こんもりとした樹々の茂っている場所もありました。

  • さきほどの、神社近く、道沿いにある、黒田官兵衛生誕の地の大きな石碑を通りすぎて、荘厳寺を目指します。<br /><br />このお寺には、黒田家の略系図が公開されているそうで、そちらを見学します♪

    さきほどの、神社近く、道沿いにある、黒田官兵衛生誕の地の大きな石碑を通りすぎて、荘厳寺を目指します。

    このお寺には、黒田家の略系図が公開されているそうで、そちらを見学します♪

  • 途中、背中に十字架が彫られたキリシタンお地蔵様に会います。<br /><br />お顔は石を乗せているようです。

    途中、背中に十字架が彫られたキリシタンお地蔵様に会います。

    お顔は石を乗せているようです。

  • はっきり、十字架がみえました。<br /><br />こちらのお地蔵様は江戸時代、キリスト教禁教令のころに建てられたそうです。女性を供養したもので、戒名もありました。<br />キリスト教弾圧のころの厳しい時代をおもいました。<br />そんな時代を生き抜いた人もいたのですねー<br /><br />黒田官兵衛はクリスチャンでしたから、何か、関係があるのかな、、<br />以前西脇で別の場所でも、十字架のあるお地蔵様をみました。

    はっきり、十字架がみえました。

    こちらのお地蔵様は江戸時代、キリスト教禁教令のころに建てられたそうです。女性を供養したもので、戒名もありました。
    キリスト教弾圧のころの厳しい時代をおもいました。
    そんな時代を生き抜いた人もいたのですねー

    黒田官兵衛はクリスチャンでしたから、何か、関係があるのかな、、
    以前西脇で別の場所でも、十字架のあるお地蔵様をみました。

  • 荘厳寺の駐車場に到着しました。<br /><br />

    荘厳寺の駐車場に到着しました。

    荘厳寺(多宝塔) 寺・神社・教会

  • 黒田氏と黒田城の説明板がありました。<br />

    黒田氏と黒田城の説明板がありました。

  • 荘厳寺の説明。<br />7世紀に建立の歴史の古いお寺です。

    荘厳寺の説明。
    7世紀に建立の歴史の古いお寺です。

  • イラストでわかりやすいお寺の説明。。<br /><br />今回、時間がなくて、本堂や多宝塔のほうに、行けなかったのが、<br />心残り。<br />

    イラストでわかりやすいお寺の説明。。

    今回、時間がなくて、本堂や多宝塔のほうに、行けなかったのが、
    心残り。

  • 西脇のガイドも。<br />おもしろそう。<br />もっと、いろいろ回ってみたいな&#12316;

    西脇のガイドも。
    おもしろそう。
    もっと、いろいろ回ってみたいな〜

  • まず、駐車場近くの持仏堂へ。

    まず、駐車場近くの持仏堂へ。

  • 持仏堂。

    持仏堂。

  • 石庭が端正で美しい。

    石庭が端正で美しい。

  • 苔むした石段を上っていきます。

    イチオシ

    苔むした石段を上っていきます。

  • 石仏も古い時代のもののよう。

    石仏も古い時代のもののよう。

  • 家系図のあるところへ。

    家系図のあるところへ。

  • こちらの建物の中に家系図が展示されています。

    こちらの建物の中に家系図が展示されています。

  • 拝観料はこちらへ。

    拝観料はこちらへ。

  • 展示室に入ると、電気が自動的につきました。

    展示室に入ると、電気が自動的につきました。

  • 黒田官兵衛に関しての資料があちこちに。

    黒田官兵衛に関しての資料があちこちに。

  • 展示室のなか。<br />家系図に年代が書かれていました。

    展示室のなか。
    家系図に年代が書かれていました。

  • お寺の説明、写真など。

    お寺の説明、写真など。

  • 黒田官兵衛に関しての遺蹟の説明。右下にある、比延山城は、黒田官兵衛の母 於松の出身の地(城主の娘)といわれているそうです。<br />

    黒田官兵衛に関しての遺蹟の説明。右下にある、比延山城は、黒田官兵衛の母 於松の出身の地(城主の娘)といわれているそうです。

  • 黒田家の家系図です。

    黒田家の家系図です。

  • 家系図の概要がありました。

    家系図の概要がありました。

  • 複製のようですが、家系図がありました。<br /><br />こちらの家系図は、歴代の黒田城主9代と8代目城主までの正室の御霊を弔う願文として、黒田官兵衛の母の出生地であると伝わる比延山城主の末裔の勝岡嘉作氏によって1809年に奉納されたものです。<br /><br />黒田氏や黒田官兵衛の出自は現在の西脇市黒田庄町黒田であるときされています。<br />(荘厳寺のパンフレットより)

    複製のようですが、家系図がありました。

    こちらの家系図は、歴代の黒田城主9代と8代目城主までの正室の御霊を弔う願文として、黒田官兵衛の母の出生地であると伝わる比延山城主の末裔の勝岡嘉作氏によって1809年に奉納されたものです。

    黒田氏や黒田官兵衛の出自は現在の西脇市黒田庄町黒田であるときされています。
    (荘厳寺のパンフレットより)

  • 初代から

    初代から

  • 詳しく、代々の黒田氏がつづきます。

    詳しく、代々の黒田氏がつづきます。

  • 最後の黒田城主 黒田治隆は黒田官兵衛のお兄さん。9代城主です。<br />在位はわずか5年だったようです。<br /><br />黒田官兵衛の名前もみえます。<br />孝隆、、姫路を守るとみえました。

    最後の黒田城主 黒田治隆は黒田官兵衛のお兄さん。9代城主です。
    在位はわずか5年だったようです。

    黒田官兵衛の名前もみえます。
    孝隆、、姫路を守るとみえました。

  • 黒田官兵衛ファンにはたまらない展示室だとおもいました。

    黒田官兵衛ファンにはたまらない展示室だとおもいました。

  • 静かなお寺です。

    静かなお寺です。

  • 山の中の静かで美しいお寺でした。<br /><br />上のほうにある本堂と多宝塔は次回にお邪魔することにしました♪

    山の中の静かで美しいお寺でした。

    上のほうにある本堂と多宝塔は次回にお邪魔することにしました♪

  • お昼になって、近くの中華のお店へ。<br />

    お昼になって、近くの中華のお店へ。

    豊源 グルメ・レストラン

  • ここはチェーン店みたいで、以前もボリュームのある中華を食べました。

    ここはチェーン店みたいで、以前もボリュームのある中華を食べました。

  • 孫1号のお子様ランチ♪<br />ポテトはみんなでいただきます♪<br /><br /><br />

    孫1号のお子様ランチ♪
    ポテトはみんなでいただきます♪


  • 夫の定食。<br />これまた、量がはんぱない。。

    夫の定食。
    これまた、量がはんぱない。。

  • 私はこの冷麺が嬉し過ぎて,、<br />この時期、冷麺ってないですよねー<br />冷麺だけで、一人分っていう量。<br /><br />冷たく、美味しかった♪♪<br /><br />お隣の天津飯はさすがに食べれませんでした。。<br />男子二人がたべてくれました。<br /><br />

    私はこの冷麺が嬉し過ぎて,、
    この時期、冷麺ってないですよねー
    冷麺だけで、一人分っていう量。

    冷たく、美味しかった♪♪

    お隣の天津飯はさすがに食べれませんでした。。
    男子二人がたべてくれました。

  • 帰り道、川は加古川なんですが、<br />この少し上流にあがったところが、松ヶ瀬といわれるところ。<br /><br />言い伝えによると、<br /><br />官兵衛たちが居た多田城が攻められた際に、家老が幼い官兵衛と母親をこの川を渡らせ逃がしたといわれていますが、増水した川で母親の於松は溺れて亡くなったといわれています。<br />官兵衛は姫路へ。<br /><br />それで、このあたりを母親の名前にちなんで、松ヶ瀬というのだそうです。<br /><br /><br /><br />

    帰り道、川は加古川なんですが、
    この少し上流にあがったところが、松ヶ瀬といわれるところ。

    言い伝えによると、

    官兵衛たちが居た多田城が攻められた際に、家老が幼い官兵衛と母親をこの川を渡らせ逃がしたといわれていますが、増水した川で母親の於松は溺れて亡くなったといわれています。
    官兵衛は姫路へ。

    それで、このあたりを母親の名前にちなんで、松ヶ瀬というのだそうです。



  • おみやげ。<br />道の駅で買ったもの。<br />大きなシイタケ、めちゃくちゃおいしかったです♪♪

    おみやげ。
    道の駅で買ったもの。
    大きなシイタケ、めちゃくちゃおいしかったです♪♪

  • おネギも。<br />甘くておいしかった♪♪<br /><br /><br /><br /><br /><br />最後までお付き合いいただいて、ありがとうございます^^

    おネギも。
    甘くておいしかった♪♪





    最後までお付き合いいただいて、ありがとうございます^^

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この旅行記へのコメント (1)

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  • sukecoさん 2026/02/20 17:57:08
    西脇市めぐり♪
    hijunoさん、こんばんは~

    西脇市は黒田官兵衛ゆかりの街なのですね♪
    黒田官兵衛の生誕の地を探されたようですが、まさかの雑草。。。
    でも、立派な石碑は見られて良かったです~
    兵主神社、シンプルなのですが、ホント、神々しい!
    そして美しい(*´▽`*)
    茅葺きも立派で、迫力ありますね。
    池と太陽の光がより神聖の場という雰囲気に!!!
    背中に十字架を彫られたお地蔵様。
    やはり、クリスチャンの黒田官兵衛が関係しているのでしょうか?!
    西脇には多くのクリスチャンがいたのでしょうね。
    ランチの中華のボリュームにも興奮(*´ω`*)
    冷麺と天津飯、セットになっているのですか?
    なんて魅力的な!!
    お腹が鳴ってしまった(笑)

    暖かな週末になりそうですね。
    素敵な3連休になりますように。。。

     sukeco

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