2025/10/15 - 2025/10/15
54位(同エリア623件中)
かっちんさん
東京大学のある本郷台地。この台地から小石川の白山通りに向けていくつもの坂道があります。
文京区にはわかっているものだけでも115か所以上の坂道があります。
坂道には川があった所もあり、今は暗渠になっている川の流れを想像しながら歩くことができます。
地形的には武蔵野台地の東端にあり、台地と谷・低地をつなぐ道が坂道になっています。
本郷台地(海抜20m)と白山通り(海抜7m)の高低差13mあるスリバチ地形を歩きます。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・深田地質研究所、木村克己著「文京区本駒込周辺の地形を読み解く:本郷台の成り立ちと洪水・地震ハザード」
・@ART「サトル・タカダ」
・マピオン地図:海抜調査
・文京区観光協会「菊坂」
・文京ふるさし歴史館だより第18号「ぶんきょうには坂道がある」
・政府広報オンライン「金魚の魅力を350年伝える店」
・金魚坂のHP
・東京23区の坂「本妙寺坂」
・街あるき 坂道めぐり「菊坂下道」
・文京区「炭団坂」
・江戸町巡り「本郷真砂町」「本郷菊坂町」
・東京土木施工管理技士会「鐙坂」
・おかもとポンプ「手押しポンプ ZO-3/SUNTIGER」
・文京建築会ユース「本郷の老舗銭湯「菊水湯」の閉店」
・ウィキペディア「不思議の国のアリス」「炭団」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
「スリバチ地形散歩」の集合場所(時刻は10:30)
東京メトロ丸ノ内線「本郷三丁目」駅前に集合。
NHK学園オープンスクールに参加します。 -
「本郷の凹凸地形」(NHK学園の配布資料)
今日の散策ルートは、
「本郷三丁目→菊坂→西片公園→清水橋→安田講堂→三四郎池→竜岡門→水道歴史館」です。
東大前の本郷通り周辺の「本郷台地」から、都営三田線・白山通りの小石川へ向かっていくつもの坂道があります。 -
「江戸時代末期、今昔重ね地図」(NHK学園の配布資料)
広大な敷地は大名屋敷。
現在の東大付近は加賀金沢藩「前田家」、清水橋付近は三河岡崎藩「本多家」、西片公園は備後福山藩「阿部家」でした。 -
「明治18年頃の地図」(NHK学園の配布資料)
すでに東大の校舎があります。 -
では「スリバチ地形散歩」出発
最初に「本郷通り」に出ます。
東京と長岡を結ぶ国道17号であり、中仙道の一部です。
斜向かいにあるモニュメントは何だろう?
これは都市モニュメントを多数手がけるサトル・タカダ氏の作品「City Bridge」。
「人と人をつなぐ 人と街をつなぐ
人と未来をつなぐ
そんな思いをーこのCity Bridgeに」 -
案内板「本郷も かねやすまでは 江戸の内」
説明板によれば
『兼康祐悦という口中医師(歯科医)が、乳香散という歯磨き粉を売り出した。
大変評判になり、客が多数集まり祭りのように賑わった。
享保15年大火があり、防災上から町奉行(大岡越前守)は三丁目から江戸城にかけての家は塗屋・土蔵造りを奨励し、屋根は茅葺を禁じ瓦で葺くことを許した。
江戸の町並みは本郷まで瓦葺が続き、それからの中仙道は板や茅葺きの家が続いた。
その境目の大きな土蔵のある「かねやす」は目立っていた。
「本郷も かねやすまでは 江戸の内」と古川柳にも歌われた由縁であろう。』 -
さて、「最初の地形は?」(本郷三丁目交差点そば)
バスが停車しているあたりに「少しへこみ」があります。
地盤沈下かなと思ってたら、昔、川が横断し、橋が架かっていたとのこと。 -
案内板「別れの橋跡・見送り坂と見返り坂」(本郷三丁目交差点そば)
『加賀屋敷(現東大構内)から小川が流れ、菊坂の谷にそそいでいた。
ここに橋があり、江戸から追放された者が、この別れの橋で放たれ、南側の坂(本郷三丁目寄)で、親類縁者が涙で見送ったから見送り坂。
追放された人がふりかえりながら去ったから見返り坂といわれた。』 -
「暗渠となったと思われる路地」
-
「階段を下りて小川の流れていた川底あたりへ」
参加者の先頭で説明されている方が、講師の「皆川典久氏(東京スリバチ学会会長)」。 -
「川底あたりから菊坂へ」
本郷通りが海抜20m、この川底あたりが海抜19m。
1mを下がりました。 -
「菊坂を下ります」
本郷通りから西片1丁目まで、長くゆるやかな下り坂です。 -
「きくさかどおり」街路灯
菊坂なので家紋「十菊」のデザイン。 -
菊坂から右に入る路地「金魚坂」
「金魚坂」は約350年前に開店した金魚問屋に由来する通り。
かつてこの辺りには川が流れ、約2600平方メートルの大きな池もあったといいます。
この池を養魚場にして金魚問屋を営むようになったのが始まりでした。 -
「金魚を描いた陶板」(金魚坂)
金魚坂は、国内外の養魚場や市場から金魚を仕入れ、縁日の金魚すくいに使われるものから観賞用まで全国に卸しています。
2000年に夫を亡くし、経営を引き継いだ吉田さんは金魚文化を更に広めようと、卸売りに加えて小売販売を始めるのと同時に「カフェ金魚坂」をオープンさせました。 -
金魚をテーマにした「カフェ金魚坂」(金魚坂)
2024年3月、長年親しんでいた店舗から移転。店内は金魚をモチーフにしたグッズで溢れています。
また、お茶を楽しみながら葉巻も愉しめるところ。 -
「創業三五〇年 金魚坂」の表札(金魚坂)
フードメニューを見ると、「金魚坂特製黒カレー」「金魚坂とろろ御前 銀だらの西京焼き」など。
カフェメニューもあります。 -
「ブラフ積みの塀」
菊坂と並行した北側の道を歩いています。 -
「長泉寺への上り坂」(菊坂)
再び菊坂へ戻り、しばらく歩くと北側にある長泉寺へ向かう上り坂。 -
「本妙寺坂」(菊坂)
南側にある本郷小学校へ向かう上り坂「本妙寺坂」。
かつて本妙寺という寺があったので。 -
「菊坂下道」
本妙寺坂を少しだけ上った右側にある下り坂。
菊坂と並行し、菊坂から一段下がった「菊坂下道」を歩きます。
やはり下り坂で、かつての小川が暗渠になっています。 -
「菊坂への階段」(菊坂下道)
しばらく歩くと菊坂へ上がる階段があります。 -
ここは「菊坂町会」
「本郷菊坂町(ほんごう きくさかちょう)」は、長禄年間(1457-1464)~昭和40年(1965)までの町名。
町名はかつて菊を栽培する者が多く、一円菊畑があったことによります。 -
「ハサミを持った白ウサギ」の看板
童話「不思議の国のアリス」は、少女アリスが「白ウサギ」を追いかけて不思議の国に迷い込み冒険する話。
ここの「白ウサギ」は美容師だったのですね。
美容室の名前は「アリスの森」。
なるほど。。。 -
これから「炭団坂」を目指します
菊坂下道から左の路地に入り、住宅街が続きます。
「炭団(たどん)」とは、炭の粉末をフノリなどの結着剤と混ぜ、団子状に整形して乾燥させた真っ黒な燃料。
どんな坂だろう。。。 -
「エッホエッホ!」(炭団坂の急階段)
菊坂の谷から本郷台地へ上る「炭団坂の急階段」。 -
「炭団坂」案内板
名前の由来は「ここは炭団などを商売にする者が多かった」とか、「切り立った急な坂で転び落ちた者がいた」ということから付けられたといわれています。
特に雨上がりには炭団のように転び落ち泥だらけになったと思われます。 -
「高低差5mの急階段」(炭団坂)
炭団を転がしたら、コロコロコロっと一気に下まで落ちてしまいますね。
階段の海抜は、上が20m、下が15m。高低差が5mもあります。 -
「炭団坂」上の道
垂直な崖の上です。 -
イチオシ
「崖の下の住居」
炭団坂の谷に並ぶ建物。
ということは、ここには「崖の上のポニョ」がいるかも。。。 -
「上真砂町会」
崖の上を進むと「鐙坂(あぶみさか)」の「上真砂町会」に出ます。
このあたりの「本郷真砂町(ほんごう まさごちょう)」は、明治2年~昭和40年(1869-1965)までの町名。
町名の由来は「浜の真砂の限りないように(無限のたとえ)」と街の繁栄を願って命名。 -
イチオシ
「昭和の雰囲気が残る住宅」(鐙坂付近)
玄関に通じる敷石。
軒下には植木鉢が並び、季節を感じる花が彩ります。 -
「坂道に建つ木造家屋」(鐙坂)
下見板張りの板壁に、2階の窓には欄干と雨戸を収納する戸袋。
玄関は坂道から階段を上がったところです。 -
「大谷石積み」(鐙坂)
坂道に建つ木造家屋の土台です。
鐙坂の由来は、坂下の逆L字形の道筋が鐙の形に似ているからとか、江戸時代に近くに鐙を作る職人の子孫が住んでいたとかによります。
鐙とは馬の鞍にさげて、乗馬者が足を入れる馬具のこと。 -
「文京シビックセンター」(鐙坂からの眺め)
イルカの口みたいですね。 -
「路地の入口にある門」(鐙坂)
鐙坂の右側にある門をくぐり、「樋口一葉菊坂旧居跡」へ向かいます。
門には木戸があったのでしょうか。 -
「小高い石積み」(樋口旧居跡路地)
-
途中で左に曲がると「再び門」(樋口旧居跡路地)
もう一つの出入り口。 -
「門の先は急な階段」(樋口旧居跡路地)
-
本郷の谷に建てられた「樋口一葉菊坂旧居跡」(ふり返った景色)
階段に沿って斜面に建てられた木造家屋です。 -
イチオシ
旧居跡から続く「石畳の道」
路地の先は「菊坂下道」。 -
イチオシ
菊坂下道をしばらく歩くと「三階建ての木造家屋」
階段を上がったところは「菊坂」。
「菊坂」から入れば二階建て地下一階。 -
鬼瓦「菊水」(菊坂下道)
ここには明治中期創業の「菊水湯」があったところ。
良質の井戸水と薪で沸かされている温泉のようなお湯。
2015年に閉店となりました。
銭湯の歴史は鬼瓦「菊水」の文字に残されています。
当時の菊水湯の様子は文京建築会ユース2015年9月13日にてご覧になれます。
https://bunkyoyouth.com/2015/09/13/%E6%9C%AC%E9%83%B7%E3%81%AE%E8%80%81%E8%88%97%E9%8A%AD%E6%B9%AF%E3%80%8C%E8%8F%8A%E6%B0%B4%E6%B9%AF%E3%80%8D%E3%81%AE%E9%96%89%E5%BA%97/ -
「植木鉢を並べる木造家屋」(菊坂下道)
左側の路地に入ります。 -
「下見板張りの板壁」(路地)
-
イチオシ
本郷の谷にある「古井戸」(路地)
現在は防災協定井戸になっています。 -
「昔ながらの手押しポンプ」(路地)
おかもとポンプ(株)が製作している「SUN TIGER PUMP」。
水の出口は3方向(下方、上方、水平)への転換が可能。
直立しているハンドルを90度押し下げ・引き上げを繰り返すと井戸水を吸い上げます。 -
「鐙坂から下りてきた通り」
路地から鐙坂の通りに出たので、右へ曲がり白山通りへ向かいます。
道の舗装が中央で二手に分かれています。
どちらかの舗装が昔の川跡です。
左側に石垣があり高台になっています。 -
「白山通り」
東京ドームシティの観覧車が見えます。
ここは海抜7m。
本郷通りの海抜20mからいくつもの坂を巡りながら谷に下りて来ました。
旅行記の続きは次号で。
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