2025/10/24 - 2025/10/24
1285位(同エリア4567件中)
杏仁豆腐さん
運慶晩年の傑作が東京国立博物館にお出ましとなりました。
国宝7軀くのみで構成された空間。
興福寺北円堂本尊の弥勒如来坐像と両脇に控える無著(むじゃく)・世親(せしん)菩薩立像は、ともに運慶の晩年の傑作です。
通常は非公開の北円堂ですが、修理完成を記念して約60年ぶりに弥勒如来坐像の寺外公開が実現しました。この貴重な機会は、無著・世親菩薩立像とともに、かつてこの北円堂に安置されていた可能性の高いとされる四天王立像も揃い、鎌倉時代に復興した北円堂の内陣の再現を試みた奇跡的な空間になっています。
この機会を逃すわけにはいきません。貴重な空間で、特別な時を過ごすことができました。
国宝 弥勒如来坐像 運慶作 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃
国宝 著菩薩立像、世親菩薩立像 運慶作 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃
国宝 四天王立像(増長天、広目天、多聞天、持国天) 鎌倉時代・13世紀
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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興福寺北円堂は、奈良時代藤原不比等の追善供養のため、一周忌にあたる721年に元明・元正天皇が長屋王に命じて建立させたと伝えられています。
しかし度重なる災禍に遭い、1180年(治承4年)の南都焼き討ちで焼失します。再建は1210年(承元4年)頃となります。 -
八角形の円堂に同じく八角形の須弥壇を持つ建物は現存する興福寺の堂宇の中で最古のもので、こちらも国宝。
本尊の弥勒如来坐像に両脇侍の菩薩像、無著・世親菩薩立像と四天王像の9軀の仏像が安置されています。 -
音声ガイドのナビゲーターは、俳優の高橋一生。
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弥勒如来坐像と無著・世親菩薩立像が置かれるステージは、堂内の八角須弥壇とほぼ同寸。会場の四隅には、邪を払うように四天王が配されています。
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56億7千万年後に人々を救済するという弥勒が悟りを開いた姿を現した弥勒像。
張りのある頬に厳しい表情が印象的です。堂々たる体軀や薄い衣の表現など、奈良時代の古典彫刻を踏襲しつつ、新たな時代を象徴する様式を確立しています。 -
来場者全員には、ノベルティ「運慶展オリジナルカード」配布されています。
北円堂内を荘厳する「戸帳」にあしらわれている樹木と鹿のモチーフをもとにデザインした「運慶展オリジナルカード」。カードの裏面に掲載しているQRコードを読み取ると、興福寺の変遷と受け継がれる祈りをご紹介する映像を見ることが出来ます。 -
興福寺
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法相宗の大本山である興福寺。
その前身である「山階寺(やましなでら)」は、天智8年(669)に藤原鎌足が重い病気を患った際に、夫人である鏡女王が夫の回復を祈願して、釈迦三尊や四天王などの諸仏を安置するために造営したものと伝えられています。 -
和銅3年(710)、平城遷都の際、藤原不比等の計画によって移されるとともに、「興福寺」と名付けられました。
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現在の境内と合わせて奈良公園の一部にまたがる旧境内が国の史跡に指定されています。所有する国宝は27件にもなります。
久しぶりに興福寺を訪れたくなりました。 -
本館 特別1室・特別2室で開催中の「平安武士の鬼退治―酒呑童子のものがたり―」
平安時代の武士、源 頼光と配下の四天王たちが、酒呑童子という鬼を退治する物語は、多くの美術作品に取り上げられてきました。きっかけは室町時代後期、狩野 元信が描いた絵巻です。以後、狩野派はもちろん、多くの絵師たちがこの物語を描いてきました。
多くの人びとに愛好された「酒呑童子のものがたり」を 描く作品を紹介しています。 -
酒呑童子絵巻(孝信本) 巻上
伝狩野孝信筆
江戸時代・17世紀 -
「酒呑童子」は、源頼光が家来の四天王、渡辺綱・坂田公時・碓井貞光・卜部末武と藤原保昌を引き連れ、八幡・住吉・熊野の神々の加護を得て、都から娘をさらう鬼神、酒呑童子を退治する物語です。
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物語は、南北朝時代から室町時代に成立したとされ、江戸時代に出版され人気を博した「御伽草子」にも収められました。
室町時代以降、「酒呑童子」を主題とした物語り絵も数多く制作されました。 -
酒呑童子絵巻(孝信本) 巻中
伝狩野孝信筆
江戸時代・17世紀 -
色も鮮やかで、良い保存状態です。
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鬼たちが毒酒に酔い、泥酔しています
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酒呑童子絵巻(元信本) 巻下(模本)
江戸時代・寛政2年(1790)以前、原本:室町時代・大永2年(1522) -
酒呑童子絵巻(探幽本) 巻下(模本)
江戸時代・享保15年(1730)、原本:江戸時代・17世紀 -
酒呑童子絵巻(孝信本) 巻下
江戸時代・17世紀 -
酔いつぶれた酒呑童子
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頼光が酒呑童子の首を落としました
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鬼たちをことごとく討ち取ります
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第2会場です
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酒呑童子図扇面
室町~安土桃山時代・16~17世紀
安倍晴明の占いにより、近年多発する神隠しが酒呑童子の仕業であることが判明します。 -
物語を扇面に描いた珍しい作品「酒呑童子図扇面」全36面を見ることができます。
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酒呑童子が登場
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頼光が酒呑童子の首を落とします
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都に凱旋する頼光たち
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土蜘蛛草紙
鎌倉時代・14世紀
重要文化財 -
綱絵巻
室町時代・16世紀 -
見立大江山
喜多川歌麿筆
江戸時代・18世紀 -
金太郎
勝川春英筆
江戸時代・18世紀 -
源頼光公館土蜘作妖怪図
歌川国芳筆
江戸時代・天保14年(1843) -
ばけ物大せり合すご六
江戸時代・17~18世紀 -
幼時を夢見る坂田金時
鳥居清長筆
江戸時代・18世紀 -
平安武士の鬼退治―酒呑童子のものがたり―
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平安武士の鬼退治―酒呑童子のものがたり―
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平安武士の鬼退治―酒呑童子のものがたり―
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平安武士の鬼退治―酒呑童子のものがたり―
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平安武士の鬼退治―酒呑童子のものがたり―
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平安武士の鬼退治―酒呑童子のものがたり―
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平安武士の鬼退治―酒呑童子のものがたり―
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平安武士の鬼退治―酒呑童子のものがたり―
酒呑童子の物語が人々に愛されていたのも理解できます。 -
本館2室に来ました。
「国宝 平治物語絵巻 六波羅行幸巻」を見ることが出来ます。
鎌倉時代・13世紀 -
平安時代末期の平治元年(1159)、政治の実権をめぐる藤原通憲(信西)と藤原信頼の争いが、平清盛と源義朝の武力抗争に発展した平治の乱を描いた合戦絵巻です。
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六波羅行幸巻は、源氏方に幽閉された二条天皇が女房の姿で内裏をひそかに脱出し、清盛の六波羅邸へ迎え取られる場面を全四段に描いています。
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当時最高の絵師集団によってこの絵巻は作られました。
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保存状態がよく、色合いも鮮やかです。
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本館 3室では、「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」に合わせ、「奈良ゆかりの仏画」を開催中。
大威徳明王像
平安時代・12世紀
奈良・談山神社蔵
重要文化財 -
藤原鎌足像
室町時代 15世紀 -
法相曼荼羅
室町時代 15世紀 -
十一面観音像
室町時代 15世紀 -
春日鹿曼荼羅
室町時代 16世紀 -
西園寺実氏夫人願文
伝世尊寺経尹筆
鎌倉時代・弘安5年(1282)
重要文化財 -
平行政願文
世尊寺定成筆
鎌倉時代・弘安7年(1284)
重要文化財 -
願文
足利尊氏筆
南北朝時代・建武3年(1336)
重要文化財 -
後三年合戦絵巻 巻中
飛騨守惟久筆
南北朝_貞和3年(1347)
重要文化財
平安時代中期、陸奥・出羽(東北地方)で起こった清原氏の内乱と八幡太郎源義家の活躍を描いた合戦絵巻です。
金沢柵を包囲する義家軍 -
義家軍が敵方に襲い掛かる
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籠城する敵方が義家を恩知らずと罵る
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「平安武士の鬼退治―酒呑童子のものがたり―」関連展示
羅生門
奥村政信筆
江戸時代・18世紀 -
熊を掌に乗せる金太郎
鳥居清長筆
江戸時代・18世紀 -
山を下る山姥
勝川春章筆
江戸時代・18世紀 -
四代目岩井半四郎の金太郎
歌川国政
江戸時代・寛政8年(1796) -
山姥と金太郎・行水
喜多川歌麿筆
江戸時代・19世紀 -
五十三次名所図会・十三
沼津 足柄山不二雪晴
歌川広重筆
江戸時代・安政2年(1855) -
遊女立姿図
沼田月斎筆
江戸時代・19世紀 -
木曽海道六拾九次之内・妻籠
歌川広重筆
江戸時代・19世紀 -
愛染明王坐像
鎌倉時代・13世紀
重要文化財 -
本館 14室で開催中の「動物の仮面」
飛鳥時代、大陸から日本に仏教芸能である伎楽が伝わりました。それ以来日本では、宮廷の仮面劇として発展した舞楽や、室町時代に大成した能、狂言といった、仮面を用いる多様な芸能が栄えてきました。
芸能の垣根を越えて、動物をテーマとした仮面を一堂に見ることできます。 -
行道面 五部浄居天(ぎょうどうめん ごぶじょうごてん)
鎌倉時代・14世紀
重要文化財 -
乾闥婆(獅子冠)
鎌倉時代・14世紀
重要文化財 -
舞楽面 納曽利
鎌倉時代・承元5年(1211)
重要文化財 -
舞楽面 陵王
鎌倉時代・承元5年(1211)
重要文化財 -
能面 泥小飛出
室町時代・15~16世紀
重要文化財 -
能面 黒髭
安土桃山時代・16世紀
重要文化財 -
能面 顰(しかみ)
室町時代・15~16世紀
重要文化財 -
狂言面 狐
「春章」焼印
江戸時代・17~18世紀 -
狂言面 猿
室町~安土桃山時代・16世紀 -
狂言面 うそぶき
安土桃山~江戸時代・16~17世紀
いろいろな表情があり、興味深かったです。 -
平成館 企画展示室・ガイダンスルームで、開催されている「日光の彩色と金工 社寺建築の美しさの謎を解く」
世界遺産「日光の社寺」は、17 世紀の日本を代表する天才的芸術家の作品群といわれ当時最高水準の建築技術によってつくられました。その魅力は、なんといっても日光東照宮などの圧倒的に絢爛豪華な建築装飾。その輝きは、伝統的な技術を確実に継承し保存修理を繰り返してきた匠の力により受け継がれてきました。 -
ユネスコ無形文化遺産として登録された「伝統建築工匠の技」のうち、日光の社寺を彩り、比類のない豪華さを際立たせている装飾技術の「彩色」と「金工」に着目し、その美しさの謎に迫ります。
東照宮下神庫 南面結綿 獅噛彫刻
江戸時代・17世紀 -
日光東照宮の修理のため取り外された建築部材(重要文化財)を特別に出品するほか、豪華さ・技術面において最高峰の建築装飾といわれる東照宮陽明門組物の実物大模型を展示しています。
東照宮下神庫 南面西側棟通 大瓶束付き掛鼻 麒麟彫刻
江戸時代・17世紀 -
東照宮下神庫 南面西側大瓶束付き掛鼻 象彫刻
江戸時代・17世紀 -
東照宮下神庫 南面西側大瓶束付き掛鼻 雲彫刻
江戸時代・17世紀 -
東照宮下神庫 東面 蟇股
江戸時代・17世紀 -
日光の社寺を始め、数々の文化財建造物の修理を手掛けてきた工匠によるきらびやかな金工作品・彩色作品の数々をみることができます。
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箔工程の道具
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東照宮神楽殿長押釘隠金具(復元)
2000年代 -
東照宮陽明門上長押隅木口金具(復元)・袖塀柱金具(復元)
2000年代 -
東照宮陽明門組物模型
東照宮陽明門の普段は遠目にしか見ることのできない上層組物の実物大模型です。黒漆塗に彫刻沈金が施された各部材、生彩色の技法で彩られた龍・息の彫物、錺金具ほか最高峰の建築装飾を間近で見ることが出来ます。 -
「伝統建築工匠の技」は、2020年12月にユネスコ無形文化遺産として登録されました。
伝統建築工匠の技のうち、日光の社寺を彩り、比類のない豪華さときらびやかさを際立たせている装飾技術の「彩色」と「金工」に着目し、その美しさの謎に迫ります。 -
国宝《儀式用大工道具》(17世紀、日光東照宮蔵)を見ることが出来ます。
寛永13年(1636)、日光東照宮寛永大造替の棟梁を務めた甲良豊後守宗広(こうらぶんごのかみむねひろ)が奉納したと伝えられています。
金銀高蒔絵で龍と唐獅子の精緻な装飾が施された豪華な大工道具箱は素晴らしいです。 -
東京国立博物館を出て、上野に向かいました。
第一物産でキムチを購入。 -
ペチュキムチと長芋キムチ
美味しいキムチです。 -
鮒藤商店で、佃煮を買います。
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創業は1927年。
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あさりの佃煮を購入。
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美味しい佃煮です。
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支那そば大和 稲荷町店で、遅いランチです。
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特製雲呑麺をいただきました。
雲呑は6個。海老と肉が3個づつです。
久しぶりに雲呑を食べました。 -
あっさりとしたスープと雲呑と細麺。
雲呑も大きめで、食べ応えがあります。 -
誓教寺(せいきょうじ)に来ました。
葛飾北斎の墓があります。 -
江戸後期の著名な浮世絵師で葛飾流の始祖である。本姓は中島、名ははじめ時太郎のち鉄蔵といった。号は春朗、宗理、可候、画狂人、卍翁など三十余ある。宝暦10年(1760)9月江戸本所割下水で生まれ、父は徳川家用達の鏡師中島伊勢といった。十四、五才の時彫刻師に学び、十九の時に浮世絵師勝川春章の門に入ったが、ひそかに狩野派の画法を学び師の知るところとなり破門。以来土佐派、淋派、洋風画、中国画などを学び独自の画境を開いた。肉筆画、版画、絵本、さし絵などに手腕をふるい、特に風景画は広重とともに称賛され、「富岳三十六景」をはじめ傑作が多い。彼の作品はヨーロッパに多く流れ、フランスの印象派の人びとに大きな影響を与えた。(東京都教育委員会)
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葛飾北斎の胸像
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「富嶽三十六景」など北斎が好んで数多く描いた「富士」のモニュメントがあります。
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案内があります。
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北斎の墓です。
墓標には「画狂老人卍墓」と掘られています。 -
側面には辞世の句が刻まれています。
「ひと魂で ゆく気散じや 夏の原」 -
大心堂雷おこし 古代 本店に来ました。
明治30年(1897年)の創業以来、”おこし専門店”としておこしのみを造り続けています。 -
厳選した落花生(千葉県産)、おこし種、水飴、砂糖を原料に、衛生管理の行き届いた自社工場で、熟練した職人により製造されているそうです。
とても美味しいおこしです。 -
加賀棒ほうじ茶おこし
ほうじ茶の香り漂う上品なおこしです。
松の葉(ココア)
アーモンドをふんだんに使用したココア味のスティックタイプのおこしです。
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この旅行記へのコメント (1)
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- たびたびさん 2025/11/05 12:09:23
- 「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」
- 私も先般、拝見しました。
弥勒如来坐像も期待していたよりはよかったですが、やっぱり、著菩薩立像、世親菩薩立像ですね。以前見たことがあったような気もしますが、こうして見ると確かに運慶の最高傑作かも。これまでは、八大童子立像こそがそうだと思っていましたが、その気持ちがちょっと揺らぎました。
ただ、興福寺だとなんといっても阿修羅像。著菩薩立像、世親菩薩立像がすごいと言っても、さすがにそれには及びません。人々が思いをかける神仏の像ではないのもあるのですが、木彫の像はやっぱりなにか限界があるような気もしますね。
少し前に、願成就院の運慶像を拝見してあんまりよくなかったので、これについてもいい軌道修正ができました。
たびたび
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