2023/03/10 - 2023/03/10
121位(同エリア322件中)
のまどさん
ラフカディオ・ハーンは視力への影響を懸念して石見銀山には訪れていないと思いますが、タイトルはそのまま続けます。
島根県最後の訪問地、石見銀山。日本人でも当地に宿泊するのは稀のようですが、我々は数少ない民宿に2泊しました。娯楽施設がないストイックな村であるためつまらない世界遺産だと酷評されているようですが、16世紀にここから算出された銀が世界の3分の1を占めたというのは重大な歴史的事実だと思います。
歩く世界遺産を謳っていて見所満載なのですが、行く先々で村人に話しかけられ、なかなか先に進めませんでした。ですが、ここで働く人、生活する人が幸せそうな姿が見られたことが何よりの思い出になりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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出雲駅にて。明々後日の新幹線を予約しようと思ったのですが、私の曰く付き山陽山陰パスは京都までしか有効ではないので、その先は別途買う必要がある。出雲駅にはみどりの窓口がないのでオペレータに電話をかけ、10分後に発券。日本ってすごい国ですね。
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山陰本線。
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海岸沿いをゆっくりと運行します。
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石見銀山最寄りの仁摩駅に到着しました。
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タクシーをお願いしたのですが、バスがもうすぐ来ますよと。やはり日本人ならではの純然たる善意だわ。
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教えてもらった通り石見銀山バスが5分後に到着。本数が限られているのでラッキーでした。それにしてもこの見てくれ。
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2泊したのは石見銀山もしくは大森で1軒しかないホテルというか民宿、ゆずりは。チェックイン前に荷物を置いて昼食を取りに行きます。
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昼食。ドイツでマイスター資格を取ったパン職人のお店という触れ込みだったので、酸っぱい黒パンを期待して入ったところコレ。心底がっかり。
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毎度ビールを調達すべき歩きながらこの写真を収めていたところ、希少なガイジンのウワバミがたまたま居合わせた石見銀山観光案内所の職員の方の目に止まり声を掛けられました。
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言われるがままに観世音寺の階段を上がると、この景色。石見銀山は16世紀に本格的に稼働され、中国やポルトガル、オランダ、イギリスなどに流通していったという説明をいただきました。
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イチオシ
2007年に世界遺産登録された後、町内に駐車場設立と土産屋出店の禁止を貫いた結果、UNESCOから模範的な世界遺産として称賛を浴びているとのこと。
かなりストイックですが、その精神が景観美を保っているのでしょう。 -
次に公民館を案内してくれました。素敵な雛飾りがたくさん。この町出身の技術者の方が中村ブレイスという義肢など制作会社を立ち上げたところ、若い社員が町に移住して小学校の生徒数が増えているらしいです。素晴らしいです。
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こちらのお宅は犬小屋まで瓦を貼って、景観の統一に貢献しています。
その奥のお宅の雨戸が翌日空いていたのですが、そこにはひな壇があり、さり気なくも神秘的にさえ見えました。 -
その後「ガイドさん」お勤めの観光案内所で明日のワンコインツアーを予約して事務所に寄ると、皆さんウワバミに興味津々で、フランス語が話せる方と少しばかり会話をしました。この時点で既に我々は大森を気に入りました。
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ゆずりはにチェックイン。ここのご主人、当時の首相に似ている。。。寝具もこの通り素敵ですが、観光客もしくは外国人の宿泊に慣れていないような感じで受付を通る度にぎこちないやり取りがありました。
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大森には夜食事できるところがないとのこと(現在に至るもよう)で、バスに乗って大田市まで行きます。
らとちゃん、かなり投資したかと思われます。もう一つ、日本のすごいところはこの規模の街になると生活用品から食料まで買える薬局が毎日夜遅くまで開いていることです。 -
立派な神社喜多八幡宮。失敬ですが、
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こちらでサンセットパイントをいただきます。犬の散歩をしていた人が遠巻きに見て踵を返していました(笑)。声を掛けられたら私も外国人のフリをする心の準備をしていたのですが。
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さて、肝心の夕食。名物の穴子にありつけそうもないので、Googleマップで評価が良かったBistro Plusさんの暖簾(?)をくぐります。
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家族経営のお店のようです。女性らしい内装でした。おばあちゃんとお母さんが作ったお料理がお酒とともにおいしかったです。わがままを言わせてもらうと、お魚が食べたかった。
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大田市でタクシーに大森まで行ってもらうようにお願いします。覚悟はしていたのですが、かなりの料金でした。それでも遠路はるばる送ってくれた運転手さんに感謝です。
夜の大森も風情があります。 -
翌朝。街の美化を損なわない自販機に気迫を感じます。
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イチオシ
誰とも顔を合わさずに静かに歩けるのがいいです。
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所々戸を開けて公開している家もあります。オール電化の時代に逆行して無電化にした無邪く庵。ろうそくで灯りを採っているようです。
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井戸、今も現役かもしれません。
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戦国時代から銀山管理に携わってきた宗岡家。
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イチオシ
ちょっとした朝の散歩だけでも見どころ十分です。
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階段を登って栄泉寺。
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大通りに戻ってメダカを発見。
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イチオシ
逆光だけど、すごく趣のある1コマ。
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レトロを売りにしながらガチで宣伝広告満載のアライ美容室。
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時間になったのでツアー集合場所の観光案内所に向かいました。
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件の小学校。生徒一人一人の名前が書かれた花鉢が飾られているところに地域の優しさを感じます。
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石見銀山は鎌倉時代に発見されてから度々勢力争いの目となり、毛利元就が出雲の尼子氏に戦いで一度敗れた後、家長の逝去に際して和議を結んで実効支配した。その後、毛利氏は豊臣秀吉に服属するようになり、秀吉は朝鮮出兵の資金を銀山で獲得したとのこと。
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国外へはまず中国の明朝で大森産の銀の需要が高まり、16世紀に日本にやってきたポルトガル・オランダを通じて流通が広がった。当時の生産量は世界の3分の1を占める年間200トン程度だったらしい。
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苔むす岩、小川のせせらぎ。風光明媚な光景ですが、我々の訪れる数日前に観光客が転落死したという事件があって、観光案内所の人たちはかなり神経質になっていました。恐らくは無理な自撮りをしようとして、もたれかかった欄干が折れて打ちどころが悪かったのかと思われますが、それが自治体の責任になるのは酷です。
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龍源寺間歩。ここで各人入場券を買うのですが、ガイジンであるウワバミには割引きが適用された上、ステッカーやらティシュやらやたらとお土産が供給されていました。
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サザエの貝殻に灯った蝋燭の火だけを頼りに銀を探るべく手で彫られたトンネル。
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銀山鉱夫は肺を病むことが多く、平均寿命は30前後だったそうです。一方女性は生涯数回に渡って再婚することがあり、中には5回結婚し、息子よりも若い婿を迎えるケースもあったようです。
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ツアー終了。元農家のガイドは私に通訳する隙を与えぬほどの多弁だったので、たかが3ユーロの元を取るべく質問攻めにして特別案内をしてもらいます。ツアー中、他の参加者への日本語を聞きながらべらべらと通訳することなど朝飯前ですが(→絶対ウソ)、迷惑行為は厳重に注意しているのでガイドが沈黙する移動時に大雑把に要するに留めました。
明治時代に開発された清水谷製錬所跡。大阪の会社が投資して金銀の生産を拡大しようとしたが、鉱石の質が悪く工具も低性能だったため1年半で閉山されました。 -
続いて案内してもらったのは銀山の頂に建てられたと言われる仙頂山安養寺。たまたま居合わせたお寺の奥さんに「本殿を見学しますか?」ときかれてお礼にお守りを買ったら、
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曼荼羅を見せてもらいました。
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今は動かせないので一周あるいて回ることでご利益をえるようです。
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昼食。生ビールで喉を潤し、私はハヤシライス、ウワバミはピザです。やはり、外れませんね。
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昼食後は散策。遠出したくてもとにかく声を掛けられる。小物のお店に立ち寄ったところ奥さんと話し込む。これも規制だらけだったコロナからの開放を待ち侘びていたのだろう。
中村ブレイスの寮。村の人々が揃って賛辞を送っているだけあって、ニッチな産業で特許を取り、人脈を広めて会社を大きくして出身地に貢献している社長は一角の人物だと思います。
最終章に続きます。
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