2024/08/23 - 2024/08/23
477位(同エリア1898件中)
白熊爺さん
大都会東京のど真ん中。
中央区の銭湯巡りになだれ込んでから今回でもう5湯目です。
中央区の都会のお湯で磨かれて続けて5湯目~w
しか~し
今回の中央区の銭湯巡りの旅は波瀾万丈ー。
一筋縄ではいきませんでしたー。
私、悪く無いよねー?
ん?
でもちょっとは悪かったかも、、、
てな感じの銭湯巡りでしたー。
一番最初は銀座の金春湯。
そして今回は小伝馬町の十思湯に行こうと思います。
中央区の銭湯巡りのはじまりはじまり~~。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2024年8月21日 晴のち薄曇
【8月21日の歩行数 7938歩】
今日は八丁堀駅からのスタートです。 -
「吉田松陰先生終焉の地」碑
小伝馬町駅の4出口を出たら
目の前にいきなりこの碑がありました。
そういえば、、
小伝馬町といえば、、
そうですね。
みなさん時代劇などでお馴染みですね。
時代劇で小伝馬町に連れて行くという言い方をされれば
牢屋に入れられるという意味ですよねー。
小伝馬町には大きな牢屋敷があった事で知られていますね。
吉田松陰さんも伝馬町牢屋敷に入れられたんですよね。 -
ここの近辺の名所の解説版がありました。
この辺りはさすが歴史のある場所ですね。
ちょっとダークな歴史ではありますがねw -
小伝馬町駅を出て左に行くとすぐに小伝馬町交差点です。
そこを左に曲がって人形町通りを行きます。
歩いてると人形町通り沿いの最初の角地に参道が現れます。
門柱には「新高野山 大安楽寺」とあります。
幟がたくさん立っていました。
「南無厄除大師」や「江戸八臂辨財天」など情報量が多いです。
では、せっかくなので
お邪魔しますー。 -
入ってすぐの左手に変わった形の建物がありました。
江戸八臂辨財天
のようです。
元は江ノ島にあった3体の弁天様の一つだそうです。
明治の廃仏毀釈で廃棄されそうになったものが
流れ流れてここに落ち着いたようです。 -
解説板がありました
八臂(はっぴ)とは8本の腕を持つ仏像のことなんだそうです。
ゴロがハッピーな感じで受け入れやすい名前ですね。
そう思えば、
8本の腕を持つ弁天様って
あまり見た事が無いかもしれません。
この八臂辨財天は3体あって
江ノ島神社
岩本楼
(お風呂が素敵な江ノ島の旅館です。850年の歴史があると宣伝してますw)
そしてここだそうです。
北条政子が関係しているという伝説もあるとか。
きっとヤイノヤイノ言って周りを困らせたんでしょうねーw -
そのお隣にあるのが、、
足の長ーい鳥居w
まず、この鳥居の形がひょろ長くて珍しーw -
その鳥居の奥ににいらっしゃったのが
とてもシンプルな祠です。
逆にシンプルなので凄みを感じます。
宝安稲荷大明神
だそうです。 -
この宝安稲荷大明神
火防と商売繁盛のご利益があるようです。
牛の日がご縁日と書かれてますが
牛の日とはいつでしょう?
GoogleAIに聞いてみました。 -
なるほどなるほど~
牛の日=土用の丑の日
なのですねー
なるほどー
差し出がましいですが、私から少し補足をw
牛の日は十二支の方角ですね。
それで区切るというのは良いのですが
牛の日の中でも
丁丑ていちゅう(ひのとうし)
己丑きちゅう(つちのとうし)
辛丑しんちゅう(かのとうし)
癸丑きちゅう(みずのとうし)
乙丑いっちゅう(きのとうし)
と、さらに5つの丑の日に分けられますね。
これは他の干支も同じです。
このように細かく分かれて順繰りに回って行くという事ですね。
その中で土用の日にあたるのが土用の丑の日という事です。
そもそもが「土用」とは何?
AIでもちょろっと書かれていますが、
差し出がましいようですが、私から少々補足をw
季節の変わり目である立春・立夏・立秋・立冬の直前の約18日間のことなのですねー。
それを鑑みると
ちなみに書いてる時期が2025年なので
(←ネタバレw)
今年の土用の丑の日は、
え~と、
ちょっと待ってね~、
1月20日、2月1日、4月26日、7月19日、7月31日、10月23日、11月4日
という事になりますねー。
ここまで言って土用の丑の日ですから
土用の丑の日は夏だけではないのですねー。
(←長々と書いていたので息切れw)
AIさんもガンバていますが
まだまだ伸び代はありますねー
頑張りましょう~w
って、AI相手にマウント取ってる私って~w
(←ちょっと病気~w) -
気を取り直して~w
宝安稲荷大明神前にある変わった石。
すごく目をひきましたー。
辯財天使石
何か意味ありげな模様が浮き上がってますねー。
蛇の姿のようにも見えますねー。
そういう目で見ると神がかってる雰囲気もしますねー。 -
北海道・神居古潭ということは旭川のかな?
旭川の神居古潭に行った時はマムシ注意で生きた心地がしなかったよー。
蛇が多い場所らしいから石にも蛇の形が浮き上がったのかな?
まー、白蛇はあちこちの神社で神様としてうやまれてるから、神様の使いとしても当たらずとも遠からずなのかなー?
神居古潭の川の眺めはとても良かったけどねー。 -
その右隣には
延命地蔵尊
が座られていました -
吉田松陰などの人たちがこの場所で処刑されたようです
-
処刑された場所に延命地蔵尊、、、
なんとも表現できないモヤモヤ感が残ります、、、 -
伝馬町牢屋敷は相当広かったようです。
江戸時代では最大の規模だったようです。
その広さは8850㎡と言いますから
東京ドームに換算すると0.1893個分に相当します。
って、
全然ピンとこなくて比較になってませんねーw
失礼しましたー。 -
ここにこの伝馬町牢屋敷ができたのは
慶長18年(1613年)頃だと言われています。
その後明治8年(1875年)まで使われていたので
かなりの長きに渡ってこの地に根付いていたともいえますね。 -
牢の中の環境は大変劣悪で
皮膚病や各種病にに罹患する者が絶えなかったという事です。
そういえば先日、台東区の銭湯巡りの前にお墓を見てきた平賀源内さんも
この伝馬町牢屋敷で破傷風で亡くなったようですね。
1年間に600~700人相当の人が病気で獄中死していたようです。
それほどこの伝馬町牢屋敷では病死する人が多かったようです。
しかも獄中のリンチもかなり壮絶だったらしいです。
ホリ●モンが入ってた牢屋敷がこんなんだったら
果たしてどうなってたでしょうか~w
ちょっと見てみたい気もしますw -
牢屋敷の井戸の跡
-
こちらは
新高野山 大安楽寺です。
大安楽寺のご本尊は高野山より遷座した弘法大師像。
元々はこの一帯は伝馬町牢屋敷という巨大な牢獄が建っていました。
1875年(明治8年)5月に牢屋は市ヶ谷(市谷監獄)へと移りました。
この広大な空き地は大倉喜八郎、安田善次郎に払い下げられましたが、、、
当然というべきか、誰一人として借り手がつきません。
牢屋の跡地、処刑場の跡地なんて当然のように誰も欲しがるはずもなくというところでしょうね。
そのタイミングで、
山科俊海というお坊さんがこの地での獄死、無縁霊の浄化したいということで当時の東京府庁に請願したようです。
渡りに船という事でお寺は土蔵造りにするという条件付きでゴーサインが出ました。
お金持ちの大倉喜八郎、安田善次郎らも自分達の塩漬けの土地を手放せるので大喜び。
彼らは他にもパトロンを見つけてきました。
これで創建されたのがこの大安楽寺だそうです。
寺名の大安楽寺の「大」は大倉、「安」は安田の名に由来するという、
ネーミングデライツを先んじたかのような手法もすごいですねw
お金持ちって、
こういう売名行為に弱いのよねーw
わかるわかるーw -
こちらは事務所?
しかし、
このお寺は1923年(大正12年)の関東大震災による火災で堂宇は焼失してしまいました。
1929年(昭和4年)に現在の規模で再建されたようです。 -
大安楽寺は「江戸三十三観音札所」の札所になっていて、
5番目の札所でもあるようです。
札所ご本尊様は十一面手観世音菩薩像のようです。
札所巡りで来られてる方も多いようです。
「江戸三十三観音札所」は江戸時代に制定されたようですが、
その後、時の流れで廃絶するお寺が増えたようです。
それを考慮して、
現在はのちに制定された
「昭和新撰 江戸三十三観音札所」
となっているようです。 -
なかなかに頑丈そうな本堂です。
-
解説版
-
新しいお寺は新しいお寺なりに
ここに来るまでの道のりは容易ではなかったようですね。
こちらも何かと苦労が多いお寺だったようですね。 -
入ってきた境内を振り返ってみた。
細長い境内でした。
ここの境内の両側に今まで見てきたものがずらりと並んでいましたので、
参拝には無駄がないお寺だともいえますね。 -
道の向かい側に公園があるので行ってみましょう。
十思(じっし)公園ですね。 -
ここも伝馬町牢屋敷の敷地でした
-
何かありますね
-
杵屋勝三郎歴代記念碑(江戸長唄三味線の名家・杵屋の記念碑)
-
杵屋勝三郎さんて一人じゃないんですね。
現在は8代目なんだそうですね。
NHKのFMでやってる邦楽百番で
杵屋とか清元とか常磐津っていう
同じ苗字の人がずいぶん出てくるので、
パートリッジファミリーみたいだなー
ってずっと思ってましたよ。 -
盤面が光ってて全然文字が読めなかったです
-
これも暗い場所なのに細い文字なので老眼では読めなかったです
-
こちらにも意味ありげなものがありますね
-
松陰先生終焉之地
-
吉田松陰さんの辞世の句が刻まれてました。
「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留めおかまし 大和魂」
吉田松陰が亡くなったのは29歳と知って驚愕しました!
亡くなった年が若いことにも驚きですが、、、
絵で見るそのルックスが激渋で、
てっきり40代から50代なんだろうなーと勝手に思ってました。
見た目落ち着きすぎです、、 -
吉田松陰さんの絵は本人とは関係なしに後世の人が描いた
「あくまでイメージです」
のような感じらしいです。
吉田松陰さんの身近な人たちの所見は
小男
色白
痩せ型
天然痘のあばたが目立つ
ブ男
という外見に関しては散々な評価だったそうなw
ただし話をすると
温厚な性格
人を射すくめる眼光
話すと爽やか
酒もタバコもやらない
他人に優しい
意志が強い
他人のために尽くす
怒ったところを見た事がない
などなど内面の評価がものすごく高い人のようです。
話をすると誰しもが魅了される何かを持っていたようです。 -
吉田松陰の首を切った役人曰く
吉田松陰の処刑に際して最後は
「悠々として歩を運んで来て、
役人共に一揖し、
『御苦労様』と言って端坐した。
その一糸乱れざる堂々たる態度は幕吏も深く感動した」 -
井戸がありました。
非常用の井戸のようです。 -
牢屋敷の跡とは思えないくらい緑が多い公園です
-
遊具もそれなりに揃っています
-
足ツボもあります。
痛いからやらないけどw -
一際大きな碑があります
-
忠魂碑?
って読むのかな??
調べたら乃木希典さんの描いた字らしいです。
乃木さんのお家の前はいつも通っているので
他人とは思えませんw
明治39年に建てられた碑。
前の年にあった日露戦争の時に亡くなった兵隊さんのための碑のようです。 -
表忠碑が隣にありました。
この碑も日露戦争の戦病没者のための碑だそうです。
表忠とは忠義を表すことなんだそうです。
鈴木荘六さんが描いた文字のようです。
あいにく私はこの方を存じ上げないんですけどね。 -
平和の礎も隣にありました。
支那事変・大東亜戦争における戦没者・戦災者のための碑のようです -
こういった記念碑を見ると
平和ってありがたいなぁーって心底思います。
でもなかなか人間は変われないからなぁー。
売られた喧嘩は買っちゃうだろうしー
なんだったら
「やられたらやり返す、倍返しだ!!」
って息巻いちゃうしーw
もう、どーなることやらって感じもしますねー。 -
小伝馬町牢屋敷展示館は後で見に行きましょう
-
石垣がありました
-
伝馬町牢屋敷の遺構のようです
-
なるほどー
-
こういう実測図は大好物ですw
しばらく固まったように見てしまいます。 -
ここが復元されてる部分ですね
-
この状態で埋もれてたのですね
-
昔の人が加工して積み上げた石だと思うと
不思議な気持ちになります。
当時の職人さんがこの石を積み上げながら、
「今日はこれを積み終えて仕事が終わったら、風呂屋に行ってから酒でも飲みに行こうかなー」
なんて事を考えてたかも知れないなー
と夢想する私です。
(←早く現実に戻ってきてー) -
銅鐘 石町時の鐘
やたらとモダンな感じの鐘楼ですねー -
なるほどー
この鐘は長い歴史があるのですねー -
でもこの鐘楼が昭和5年(1930年)に作られたってホント??
デザインも含めて、ずいぶん新しく見えるんですけど、、 -
時を知らせる鐘を撞かれていましたが
処刑のある日も鐘を撞かれたようです。
現在は大晦日のみ鐘が撞かれているようです。 -
旧十思小学校「十思之疏」の由来
「 十思之疏 ( じっしのそ 、 ( 天子がわきまえるべき十か条の戒め)」
唐の政治家、魏徴の言葉だそうです。
中国の人は言うことはとても立派ですが、
それを実行できていると勘違いしてはいけませんw
あくまでも努力目標や立派な建前を、
ただ、その場、その場で、思いつくままに、良い気持ちになって、言っているだけ、
言った後は本人もすっかり忘れ去っていますw
と、解釈した方がこちらも疲れませんからw -
道の向こうにお寺がありますね。
ちょっと行ってみましょう。 -
身延別院だそうです。
境内は狭そうですね -
木造日蓮聖人坐像
木像ではなくて木造でいいんですね?
木造だと平家建てみたいな感じにイメージしちゃいます。 -
正面から見るとどっしりした感じですね
-
ではちょろっとお邪魔します
-
紋が「井桁に橘」ですねー。
日蓮宗の宗紋ですよねー。
ゆえに「日蓮宗橘」と呼ばれる時もあります。 -
本堂は何だか近寄り難いような威圧感を感じますねー。
関東大震災で焼失したのちに昭和4年に再建されたものらしいです。
第二次大戦の東京空襲を奇跡的に免れているようです。
やっぱりなんだかパワーを感じますねー。 -
光明稲荷大明神
とっても脚長の鳥居さん
先ほどお隣の大安楽寺の中の神社の鳥居も脚長でしたね。
この辺りの流行り? -
南無浄行菩薩
上行、無辺行、浄行、安立行の四菩薩のうちの一人のお像だそうです。 -
後ろに隠れるように立ってらっしゃるのが浄行菩薩様。
恭敬合掌した石造りの立像です。
ちょっと変わってるのが、
この御像をたわしでごしごしと擦すると、
自身の身心の垢れを洗い落とし、
罪障消滅、
当病平癒
の御利益があるということです。
参拝者も多いようです。
私は小心者なのでゴシゴシしてきませんでしたw -
油かけ大黒天神
-
解説
まさかの!
長谷川一夫さんがルーツとな! -
油でテカテカw
-
鰻供養塔
-
日本橋の鰻屋さんがここに集まって年に一度うなぎの供養をするんだそうです。
供養の後は鰻を神田川に鰻を放流するんだとか。
神田川にうなぎが住めるって知らなかったです。 -
身延別院を出て先ほどの場所に戻ります。
目の前の建物は十思スクエア 別館です。
後で行く銭湯はこの中にあります。
上が普通のマンション風ですが1階はクラシカルな感じのデザインですね。 -
先にお隣の建物を見に行きます。
この建物が見たかったんですよねー。 -
十思スクエア
良いですねー。
こういうデザインの建物は大好物なんですよー。 -
解説版
この建物は関東大震災の後に建てられた十思小学校の校舎だった建物です。 -
この辺りは明治時代に「十四小区」と定められていたそうです。
この「十四」の読みが「十思」に似ていることから十思が使われるようになったそうです。
十思はさっき見た碑の文にありましたね。
中国の人の努力目標みたいな絵そらごとですw -
この十思スクエアは公的な使われ方をされてるみたいですね。
おとしより相談センターなんてのがあるんですねー。
何を相談して良いのかわからないのが
「おとしより」なんだと思うお年寄りの私ですw
(←おとしよりのリアルですw) -
しかしカッコいいなー
-
で、十思スクエア 別館に戻ってきました。
やっぱりこちらの1階部分は十思スクエアの建物のデザインを踏襲してるみたいですねー。 -
ではでは、
お目当ての銭湯に参りましょう。 -
うっ!!
いきなり出鼻をくじかれた! -
なんなのよー、、、
来る前にGoogleマップで営業時間とか確認してきたんだからぁー、、
ウソでしょー、、 -
チッ!
まぁ、いくら騒いでもラチがあかないので
諦めの早い私です。
あそこに何かある。
せっかくだから見ていこう。 -
あー、これが小伝馬町牢屋敷展示館ですかー、、、
-
なるほどねー。
小伝馬町牢屋敷展示館と言うから
もっときちんとした部屋があるのかなー、
なんて期待しちゃいましたよー -
でもミニチュアと言いながらもかなり大きいですね
-
こう言う建物模型がものすごく好きな私には
これはかなり夢中になりますねー -
大きいのでうろうろ動き回ってしまいますね
-
一部は内部構造はわかるように
屋根を外してありますね -
結構作り込みがすごいです。
牢屋の再現度もかなりのものですね。 -
確かに大きな牢屋敷ですね
-
囚人が一番多い時は900人くらいいたそうです
-
うーん、、
これはいくら時間があっても足りないなー
こう言うのを見ていると
自分がそこに入ってしまう感覚になっちゃうんですよねー
(←病気w)
でも今日は
ここの銭湯がお休みだから
次の行動を考えなくては、、 -
知っていても、、、
やっぱり来ちゃった、、、
真っ暗、、、
知ってたけどツラい、、、 -
ここにも夏季休業、、
夏季休業命!って感じですかね、、
(←八つ当たりw)
今更言われてもねーー
もう遅いけどねーー
(←諦めなーw)
水風呂が28℃以上、、、
って、、、
この温度はもう水風呂とは呼べないくらいの致命傷だよねー、、、
ぬる湯ですか~?
って感じ?
(←八つ当たりw)
普通に「水道水浴槽(無調整)」ってすれば問題ないよね。 -
入浴のみは60分ですね。
ま、標準ですかね。
でもサウナ時間は個人差があるからねー。
90分じゃ足りない人もいそうですねー。 -
いらっしゃいませ
の紙の上に
食いぎみに夏季休業のビラを貼るのやめてくれる!
もう、わかったから!
いい加減にしてーー!(←中森明菜風にw)
日曜日の文字がやたらデカいのも
イラつくったらありゃしない!
(←ヒステリーw) -
モヤモヤ気分で歩いていたら
なんかいい匂いがする~~
そこで見覚えのあるの看板が目に入りました。
蕎麦つゆの匂いか~
醤油の匂いがたまらんな~~
小諸そば 小伝馬町店
小諸そばは大好きなので入っちゃいましょう!
もう、やけ食いですw -
夏の定番かー
-
いろいろあるなー
どれも好きだわ~ -
で、私の夏の定番w
深川あさりそば 490円
と
いなりセット 100円
を注文しました。 -
お手軽で
しかも
美味しかったー
しかし、
こことか、富士そばとか、なか卯とか
チェーン展開してるお店は
この値段でやっていけるのがすごいなー
しかも値段以上に美味しいしー。
と、自炊している我が身としては、
いつも感心してしまいます。
最近はいつも、
スーパーマーケットの棚の前でしばし悩むくらい
なんでもお高い時代ですからねー。
日本の企業の努力ってすごいなーと思いますよー。
ホント。
マジで。 -
小伝馬町駅に到着。
腹が落ち着いたら
気持ちも落ち着いたw
そんなこんなで
今日のところは一旦ここから去ります。
このうらみ~
はらさで~
おくべきか~~w
と、今日はこれから三ノ輪へ行く事にしたよー。
では、次回へ続く。 -
2024年8月23日 曇
【8月23日の歩行数 4175歩】
今日は小伝馬町駅からのスタートです。
えへへ、、
また来ちゃったーw
っていう感じですねー -
今日使った小伝馬町駅の出口の横は十思公園のすぐ横
日の落ちた時刻だと雰囲気が変わりますね。
ここが牢屋敷だったという事実が頭をもたげてきますーー -
銅鐘 石町時の鐘
も、夜に見るとなんだか凄みを感じます。 -
今日はどうかなー、、
ドキドキしちゃう、、 -
あ、大丈夫みたいです。
良かったー。 -
この十思湯は、
ここの隣にある十思小学校が廃校になり
体育館だった部分に建てられた十思スクエア別館の中に
2014年7月14日に新しく作られた銭湯ということです。
新しく銭湯が作られるという事は、
最近無かったので出来た時は話題にはなってましたね。
経営は中央区です。 -
昨日見たミニチュアですね。
なかなか見応えがありました。 -
エレベーターで上に行きます
-
2階が銭湯です
-
暖簾が出てました。
良かったです。
今日の銭湯は
十思湯
です。
中央区経営のお風呂です。 -
もう水風呂が冷たくなくたって良いんです。
入れれば良いんです。
でもここって土日が混むようですね。 -
まあまあな時間は開けていてくれていますね
-
どこかで聞いた気がしますが
実際の現場の運営は蔵前の梅の湯を営んでいらった方がやっていたと思いましたが、、
知らんけどw -
靴を脱いで入ると受付カウンターがありました。
ここでお金を支払います。
そしてここで銭湯お遍路のQRコードでスタンプをいただきました。
これで39湯目ですね
脱衣場はそれほど狭くは無かったです。
ロッカーは100円必要だったのでいったん脱いだものを再び着てカウンターで両替してもらいましたw
この100円は返却式で帰りに戻ってきます。
浴室の中は綺麗な大型のビジネスホテルについている大浴場のような雰囲気でした。
脱衣場には飲み水の冷水器がありましたがサウナ利用の人だけが利用できるような雰囲気なのかな?
浴室は意外に広い印象です。
湯船は二つあって向かって右がやや熱い浴槽。
左がややぬるい浴槽という感じです。
どちらも広めの浴槽です。
ぬるい方にはジェットが2つついてました。
左側には水風呂がありましたが水道水なので訪問日は温かったです。
有料サウナも左側にありました。
ここで目を引いたのは浴槽の左右にプールサイドのような少し広いところがあってベタ座りできる場所がある事ですね。
シャンプーとボディーソープは常備されていました。
きているお客さんも静かな感じで落ち着きました。
浴槽の種類は少ないですが思った以上にいい感じのお風呂でした。 -
館内はすっきりした感じでいかにも官製の建物といった感じです。
ですが余分なものが無くて清潔な感じで良いです。 -
ま、入浴時間はこんなものでしょうね
-
湯上がりの休憩スペースは広いです
-
飲料水の自販機がありました。
良心価格でした。 -
迷わずソルティーライチをごくごくしちゃいました
-
フゥ~~
思ったよりも良い風呂でした。
旅行で泊まったビジネスホテルのお風呂みたいでちょっとワクワクしました。
結構若い人が多く来ていて賑わっていましたねー。 -
ちょこっとミニチュアの世界に入ってしまいましたw
(←15分くらいw) -
先週は怒ってたけど
今日はお風呂が良かったから許しちゃうw -
十思湯良かったよ。
よそ者でもフラッと来れそうな
地元感が薄い雰囲気も良かったです。 -
さてさて、
満足できたので帰りましょう。 -
小伝馬町駅に到着。
そうそう、
小伝馬町駅に向かう途中で十思公園内にトイレがあるんですが、
駅構内の便利な所にトイレが無いので、
ここで用を足そうと思って中に入ると、、、
なぜだかすごく大勢の人がトイレの中にいるんですねー。
え!ってびっくりするくらいの人数が。
しかも皆さん、黙ってシーンとしてるんですよー、、、
で、だれーも動かないのー、、
トイレの中でたたずんでいるっていう感じ?
なんか不思議な感じでしたー。
っていうか怖いー、、
もしかしたら、
私、
見えないはずの人が見えていたのかなー、、、
とか、、
ここは異世界の入り口で、
ここで獲物を異世界に引きずり込んでいくのかな、、、
とか
牢屋敷の時代の関連の何かなのかなー
とか
早々に用を足して駆け足で外に出てきたけど、、、
それでも、だれーも出てこないのー、、
何これ、、
こわーい、、
早く帰ろー!!
(←足ぐるぐるで~w)
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