2012/03/20 - 2012/03/21
26386位(同エリア30676件中)
リュックさん
台湾滞在3日目
台北:
九份、故宮博物院、忠烈祠を訪ねる
-
・礁渓温泉
今夜の宿は礁渓温泉街の一角にある礁渓城市商旅。
繁華街のほぼ中央にあり大通りに面している。
豪華ホテルでは無いが、最近リニューアルしたらしく、
内装は新しく綺麗。中国風の凝った飾りはなく、
現代的で質素。
一つしか無い小さなエレベーターで階上に順番で上がる。
指定された部屋も綺麗で、
浴室はシャワールームと風呂場が別れていて、
ゆったり使える。
タイル貼りの浴槽にお湯(温泉)を張り、
足腰を伸ばして旅の疲れを癒した。
夕食はホテルのレストランで例により、
大きな丸いテーブルを皆で囲んで中国料理。
此処は漁村でもあるので、魚を材料にした品々だった。
食後、散策に出かけた。
通りは沢山の人たち、それに行き交うスクターの多さに驚く。
運転しているのは老若男女を問わず、幅広い人達で、
彼らの重要な移動手段であろう。
商店街の多くは食べ物屋で、
店はオープンスペースの様に開放的で、
テーブルと椅子が所狭しと並べられ、
客は店頭に陳列してある、魚介類を選び、
ここで料理してもらい、食べるシステムのようだ。
食べている人々の料理を見ると生ものではなく、
皆、揚げ物や火を通したものだ。
バンコクでも見たが、
屋台のような食べ物屋は庶民の台所兼食堂で、
家庭で作る料理は少ないのではないだろうか。
台湾流ファミレス。庶民のエネルギーを感じる。 -
朝食はビュッフェスタイル。品数は多い。
ビュッフェスタイルだとどうしても
皿一杯に盛ってしまい、食べ過ぎになる。
カロリー制限をしているのに守れない。
ホテルのレストランはガラス張りの明るい部屋だった。 -
食後、出発時間まで間があるので、外を散策してみた。
昨夜の喧騒が嘘みたいに静かで、町はまだ眠っている。
あれほど賑やかであった商店街は板戸で閉ざされていた。 -
今日は台湾滞在3日目。
天候は密雲不雨。
何時雨が降りだすかわからない空模様。
これからバスに乗り、九份、故宮博物院、忠烈祠を訪れる。
バスに揺られて、高速道路を走り、
やがて、鄙びた寒村に入る。
道路は次第に山間部に入り、次第に高度を上げてゆく。
車窓から、眼下に海岸線が見える。
急峻な山道をうねりながら進むと、
険しい山肌には沢山の小屋が見える。人影はない。
ガイドの説明では、
これらはご先祖様を祀るお墓なのだそうだ。
随分立派なお墓だ。
台湾の人達は住む家よりお墓を大切にしているそうだ。
バスが山道を急カーブしたところで止まった。
ここで下車。九份についた。 -
九份は急峻な山肌にへばり付くように
狭い路地を挟んでいろいろな店が立ち並ぶ商店街と
その周辺だ。
昔あった渋谷恋文横丁、現役で頑張るアメ横、
新橋ガード下の飲み屋街など庶民の憩いの場所、
「横丁」がぴったりで、
「九份横丁」がふさわしい様な気がする。
九份はもともと小さな寒村だった。
19世紀末に金鉱が発見されると、
人口が数万人に膨れ上がり急速に繁栄した。
しかし、戦後日本人が去り、金脈も尽きると町は寂れた。
その後、映画やアニメの舞台になったことから、
当時を偲ぶレトロな街並みが評判になり、
今はたくさんの観光客でにぎわっている。 -
食べ物、衣類、履物など日常生活をするのに必要なものは
何でもそろっている。
当時、金鉱労働者はここで生活必需品を調達し、
疲れを癒す憩いの場であったであろう。
商店街の中央にこんなレトロな喫茶店兼キッチンがあった。
日本でもよく見かけたスタイル。 -
花文字を書く店があった。
-
当時日本人が多く利用していたのであろう。
日本スタイルのレストラン、食堂。 -
商店街の突き当たりはテラス風の広場があり、
海が見渡せるビューポイント。
多くの観光客がここで記念写真。
ここから、急な石段を下りてゆく。
両側にはレストラン、みやげ物屋など
びっしり建っているが、商店街の建物より立派。 -
旅行案内書によく出るところ、九份阿妹茶酒館。
急な石段のある坂道、
竪崎路の中ほどにある一際大きな建物。
でも、急な石段を下ってゆくと、足元に気が取られ、
下を向いているので見過ごす可能性が大きい。
ツアー仲間に教えられてカメラに収めた。
見落とすところであった。
九份阿妹茶酒館で夜景を見ながら食事をするのが
最高とのこと。
でも、われわれ一行は午前中で雨の中での散策だった。 -
宮崎駿さんの「千と千尋の神隠し」のモデルになったという
赤ちょうちんのある石段 -
台湾に来てからいろいろな場所で狛犬を見る。
日本の神社にある狛犬は阿吽の呼吸であろうか、
一方が口を開け、他方が口を結んでいる。
台湾では左右一対の狛犬は両方とも口を開け、
舌を出し、口の中に玉を入れている。
口の中に玉を入れているスタイルはタイの寺院で
もよく見られた。 -
金鉱坑道の跡。
今は草生し、その中に埋もれているが、
当時の面影が偲ばれる。
九份観光ではかつて繁栄した商店街(横丁)を散策し、
突き当りの広場から山肌に沿って下る急な石段を歩くと、
あちこちに日本人の足跡が残っている。
終戦後間もない頃の商店街(横丁)を思い出す
レトロな散策であった。 -
九份横丁散策を後にして、
バスでまた山道の急坂を下り、台北市内に入る。
中華料理の昼食後、バスで忠烈祠に行く。
ここは国民革命、対日抗戦、
中共との戦いで亡くなった軍人や国民の英霊祀っている。
日本統治時代には護国神社があった。 -
忠烈祠の門は白と赤と青のコントラストがきれいだ。
広大な敷地を使っている。
戦死者の御霊を祭る日本の靖国神社は国家ではなく、
神社が管理している。ここ忠烈祠には宗教的色彩はなく、
国家、軍が維持管理するという明確な意識が表れている。
ここが日本と台湾の大きな違いであろう。 -
敷地内の奥中央に北京の太和殿を模したという
絢爛豪華な本殿がある。
本殿の両脇にある殿閣内には英霊たちの写真や銅像が
飾られているという。時間がなく外観のみの観光となった。 -
忠烈祠の門に近づくとまず目に入るのが、
門の両側を守る二人の儀仗兵であろう。
最初は微動だにしない直立不動の儀仗兵を見たとき、
彼らは蝋人形ではないかと疑った。
近づくと瞬きひとつせず、
一点を見つめて立つ彼らはすごい!の一言であった。 -
儀仗兵の交代儀式が始まった。
きびきびとした動作。一糸乱れぬ行動。
しかも、180cm以上はあると思われる身長、スリムで精悍。
ヨーロッパの衛兵や衛兵の交代式などはどちらかというと、
ショーのような感じがする。
立ち尽くす衛兵に声をかけるとかすかに返事をするし、
写真を撮って良いかとたずねると、わずかに反応する。
しかし、忠烈祠の儀仗兵は押し寄せる観光客に対して
まったく無反応。
そうだろう、いちいち、ポーズをとったり、
観光客の要求に応えていたら、
デレデレの儀仗兵となり、しまらない。 -
儀仗兵の制服は軍服そのもので質素。
ただ、ヘルメット、銃剣は銀色に輝く装飾品。
長い足、スマートなスタイル。
それに皆、ハンサムボーイ、
軍隊用の編み上げ靴の踵に金属板がついている。
腕を真っ直ぐに伸ばし、足を高く上げるときに
靴をズボンにぶつけ、布をたたくような大きな音、
勢いよく靴を石畳につけ、
金属板を踵につけた靴底が石畳を打つ音が響き渡る。
例えが良くないが、タップダンスの靴音の様に響く。
きびきびした動作は正確そのもので
最後までそのリズムは変わらない。勇壮である。
日本の自衛隊は台湾兵にかなわないだろうなと思った。
台湾兵は徴兵制度で集められ、
戦時下のような厳しい訓練を積み、
選ばれた若者たちがここに集まる。
緊張した空気が漂う。
平和ボケした日本の若者に勤まるのであろうか。 -
儀仗兵は隊をなして門から本殿まで行進し、
本殿で儀仗兵の交代を行い、また、行進をして、
門で儀仗兵を交代する。
毎日、毎日、雨の日も、風の日も、暑い日も、
変わらぬこの儀仗兵の行進は大変であろう。 -
台北北東にある故宮博物院にバスで行く。
バスは正面正門の右側にある側道を通り、
博物院玄関前で止まり、ここでわれわれは下車する。
平日午後であるのに多くの観光バスが次々と到着し
、多くの見学者を降ろしてゆく。我々もその中のグループ。
バスを降りた博物院前に珍しい郵便ポストがあった。
多くの見学者が手紙を書き、
このポストに投函するのであろう。
日本の郵便ポストは赤いがここのポストはグリーンであった。
ところ変われば、品変わる。 -
今回、台湾でいろいろな廟、寺院を訪れているが、
ここ「忠烈祠」は異色の観光地であろう。
中国との関係で微妙な状態にある台湾を考えると
「戦争」という文字が心に突き刺さった。
この後、今回の旅のハイライトである故宮博物院を訪れる。
いよいよ今回の旅のメインテーマである故宮博物院見学である。
国立故宮博物院は1925年北京の紫禁城に創設され、
1931年戦禍を避けて、
中国国内のあちこちに故宮の文物を移動した。
1949年、国共内戦により国民政府は
60万点もの故宮の逸品を台湾に運び、
1965年現在の台北土林外双渓に移され、
故宮博物院として今日に至っている。
そして、2015年の竣工をめざして
国立博物院南部院区が嘉義県太保にできると
パンフレットに記されていた。 -
バスを降りた地下一階から博物院に入る。
広いロビーがあり、左側のカウンターでチケットを買い、
ガイド女史の説明を聞く音声ガイドを借り、
正面のエスカレーターで展示室に行く。
写真は正面エスカレーター脇の広場で
一見人が少ない様でに見えるが、
たまたま人だかりが消えた瞬間をとらえた。
バーゲン会場に押し寄せる大勢の客で
ごった返している風景に良く似ている。
とにかく、多くの見学者で大混雑。
もうもうたる埃と人いきれでむせ返る。
見学者の多くは東洋人で、西洋人はほとんど見かけなかった。
赤いジャケットを着た軍団(ツアー客)が
ガイドが掲げる旗のもとで隊列をなして行進?してる。
一目で中国人とわかる。
隊からはぐれないように必死でついて行く気持ちはわかるが、
他の見学者を押しのけ行進する傍若無人ぶりはすごい! -
我々のグループは一階に上がり、清代皇室の家具を見学する。
館内の展示品には撮影禁止であちこちに監視員が見張っている。
したがって、館内の写真はゼロ。
展示品の写真がほしければ、館内にある売店で求めることになる。
展示品の説明はガイド女史が音声ガイドで行うが、
周囲が騒々しくよく聞こえない。
展示館内はとにかく広い、
そして、多くのグループがガイドの説明を聞くために、
展示品に群がる?
展示品を見たくても、陶磁器などの展示品は小さくて
群がる人々で見えない。
それでも、ガイド女史は人を掻き分け、
展示品の前を確保して、説明してくれた。
予定では90分ガイド、30分自由行動となっていたが、
結果として、2時間すべてを使ってガイドしてくれた。
展示品が多いこと、
多くの人々で混雑していることなどを考えると、
短時間ですべてを見学するのは不可能である。
以前、フランスのルーブル美術館に個人で行ったときに、
モナリザ、ミロのビーナスなど短時間で見たいと
受付案内カウンター嬢に聞いたことがあった。
彼女は手を広げ、今、我々はこの手の平の中央にいます。
あなたが見たい美術品はこの五本の指の先にそれぞれあります。
短時間で見学するのはどうするのが良いのか、
あなたが決めてくださいと笑いながら説明してくれた。
ルーブルも故宮も短時間では満足な見学はできない。
我々のガイド女史は磁器に造詣が深いようで
時間のほとんどをここで使った。
でも、ほんの一部しか見学できなかった。
それほど展示品が豊富である。
展示品の多くは宋、清代皇室時代の逸品。
保管、管理が良いのであろう、
当時の美しさを今に伝えている。
澄んだ色彩、優美な造形、繊細な細工など
凡人にも理解できる逸品の数々である。
これら逸品の数々をカメラに収められなかったので
故宮のHPからいくつか引用させていただきここにご紹介する。
北宋
汝窯 蓮花型温碗
高10.4cm 口径16.2cm 高台経8.1cm 深さ7.6cm 重量465g
十枚の花弁が重なる蓮の花型の器。
器の中ほどが丸く膨らみ、
口縁部分でわずかにすぼまって花びらが流れるようにつながり、
高台はやや高い。
底から口縁までの厚さは均等で、
不透明な釉が薄くかけられている。
釉は青く、細かな貫入が入っている。
器全体に釉がかけられ、高台内側に五つの支釘跡がある。
支釘は極めて細く、
釘の跡に黄色がかった灰色の胎土が見える。(文・蔡玫芬) -
南宋
龍泉窯 青磁鳳耳瓶
高25.5cm 口径9.4cm 底経9.6cm 重量1270g
盤形のように開いた口、
器腹と首は二段になって、
ともにまっすぐな造形になっており、
首の両側に立体造形な鳳凰耳が二つ、
このような造型は宋代から作られるようになった。
首と腹は二段階の平行線を成し、
たいへんシンプルなラインとなっているが、
非常に安定感のある組み合わせである。
首の部分に合わせた立体的かつ華麗な鳳凰型の耳二つによって、
視線の中心が口部に置かれ、
口部の外縁はわずかに突出し、盤型の口部に釉が厚くたまり、
豊かに潤った感のある独創的な表現となっており、
落ち着きある格調高さが感じられる。
このような造型は大小異なるサイズが作られており、
宋代から明代初頭にかけて継続的に流行されたが、
宋代の造型と釉色が最も美しい。(文・蔡和壁) -
清光緒
緑地魚龍図花式瓶
高51.6cm、口径28.6*25cm、幅33.5*26cm
この大きな瓶を見れば、誰もがはっとするであろう。
背が高く厚みのある大瓶であるが、
瓶の形が愛らしい八枚の花弁の花型になっている。
表面には鮮やかな黄緑の色釉がたっぷりとかけられ、
たいへん現代的な風格が感じられないだろうか。
両側に獣耳型の環が付いており、
腹部の前後に菱花型の開光(枠の中に絵を描く装飾方法)があり、
枠の中に魚と龍が浮き彫りされている。 -
雲間に遊ぶ五爪の龍、波涛から躍り出る鯉、
「魚躍龍門」―立身出世の吉祥の意味が込められている。(文・施静菲)
短時間の見学ではあったがさすがに
故宮博物院の展示品はどれもすごい。
数々の戦争の中で良くぞ戦利品として盗まれず、
今日まで保存できたことは先人の努力の賜物である。
多くの見学者が訪れ、雑踏の中での逸品鑑賞は
落ち着かなかったがほぼ満足であった。
貸切でもしないとゆっくり、静かに見学できない。
故宮博物院で宋、清時代の昔の雰囲気に浸った後は
急に現実的になり、
また、みやげ物店にご案内。
もう食傷気味!しつっこい!店内を一周して、
店の外で時間をつぶす。無駄な時間だ。
みやげ物やを出てから、
今夜は「上品レストラン」でふかひれ料理。
ふかひれは上品すぎてよく味わうほどの量がなかった。
今回のツアーのハイライトである
「丸山大飯店」に行く。今夜の宿である。
続く
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