2025/07/06 - 2025/07/06
219位(同エリア525件中)
杏仁豆腐さん
前日に用あって、仙台に来ました。
無事用事を済ませ、翌日は仙石線で本塩釜へ。
鹽竈神社を参拝しました。
表参道を歩き、202段の石段を汗を拭き拭き上りました。
石段を上るまでは、人があまりいませんでしたが、上ってみるとけっこう人がいます。皆さん、車で上がってきていました。
鹽竈神社、志波彦神社、旧亀井邸と巡りました。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 徒歩
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ホテルメトロポリタン仙台に宿泊。
ロビーには、七夕の飾り。
レストラン「セレニティ」で朝食を食べ、チェックアウト。
仙石線で塩竈へ。 -
本塩釜駅で下車。
駅前には、鹽竈神社の石灯篭があります。 -
3.11津波襲来からの復興を願う石碑があります。
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あの日を忘れない
2011年3月11日、未曾有の震災が発生しこの石碑を呑む程の津波が襲来した。復興の願いを込め石碑を建立する。歳月が経ち町が復興し石碑が苔むしてもこの石碑が津波の脅威を伝え続けることを願う。 -
平成3年に退役した大型巡視船おじかの錨です。
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壱番館庁舎です。
1990年、仙石線の旧本塩釜駅の跡地を活用することを目的に、地権者の市と地元商業者、銀行が市街地再開発組合を設立しました。
景気低迷などの影響で2025年に商業施設は撤退しました。 -
鹽竈神社標柱
1924年に「鹽竈神社」の国弊中社列格50年を記念して「宮町(塩竈)」の大河岸橋付近と宮城電気鉄道(現・JR仙石線)の踏切付近に1本ずつ設置されました。1965年と1978年に撤去されましたが、鹽竈街道の整備によって歴史的資料として再設置されました。 -
太田與八郎商店
創業1845年。奥州一宮「鹽竈神社」の門前に店を構え、もとは旅籠屋を営んでいたのを四代目から味噌醤油の醸造業をはじめました(江戸時代後期)。 -
丹六園
老舗和菓子店で、創業は「中興の名君」と謳われた仙台藩第5代目藩主・伊達吉村の治世の1720年(享保5年)にさかのぼり、現当主で11代目だそうです。 -
浦霞で有名な佐浦の倉庫が見えます。
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鹽竈神社 東参道一の鳥居
こちらからは入りません。 -
塩竈九名石の一つ、「しるべの石」
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鹽竈海道には、塩竈を詠んだ和歌や絵巻風の石碑が並んでいます。
「伊勢物語 塩竈 (八十一段)」 -
塩釜甚句
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表参道の入り口に到着
東北鎮護鹽竈神社の社号標 -
両側に石灯篭があります。その先に鳥居と石段。
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お定め書
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表参道石鳥居は、仙台藩4代藩主・伊達綱村公が寄進しました。
「陸奥國一宮」の扁額は、姫路藩第二代藩主・酒井忠以公の揮毫です。 -
202段の石段が男坂。
これは、きつそうです。
「早朝、塩がまの明神に詣。国守再興せられて、宮柱ふとく、彩椽(さいてん)きらびやかに、石の階(きざはし)九仞に重り、朝日あけの玉がきをかゞやかす。かゝる道の果、塵土の境まで、神霊あらたにましますこそ、吾国の風俗なれど、いと貴けれ。」 (おくのほそ道) -
石段の途中でひと休み。
夏の石段はきついです。 -
202段の石段を登り終えて、石段を見下ろします。
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随神門(楼門)
桃山様式の2層朱塗りの絢爛豪華な門です。 -
長明燈
仙台藩御用の米商人(大坂の豪商)・山片重芳(第4代升屋平右衛門)によって奉納された一対の燈籠です。 -
手水舎
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唐門(国指定重要文化財)
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石灯籠
和田房長(半之助)献納 -
シャコ貝
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銅鉄合製燈籠(文化燈籠)
文化六年(1809)伊達九代藩主周宗公が蝦夷地警護の凱旋ののち奉賽として寄進した燈籠です。 -
多羅葉樹(たらようじゅ)
宮城県指定・天然記念物
タラヨウは、 モチノキ科に属す雌雄異株の常緑高木です。主に本州 (近畿・中国)・四国・九州の山地に分布し、 本県は太平洋側の北限地帯となっています。鹽竈神社のタラヨウは樹齢600~700年と推定され、北限地帯にみられる老大木として貴重なものだそうです。 -
日時計(複製)
石造りの日時計です。
「林子平考案日時計」と称される県内最古の日時計で、学友である鹽竈神社の神官藤塚知明が、 寛政4年(1792)に奉献したものです。石盤上にはローマ数字を刻し、「紅毛製大東日」と刻す異国風の珍しい日時計です。 -
鹽竈神社 左右宮拝殿
左宮に武甕槌神(たけみかづちのかみ)・右宮に経津主神(ふつぬしのかみ) -
文治の燈籠
文治3年(1187年)に鹽竈神社を崇敬する奥州藤原三代・藤原秀衡の三男、藤原忠衡により寄進されたものです。 -
別宮拝殿
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撫で牛
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伊達綱村公顕彰碑
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東神門
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志波彦神社(しわひこじんじゃ)です。
茅の輪がありました。今年2回目の茅の輪くぐり。 -
神門
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鹽竈神社と志波彦神社の二社が同一境内に鎮座しています。
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海が見えます。
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御神苑
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鳥居
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茶屋 鹽竈 GAMA-CHA“YA (ガマヂャヤ)で休憩です。
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梅サイダー
汗をかいたので、美味しいです。 -
甑炉型 鋳銭釜
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甑炉型 鋳銭釜
仙台藩の鋳銭事業は、幕府の許可を得て、寛永14年(1637)に、栗原郡三迫で始まりましたが詳細は不明です。
その後も藩は、再三に渉り幕府に、鋳銭願いを出し、享保11年(1726)4月に領内産、銅のみで鋳造することを条件に許可されました。
この時、北上川河口の水上交通の至便な石巻に鋳銭場を設置し、享保13年(1727)より鋳造を開始し、明和以降は、鉄銭も作るようになり、明治維新まで続きました。
この鋳銭釜は、この石巻鋳銭場で使用されたものです。
使用法が重ね合わせて米を蒸す甑に似ていることから、甑炉型と呼ばれています。
日本に現存する鋳銭釜甑炉で、上・中・下三段共揃って保存されているのはこれだけで、貴重な産業遺産となっています。 -
旧亀井邸
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「海商の館」旧亀井邸は、塩竈にある株式会社カメイの初代社長が1924年(大正13年)に建てた歴史的建造物です。
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伝統的な和館に洋館を取り入れた「和洋併置式住宅」の建築様式を採用していて、現代の技術では再現が難しいとされるほど、極めて歴史的価値の高い建造物です。
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とてもおしゃれです。
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熊谷守一の版画です。
こんなところで、熊谷守一の作品に出合えるとは。 -
亀井邸は、伝統的な和館(日本建築)に洋館(西洋建築)を併置して建てられています。
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二階への階段
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豊富な資金と、優れた材料、優れた技術が投入され、随所に当時流行した様々な意匠を取り込みつつ相当に手をかけて造りこんでいます。
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鎌田直衛の書
~糸による~「二人」 -
欄間には細工が施されています。
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鎌田直衛
「新」 -
大正ロマンの雰囲気を漂わせながらもモダンな印象です。
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高台にあるので、眺めもいいです。
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光が入り、明るい廊下。
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床の間の左側にある付け書院には、繊細な木枠の意匠が施されています。
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すりガラスが印象的です。
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外に広がる風景も楽しめます。
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夏の暑い日でも、ゆったりと過ごせそうです。
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日本石油(現在のJXエネルギー株式会社)の社章である”こうもり印”をかたどった鋳物の取手。
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旧亀井邸を出て、少し歩くと「芭蕉止宿の地」
この付近に芭蕉は泊まったそうです。 -
法蓮寺跡
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勝画楼
勝画楼は、仙台藩主が鹽竈神社を参拝する際に、御休所として使用した建物です。
五代藩主の伊達吉村が、ここからの眺望を「画に勝る」として名付けたとされます。
現在は立ち入り禁止です。 -
予定では、本塩釜駅付近で寿司を食べる予定でしたが、ホテルの朝食を食べ過ぎ、仙台駅まで戻って来ました。
エスパル仙台の中にある、「東北カフェ&バル トレジオン」でひと休みです。 -
盛岡サンファームのミックスベリーパンケーキをいただきました。
暑い中、けっこう歩いたので、アイスコーヒーが旨い! -
ミックスベリーのソースが美味しいです。
トロトロのパンケーキ。 -
鹽竈神社・志波彦神社の茅の輪
玄関に掲げました。 -
梅花堂塩釜本町店で買った、伊達やきと藻なかさぶれ。
特に、藻なかさぶれはお土産として喜ばれます。
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