2025/05/05 - 2025/05/05
436位(同エリア611件中)
ミズ旅撮る人さん
- ミズ旅撮る人さんTOP
- 旅行記692冊
- クチコミ161件
- Q&A回答23件
- 1,032,826アクセス
- フォロワー48人
新潟県上越市に頚城区という読み仮名の難しい地名があります。「くびき」と読みます。直江津駅から真東に流れる保倉川の近くにかつてこの地域を走っていた頚城鉄道の遺構を保存し、現存している車両を動態保存している「くびき野レールパーク」があります。ここには軽便鉄道で走っていたコッペルの蒸気機関車が保存されています。ただ、年に4回程度の一般公開日にしか見ることが出来ません。たまたま今年は5月5日が公開日で、砺波チューリップフェアとともに訪れることが出来ました。
保存会の人たちが大事にして来た展示物を見せてもらう程度のつもりで訪れたのですが、なんと親子連れが大挙して訪れる人気イベントでした。動態保存している客車3両は常に満席です。あまりの盛況ぶりに驚きました。直江津は「D51レールパーク」があるし、新潟市には「新津鉄道資料館」があります。新潟は鉄道を愛する土壌があるのでしょう。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
頚城鉄道線 発祥之地 百間町駅跡
頚城鉄道は、1914(大正3)年に現在のJR信越本線黒井駅から、北越急行ほくほく線浦川原駅までの15㎞を走っていました。狭軌762㎜の軽便鉄道で、1971年に廃線となりました。 -
「車両展示資料館」ここに各種車両が保管されているのですが、今日はそれらに乗って動くのを体験することが出来ます。入場は無料ですが、寄付金箱があります。何度も訪れる人が多いのか、すっとお札を入れて行く人が目に付きました。こうやって支えているんですね。
-
車庫に入ってすぐの所になんと転車台がありました。普通は車庫を出た屋外にあるものです。これは、旧百間町機関庫敷地内から掘り出されたものです。軽便鉄道の転車台はこんなに小さいのですね。
-
車両展示資料館(旧百間町客車庫)は、1914(大正3)年建築で、廃止後も解体されずに残っていたものを改装して使用しています。 中には2本の線路があり、左側に停まっている車両に乗車体験することが出来ます。
-
「客車ハ6」
1911(明治44)年新潟鐡工所製と言われています。元々は魚沼鉄道で使用されており、1949(昭和24)年に頚城鉄道に譲渡されました。1968(昭和43)年の部分廃線時まで活躍しました。2006(平成18)年に外装を復元しました。“○にアルファベットのK”=「マルケー」のロゴマークが描かれています。 -
客車と客車の間には、 無蓋貨車 ト5が連結されています。1914(大正3)年の日本車輌製で、2011(平成23)年に外装を復元しています。現在は体験乗車時、荷台に畳を設置した「お座敷貨車」となっています。
-
ディーゼル機関車のすぐ後ろに連結されている気動車ホジ3に乗車しました。1932(昭和7)年、自社工場(百間町)で改造
2006(平成18)年及び2012(平成24)年に修繕して動態保存になりました。ただの客車ではなく、運転席が付いています。 -
前方を向くと、ディーゼル機関車DC92が見えます。
1954(昭和29)年、協三工業(福島県)で蒸気機関車1号機の部品(足回り)を用いてディーゼル機関車に改造されました。
2006(平成18)年に外装を復元し、2007(平成19)年に動態保存へ。3両あったディーゼル機関車のうちの1両です。 -
「網棚」と「吊り革」です。昔は本当に網の棚でした。
-
復元した時に施したのか、吊り革の根元にハートが付けられています。取付金具もデザイン性豊かな逸品です。
-
車内にはホジ3の説明板がありました。
-
客車にはそれぞれ車掌さんが付いています。車両の細かい説明などをしてくれます。案内が板に付いているのでついつい本職さんと思ってしまいますが、保存会のボランティアさんですね。
-
客車と客車の間には、屋根や壁のない貨車に畳を敷いた特製の客車があります。トロッコ列車と思えば特別席ですよね。乗りたかったです。
-
乗車体験では、車庫を出て行った列車は敷地の端で止まり、ポイント切り替えの後、一番道路寄りの線路に入って、車庫の横に行きます。帰りはその逆です。車庫に戻って行く時に隣の線路に保存されているコッペルが見えました。
-
これが無蓋貨車ト5です。ベンチになるように木組みで簡易ベンチを作り、その上に畳を載せてあります。
-
次の回がすぐに出発して行きます。
-
ホジ3で車掌をしていた彼は今度は最後尾で旗振りをしています。
-
保存車両のいるホームに行ってみました。かつての写真などが展示されています。ここは新潟県上越市、雪国だからラッセル車もいたんですね。
1968(昭和43)年10月1日に新黒井~百間町間の5.4kmおよび飯室~浦川原間の3.7kmが廃止となり、残された百間町~飯室間も1971(昭和46)年5月2日に廃止となしました。 -
「積雪1m50㎝」屋根に積もった雪は人の背丈ほどもあります。
廃線後は2号蒸気機関車が埼玉県の西武鉄道山口線に移籍した他、一部の客車が近隣の小学校で保存されました。 -
車庫の窓から外を見ると、駅員らしからぬなごやかな語らい。一人は一眼レフまで構えています。きっとHPで報告する時に使う写真を撮っているのでしょう。
廃線後行方不明となった車両がほとんどでしたが、30年も経ってから、兵庫県の六甲山中に保管されていることが判明しました。今回乗車体験をしているDC92・ホジ3・ハ6などが頚城野に戻って来ました。 -
車庫の横に客車が入って来ました。
六甲山から戻って来た車両を修理・改修して、2005(平成17)年に一般公開されました。更に2007年から動態保存を始め、2008年に「くびき野レールパーク」となりました。 -
無蓋貨車ト5は、広々と周りが見られていいなあ。
-
ホジ3の運転席にはちゃんと小さなワイパーがついています。
ホジ3は2012年に動態保存となりました。HPでは「運転する車両編成は、原則としてDC92+ト5+ハ6の3両編成あるいはホジ3単行」となっていますが、この日はDC92・ホジ3・ト5・ハ6の豪華メンバーでした。 -
ディーゼル機関車DC92が見えて来ました。六甲山の山の中の小さな車庫の中に眠っていた機関車です。どういう経緯で兵庫で保管されることになったのでしょうか。
-
マルKのマークが誇らしげです。なんだかいっぱいプレートがありますね。右下には昭和29年に協三工業でディーゼル機関車に改装された時のプレートがあります。
-
車庫を出てスイッチバックして来た車両は、車庫の横の線路に入線して来て、ここで止まります。この線路は頚城鉄道当時の線路なのだそうです。
-
車庫の先頭にいるコッペル2号です。
1911(明治44)年、ドイツ・コッペル社(Orenstein & Koppel ArthurKoppel AG)製
もともとは土木工事請負業者である大丸組が、品川沖埋め立て工事
(東京都。現在のJR品川駅や東京総合車両センター付近)を実施する際に輸入した5両のうちの1両です。工事終了後はそれぞれいくつかの私鉄に売却され、この車両は流山鉄道4号機を経て頸城鉄道に来たと言われています。 -
当初は3号機でしたが、旧2号機が売却されたために番号が繰り上がり、“2代目の”2号機となりました。
-
コッペルの銘板にはベルリン・ロンドン・ニューヨークの文字が見られます。小さな蒸気機関車ですが、世界を股にかけているのですね。
-
1966(昭和41)年に廃車。1972年から数年間、西武鉄道山口線(埼玉県)で動態保存運転が行われた後、新潟に戻りました。取り付けられている赤いプレート類は、山口線時代の名残です。
現在は有火状態(自走できる状態)で保存されていない上、老朽化が進行しているため原則として静態展示となっています。それでも足回りが塗装に覆われていなくて元気なのが嬉しいです。 -
上部のピンク地に金色のマークは西武鉄道のものです。
通称「野球マーク」と呼ばれ、野球のボールのように見えますが、西武の「西」の字をモチーフとして大正時代から使用されており、西武ライオンズ球団とは関係ないのだそうです。尚、2007年からマークは変更されています。 -
スイッチバックを終えた客車が車庫に向けて後進して来ます。
-
乗車体験は大人気で既に次の便を待つ人々が並んでいます。初めて乗る人を優先しますが、2回目以降の人も席が空いていれば乗せてくれます。
-
ハ6が車庫に入って来ました。
-
ホジ3の扉。窓ガラスに「乗務員室 立入禁止」と書かれています。ここ、運転席なんですね。
-
乗客はこちらの扉から。上部の枠がなんて可愛いのでしょう。木造だから小さな細工が簡単に出来るのでしょうね。
-
コッペル2号機は、これらの客車を牽引したことがあるのでしょうね。高い煙突が格好いいですね。
-
DC92が車庫に入って来ました。本日2回目の運転が終わります。あと何回走るのかな?
-
コッペルの前照灯。
-
お、これは・・・まさか油差し?蒸気機関車の足回りにはたくさんの油壺があります。ベアリングの代わりの潤滑油です。運行が終わるごとに水や石炭とともに油も補給します。
群馬県の水上駅では、現役運行をしているD51498とC6120が転車台で回転したり、補給作業を見学することが出来ます。この際には油差しもしているので、気を付けて見てください。 -
コッペルの運転室。床にエア・コンプレッサーが置いてあります。どうやら煙突から煙を出しているようです。そう言えば、ぽわんと出ていたな・・
-
コッペルの後ろのワ7貨車
-
その後ろのワ14。
-
最後のニフ1郵便車のようです。
-
あれ?イコちゃんじゃない?この辺りはJR東日本の管轄だと思ったけど・・・いいな、これ。う~ん欲しい。
-
次の便が出て行きました。沿線のカメラマンもお待ちかね。こんなに人気のアトラクションだとは、思っていませんでした。おみそれしました。
-
道路側にもカメラマンがいます。ここは一応踏切なんですね。
-
この車庫が人々で賑わうのは年に数回だけです。もったいないなあ。
-
まるで本物の鉄道員のようですね。
-
車庫の外にはもう1本線路があり、トロッコ遊びが出来ます。
-
プラレールもありました。
-
雪を被った妙高山が綺麗に見えます。
-
車両展示資料館(旧百間町客車庫)を道路側から見ています。公開日でないと、この壁しか見られないのですね。
-
この線路を走った車両たちが、30年の月日を経て今またここを走っています。当時を知らない年代の人も参加して、たくさんの子供たちを乗せて走ります。
-
スイッチバックのポイントで列車を待ちます。
-
線路の脇にはロープが張られていて、カメラマンたちが近付き過ぎないようにしてあります。
-
「ポイントを通過する際には、揺れることがありますのでご注意ください。」車内で言っているんだろうな。
-
わはは・・・今回も満席だね。鉄道マンたちも力が入るね。
-
ポスターにしたい1枚。これを見たら、乗るだけでなく運行に携わりたいという人も来るんじゃないかな。
-
ポイント通過。乗客たちの目線も線路に注がれます。あれ?このお兄ちゃん、さっきホジ3で車掌をやっていて、その後ハ6の最後尾にいたね。何でも屋さんだわ。
-
さあ、ポイントの切り替えだ。ポイントが切り替えられると見える標識が変わるようになっています。今は、オレンジの矢羽根のような標識です。
-
ほら、青に白字のSになりました。この操作をやりたかったら、北海道の陸別で気動車の運転体験をすると、ポイント切り替えもやりますよ。但し標識は無かったです。
-
ポイント切り替え完了。車庫に向けて出発進行!
-
車庫の中に納まりました。次の乗車を待つ人たちがコッペルの横にまでいます。
-
「くびき野レールパーク」にはもう一つ頸城鉄道歴史資料館があります。1942(昭和17)年建築の旧頸城鉄道本社社屋で国の登録有形文化財です。2013(平成25)年に修復されました。イベント時には紙芝居などが行われます。
2025年の一般公開は5/5の次に6/15、9/21、10/19となっています。直江津駅とのシャトルバスも運行されるので、是非訪れてみてください。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
上越・直江津(新潟) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
65