2025/06/01 - 2025/06/01
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SamShinobuさん
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今月、パリの友人に会いに行くことになり、念願のオランジェリー美術館やオルセー美術館を楽しみにしている。ところが、その2館からルノワールとセザンヌが世界巡回展で多数日本に来ていることがわかった。向こうでは観ることができない作品たちに、まずは東京で会っておこうと思った。
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東京駅丸の内南口から出る。
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大江戸骨董市
三菱一号館美術館のすぐ横で、骨董市が立っていた。 -
東京国際フォーラムの前で定期的に開催されている日本最大規模の骨董市。約250店が出店している。
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ぶらぶら見て回るのは楽しい。
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インバウンドの多さにびっくり。ずらりと並んだ骨董品に興味津々の外国人たち。日本人でも骨董品って価値がよく分からないのに、皆さんけっこう買っている。
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三菱一号館美術館
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パリのオランジュリー美術館発信の巡回展が三菱一号館美術館で5月29日から始まった。オランジュリー美術館がルノワールとセザンヌ2人の画家を同時にフォーカスして企画した本展は、世界巡回展としてミラノ、スイス、香港を経て日本にやって来た。
この展覧会はオランジュリー美術館だけでなく、オルセー美術館からも作品が来ており、ルノワールやセザンヌ、そして2人に影響を受けたピカソなどの52点の油彩画が展示されている。
観覧料:一般 2,500円 -
ポール・セザンヌ
《田舎道 オーヴェール=シュル=オワーズ》
1872-1873年
オルセー美術館 -
ポール・セザンヌ
《赤い岩》
1895-1900年頃
オランジュリー美術館 -
ポール・セザンヌ
《シャトー・ノワールの庭園で》
1898-1900年
オランジュリー美術館 -
ポール・セザンヌ
《赤い屋根のある風景 (レスタックの松)》
1875-1876年
オランジュリー美術館 -
ポール・セザンヌ
《舟と水浴する人々》
1890年頃
分割された後に再びつなぎ合わされた 3つの部分からなるカンヴァス
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《セーヌ川のはしけ》
1869年頃
オルセー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《海景、ガーンジー島》
1883年
オルセー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《アルジェリア風景、 ファム・ソヴァージュ(野生の女)峡谷》
1881年
オルセー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《イギリス種の梨の木》
1873年頃
オルセー美術館 -
ポール・セザンヌ
《セザンヌ夫人の肖像》
1885-1895年
オランジュリー美術館
17年間も同棲して、ようやく籍を入れてもらえたセザンヌ夫人のオルタンス・フィケ。 -
ポール・セザンヌ
《セザンヌ夫人の肖像》
1885-1895年
オランジュリー美術館
オルタンス・フィケの肖像画はなんと24点も描いたセザンヌ。でも、どのオルタンス・フィケもちょっとムッとしている。 -
ポール・セザンヌ
《庭のセザンヌ夫人》
1880年頃
オランジュリー美術館
もう一枚、オルタンス・フィケ。 -
ポール・セザンヌ
《画家の息子の肖像》
1880年頃
オランジュリー美術館
セザンヌとフィケの子供で、名前はセザンヌと同じポールという。顔が母親のオルタンス・フィケに似ている。特に何か言いたげな口元はそっくり。 -
ポール・セザンヌ
《画家の息子の肖像》
1880年頃
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《若い男と少女の肖像》
1876年
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《風景の中の裸婦》
1883年
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《風景の中の裸婦》
1883年
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《長い髪の浴女》
1895年頃
オランジュリー美術館
前の《風景の中の裸婦》と比較すると、ルノワールのタッチが大きく変わったのがよく分かる。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《ピエロ姿のクロード・ルノワール》
1909年
オランジュリー美術館
ルノワールの末っ子、クロード。親友モネと同じ名前だ。この絵のモデルは8歳の時で、ピエロの格好をさせられている。ルノワールのモデルをするのは嫌だったそうだ。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《ピアノの前の少女たち》
1892年頃
オランジュリー美術館
それにしても、オランジェリーの所蔵するルノワールとセザンヌの代表作が、ごぞっと日本に来てきたら、さぞかしオランジェリーが寂しいことになっているじゃないかな。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《ピアノの前の少女たち》
1892年頃
オランジュリー美術館
ルノワールは、この同じ年に「ピアノの前の少女たち」を3点描いている。若干のポーズの違いはあっても、ほぼ同じ構図で描いているので、このテーマが気に入ったんだろう。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《ピアノの前のイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル》
1897年頃
オランジュリー美術館
「ピアノの前の少女たち」から5年後、同様のテーマで描かれた作品。後ろにドガの絵が掛かっているのが面白い。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《手紙を持つ女》
1890-1895年
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《2人の少女の肖像》
1890-1892年
オランジュリー美術館 -
ポール・セザンヌ
《樹木と家》
1885年頃
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《雪景色》
1875年頃
オランジュリー美術館 -
ポール・セザンヌ
《わらひもを巻いた壺、砂糖壺、りんご》1890-1894年
オランジュリー美術館
出た、多視点。近代絵画の父と言われたセザンヌは、一枚の絵の中でそれぞれの対象物を違う視点から捉えるという誰もやったことのない手法で、ピカソらのキュビズムに影響を与えた。
でもそれは単に遠近法が下手くそで、遠近法の基本である消失点が上手く使えなかった、要は多消失点になってしまっただけだと思う。だってこのテーブルの傾きとか、子供が描くとよくこうなるよね。「これじゃあ、りんごが落ちちゃいますよ」と、先生に注意されるやつ。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《桃》
1881年
オランジュリー美術館 -
ポール・セザンヌ
《青い花瓶》
1889-1890年
オルセー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《花瓶の花》
1898年
オランジュリー美術館 -
ポール・セザンヌ
《水浴者たち》
1899-1900年
オルセー美術館 -
ポール・セザンヌ
《3人の浴女》
1874-1875年頃
オルセー美術館 -
ポール・セザンヌ
《5人の水浴する人々》
1876-1877年
オルセー美術館 -
ポール・セザンヌ
《草上の昼食》
1876-1877年
オランジュリー美術館 -
ポール・セザンヌ
《草上の昼食》
1876-1877年
オランジュリー美術館
マネリスペクトで、モネが「草上の昼食」を描いているが、セザンヌも描いていたんだ。セザンヌが同じくマネリスペクトで描いた「モデルヌ・オランピア」同様、リスペクトの割に何描いているんだかよくわからないぞ。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《座って脚を拭う浴女》
1914年
オランジュリー美術館
晩年のルノワールは、どうしちゃったのというくらいだらしない身体の裸婦ばかり描く。それも実物のモデルよりかなり太めに描くので、モデルたちは「私、こんなに太ってない!」と怒っていた。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《庭のガブリエル》
1905年頃
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《遊ぶクロード・ルノワール》
1905年頃
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《ガブリエルとジャン》
1895-1896年
オランジュリー美術館
後に世界的な映画監督になるルノワールの次男、ジャン。可愛い!でも遊んでいるおもちゃがぐぢゃぐぢゃで何だか分からないゾ。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《頬づえをつく女》
1910-1914年
オランジュリー美術館
手がデカい! -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《帽子の女》
1915-1919年
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《バラをさしたブロンドの若い女性》
1915-1917年
オランジュリー美術館
このモデルは、 後にルノワールの息子ジャンと結婚したカトリーヌ・ヘスリング。カトリーヌはルノワールのヌードモデルをしていた。
ルノワールの次男のジャン・ルノワールはフランスを代表する映画監督だ。「大いなる幻影」「ゲームの規則」等、映画史に残る名作を多く残している。
まだ20歳そこそこだったジャンにとって、素っ裸のモデルが家でうろちょろしていたらたまったもんじゃない。案の定、パパの目を盗んでカトリーヌとできてしまう。カトリーヌは映画女優になるのが夢で、ジャンに「あなた、パパが有名な画家で金持ちなんだから、映画を製作して私を出してよ」と迫る。そしてジャンは本当にカトリーヌ主演の映画を製作して、ふたりはめでたく結婚。後にジャンは映画監督になって大成功を収めるが、結局ふたりは離婚。 -
オディロン・ルドン
《グラン・ブーケ(大きな花束)》
1901年
三菱一号館美術館
三菱一号館美術館が誇るルドンの名作。
ルドンは「花束」を16点描いており、残りの15点は全てオルセー美術館が所蔵している。「花束」シリーズで一番良いと言われている《グラン・ブーケ(大きな花束)》が日本にあるなんて、オルセーは絶対欲しいよね、これ。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《チューリップ》
1905年頃
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《花》
1901年頃
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《バラ》
1890年頃
オルセー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《桟敷席の花束》
1880年頃
オランジュリー美術館 -
ポール・セザンヌ
《青い花瓶の花》
1880年頃
オランジュリー美術館 -
ポール・セザンヌ
《花と果物》
1880年頃
オランジュリー美術館 -
ポール・セザンヌ
《スープ鉢のある静物》
1877年頃
オルセー美術館 -
ポール・セザンヌ(帰属)
《青りんごと洋梨のある静物》
1873-1875年
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《いちご》
1905年頃
オランジュリー美術館 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《りんごと梨》
1895年頃
オランジュリー美術館 -
田舎者で偏屈なセザンヌの画家友達は、ピサロだけかと思っていたが、実はルノワールとも仲が良かったと今回初めて知った。
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ニューキャッスル
買い物があったので、銀座まで歩いてきた。
銀座カレーの老舗、1946年創業。
元々はもう少し有楽町寄りにあった。その頃はよく食べに来ていたが、こちらに移転してからは初訪問だ。訊けば、2013年に移ってきたそうなので、少なくとも12年以上ぶりになる。 -
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辛来飯(カライライス)は量が少ない方から、品川、大井、大森、蒲田と、名称が京浜東北線の駅名になっている。「大井(多い)」「大森(大盛)」とダジャレが昭和だ。細かくメニューを見ると、英語とグラム数まで併記されていて初心者にも分かりやすくなっていた。
品川(極少・BABY 30g)、大井(少ない・KID 60g)、大森(小盛・SMALL 120g)、蒲田(少なめ・LESS 180g)、つん蒲(ふつう・REGULAR 240g)。移転前は、つん蒲なんてなかった気がする。味はどれも同じで、大森より上は目玉焼きがのっている。 -
まずはビール(500円)を注文。以前は仕事中に食べることが多かったので、食後の珈琲が定番だったが、やっぱりカレーにはビールでしょう。
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辛来飯(カライライス)大森(1,000円)+ルー増し(200円)
懐かしい~!この味、この味。今どきのパンチばかりのカレーと違い、肉なんか入ってなくてもコクと旨味が体に染み渡る。辛さもあとからジワリとくるくらいだが、ご老体にはそれくらいが丁度いい。また来よっと。
オランジュリー美術館所蔵のルノワールとセザンヌの名品が海外でこれだけ揃うのは珍しい。名画と名物カレーでお腹いっぱいの1日でした。
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この旅行記へのコメント (1)
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- chinpeiさん 2025/07/05 20:53:01
- 凄い
- 日本の美術館制覇されるんですか?こんなにたくさんの美術館を巡るのは物凄い情熱ですねww
海外もチャレンジして私に見せてください。私は行かないので(笑)
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