2025/05/18 - 2025/05/18
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SamShinobuさん
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2つの美術館でたまたま上村松園が観られると知って はしごすることにした。
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台湾小菜 楽衆軒
ちょうどランチタイムだったので、まずは腹ごしらえから。白金台駅前にある中華料理店に入る。 -
台湾出身のご主人が作る料理は、日本人の舌に合った町中華だ。
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生ビール小600円
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ニラ玉定食1,200円
ほっとする安定の美味しさ。さあエネルギーをチャージしたぞ。 -
港区立郷土歴史館
ぐるっとパスで企画展・常設展(セット券400円)が観られるので、ちょこっと立ち寄り。 -
中央ホールの吹抜けは、毎度の事ながらうっとりする。
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「歴史館コレクション ひびきあう美術」
珍しいことに、今回の企画展の撮影はOKなのに常設展はNG。以前は常設展の撮影もOKだったのに何かあったのかな。 -
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この作品の画家、ラグーザ玉(清原玉)は、21歳で絵の先生だったラグーザについて単身イタリアに渡る。そして1889年にイタリアでラグーザと結婚。夫の死後、1933年に72歳で帰国し、亡くなるまで絵を描き続けた。その当時、日本人女性がイタリアで暮らすのは大変だったろうな。彼女の生涯を想像しながら紫陽花を観る。
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新板浮絵 忠臣蔵 第十段目
葛飾北斎 -
愛宕山より品川沖を望む(複製)
明治10(1877)年
高橋由一
あれっ、これ横浜美術館で観たぞ。と思ったら、なんと複製だった。
キャプションによると、
「博物館が資料を収集する手段は、購入・寄贈・ 複製の大きく三通りがあります。このうち複製は、 かけがえのない資料が不測の事態で失われた際の記録となり、さまざまな要因で実物を見ることができない際の補助的な助けとなり、精密な写しを作ることにより技術を次世代に引き継ぐ素材ともなります。」とあった。へぇ~、博物館の業務に複製なんてあるんだ。知らなかった。 -
初代中村仲蔵の男伊達
明和8(1771)年頃
勝川春章
縦に細長い「柱絵」と呼ばれる判型の一図。
これはパリの美術商、林忠正 (1853~1906年)が所蔵していた。
林忠正といえば、当時のフランスで日本ブームを起こした張本人だ。法律の勉強をするため留学していた黒田清輝に絵を勧めたのも彼だ。 -
休憩室も渋い。
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松岡美術館
開館50周年記念1975 甦る新橋 松岡美術館
ぐるっとパスで1,400円→700円。
撮影は無音ならOK。そのためにコンパクトカメラも持ってきた。 -
松岡美術館は1975年、実業家の松岡清次郎が新橋に開館した。その後2000年に白金台の松岡清次郎私邸跡地に移転。今回は開館50周年記念で、珠玉の所蔵品を展示。お目当ては上村松園の《春宵》だ。
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ペネロープ
エミール=アントワーヌ・ブールデル (1912年 )
エントランスを入ると、正面でお迎えしてくれるのはブールデルのペネロープ。トロイア戦争の英雄オデュッセウスの妻のペネロープは、出征中の夫を待ち続けた。美貌の妻は言い寄る男達を尻目に、夫を心配して物憂げな表情。ロダンの弟子、ブールデルの傑作。
美貌の妻と言うけど、凄まじく下半身デブなんですけど。 -
鷄狗子図(とりくしず) 1787年
円山応挙
右幅に鶏の親子、左幅は3匹の仔犬。 -
写実の人、応挙の鶏は見事。そして相変わらず仔犬は可愛い。
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春宵(しゅんしょう)
1936年
上村松園
これが観たかった。
松園、61歳の作品。
《序の舞》と同じ年の作品。若いほうの芸妓の初々しさがいい。何を耳元で囁かれているのだろう。
上村松園の生涯をモデルにした映画「序の舞」は、1984年に名取裕子主演で製作された。映画の中で松園の絵が10点以上登場するが、本物はライトを当てると傷んでしまうために使えない。そこで3000万円かけて、京都市立芸術大学の教授のスタッフに模写してもらったそうだ。
当時26歳だった名取裕子の、ヌードでの激しい濡れ場が話題になったが、松園の凄まじい人生を見事に演じ切っていた。勿論映画なのでフィクションが入っているのは理解した上で、松園の絵に対する執念に感動したものだ。 -
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青花牡丹唐草文双耳壺
中国 元 14世紀 景徳鎮窯
キャプションによると「元時代に良質な白磁の原料である磁土カオリンが豊富な景徳鎮窯で、青花技法は完成しました」とある。出た、カオリン!先日、松濤美術館の「セーヴルフランス宮廷の磁器」展で勉強したばかりの硬質磁器だ。
青花とは青料で絵付けしたものに、透明釉を掛けて1300度ほどの高温で焼いた磁器。1300度で焼けるのも硬質磁器だからというのは、この前覚えたての知識でした。 -
三笠山
酒井抱一 -
夕月
横山大観
1939年 -
鷺
下村観山
1919年
観山といえば、横浜本牧にある三渓園の原三渓がパトロンで、三渓園に行くと観山の作品が多く展示してある。 -
桜舟
池田 蕉園
1912年頃 -
山種美術館
「生誕150年記念 上村松園と麗しき女性たち」
ぐるっとパスで200円引き(1,400円→1,200円)
撮影NG。
代表作《序の舞》(重要文化財 東京藝術大学大学美術館)はなかった。東京藝術大学大学から借りられなかったのかな。 -
山種美術館のホームページを見ると「松園と同時期に東京画壇で活躍し、美人画家として名高い鏑木清方。清方が手がけた珠玉の名品を松園作品と一緒にご覧になれる貴重な機会です!」とあった。
かつて鏑木清方は上村松園の美人画を「連綿たる情緒に欠ける」と批判した。連綿たる情緒?なんじゃそりゃ。鏑木清方の美人画を観ると、どこか艶っぽい。それを情緒と言うなら、松園の絵は凛とした日本女性からほのかな色気は感じてもエロくはない。
当時の日本画壇は完全な男社会だった。師匠である鈴木松年の子供を身ごもった松園は、どんなに叩かれても決して父親が誰かは言わなかった。鈴木松年は妻帯者だったのだ。父親の名を言えば日本画の世界では生きていかれなくなる。日本画に命をかけた松園は自分の生き様も込めて、芯のある日本女性を描き続けた。男目線で日本女性を描いた鏑木清方とは、根本的に違うのだ。 -
蛍 1913(大正 2)年
画像はフライヤーから。
蚊帳を吊っていたら、ふと部屋に入ってきた蛍に気付く若い女性。浴衣姿から漂う色気こそあれど、そこは松園、高尚さが漂っている。 -
庭の雪 1948(昭和 23)年
フライヤーから。 -
つれづれ 1940(昭和 15)年頃
フライヤーから。 -
砧 1938(昭和 13)年
フライヤーから。 -
こちらの作品1点のみ写真撮影OKだった。
杜鵑(ほととぎす)を聴く
上村松園 (1875-1949)
1948年 73歳作 -
上村松園のことば
「いたずらに高い理想を抱いて、自分の才能に疑いをもったとき、平々凡々な人間にしかなれないのなら、別に生きている必要はないと考え、絶望の淵に立って死を決したことも幾度あったことか」
これを読むと、松園の覚悟は並大抵のものではなかったことが分かる。命懸けで日本画に向かい合っていたからこそ、あのような傑作をいくつも生み出せたのだろう。 -
月のはなれ
銀座の隠れ家。
今日は北村真紀さんと吉川大介さんのデュオ。 -
真紀さんから「今日も銭湯行って来たんですか」と聞かれる。残念ながら金春湯は日曜休みなのだ。
居心地の良い店が真紀さんの演奏でさらに素敵な空間になって、お酒が美味しく飲めた。 -
博多天神 新橋1号店
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きくらげラーメン(750円)
シメはいつもの博多天神。うめぇ~。
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