2024/09/20 - 2024/09/21
1位(同エリア22件中)
RAINDANCEさん
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アメリカ南部アラバマ州、メイコン郡の郡都であるタスキギーを訪れました。この町は州都モンゴメリーのすぐ東にある人口1万人弱の小さな町で、黒人の人口比率が多い町です(2000年当時で住民の約96%)。この町も周辺の都市と同様に人種差別と公民権運動に関わる歴史を持ちますが、この町のそれは小さい町にしてはかなりディープなものです。
★「タスキギー・エアメン国立歴史地区」にて、アメリカ史上初の黒人パイロットによる航空部隊の歴史を知る。
★「人権&公民権文化センター」は閉館中でしたが、国によって差別的な人体実験(梅毒実験)が行われた町を歩いてみる。
[いただいた郷土料理/ご当地グルメ]
◎クラフトビール
◎「バッキーズ」のブリスケット・サンド(テキサスBBQ)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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以前、アラバマ州のモンゴメリーを訪れた際に、時間が無くて寄れなかったタスキギーへ。今回改めて、黒人の人権を踏みにじる忌まわしい人体実験が国によって行われたタスキギーと、併せて公民権運動に関わる事件の舞台となったセルマを訪れてみました。(セルマは別旅行記にてUP予定)
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まずは、金曜日の仕事を終えた後、この日に泊まる予定のアラバマ州の州都モンゴメリーを目指しますが、途上のここには寄らないわけにはいきません。
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毎度しつこくて恐縮ですが、テキサス州発祥の巨大コンビニ&ガソリンスタンド「バッキーズ(Buc-ee's)」、そのオーバーン店です。
バッキーズ (オーバーン店) スーパー・コンビニ
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バッキーズのガソリンは巷の店より確実にワンランク安いので、まずガソリンを入れます。
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そして店内へ。この旅行の翌月にはハロウィンですので、ジャック・オー・ランタンなどのハロウィン・グッズが既にたくさん並んでいました。
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名物のBBQサンド(スライス・ブリスケット・サンド)と、手作りポテトチップスに…
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…野菜サラダをゲットし…
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…沈みゆく夕陽に向かってドライブを続行。
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そして、モンゴメリーの東の郊外にあるホテル、「スリープ・イン&スイーツ・モンゴメリー・イーストI-85(Sleep Inn & Suites Montgomery East I-85)」に到着。
州間高速道路85号沿いにあるスリープ・イン、スリープ・インはやはりコスパ良し by RAINDANCEさんスリープ イン & スイーツ モンゴメリー イースト I-85 ホテル
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スリープ・インは、チョイス・ホテルズ系列の中でもコスパが良いので私たちのお気に入りです。フロントとラウンジ。(翌朝撮影)
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客室。広くて綺麗。
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バスルーム。
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湾曲したカーテンレールはシャワーブースの解放感をもたらすので好きです。
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チェックインを終えたところで、私たちのアメリカ旅の恒例であるブリュワリーへ。向かったのは「コモン・ボンド・ブリュワリーズ(Common Bond Brewers)」。
コモンボンドブリュワーズ 専門店
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週末だけにどんどんとお客さんがやって来ます。クラフトビールは、ペール・エールとIPAで。
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バッキーズでゲットしたフードとともに。いやもう最高!
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周囲を見てると、隣のピザ屋から持ち込んでる方が多かったです。BBQサンドも良いが、熱々のピザも良いなぁ。もう一杯はスタウトで。
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ビールと食事をしながら、ブリュワリー等に良く置いてあるこのゲームで遊んでみたり。
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この糸から吊るされたリングを持ち上げて、うまい軌道でリリースし…
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…フックに引っ掛ける「フック&リング」というゲームです。対面型になっていて2人で競えます。単純ですがつい夢中になってしまうゲーム。
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…ということで、この日はホテルに戻って休みます。
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翌朝…ホテルのブレックファスト。
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先述のようにコスパが良いホテル、朝食も料金の割にナカナカです。
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ホットミールに、セルフで焼くワッフル。
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これだけあれば朝食として充分。
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朝食後、モンゴメリーから35マイルほど東のタスキギーへ。旅行記の中盤にして、ここからがメインのタスキギー。
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I-85(州間高速道路85号)を下りてすぐのところ、タスキギーの郊外に「モトン・フィールド空港」があります。
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ここを訪れた目当ては、この空港に付属するとある施設。パーキングから施設へ向かう経路に案内板が立っています。
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「タスキギー・エアメン」…これは、米軍史上初のアフリカ系アメリカ人の航空部隊の通称名です。
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画像左に見えるのが目当ての「タスキギー・エアメン国立歴史地区(Tuskegee Airmen National Historic Site)」。そこまでは歩いて行きます。
タスケギー飛行士・国立歴史地区 史跡・遺跡
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途中にあったこの建物は「スカイウエイ・クラブ(Skyway Club)」という、飲食や音楽・ダンスなどを楽しんでいた、いわゆるクラブだった模様。
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こちらは、「バス&ロッカー・ハウス(Bath and Locker House)」。その名の通り、シャワーと更衣室などがある建物。
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「ハンガーNo.1」にたどり着きました。ここがビジター・センターになっています。
タスケギー飛行士・国立歴史地区 史跡・遺跡
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そのエントランス。入場はなんと無料です。
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モトン・フィールド(空港)/初等飛行訓練の本拠地…とのこと。エアメンはパイロットだけではない…とも。
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ハンガーの内部へ。訓練機と思われる複葉機が展示されていました。
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第2次世界大戦以前のアメリカは、白人同士でさえキリスト教の宗派や出身国によって差別があり有色人種が差別されるのは当然で、特に黒人に対する差別はひどかったのは周知のとおり。そういった差別は陸軍でも同じで、黒人を第一線の戦闘員として組織することはなく、きつい肉体労働や雑役要員としてのみ配置されている状況でした。
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そんな中、第2次世界大戦直前の1939年に、一部の黒人差別反対派議員の活動により米議会で黒人パイロット養成計画に予算が付き、タスキギー大学に史上初の黒人パイロット養成課程が開設され、訓練が始まりました。
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ここで白人よりも厳しいテストをクリアしパイロットとなった彼らは「タスキーギ・エアメン」と呼ばれ、厳しく選抜されただけあって能力面では総じて白人パイロットよりも優れていたとのこと。
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「エアメン」はパイロットだけを指すのではなく、技術者・無線通信士・医療関係者・物資関係・パラシュート艤装工・整備士・爆撃手・航海士・気象予報士・管制塔オペレーター・物流関係・調理担当など、すべての関係者がその該当だったそうです。また人種についても、白人将校・ネイティブアメリカン・カリビアン・ラテン系・それらの混血の人々も含まれていたらしい。
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こちらも訓練機でしょうか。
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向かいにもう一つのハンガー。こちらに入ってみましょう。
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おっと、こちらの方が断然に博物館的な雰囲気です。入ってすぐに、タスキギー航空隊を象徴する「レッド・テール」のオブジェ。
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タスキーギ・エアメンは、第332戦闘隊と第477爆撃隊に属して様々な戦闘機を駆使しましたが、もっとも戦果をあげたのが1944年7月から終戦まで使用されたノースアメリカンP-51「マスタング」でした。
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先述の様に、選りすぐられた高い能力を持つタスキギー・エアメン…彼らが駆るレッド・テール(赤い尾翼)の「マスタング」が護衛すれば、重爆撃機部隊はドイツ戦闘機に撃墜されることはほとんどなかったといいます。
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白人の爆撃機搭乗員が護衛のお礼をする際に、そのパイロットが黒人だったことを知り、それを機に人種差別をやめた人も多かったのだとか。そんな逸話が残る赤い尾翼。
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コチラのハンガーにはシアターがあり、タスキギー・エアメンについての解説が上映されてます。まずはこれを見てから…
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もう一度、しみじみとレッド・テールをまとった「マスタング」を観察。
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それまで激しい人種差別を受けてきたにも拘らず、白人と共に戦い命を懸けて白人を守ったエアメン…そして、そんなエアメンに感謝と敬意を示すことが当たり前と気づいた白人たち…。
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まさに、今のアメリカが思い起こす必要があるエピソードではないかと。
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2022年1月16日、アメリカ陸軍航空軍第332戦闘隊「レッド・テール・エンジェルス」として第2次世界大戦で戦った黒人パイロット、チャールズ・エドワード・マクギ―氏が亡くなりました(享年102歳)。ご存命だった最後のエアメン、「レッド・テール」のパイロットでした。(画像は別の人物です)
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「ホロコースト」を行った“民族浄化”のナチスと戦う…という戦争を舞台に、多民族国家アメリカの人種問題とその人間模様が垣間見れる場所でもありました。
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モトン・フィールド空港をあとにし、タスキギーの市街へ。
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目的の「タスキギー人権&公民権文化センター(Tuskegee Human & Civil Rights Multicultural Center)」にやって来ました。アレ?広い駐車場なのにクルマが一台も居ない…
Tuskegee Human & Civil Rights Multicultural Center 博物館・美術館・ギャラリー
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…なんとこの施設、オープン期間は5月28日から8月31日のたった3ヶ月間みたいで、訪れた9月では一足遅くクローズ期間でした。ここで「タスキギー梅毒実験」について知るつもりだったのに…おいおい。
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ガラス戸から内部を撮影。「タスキギー梅毒実験」は、貧しい黒人男性600人を対象に1930~70年代に行われた人体実験です。黒人梅毒患者を治療せず経過観察し亡くなったら解剖したという、黒人の権利を踏みにじった40年にもわたる恐るべき史上最長の人種差別的な人体実験でした。
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センターの横に、古い小さな小屋が建っていました。これは、後ほど紹介するタスキギー大学の創立者であるブッカー・T・ワシントン氏が子供時代に住んでいた家です。彼は奴隷として生まれながら、地道な努力で白人から信頼を得て慈善家とつながり、その支援で多くの黒人のための教育機関を設立していったそうです。
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タスキギー人権&公民権文化センターが開いていなかったのは残念でしたが、せっかくなのでタスキギーの街並みを眺めていきましょう。こちらは、1906年に裁判所として建てられ、現在はメイコン郡の庁舎となっている建物。
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「タスキギー」という町の名は、先住民のクリーク族の言葉で「戦士」を意味する「タスキキ」に由来しているそうです。
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1830年のインディアン移住法の可決後、クリーク族の大半はミシシッピ川の西のインディアン準州に移されてしまいました。
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タスキギーの町としては1833年に設立され、同年に郡庁所在地となり現在に至ります。
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この町は、公民権運動に貢献したローザ・パークスの出生地としても知られています。モンゴメリーで1955年、市営バスに乗車した彼女は「黒人席」の最前列に座っていましたが、白人客が増えてきたため運転手は黒人席の最前列を白人席に変更し、黒人に席を空けるように指示しました。これに従わなかった彼女が逮捕されたことで黒人の怒りが爆発し「バス・ボイコット事件」に発展しました。モンゴメリーの旅行記はこちらhttps://4travel.jp/travelogue/11788392
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町の中心から少し外れたところに1881年創立の「タスキギー大学」があります。有色人種の教師のための師範学校として設立された学校とのこと。
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創設者のブッカー・T・ワシントン、科学者のジョージ・ワシントン・カーバー、先述のタスキギー・エアメンなど、多くの重要なアフリカ系アメリカ人の人物が輩出されており、1974年に「タスキギー研究所国定史跡」に指定されたそうです。
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創設者のブッカー・T・ワシントンは、政治による黒人奴隷廃止のみでは真の解放は得られず、黒人たち自らが力をつけて社会に認められることが必要と考えました。タスキギー・エアマンもその一面と言えるかもしれません。
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やけにクルマが多いなと思ったら、大学で何かのイベントをやっていたみたいです。ライブ・ミュージックやDJもある模様。
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彼女たちもそれに向かう様です。そういえば、シンガーソングライター「ライオネル・リッチー」もこの町の生まれで、彼はタスキギー大学時代に「コモドアーズ」を結成しました。ソロになった後はグラミー賞を受賞した「オール・ナイト・ロング」やダイアナ・ロスとのデュエット「エンドレス・ラブ」、マイケル・ジャクソンと共作のUSAフォー・アフリカ「ウィ・アー・ザ・ワールド」などの代表曲で知られています。
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この辺でタスキギーをあとにします。努力する黒人を認め支援した白人が居た一方で、黒人を実験動物の様に人体実験に利用するという非道な行為…この両方がこの小さな町で起きたことに、奇妙な歴史の綾を感じざるを得ません。
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アラバマ州やジョージア州の田舎では、いまだに街道沿いに綿花畑とそこから風に飛ばされて道端に溜まっている綿(わた)をたまに目にします。かつてアメリカ南部の経済を支えたコットンベルトの綿花産業ですが、まだ細々とやっている農家があるようです。そんな風景を横目に、次の目的地であるセルマへ向かいます。
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