2025/04/04 - 2025/04/04
51位(同エリア193件中)
風待ちさん
全国でも珍しい町の「景観条例」を持つ真鶴町。「美の8原則」とそれぞれに「美の基準」が定められています。そもそも、バブル期に持ち込まれたリゾートマンションの開発計画に対し、町の景観を守ろうと条例が制定されたようです。たとえば、美の原則1の「場所」については・聖なる場所・斜面地・豊かな植生・敷地の修復・眺める場所・生きている屋外・静かな背戸・海と触れる場所という「美の基準」があり、町作りに生かされているのです。そこに暮らす人々の生活風景が織りなす風情が息づく町を歩いて楽しんできました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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丘の上の町役場に車を止め、ウオーキング開始。まず、舞鶴コミュニティーセンターへ。町の一般の民家と同じような作りに建てたという懐かしいような建物。
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中庭にあった小松石(相州石)で作った少年の像
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真鶴コミュニティーセンター。町の古民家を利用しているのかと思ったのですが、そうではなく町の美の基準に基づいて立てたモデルハウスでした。地元の素材・小松石を使い、海岸で拾った小石を敷き詰めたり、漁師網を飾ったりと面白いセンターでした。
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センターを出て、「美の町、背戸道コース」へ。落ち着いた町並み。
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小松石の石垣に、シダや草がしっかり住み着いてますね。
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西の道祖神
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背戸道に真鶴らしいタイルがはめられていました。
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真鶴町のマンホールのフタ。
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細い背戸道を歩いてきて、坂の上から漁港が見えました。
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階段を降りて漁港を目指します。途中、買い物袋を抱えて上がってくる人に何人か出会いました。生活するのは大変でしょうが、そんな暮らしが根付いている町なのですね。
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真鶴漁港に降りてきました。
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漁港の先を歩いて発見。
鵐 窟 (しとどのいわや)源頼朝が1980年石橋山の戦いに敗れた時、この岩屋に逃れ難を逃れたといいます。そしてここから千葉へと渡ったのです。 -
この洞窟に頼朝が逃げ込んだ際、追っ手が窟をのぞくと、「シトト」と言われる鳥が急に飛び出し、人影がないものとして追っ手が立ち去ったことから「しとどの窟」という名前がついたとか、
また、木の枝で窟をかくした者には「青木」、食料の手配した者には「五味」、見張りを立てて守った者には「御守」という名を授けたいう話もあり、真鶴には今も「青木さん」が多いというお話です。 -
港の炉端焼き「傳」でおいしい昼食をとり、町歩き再開。坂の途中に「魚伝」の昔の店を発見。漁港の店は6代目とか?
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東の道祖神さん。ここに眺める場所・一本松があったはずですが、切られてしまっていて探すのに苦労。こんなこともあるよね、としばし休憩。町役場に戻る道を地元の人に聞き、「背戸道・美の町コース終了。
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さて、第二ラウンド。「魚付き保安林コースへ」
まず「遠藤貝類博物館」へ。
本当のきれいなシェル構造の貝や、ナメクジも貝なんだとか。様々な貝が
ありました。
このままイヤリングにしたいような貝、ヒラセキキョウニシ。なんでこのような造形になったのか,自然は思いもよらない技を発揮するのですね。 -
こんなインスタ映えする貝も
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博物館を出てケープ真鶴の庭へ。三石への降り口があります。
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ケープ真鶴から、坂道が三石まで続いています。
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三石
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三石に降りていった帰り、脇道を歩いてみると、こんな素敵な椿のトンネルの道が
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ケープ真鶴に帰ってきました。まだ魚付き保安林を歩いていません。林道を移動して次を探します。
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中川一政美術館に隣接する石の広場から御林遊歩道が始まっていました。とりあえず「小鳥の池」まで行ってみようと歩き始めました。行ってみると、池は干上がっていて小鳥はいませんでした。帰る時間も近づいていたので,引き返し今回はここまで。
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魚付き保安林コース。今回は御林遊歩道を小鳥の池までしか行けませんでした。またいつか制覇したいと思いつつ今日は帰ります。小田原でおいしい干物も買わなくちゃ。
楽しいワンデーウオークでした。
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