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最終日は、今日の最初の目的地である「万座毛」に向かいます。「ザ・ブセナテラス」で朝食を済ませた後に荷物をまとめ、10:00頃にフロントに行きました。チェックアウトもスムーズ、レンタカーの出庫も素早く、後ろ髪をひかれる思いで「ザ・ブセナテラス」を出発しました。<br />11_万座毛<br />「ザ・ブセナテラス」から「万座毛」まで、距離にして12.7km、車で20分ほどです。「ザ・ブセナテラス」の正面玄関から「善瀬」の交差点まで500mほど進みます。「善瀬」の交差点から「国道58号」を右折し、8.8kmほど進むと二又に道が分かれるので右折し、「おんなサンセット海道」に入ります。3.2kmほど進むと「恩納」の交差点になりますので右折します。700mほど進むと「万座毛周辺活性化施設」があり、その前に無料駐車場がありますので、車を止め施設の中に入ると一番奥に「万座毛」の入口があります。<br />「万座毛」は、恩納村役場の北西にある岬で沖縄本島のほぼ中央に位置しています。「万座毛」は、琉球石灰岩からなる断崖絶壁と広大な芝生が特徴的な景勝地で、昭和50年(1975年)に沖縄県の「名勝」に指定されました。また、「万座毛」の石灰岩上に生えているハナコミカンボク、オキナワスミレ、オキナワマツバボタン、ヒメスイカズラなどの植物は、石灰岩層の植物群落として学術上たいへん重要なことから、県の「天然記念物」に指定されています。最大の見どころは、東シナ海に面した標高約20mの琉球石灰岩からなる絶壁に、象の鼻に似た奇岩があることです。「万座毛」の名前の由来は、かつて琉球王国の第二尚氏王統の第十三代国王「尚敬王」が、1726年に「万座毛」を訪れた際に、「万人を座するに足る」と称賛したことからその名が付けられたと伝えられたそうです。ちなみに、「毛」というのは沖縄方言で「葉っぱ」や「草原」を意味する言葉です。そして、「万座毛」の観光所要時間は20分あれば十分です。<br />「万座毛」は自然景観を楽しむスポットですが、営業時間が決められており、入場料も必要です。「万座毛周辺活性化施設」の一番奥に「万座毛」の遊歩道・散策路の入場口があります。「万座毛周辺活性化施設」の営業時間は、8:00&#12316;19:00で施設が閉まると「万座毛」へは入ることができません。「万座毛周辺活性化施設」は、令和2年(2020年)10月にオープンした施設で、1Fはお土産屋、2Fは沖縄そば等の沖縄料理の店舗もあり、ショッピングや食事も可能です。3Fは無料展望デッキとなっています。ただし、無料展望デッキからは、「万座毛」の「象の鼻」は見ることができません。<br />では、早速「万座毛」へ向かいます。まず、「万座毛周辺活性化施設」の1Fの奥に観覧券の自動販売機があり、購入し係員に提示し、「万座毛周辺活性化施設」をでるとすぐ前方に万座毛への入口があります。入口を入ると、目の前に「恩納岳」のなだらかな斜面が表現された石壁が姿を現します。足元に目を移すと、五つと四つの升目で「いつまでも、いつの世も」という意味を表すミンサー柄が配置されています。一番右手には、「恩納奈辺記念碑」があります。記念碑は昭和3年(1928年)に建立落成されました。記念碑の裏側には「波の声ん止まれ、風の声止まれ、首里天加那志美うんき拝ま」が刻まれています。碑の除幕式には長い間、途絶えていた恩納の臼太鼓踊りが催されたそうです。その左手には、「恩納ナビー歌碑」があります。「恩納ナビー歌碑」は、「恩納奈辺記念碑建立50周年」を記念して、昭和54年(1979年)に建てられました。説明板には、「波の声ん止まれ、風の声止まれ、首里天がなし美御機拝ま」と書かれていました詠み人の「恩納ナベ」は女流歌人で、大意は「波の音も静まれ、風の音も静かになれ、今私が首里の王様のご機嫌を伺いますから(お顔を拝しますから)」です。その左隣には、「巌谷小波句碑」があります。「巌谷小波句碑」は、恩納村教育委員会が昭和58年(1983)年に碑を建立しました。「巌谷小波」は、「ふじの山」や「一寸法師」の作詞者として知られています。説明板には、「しぐれなり おんな詩人の 碑を訪へば」と書かれ、「恩納ナビー」の歌に感動した童話作家の「巌谷小波」の句碑です。次は、左手に目をやると「御製碑」があります。平成24年年(2012)に天皇皇后両陛下が「万座毛」を訪れた際に陛下の詠まれた大御歌です。「万座毛に昔をしのび巡り行けば彼方恩納岳さやに立ちたり」と刻まれています。天皇皇后両陛下が平成24年(2012年)に沖縄県で開催された第」32回「全国豊かな海づくり大海(美ら海大会)」に出席した際、万座毛を訪れました。平成25年(2013年)に恩納村によって建立されたものです。「御製碑」から舗装された遊歩道を進むと「万座毛石灰岩植物群落碑」があります。隆起珊瑚礁の上にある天然のシバ草原には、沖縄でもここだけにしか見られない特殊な植物が生育し、沖縄県の天然記念物に指定されています。さらに草原の中の遊歩道を進むと、お目当ての「象の鼻」が左手に見えてきます。ここはフォトスポットで観光客全員が写真を撮っていました。当日は晴れていたので、コバルト色した「恩納ブルー」の海のグラデーションが鮮やかでした。「象の鼻」の奇岩…下に目を向けると透きとおったサンゴ礁の海が広がっていました。岩にぶつかり荒々しい白波が舞い上がる様子も感動的でした。いつまでも見ていられます。「象の鼻」から遊歩道を進むとちょうど真ん中あたりに、岩と岩が重なり合った部分があります。一見してハートの形にも見えました。その岩の隙間から覗くと、東シナ海の海の青とのコントラストが、鮮やかでとてもきれいでした。さらに進むとフォトスポットがあります。高さ約20メートルの断崖絶壁から広がる雄大な東シナ海の景色に心を奪われました。遠くには本部半島まで見渡せ、眺めていると、その美しさに思わず時を忘れてしまいました。その反対側には、「像の鼻」を撮影している観光客の姿が見受けられます。「万座ビーチ」…「万座毛」から北側の対岸に見えるの万座ビーチです。「万座ビーチ」は、環境省が選定した「快水浴場百選」にも選ばれ、日本を代表する美しいビーチとして親しまれています。》「万座ビーチ」にある「ANA InterContinental Manza Beach Resort, an IHG Hotel」もはっきりと目視できます。ゆっくり見学して20分ほど遊歩道を進むと「万座毛周辺活性化施設」に再び到着です。「万座毛周辺活性化施設」の入口に通じるデッキに「手をたたいてみてください。」という看板がありました。手を叩くと共鳴音がデッキに響き渡りました。「万座毛周辺活性化施設」の入口にあった「郵便ポスト」です。何と恩納村オリジナルフレーム切手の自動販売機も左側にありました。沖縄らしい女性のキャラクターが手に持った「郵便ポスト」です。ちなみに隣のフレーム切手は、毎年開催されている「うんなの魅力フォトコンテスト」の応募作品から選ばれた村内の絶景や人を収めた写真をもとに作られたものだそうです。…毎週木曜日に郵便局へ届けると記載されています。<br /><br />12_国際通り<br />「万座毛」から「国際通り」へ向かいます。まず、「Jネットレンタカー那覇空港店」へレンタカーを返し、「Jネットレンタカー那覇空港店」の送迎バスで「那覇空港」に向かいます。「那覇空港」でチェックインと荷物を預け、「ゆいレール」に乗り「県庁前」で下車し「国際通り」を目指します。どうして先にレンタカーを返し、「国際通り」へ行ったかというと、事前にネット等で調べた情報によると沖縄、特に那覇市内は渋滞が激しく、車を利用するより、早めにレンタカーを返し「ゆいレール」を使うのがベストな交通手段と書かれていたからです。確かに、スムーズに移動できたのは間違いありませんでしたが、シーズンオフの昼間は渋滞にあいませんでした。朝と夕方の通勤時間帯は渋滞が那覇市や嘉手納基地周辺など大きな市内ではありました。<br />では、「国際通り」に話を戻します。「那覇空港駅」から「県庁前駅」まで「ゆいレール」で13分ほどです。「県庁前駅」の改札口は、浦添方面にあります。改札口を出て右方向に進み階段を降り、「国道42号」を県庁方向に進むと「県庁北口」の交差点があり左手が「国際通り」になります。「国際通り」の道路の両側には、邪気から「国際通り」を守護する阿吽の二頭のシーサー像が設置されています。「国際通り」に向かって左側が吽のシーサー像、右側が阿のシーサー像になります。<br />「国際通り」の歴史と概要を紐解いてみると、「国際通り」は、第二次世界大戦後、焼け野原になった那覇市の中心部に少しずつ店が立ち並び、やがて「国際通り」は、南北に伸びる現在の大きな通りへと発展していきました。長さが約1マイル(1.6km)あり、復興の早さから「奇跡の一マイル」とも呼ばれました。現在でも県庁所在地に近いことから文字通り沖縄の中心といえる場所に位置しています。ちなみに、「国際通り」という名称は、1948年にオープンした「アーニー・パイル国際劇場」があった通りだったからというのが由来とされています。「国際通り」は、南北に伸びており、北端は「安里あさと三叉路」、南端は「県庁北口交差点」となっています。<br />「国際通り」には、沖縄の伝統工芸品や特産品を扱うお土産店や、沖縄料理や泡盛を楽しめる居酒屋、さらにはカフェ等のお店もあります。そして、毎週日曜日の12時~18時には、「県庁北口交差点」から「蔡温橋交差点」までの区間が歩行者天国になります。そこでは、オープンカフェやストリートパフォーマンス等の各種イベントなどを開催されるそうです。また、「公設市場」や「平和通り」、「市場中央通り」という商店街があります。アーケードになっており雨の日でも関係なく楽しむことができます。<br />「国際通り」は、ウィンドウショッピングで散策するにはまさに最適の場所です。あっという間に時間が過ぎてしまいますので、予め見る場所やお土産を購入する場所は事前にチャックしておいた方がいいと思います。私たちは、「国際通り」に入るとすぐ左手にある「雪塩さんど国際通り本店」でお土産に買おうと目星をつけていた「雪塩サンド」を購入しました。軽くて荷物にならず、帰ってお土産を配った人から美味しいと評判でした。ちなみに、「雪塩さんど国際通り本店」は、宮古島の雪塩のアンテナショップです。「雪塩」は、透明度の高い宮古島の海をそのままパウダー状にしたお塩で、素材の旨味を引き出すまろやかなしょっぱみのあるお塩です。夏などの暑い時期に来たら大人気のほんのりしょっぱいでも甘い「雪塩ソフトクリーム」もお薦めです。<br />「雪塩さんど国際通り本店」から少し進むと「かりゆしウェア マンゴハウス 国際通り2号店」がありました。「マンゴハウス」は「国際通り」にはこのほか、「ゆいレール」の「牧志駅」近くにある「国際通り1号店」と「国際通り」のほぼ中央に位置する「国際通り3号店」もあります。「マンゴハウス」は、かりゆしウェア(沖縄アロハシャツ)専門店です。デザインは全てオリジナルでデザインから販売までをすべて自社で行っているので、全商品完全オリジナルのため、ここでしか買うことができません。<br />「かりゆしウェア マンゴハウス 国際通り2号店」の隣には、「沖縄地料理 あんがま 国際通り店」があります。当日入店したわけではありませんが、二階部分に迫力のあるお面のようなオブジェが掲げられていました。存在感十分で否が応でも目に入ってきます。ちなみに、「あんがま」とは、石垣島の各地で旧暦7月旧盆中に行われる行事です。面を被った「ウシュマイ」・「ンミー」(爺・婆)と仮装した「ファーマー」(妖精)たちが家などをまわって歌や踊りを繰り広げる先祖を供養するための行事です。<br />次は、二軒先にある「御菓子御殿 国際通り松尾店」です。沖縄の古民家風の外観で、まさに「the 沖縄」ですね。「御菓子御殿」は、一大ブームとなった「紅芋タルト」で有名なお店です。店舗の二階には、レストランもあり、沖縄の古民家風の店内で、地元食材を使った琉球料理を提供しています。島唄三線のライブを定期開催されているそうです。<br />さらに進むと「松尾」の交差点の先の右手には、沖縄土産ならほとんど揃う「おきなわ屋 本店」があり、店頭にはシーサー像があります。「国際通り」の目を楽しませてくれるスポットと言えば、「おきなわ屋LOVELOVEシーサー」です。ここもフォトスポットで観光客が入れ替わり立ち代わり写真を撮っていました。「おきなわ屋」本店前に設置されている3mを超える巨大シーサー2体は、1体300㎏、高さは約3m30㎝、横幅は2体で4mほどあるそうです。<br />「国際通り」のほぼ中間点まで進むと、「市場本通り」がありました。「国際通り」には、「公設市場」や「平和通り」、「市場中央通り」という商店街があります。アーケードになっており雨の日でも関係なく楽しむことができます。「市場本通り」は、「国際通り」から「第一牧志公設市場」手前までの郷土菓子のお店や食べ歩きのできるお店が立ち並ぶ沖縄の魅力が凝縮された商店街通りです。「市場本通り」の先が「市場中央通り」になっています。迷路のように横道もあり自分がどこにいるか分からなくなりました。<br />次は、「平和通り」を抜けて「壺屋やちむん通り」へ向かいます。<br /><br />13_壺屋やちむん通り<br />「国際通り」から「平和通り」に入ると庶民的な沖縄の風景が目の前に広がってきます。そして、「平和通り」を抜け、道路の反対側には、焼物の街「壺屋地区」になります。通称で「壺屋やちむん通り」と呼ばれています。「壺屋やちむん通り」の入口左手には、焼物で造った案内地図もありました。ここで、事前に地形を頭に入れておけば効率的に観光することができます。<br />「壺屋やちむん通り」には、琉球石灰岩の石畳が約400mにわたり敷き詰められた緩い坂道があり、道の両側には、陶芸工房や直売店、ギャラリーが20件ほど軒を連ねています。また、見どころとして「那覇市立壺屋焼物博物館」、荒焼専門の登り窯「南ヌ窯」や「新垣家住宅」もあります。残念ながら「那覇市立壺屋焼物博物館」は3月いっぱい改装のため休館でした。<br />「壺屋やちむん通り」の入口の左手には、「壺屋陶芸センター」と「那覇市立壺屋焼物博物館」が隣接しています。「壺屋やちむん通り」の歴史を紐解いてみると、琉球王府が約300年前の1682年に、当時の王府が美里村(現沖縄市)の知花、首里の宝口、那覇の湧田にあった陶窯をこの地に集めて以来、「壺屋」は焼物の町としての歴史を歩み続けてきました。<br />しばらく坂道を進むと左手にシーサーと沖縄県指定文化財「南ヌ窯」(フェーヌカマ)の案内の木柱がありました。急な石段を上るとカフェ「陶器と喫茶 南窯」になっていて中を抜けると「南ヌ窯」(フェーヌカマ)があります。カフェ「陶器と喫茶 南窯」では、注文を受けてから豆を挽くという、香りよいコーヒーが人気メニューです。現代の名工「島袋常雄」の直売店でもある店では、シーサーや器が展示され、購入もできます。「南ヌ窯」(フェーヌカマ)は、「壺屋」にたったひとつ残った荒焼の登り窯です。ここでは、酒を入れる甕や水甕、厨子甕などがつくられていたそうです。そして、「南ヌ窯」(フェーヌカマ)は傾斜地を利用して作られており、幅3m、長さ20mのかまぼこ型で、窯の上は赤瓦屋根で覆われています。屋根を支える柱は焼けないように石柱や数個の石を積み上げた柱でできています。また、のぼり窯の周囲には、窯を保護する役目をする石積みが見受けられます。焚き口は下方にあり、窯の内部はしきりをせずにトンネル状になっています。現在は使われていませんが、壺屋焼300年の歴史を今に伝える沖縄県の指定文化財です。ちなみに、「南ヌ窯」(フェーヌカマ)とは、読んで字のごとしで、南側にある窯の意味です。そして、最後に気が付いてことなのですが、「南ヌ窯」(フェーヌカマ)へは、喫茶店を通らなくても南窯側からも入れました。<br />しばらく坂道を上ると右手にかわいらしい陶器やアクセサリーを飾っているお店の「guma-guwa」を発見しました。「guma-guwa」では、壺屋焼窯元「育陶園」の若手職人の器を中心に、琉球ガラスやアクセサリーも扱う雑貨店です。伝統を守りつつ、若い感性を取り入れた力作が目白押しでした。<br />次に訪れたのが「壺屋やちむん通り」の出口付近にあった「清正陶器明史工房」です。お店の外観が他の店と比べると印象的でした。お店の外側の壁には、陶器の破片らしきものが埋め込まれていました。「清正陶器明史工房」では、「小橋川清正」と次男「小橋川明史」親子の作品を扱う直売店です。「清正陶器明史工房」の特徴は、渋い地色に深みのある赤をのせた、独特な赤絵だそうです。店のショーウィンドウには、平成12年(2000年)の「九州沖縄サミット」の際に、「首里城」で催された夕食会で制作した位置皿(練り込み皿)が使用されという手書きの紙が貼られていました。<br />「清正陶器工場」を過ぎ、「まじる商店」の隣の広場に「ポンプ式井戸」がありました。この「ポンプ式井戸」は、壺屋やちむん通りにある現役で給水する「手動ポンプ式井戸」です。<br />その先には「壺屋やちむん通り」の最終地点にあたる「東ヌカー」になります。大きなガジュマルの木の下には、壺屋村が出来て最初に掘った井戸があります。壺屋の東にあるため「東(アガリ)ヌカー」と呼ばれ、壺屋にある「村ガー」(共同井戸)の中で一番古いといわれています。この井戸水は貴重な飲料水として使われていましたが、戦後、水道が整備され、次第に使われなくなりましたが、ポンプを漕ぐと今でも水が出るそうです。香炉が置かれ、人々に壺屋の拝所として大切にされていることは今も変わらないそうです。<br />次は、「東ヌカー」を左方向に進むと「壺屋やちむん通り」の裏路地になります。しばらく道なりに進むと、沖縄らしい赤瓦の屋根と石塀が続きその先に「新垣家住宅」があります。「壺屋やちむん通り」を訪れた最大の目的は、伝統的な壺屋陶工の住宅形式を知る上で唯一残された貴重な建造物である「新垣家住宅」を見学するためです。そのような観点から「新垣家住宅」は、平成14年(2002年)12月26日に国の指定重要文化財に指定されています。現在も「主屋」には所有者が居住しているため、居住区域は非公開で、非公開エリアへの立ち入りと写真撮影は禁止事項になっています。「新垣家住宅」は、那覇市壺屋に所在する陶工の住宅で、昭和49年(1974年)まで陶業を営んでいました。約400坪の屋敷内には、「主屋」、「作業場」、「離れ」、奇跡的に沖縄戦の戦火を免れた「登窯」や備瀬のフクギ並木でも見た石造の「フール」(豚小屋兼便所)、石垣などが残っています。「新垣家」は琉球王国時代の康熙21年(1682年)の壺屋統合の頃に読谷から移住してきました。代々名誉ある「親雲上」(ペーチン)の称号を有し、壺屋陶業での中心的役割を果たしてきました。入口である門口に立つと、西側には屋根の上に「チブルシーサー」(頭部だけのシーサー)が備え付けられていました。この建物は作業場だったそうです。入口の階段を昇ると正面に塀がありその奥が「主屋」になっています。右方向に進むと「新垣家住宅」の歴史などを展示してある「離れ」があり、ビデオも上映されています。「離れ」を抜けると「フール」がありその右手に「登窯」があります。「登窯」は、通称「東の窯」(アガリヌカマ)と呼ばれ、全長約23m、幅約4mで、最上部にある排煙口を除く窯全体が赤瓦の屋根で覆われています。やはり「南ヌ窯」と同じように、屋根を支える柱は焼けないように石柱や数個の石を積み上げた柱でできていました。1974年5月まで利用されていたので、「南ヌ窯」に比べると保存状態も良好です。<br />これで沖縄の観光は無事終了です。夕食にはちょっと早い時間でしたが、「ステーキハウス88 国際通り店」へ向かいました。「新垣家住宅」からすぐの途中にある路地に桜の花が満開の一本の木がありました。感激するとともに目の保養になりました。<br /><br />14_ステーキハウス88 国際通り店<br />「壺屋やちむん通り」の入口付近から「ステーキハウス88 国際通り店」までは徒歩6分、距離にして450mほどです。「壺屋やちむん通り」の入口を右方向に350mほど進むと「国際通り」になります。「国際通り」を左折し100mほど進むと左手にある勉強堂ビルの2Fに「ステーキハウス88 国際通り店」があります。1Fには、沖縄テイストのデザインの雑貨を販売している「KUKURU島結店」とお土産店の「泉寿」が入っています。「ステーキハウス88 国際通り店」へは、建物に向かって左手にエレベーターと階段があるので利用します。<br />それにしても「国際通り」には、「ステーキハウス88」の他にも「キャプテンズイン」、「37 Steakhouse &amp; Bar」、「サムズアンカーイン」、「JUMBO STEAK HAN’S」、「CASA FELIZ RIBS ダイナー」、「やっぱりステーキ」などの多数のステーキ店が軒を並べています。「ステーキハウス88」にしても「ステーキハウス88 国際通り店」以外にも「県庁前駅」から近い「ステーキハウス88 国際通り西口店」、「ステーキハウス88 国際通り店ANNEX」もあります。これは、戦後のアメリカ軍統治下時代にアメリカの食文化が流入した影響で、ステーキ店が次々とオープン。飲んだ後の締めにステーキを食べるという、沖縄独特の食文化に発展していったそうです。<br />「ステーキハウス88 国際通り店」は、「国際通り」のほぼ中央に位置し、観光や買い物に便利で、ゆいレールの「牧志駅」と「美栄橋駅」から徒歩5分の好立地条件に恵まれています。私たちが「ステーキハウス88 国際通り店」を選んだのは、創業45年の歴史ある老舗ステーキハウスでお肉は美味しく、リーズナブルな値段ながらボリューム満点だからです。<br />半端な時間帯だったので並ぶことなく入店できました。店内に入ると何組かの修学旅行生がいました。何とお得な修学旅行生用のメニューも用意してあるそうです。彼らにはいい旅の思い出になりますよね。私たち夫婦は、健康にも良いということで「ステーキハウス88」の定番の「88特選赤肉ステーキ」(150g)を食べることにしました。「88特選赤肉ステーキ」は、一頭の牛から8%ほどしかとれない希少な部位で、ひれ肉にも負けないくらい美味しいそうです。150gから400gまでのステーキの四種類のサイズが選べ、ステーキには、スープ、サラダ、ライス又はトーストが付いてきます。それでいて値段は2800円で、東京では考えられません。また。ライスは200円たすと「ガーリックライス」に変更できます。実は、この「ガーリックライス」は、とても美味しく「ステーキハウス88」へ行ったら是非食べてください。最近何処のレストランへ行ってもそうですが、注文はタブレットでします。<br />最初に、「スープ」と「サラダ」が運ばれてきました。配膳の店員さんは外国の方でしたが、流暢な日本語で「サラダ」はテーブルの窓側にセットされている「シークアーサードレッシング」で食べると美味しいと薦めてくれました。今まで「シークアーサードレッシング」で「サラダ」を食べたことがありませんでしたが、「シークアーサードレッシング」は、甘みがあり、野菜の旨みを引き出し、「サラダ」をとても美味しく食べることができました。「スープ」は昔ながらの味がし、青春の日々を思い起こさせてくれるようなレトロな味わいでした。<br />そこうするうちに、「88特選赤肉ステーキ」(150g)が運ばれてきました。紙製のエプロンも持って来てくれるので、鉄板が熱く、肉汁やステーキ用ソースを掛け飛び散っても大丈夫です。「サラダ」と同様に「ステーキ」のソースについても説明してくれました。ステーキ用ソースは、ニンニク醤油、イタリアンガーリック、オニオンペッパーの三種類があり、それぞれ試してみると味変し美味しいと言っていたので、代わる代わる全部のソースでステーキを食べました。ステーキにナイフを入れると、中から肉汁がじゅわっと溢れ出し、柔らかい赤身と脂身のバランスも絶妙でした。そして、ステーキは食べごたえがあり、食べると肉の旨味が口いっぱいにひろがりました。ステーキと一緒に食べる「ガーリックライス」は、ガーリック好きにはたまらないものです。私も大のガーリック好きですが、ライスから立ち込める湯気にはガーリックを調理した匂いが立ち込め、一口口に入れると口の中全体にガーリックが広がりました。それもそのはず、「ガーリックライス」には、刻んだニンニクが山ほど入っていました。大満足の夕食となりました。<br />これで沖縄の旅は終了で、那覇空港に向かい東京への帰路に着きます。<br />

「沖縄への旅」~【最終日】:万座毛では運が良ければ鯨の泳ぐ姿も見られるということでしたが、運悪く見ることができませんでした。

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2025/02/13 - 2025/02/15

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Lily-junjunさん

この旅行記のスケジュール

2025/02/15

  • ザ・ブセナテラス(10:00)⇒万座毛(10:20)

  • 万座毛⇒Jネットレンタカー ※ 那覇市内は交通渋滞があるということなので早めに返しました。

  • Jネットレンタカー⇒那覇空港 ※ 乗合送迎バス

  • 那覇空港⇒県庁前 ※ ゆいレールにて移動、所要時間13分ほど 

  • 牧志⇒那覇空港 ※ ゆいレール、所要時間19分ほどです。

  • 那覇空港(18:00)⇒羽田空港(20:10) ※JAL916便

  • 羽田空港第一ターミナル(20:55)⇒北千住駅前(21:38) ※ 京急バス

この旅行記スケジュールを元に

最終日は、今日の最初の目的地である「万座毛」に向かいます。「ザ・ブセナテラス」で朝食を済ませた後に荷物をまとめ、10:00頃にフロントに行きました。チェックアウトもスムーズ、レンタカーの出庫も素早く、後ろ髪をひかれる思いで「ザ・ブセナテラス」を出発しました。
11_万座毛
「ザ・ブセナテラス」から「万座毛」まで、距離にして12.7km、車で20分ほどです。「ザ・ブセナテラス」の正面玄関から「善瀬」の交差点まで500mほど進みます。「善瀬」の交差点から「国道58号」を右折し、8.8kmほど進むと二又に道が分かれるので右折し、「おんなサンセット海道」に入ります。3.2kmほど進むと「恩納」の交差点になりますので右折します。700mほど進むと「万座毛周辺活性化施設」があり、その前に無料駐車場がありますので、車を止め施設の中に入ると一番奥に「万座毛」の入口があります。
「万座毛」は、恩納村役場の北西にある岬で沖縄本島のほぼ中央に位置しています。「万座毛」は、琉球石灰岩からなる断崖絶壁と広大な芝生が特徴的な景勝地で、昭和50年(1975年)に沖縄県の「名勝」に指定されました。また、「万座毛」の石灰岩上に生えているハナコミカンボク、オキナワスミレ、オキナワマツバボタン、ヒメスイカズラなどの植物は、石灰岩層の植物群落として学術上たいへん重要なことから、県の「天然記念物」に指定されています。最大の見どころは、東シナ海に面した標高約20mの琉球石灰岩からなる絶壁に、象の鼻に似た奇岩があることです。「万座毛」の名前の由来は、かつて琉球王国の第二尚氏王統の第十三代国王「尚敬王」が、1726年に「万座毛」を訪れた際に、「万人を座するに足る」と称賛したことからその名が付けられたと伝えられたそうです。ちなみに、「毛」というのは沖縄方言で「葉っぱ」や「草原」を意味する言葉です。そして、「万座毛」の観光所要時間は20分あれば十分です。
「万座毛」は自然景観を楽しむスポットですが、営業時間が決められており、入場料も必要です。「万座毛周辺活性化施設」の一番奥に「万座毛」の遊歩道・散策路の入場口があります。「万座毛周辺活性化施設」の営業時間は、8:00〜19:00で施設が閉まると「万座毛」へは入ることができません。「万座毛周辺活性化施設」は、令和2年(2020年)10月にオープンした施設で、1Fはお土産屋、2Fは沖縄そば等の沖縄料理の店舗もあり、ショッピングや食事も可能です。3Fは無料展望デッキとなっています。ただし、無料展望デッキからは、「万座毛」の「象の鼻」は見ることができません。
では、早速「万座毛」へ向かいます。まず、「万座毛周辺活性化施設」の1Fの奥に観覧券の自動販売機があり、購入し係員に提示し、「万座毛周辺活性化施設」をでるとすぐ前方に万座毛への入口があります。入口を入ると、目の前に「恩納岳」のなだらかな斜面が表現された石壁が姿を現します。足元に目を移すと、五つと四つの升目で「いつまでも、いつの世も」という意味を表すミンサー柄が配置されています。一番右手には、「恩納奈辺記念碑」があります。記念碑は昭和3年(1928年)に建立落成されました。記念碑の裏側には「波の声ん止まれ、風の声止まれ、首里天加那志美うんき拝ま」が刻まれています。碑の除幕式には長い間、途絶えていた恩納の臼太鼓踊りが催されたそうです。その左手には、「恩納ナビー歌碑」があります。「恩納ナビー歌碑」は、「恩納奈辺記念碑建立50周年」を記念して、昭和54年(1979年)に建てられました。説明板には、「波の声ん止まれ、風の声止まれ、首里天がなし美御機拝ま」と書かれていました詠み人の「恩納ナベ」は女流歌人で、大意は「波の音も静まれ、風の音も静かになれ、今私が首里の王様のご機嫌を伺いますから(お顔を拝しますから)」です。その左隣には、「巌谷小波句碑」があります。「巌谷小波句碑」は、恩納村教育委員会が昭和58年(1983)年に碑を建立しました。「巌谷小波」は、「ふじの山」や「一寸法師」の作詞者として知られています。説明板には、「しぐれなり おんな詩人の 碑を訪へば」と書かれ、「恩納ナビー」の歌に感動した童話作家の「巌谷小波」の句碑です。次は、左手に目をやると「御製碑」があります。平成24年年(2012)に天皇皇后両陛下が「万座毛」を訪れた際に陛下の詠まれた大御歌です。「万座毛に昔をしのび巡り行けば彼方恩納岳さやに立ちたり」と刻まれています。天皇皇后両陛下が平成24年(2012年)に沖縄県で開催された第」32回「全国豊かな海づくり大海(美ら海大会)」に出席した際、万座毛を訪れました。平成25年(2013年)に恩納村によって建立されたものです。「御製碑」から舗装された遊歩道を進むと「万座毛石灰岩植物群落碑」があります。隆起珊瑚礁の上にある天然のシバ草原には、沖縄でもここだけにしか見られない特殊な植物が生育し、沖縄県の天然記念物に指定されています。さらに草原の中の遊歩道を進むと、お目当ての「象の鼻」が左手に見えてきます。ここはフォトスポットで観光客全員が写真を撮っていました。当日は晴れていたので、コバルト色した「恩納ブルー」の海のグラデーションが鮮やかでした。「象の鼻」の奇岩…下に目を向けると透きとおったサンゴ礁の海が広がっていました。岩にぶつかり荒々しい白波が舞い上がる様子も感動的でした。いつまでも見ていられます。「象の鼻」から遊歩道を進むとちょうど真ん中あたりに、岩と岩が重なり合った部分があります。一見してハートの形にも見えました。その岩の隙間から覗くと、東シナ海の海の青とのコントラストが、鮮やかでとてもきれいでした。さらに進むとフォトスポットがあります。高さ約20メートルの断崖絶壁から広がる雄大な東シナ海の景色に心を奪われました。遠くには本部半島まで見渡せ、眺めていると、その美しさに思わず時を忘れてしまいました。その反対側には、「像の鼻」を撮影している観光客の姿が見受けられます。「万座ビーチ」…「万座毛」から北側の対岸に見えるの万座ビーチです。「万座ビーチ」は、環境省が選定した「快水浴場百選」にも選ばれ、日本を代表する美しいビーチとして親しまれています。》「万座ビーチ」にある「ANA InterContinental Manza Beach Resort, an IHG Hotel」もはっきりと目視できます。ゆっくり見学して20分ほど遊歩道を進むと「万座毛周辺活性化施設」に再び到着です。「万座毛周辺活性化施設」の入口に通じるデッキに「手をたたいてみてください。」という看板がありました。手を叩くと共鳴音がデッキに響き渡りました。「万座毛周辺活性化施設」の入口にあった「郵便ポスト」です。何と恩納村オリジナルフレーム切手の自動販売機も左側にありました。沖縄らしい女性のキャラクターが手に持った「郵便ポスト」です。ちなみに隣のフレーム切手は、毎年開催されている「うんなの魅力フォトコンテスト」の応募作品から選ばれた村内の絶景や人を収めた写真をもとに作られたものだそうです。…毎週木曜日に郵便局へ届けると記載されています。

12_国際通り
「万座毛」から「国際通り」へ向かいます。まず、「Jネットレンタカー那覇空港店」へレンタカーを返し、「Jネットレンタカー那覇空港店」の送迎バスで「那覇空港」に向かいます。「那覇空港」でチェックインと荷物を預け、「ゆいレール」に乗り「県庁前」で下車し「国際通り」を目指します。どうして先にレンタカーを返し、「国際通り」へ行ったかというと、事前にネット等で調べた情報によると沖縄、特に那覇市内は渋滞が激しく、車を利用するより、早めにレンタカーを返し「ゆいレール」を使うのがベストな交通手段と書かれていたからです。確かに、スムーズに移動できたのは間違いありませんでしたが、シーズンオフの昼間は渋滞にあいませんでした。朝と夕方の通勤時間帯は渋滞が那覇市や嘉手納基地周辺など大きな市内ではありました。
では、「国際通り」に話を戻します。「那覇空港駅」から「県庁前駅」まで「ゆいレール」で13分ほどです。「県庁前駅」の改札口は、浦添方面にあります。改札口を出て右方向に進み階段を降り、「国道42号」を県庁方向に進むと「県庁北口」の交差点があり左手が「国際通り」になります。「国際通り」の道路の両側には、邪気から「国際通り」を守護する阿吽の二頭のシーサー像が設置されています。「国際通り」に向かって左側が吽のシーサー像、右側が阿のシーサー像になります。
「国際通り」の歴史と概要を紐解いてみると、「国際通り」は、第二次世界大戦後、焼け野原になった那覇市の中心部に少しずつ店が立ち並び、やがて「国際通り」は、南北に伸びる現在の大きな通りへと発展していきました。長さが約1マイル(1.6km)あり、復興の早さから「奇跡の一マイル」とも呼ばれました。現在でも県庁所在地に近いことから文字通り沖縄の中心といえる場所に位置しています。ちなみに、「国際通り」という名称は、1948年にオープンした「アーニー・パイル国際劇場」があった通りだったからというのが由来とされています。「国際通り」は、南北に伸びており、北端は「安里あさと三叉路」、南端は「県庁北口交差点」となっています。
「国際通り」には、沖縄の伝統工芸品や特産品を扱うお土産店や、沖縄料理や泡盛を楽しめる居酒屋、さらにはカフェ等のお店もあります。そして、毎週日曜日の12時~18時には、「県庁北口交差点」から「蔡温橋交差点」までの区間が歩行者天国になります。そこでは、オープンカフェやストリートパフォーマンス等の各種イベントなどを開催されるそうです。また、「公設市場」や「平和通り」、「市場中央通り」という商店街があります。アーケードになっており雨の日でも関係なく楽しむことができます。
「国際通り」は、ウィンドウショッピングで散策するにはまさに最適の場所です。あっという間に時間が過ぎてしまいますので、予め見る場所やお土産を購入する場所は事前にチャックしておいた方がいいと思います。私たちは、「国際通り」に入るとすぐ左手にある「雪塩さんど国際通り本店」でお土産に買おうと目星をつけていた「雪塩サンド」を購入しました。軽くて荷物にならず、帰ってお土産を配った人から美味しいと評判でした。ちなみに、「雪塩さんど国際通り本店」は、宮古島の雪塩のアンテナショップです。「雪塩」は、透明度の高い宮古島の海をそのままパウダー状にしたお塩で、素材の旨味を引き出すまろやかなしょっぱみのあるお塩です。夏などの暑い時期に来たら大人気のほんのりしょっぱいでも甘い「雪塩ソフトクリーム」もお薦めです。
「雪塩さんど国際通り本店」から少し進むと「かりゆしウェア マンゴハウス 国際通り2号店」がありました。「マンゴハウス」は「国際通り」にはこのほか、「ゆいレール」の「牧志駅」近くにある「国際通り1号店」と「国際通り」のほぼ中央に位置する「国際通り3号店」もあります。「マンゴハウス」は、かりゆしウェア(沖縄アロハシャツ)専門店です。デザインは全てオリジナルでデザインから販売までをすべて自社で行っているので、全商品完全オリジナルのため、ここでしか買うことができません。
「かりゆしウェア マンゴハウス 国際通り2号店」の隣には、「沖縄地料理 あんがま 国際通り店」があります。当日入店したわけではありませんが、二階部分に迫力のあるお面のようなオブジェが掲げられていました。存在感十分で否が応でも目に入ってきます。ちなみに、「あんがま」とは、石垣島の各地で旧暦7月旧盆中に行われる行事です。面を被った「ウシュマイ」・「ンミー」(爺・婆)と仮装した「ファーマー」(妖精)たちが家などをまわって歌や踊りを繰り広げる先祖を供養するための行事です。
次は、二軒先にある「御菓子御殿 国際通り松尾店」です。沖縄の古民家風の外観で、まさに「the 沖縄」ですね。「御菓子御殿」は、一大ブームとなった「紅芋タルト」で有名なお店です。店舗の二階には、レストランもあり、沖縄の古民家風の店内で、地元食材を使った琉球料理を提供しています。島唄三線のライブを定期開催されているそうです。
さらに進むと「松尾」の交差点の先の右手には、沖縄土産ならほとんど揃う「おきなわ屋 本店」があり、店頭にはシーサー像があります。「国際通り」の目を楽しませてくれるスポットと言えば、「おきなわ屋LOVELOVEシーサー」です。ここもフォトスポットで観光客が入れ替わり立ち代わり写真を撮っていました。「おきなわ屋」本店前に設置されている3mを超える巨大シーサー2体は、1体300㎏、高さは約3m30㎝、横幅は2体で4mほどあるそうです。
「国際通り」のほぼ中間点まで進むと、「市場本通り」がありました。「国際通り」には、「公設市場」や「平和通り」、「市場中央通り」という商店街があります。アーケードになっており雨の日でも関係なく楽しむことができます。「市場本通り」は、「国際通り」から「第一牧志公設市場」手前までの郷土菓子のお店や食べ歩きのできるお店が立ち並ぶ沖縄の魅力が凝縮された商店街通りです。「市場本通り」の先が「市場中央通り」になっています。迷路のように横道もあり自分がどこにいるか分からなくなりました。
次は、「平和通り」を抜けて「壺屋やちむん通り」へ向かいます。

13_壺屋やちむん通り
「国際通り」から「平和通り」に入ると庶民的な沖縄の風景が目の前に広がってきます。そして、「平和通り」を抜け、道路の反対側には、焼物の街「壺屋地区」になります。通称で「壺屋やちむん通り」と呼ばれています。「壺屋やちむん通り」の入口左手には、焼物で造った案内地図もありました。ここで、事前に地形を頭に入れておけば効率的に観光することができます。
「壺屋やちむん通り」には、琉球石灰岩の石畳が約400mにわたり敷き詰められた緩い坂道があり、道の両側には、陶芸工房や直売店、ギャラリーが20件ほど軒を連ねています。また、見どころとして「那覇市立壺屋焼物博物館」、荒焼専門の登り窯「南ヌ窯」や「新垣家住宅」もあります。残念ながら「那覇市立壺屋焼物博物館」は3月いっぱい改装のため休館でした。
「壺屋やちむん通り」の入口の左手には、「壺屋陶芸センター」と「那覇市立壺屋焼物博物館」が隣接しています。「壺屋やちむん通り」の歴史を紐解いてみると、琉球王府が約300年前の1682年に、当時の王府が美里村(現沖縄市)の知花、首里の宝口、那覇の湧田にあった陶窯をこの地に集めて以来、「壺屋」は焼物の町としての歴史を歩み続けてきました。
しばらく坂道を進むと左手にシーサーと沖縄県指定文化財「南ヌ窯」(フェーヌカマ)の案内の木柱がありました。急な石段を上るとカフェ「陶器と喫茶 南窯」になっていて中を抜けると「南ヌ窯」(フェーヌカマ)があります。カフェ「陶器と喫茶 南窯」では、注文を受けてから豆を挽くという、香りよいコーヒーが人気メニューです。現代の名工「島袋常雄」の直売店でもある店では、シーサーや器が展示され、購入もできます。「南ヌ窯」(フェーヌカマ)は、「壺屋」にたったひとつ残った荒焼の登り窯です。ここでは、酒を入れる甕や水甕、厨子甕などがつくられていたそうです。そして、「南ヌ窯」(フェーヌカマ)は傾斜地を利用して作られており、幅3m、長さ20mのかまぼこ型で、窯の上は赤瓦屋根で覆われています。屋根を支える柱は焼けないように石柱や数個の石を積み上げた柱でできています。また、のぼり窯の周囲には、窯を保護する役目をする石積みが見受けられます。焚き口は下方にあり、窯の内部はしきりをせずにトンネル状になっています。現在は使われていませんが、壺屋焼300年の歴史を今に伝える沖縄県の指定文化財です。ちなみに、「南ヌ窯」(フェーヌカマ)とは、読んで字のごとしで、南側にある窯の意味です。そして、最後に気が付いてことなのですが、「南ヌ窯」(フェーヌカマ)へは、喫茶店を通らなくても南窯側からも入れました。
しばらく坂道を上ると右手にかわいらしい陶器やアクセサリーを飾っているお店の「guma-guwa」を発見しました。「guma-guwa」では、壺屋焼窯元「育陶園」の若手職人の器を中心に、琉球ガラスやアクセサリーも扱う雑貨店です。伝統を守りつつ、若い感性を取り入れた力作が目白押しでした。
次に訪れたのが「壺屋やちむん通り」の出口付近にあった「清正陶器明史工房」です。お店の外観が他の店と比べると印象的でした。お店の外側の壁には、陶器の破片らしきものが埋め込まれていました。「清正陶器明史工房」では、「小橋川清正」と次男「小橋川明史」親子の作品を扱う直売店です。「清正陶器明史工房」の特徴は、渋い地色に深みのある赤をのせた、独特な赤絵だそうです。店のショーウィンドウには、平成12年(2000年)の「九州沖縄サミット」の際に、「首里城」で催された夕食会で制作した位置皿(練り込み皿)が使用されという手書きの紙が貼られていました。
「清正陶器工場」を過ぎ、「まじる商店」の隣の広場に「ポンプ式井戸」がありました。この「ポンプ式井戸」は、壺屋やちむん通りにある現役で給水する「手動ポンプ式井戸」です。
その先には「壺屋やちむん通り」の最終地点にあたる「東ヌカー」になります。大きなガジュマルの木の下には、壺屋村が出来て最初に掘った井戸があります。壺屋の東にあるため「東(アガリ)ヌカー」と呼ばれ、壺屋にある「村ガー」(共同井戸)の中で一番古いといわれています。この井戸水は貴重な飲料水として使われていましたが、戦後、水道が整備され、次第に使われなくなりましたが、ポンプを漕ぐと今でも水が出るそうです。香炉が置かれ、人々に壺屋の拝所として大切にされていることは今も変わらないそうです。
次は、「東ヌカー」を左方向に進むと「壺屋やちむん通り」の裏路地になります。しばらく道なりに進むと、沖縄らしい赤瓦の屋根と石塀が続きその先に「新垣家住宅」があります。「壺屋やちむん通り」を訪れた最大の目的は、伝統的な壺屋陶工の住宅形式を知る上で唯一残された貴重な建造物である「新垣家住宅」を見学するためです。そのような観点から「新垣家住宅」は、平成14年(2002年)12月26日に国の指定重要文化財に指定されています。現在も「主屋」には所有者が居住しているため、居住区域は非公開で、非公開エリアへの立ち入りと写真撮影は禁止事項になっています。「新垣家住宅」は、那覇市壺屋に所在する陶工の住宅で、昭和49年(1974年)まで陶業を営んでいました。約400坪の屋敷内には、「主屋」、「作業場」、「離れ」、奇跡的に沖縄戦の戦火を免れた「登窯」や備瀬のフクギ並木でも見た石造の「フール」(豚小屋兼便所)、石垣などが残っています。「新垣家」は琉球王国時代の康熙21年(1682年)の壺屋統合の頃に読谷から移住してきました。代々名誉ある「親雲上」(ペーチン)の称号を有し、壺屋陶業での中心的役割を果たしてきました。入口である門口に立つと、西側には屋根の上に「チブルシーサー」(頭部だけのシーサー)が備え付けられていました。この建物は作業場だったそうです。入口の階段を昇ると正面に塀がありその奥が「主屋」になっています。右方向に進むと「新垣家住宅」の歴史などを展示してある「離れ」があり、ビデオも上映されています。「離れ」を抜けると「フール」がありその右手に「登窯」があります。「登窯」は、通称「東の窯」(アガリヌカマ)と呼ばれ、全長約23m、幅約4mで、最上部にある排煙口を除く窯全体が赤瓦の屋根で覆われています。やはり「南ヌ窯」と同じように、屋根を支える柱は焼けないように石柱や数個の石を積み上げた柱でできていました。1974年5月まで利用されていたので、「南ヌ窯」に比べると保存状態も良好です。
これで沖縄の観光は無事終了です。夕食にはちょっと早い時間でしたが、「ステーキハウス88 国際通り店」へ向かいました。「新垣家住宅」からすぐの途中にある路地に桜の花が満開の一本の木がありました。感激するとともに目の保養になりました。

14_ステーキハウス88 国際通り店
「壺屋やちむん通り」の入口付近から「ステーキハウス88 国際通り店」までは徒歩6分、距離にして450mほどです。「壺屋やちむん通り」の入口を右方向に350mほど進むと「国際通り」になります。「国際通り」を左折し100mほど進むと左手にある勉強堂ビルの2Fに「ステーキハウス88 国際通り店」があります。1Fには、沖縄テイストのデザインの雑貨を販売している「KUKURU島結店」とお土産店の「泉寿」が入っています。「ステーキハウス88 国際通り店」へは、建物に向かって左手にエレベーターと階段があるので利用します。
それにしても「国際通り」には、「ステーキハウス88」の他にも「キャプテンズイン」、「37 Steakhouse & Bar」、「サムズアンカーイン」、「JUMBO STEAK HAN’S」、「CASA FELIZ RIBS ダイナー」、「やっぱりステーキ」などの多数のステーキ店が軒を並べています。「ステーキハウス88」にしても「ステーキハウス88 国際通り店」以外にも「県庁前駅」から近い「ステーキハウス88 国際通り西口店」、「ステーキハウス88 国際通り店ANNEX」もあります。これは、戦後のアメリカ軍統治下時代にアメリカの食文化が流入した影響で、ステーキ店が次々とオープン。飲んだ後の締めにステーキを食べるという、沖縄独特の食文化に発展していったそうです。
「ステーキハウス88 国際通り店」は、「国際通り」のほぼ中央に位置し、観光や買い物に便利で、ゆいレールの「牧志駅」と「美栄橋駅」から徒歩5分の好立地条件に恵まれています。私たちが「ステーキハウス88 国際通り店」を選んだのは、創業45年の歴史ある老舗ステーキハウスでお肉は美味しく、リーズナブルな値段ながらボリューム満点だからです。
半端な時間帯だったので並ぶことなく入店できました。店内に入ると何組かの修学旅行生がいました。何とお得な修学旅行生用のメニューも用意してあるそうです。彼らにはいい旅の思い出になりますよね。私たち夫婦は、健康にも良いということで「ステーキハウス88」の定番の「88特選赤肉ステーキ」(150g)を食べることにしました。「88特選赤肉ステーキ」は、一頭の牛から8%ほどしかとれない希少な部位で、ひれ肉にも負けないくらい美味しいそうです。150gから400gまでのステーキの四種類のサイズが選べ、ステーキには、スープ、サラダ、ライス又はトーストが付いてきます。それでいて値段は2800円で、東京では考えられません。また。ライスは200円たすと「ガーリックライス」に変更できます。実は、この「ガーリックライス」は、とても美味しく「ステーキハウス88」へ行ったら是非食べてください。最近何処のレストランへ行ってもそうですが、注文はタブレットでします。
最初に、「スープ」と「サラダ」が運ばれてきました。配膳の店員さんは外国の方でしたが、流暢な日本語で「サラダ」はテーブルの窓側にセットされている「シークアーサードレッシング」で食べると美味しいと薦めてくれました。今まで「シークアーサードレッシング」で「サラダ」を食べたことがありませんでしたが、「シークアーサードレッシング」は、甘みがあり、野菜の旨みを引き出し、「サラダ」をとても美味しく食べることができました。「スープ」は昔ながらの味がし、青春の日々を思い起こさせてくれるようなレトロな味わいでした。
そこうするうちに、「88特選赤肉ステーキ」(150g)が運ばれてきました。紙製のエプロンも持って来てくれるので、鉄板が熱く、肉汁やステーキ用ソースを掛け飛び散っても大丈夫です。「サラダ」と同様に「ステーキ」のソースについても説明してくれました。ステーキ用ソースは、ニンニク醤油、イタリアンガーリック、オニオンペッパーの三種類があり、それぞれ試してみると味変し美味しいと言っていたので、代わる代わる全部のソースでステーキを食べました。ステーキにナイフを入れると、中から肉汁がじゅわっと溢れ出し、柔らかい赤身と脂身のバランスも絶妙でした。そして、ステーキは食べごたえがあり、食べると肉の旨味が口いっぱいにひろがりました。ステーキと一緒に食べる「ガーリックライス」は、ガーリック好きにはたまらないものです。私も大のガーリック好きですが、ライスから立ち込める湯気にはガーリックを調理した匂いが立ち込め、一口口に入れると口の中全体にガーリックが広がりました。それもそのはず、「ガーリックライス」には、刻んだニンニクが山ほど入っていました。大満足の夕食となりました。
これで沖縄の旅は終了で、那覇空港に向かい東京への帰路に着きます。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
グルメ
4.5
ショッピング
4.5
交通
3.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
レンタカー JALグループ 私鉄 徒歩
  • 《万座毛》入口を入ると、目の前に「恩納岳」のなだらかな斜面が表現された石壁が姿を現します。足元に目を移すと、五つと四つの升目で「いつまでも、いつの世も」という意味を表すミンサー柄が配置されています。

    《万座毛》入口を入ると、目の前に「恩納岳」のなだらかな斜面が表現された石壁が姿を現します。足元に目を移すと、五つと四つの升目で「いつまでも、いつの世も」という意味を表すミンサー柄が配置されています。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「恩納奈辺記念碑」…記念碑は昭和3年(1928年)に建立落成されました。

    《万座毛》「恩納奈辺記念碑」…記念碑は昭和3年(1928年)に建立落成されました。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「恩納奈辺記念碑」の説明板…記念碑の裏側には「波の声ん止まれ、風の声止まれ、首里天加那志美うんき拝ま」が刻まれております。碑の除幕式には長い間、途絶えていた恩納の臼太鼓踊りが催されたそうです。

    《万座毛》「恩納奈辺記念碑」の説明板…記念碑の裏側には「波の声ん止まれ、風の声止まれ、首里天加那志美うんき拝ま」が刻まれております。碑の除幕式には長い間、途絶えていた恩納の臼太鼓踊りが催されたそうです。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「恩納ナビー歌碑」…「恩納奈辺記念碑建立50周年」を記念して、昭和54年(1979年)に建てられました。

    《万座毛》「恩納ナビー歌碑」…「恩納奈辺記念碑建立50周年」を記念して、昭和54年(1979年)に建てられました。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「恩納ナビー歌碑」の説明板…「波の声ん止まれ、風の声止まれ、首里天がなし美御機拝ま」と書かれていました詠み人の「恩納ナベ」は女流歌人で、大意は「波の音も静まれ、風の音も静かになれ、今私が首里の王様のご機嫌を伺いますから(お顔を拝しますから)」です。

    《万座毛》「恩納ナビー歌碑」の説明板…「波の声ん止まれ、風の声止まれ、首里天がなし美御機拝ま」と書かれていました詠み人の「恩納ナベ」は女流歌人で、大意は「波の音も静まれ、風の音も静かになれ、今私が首里の王様のご機嫌を伺いますから(お顔を拝しますから)」です。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「巌谷小波句碑」…恩納村教育委員会が昭和58年(1983)年に碑を建立しました。「巌谷小波」は、「ふじの山」や「一寸法師」の作詞者として知られています。

    《万座毛》「巌谷小波句碑」…恩納村教育委員会が昭和58年(1983)年に碑を建立しました。「巌谷小波」は、「ふじの山」や「一寸法師」の作詞者として知られています。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「巌谷小波句碑」の説明文…「しぐれなり おんな詩人の 碑を訪へば」と書かれ、「恩納ナビー」の歌に感動した童話作家の「巌谷小波」の句碑です。

    《万座毛》「巌谷小波句碑」の説明文…「しぐれなり おんな詩人の 碑を訪へば」と書かれ、「恩納ナビー」の歌に感動した童話作家の「巌谷小波」の句碑です。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「御製碑」…平成24年年(2012)に天皇皇后両陛下が「万座毛」を訪れた際に陛下の詠まれた大御歌です。

    《万座毛》「御製碑」…平成24年年(2012)に天皇皇后両陛下が「万座毛」を訪れた際に陛下の詠まれた大御歌です。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「御製碑」…「万座毛に昔をしのび巡り行けば彼方恩納岳さやに立ちたり」と刻まれています。

    《万座毛》「御製碑」…「万座毛に昔をしのび巡り行けば彼方恩納岳さやに立ちたり」と刻まれています。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「御製碑」…天皇皇后両陛下が平成24年(2012年)に沖縄県で開催された第」32回「全国豊かな海づくり大海(美ら海大会)」に出席した際、万座毛を訪れました。平成25年(2013年)に恩納村によって建立されたものです。

    《万座毛》「御製碑」…天皇皇后両陛下が平成24年(2012年)に沖縄県で開催された第」32回「全国豊かな海づくり大海(美ら海大会)」に出席した際、万座毛を訪れました。平成25年(2013年)に恩納村によって建立されたものです。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「御製碑」から舗装された遊歩道を進むと「万座毛石灰岩植物群落碑」があります。隆起珊瑚礁の上にある天然のシバ草原には、沖縄でもここだけにしか見られない特殊な植物が生育し、沖縄県の天然記念物に指定されています。

    《万座毛》「御製碑」から舗装された遊歩道を進むと「万座毛石灰岩植物群落碑」があります。隆起珊瑚礁の上にある天然のシバ草原には、沖縄でもここだけにしか見られない特殊な植物が生育し、沖縄県の天然記念物に指定されています。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「象の鼻」の奇岩…草原の中の遊歩道を進むと、お目当ての「象の鼻」が左手に見えてきます。ここはフォトスポットで観光客全員が写真を撮っていました

    《万座毛》「象の鼻」の奇岩…草原の中の遊歩道を進むと、お目当ての「象の鼻」が左手に見えてきます。ここはフォトスポットで観光客全員が写真を撮っていました

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「象の鼻」の奇岩…草原の中の遊歩道を進むと、お目当ての「象の鼻」が左手に見えてきます。ここはフォトスポットで観光客全員が写真を撮っていました

    《万座毛》「象の鼻」の奇岩…草原の中の遊歩道を進むと、お目当ての「象の鼻」が左手に見えてきます。ここはフォトスポットで観光客全員が写真を撮っていました

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「象の鼻」の奇岩…下に目を向けると透きとおったサンゴ礁の海が広がっていました。岩にぶつかり荒々しい白波が舞い上がる様子も感動的でした。いつまでも見ていられます。

    《万座毛》「象の鼻」の奇岩…下に目を向けると透きとおったサンゴ礁の海が広がっていました。岩にぶつかり荒々しい白波が舞い上がる様子も感動的でした。いつまでも見ていられます。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「象の鼻」の奇岩、まさに象にしか見えません。

    《万座毛》「象の鼻」の奇岩、まさに象にしか見えません。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「象の鼻」から遊歩道を進むとちょうど真ん中あたりに、岩と岩が重なり合った部分があります。一見してハートの形にも見えました。その岩の隙間から覗くと、東シナ海の海の青とのコントラストが、鮮やかでとてもきれいでした。

    《万座毛》「象の鼻」から遊歩道を進むとちょうど真ん中あたりに、岩と岩が重なり合った部分があります。一見してハートの形にも見えました。その岩の隙間から覗くと、東シナ海の海の青とのコントラストが、鮮やかでとてもきれいでした。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》さらに進むとフォトスポットがあります。高さ約20メートルの断崖絶壁から広がる雄大な東シナ海の景色に心を奪われました。遠くには本部半島まで見渡せ、眺めていると、その美しさに思わず時を忘れてしまいました。

    《万座毛》さらに進むとフォトスポットがあります。高さ約20メートルの断崖絶壁から広がる雄大な東シナ海の景色に心を奪われました。遠くには本部半島まで見渡せ、眺めていると、その美しさに思わず時を忘れてしまいました。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》その反対側には、「像の鼻」を撮影している観光客の姿が見受けられます。

    《万座毛》その反対側には、「像の鼻」を撮影している観光客の姿が見受けられます。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「万座ビーチ」…「万座毛」から北側の対岸に見えるの万座ビーチです。「万座ビーチ」は、環境省が選定した「快水浴場百選」にも選ばれ、日本を代表する美しいビーチとして親しまれています。

    《万座毛》「万座ビーチ」…「万座毛」から北側の対岸に見えるの万座ビーチです。「万座ビーチ」は、環境省が選定した「快水浴場百選」にも選ばれ、日本を代表する美しいビーチとして親しまれています。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》万座ビーチにある「ANA InterContinental Manza Beach Resort, an IHG Hotel」もはっきりと目視できます。

    《万座毛》万座ビーチにある「ANA InterContinental Manza Beach Resort, an IHG Hotel」もはっきりと目視できます。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「鳴き象」…ゆっくり見学して20分ほど遊歩道を進むと「万座毛周辺活性化施設」に再び到着です。

    《万座毛》「鳴き象」…ゆっくり見学して20分ほど遊歩道を進むと「万座毛周辺活性化施設」に再び到着です。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「鳴き象」…「万座毛周辺活性化施設」の入口に通じるデッキに「手をたたいてみてください」という看板がありました。手を叩くと共鳴音がデッキに響き渡りました。

    《万座毛》「鳴き象」…「万座毛周辺活性化施設」の入口に通じるデッキに「手をたたいてみてください」という看板がありました。手を叩くと共鳴音がデッキに響き渡りました。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「お便りコーナー」…「万座毛周辺活性化施設」の入口にあった「郵便ポスト」です。何と恩納村オリジナルフレーム切手の自動販売機も左側にありました。

    《万座毛》「お便りコーナー」…「万座毛周辺活性化施設」の入口にあった「郵便ポスト」です。何と恩納村オリジナルフレーム切手の自動販売機も左側にありました。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「お便りコーナー」…沖縄らしい女性のキャラクターが手に持った「郵便ポスト」です。ちなみに隣のフレーム切手は、毎年開催されている「うんなの魅力フォトコンテスト」の応募作品から選ばれた村内の絶景や人を収めた写真をもとに作られたものだそうです。

    《万座毛》「お便りコーナー」…沖縄らしい女性のキャラクターが手に持った「郵便ポスト」です。ちなみに隣のフレーム切手は、毎年開催されている「うんなの魅力フォトコンテスト」の応募作品から選ばれた村内の絶景や人を収めた写真をもとに作られたものだそうです。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《万座毛》「お便りコーナー」…毎週木曜日に郵便局へ届けると記載されています。

    《万座毛》「お便りコーナー」…毎週木曜日に郵便局へ届けると記載されています。

    万座毛 自然・景勝地

  • 《国際通り》県庁側入口付近…「那覇空港駅」から「県庁前駅」まで「ゆいレール」で13分ほどです。「県庁前駅」の改札口は、浦添方面にあります。

    《国際通り》県庁側入口付近…「那覇空港駅」から「県庁前駅」まで「ゆいレール」で13分ほどです。「県庁前駅」の改札口は、浦添方面にあります。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》県庁側入口付近…改札口を出て右方向に進み階段を降り、「国道42号」を県庁方向に進むと「県庁北口」の交差点があり左手が「国際通り」になります。「国際通り」の道路の両側には阿吽のシーサー像が設置されています。

    《国際通り》県庁側入口付近…改札口を出て右方向に進み階段を降り、「国道42号」を県庁方向に進むと「県庁北口」の交差点があり左手が「国際通り」になります。「国際通り」の道路の両側には阿吽のシーサー像が設置されています。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》県庁側入口付近…「国際通り」の道路の両側には、邪気から「国際通り」を守護する阿吽の二頭のシーサー像が設置されています。

    《国際通り》県庁側入口付近…「国際通り」の道路の両側には、邪気から「国際通り」を守護する阿吽の二頭のシーサー像が設置されています。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》県庁側入口付近…「国際通り」に向かって左側が吽のシーサー像、右側が阿のシーサー像になります。

    《国際通り》県庁側入口付近…「国際通り」に向かって左側が吽のシーサー像、右側が阿のシーサー像になります。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》「国際通り」の歴史と概要を紐解いてみると、「国際通り」は、第二次世界大戦後、焼け野原になった那覇市の中心部に少しずつ店が立ち並び、やがて「国際通り」は、南北に伸びる現在の大きな通りへと発展していきました。長さが約1マイル(1.6km)あり、復興の早さから「奇跡の一マイル」とも呼ばれました。

    《国際通り》「国際通り」の歴史と概要を紐解いてみると、「国際通り」は、第二次世界大戦後、焼け野原になった那覇市の中心部に少しずつ店が立ち並び、やがて「国際通り」は、南北に伸びる現在の大きな通りへと発展していきました。長さが約1マイル(1.6km)あり、復興の早さから「奇跡の一マイル」とも呼ばれました。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》ちなみに、「国際通り」という名称は、1948年にオープンした「アーニー・パイル国際劇場」があった通りだったからというのが由来とされています。「国際通り」は、南北に伸びており、北端は「安里あさと三叉路」、南端は「県庁北口交差点」となっています。

    《国際通り》ちなみに、「国際通り」という名称は、1948年にオープンした「アーニー・パイル国際劇場」があった通りだったからというのが由来とされています。「国際通り」は、南北に伸びており、北端は「安里あさと三叉路」、南端は「県庁北口交差点」となっています。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》「国際通り」には、沖縄の伝統工芸品や特産品を扱うお土産店や、沖縄料理や泡盛を楽しめる居酒屋、さらにはカフェ等のお店もあります。そして、毎週日曜日の12時~18時には、「県庁北口交差点」から「蔡温橋交差点」までの区間が歩行者天国になります。そこでは、オープンカフェやストリートパフォーマンス等の各種イベントなどを開催されるそうです。

    《国際通り》「国際通り」には、沖縄の伝統工芸品や特産品を扱うお土産店や、沖縄料理や泡盛を楽しめる居酒屋、さらにはカフェ等のお店もあります。そして、毎週日曜日の12時~18時には、「県庁北口交差点」から「蔡温橋交差点」までの区間が歩行者天国になります。そこでは、オープンカフェやストリートパフォーマンス等の各種イベントなどを開催されるそうです。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》ウィンドウショッピングで散策するにはまさに最適の場所です。あっという間に時間が過ぎてしまいますので、予め見る場所やお土産を購入する場所は事前にチャックしておいた方がいいと思います。私たちは、「国際通り」に入るとすぐ左手にある「雪塩さんど国際通り本店」でお土産に買おうと目星をつけていた「雪塩サンド」を購入しました。

    《国際通り》ウィンドウショッピングで散策するにはまさに最適の場所です。あっという間に時間が過ぎてしまいますので、予め見る場所やお土産を購入する場所は事前にチャックしておいた方がいいと思います。私たちは、「国際通り」に入るとすぐ左手にある「雪塩さんど国際通り本店」でお土産に買おうと目星をつけていた「雪塩サンド」を購入しました。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》軽くて荷物にならず、帰ってお土産を配った人から美味しいと評判でした。ちなみに、「雪塩さんど国際通り本店」は、宮古島の雪塩のアンテナショップです。

    《国際通り》軽くて荷物にならず、帰ってお土産を配った人から美味しいと評判でした。ちなみに、「雪塩さんど国際通り本店」は、宮古島の雪塩のアンテナショップです。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》「雪塩」は、透明度の高い宮古島の海をそのままパウダー状にしたお塩で、素材の旨味を引き出すまろやかなしょっぱみのあるお塩です。夏などの暑い時期に来たら大人気のほんのりしょっぱいでも甘い「雪塩ソフトクリーム」もお薦めです。

    《国際通り》「雪塩」は、透明度の高い宮古島の海をそのままパウダー状にしたお塩で、素材の旨味を引き出すまろやかなしょっぱみのあるお塩です。夏などの暑い時期に来たら大人気のほんのりしょっぱいでも甘い「雪塩ソフトクリーム」もお薦めです。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》「雪塩さんど国際通り本店」から少し進むと「かりゆしウェア マンゴハウス 国際通り2号店」がありました。「マンゴハウス」は「国際通り」にはこのほか、「ゆいレール」の「牧志駅」近くにある「国際通り1号店」と「国際通り」のほぼ中央に位置する「国際通り3号店」もあります。「マンゴハウス」は、かりゆしウェア(沖縄アロハシャツ)専門店です。

    《国際通り》「雪塩さんど国際通り本店」から少し進むと「かりゆしウェア マンゴハウス 国際通り2号店」がありました。「マンゴハウス」は「国際通り」にはこのほか、「ゆいレール」の「牧志駅」近くにある「国際通り1号店」と「国際通り」のほぼ中央に位置する「国際通り3号店」もあります。「マンゴハウス」は、かりゆしウェア(沖縄アロハシャツ)専門店です。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》「かりゆしウェア マンゴハウス 国際通り2号店」の隣には、「沖縄地料理 あんがま 国際通り店」があります。当日入店したわけではありませんが、二階部分に迫力のあるお面のようなオブジェが掲げられていました。存在感十分で否が応でも目に入ってきます。

    《国際通り》「かりゆしウェア マンゴハウス 国際通り2号店」の隣には、「沖縄地料理 あんがま 国際通り店」があります。当日入店したわけではありませんが、二階部分に迫力のあるお面のようなオブジェが掲げられていました。存在感十分で否が応でも目に入ってきます。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》ちなみに、「あんがま」とは、石垣島の各地で旧暦7月旧盆中に行われる行事です。面を被った「ウシュマイ」・「ンミー」(爺・婆)と仮装した「ファーマー」(妖精)たちが家などをまわって歌や踊りを繰り広げる先祖を供養するための行事です。

    《国際通り》ちなみに、「あんがま」とは、石垣島の各地で旧暦7月旧盆中に行われる行事です。面を被った「ウシュマイ」・「ンミー」(爺・婆)と仮装した「ファーマー」(妖精)たちが家などをまわって歌や踊りを繰り広げる先祖を供養するための行事です。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》「国際通り」の目を楽しませてくれるスポットと言えば、「おきなわ屋LOVELOVEシーサー」です。ここもフォトスポットで観光客が入れ替わり立ち代わり写真を撮っていました。「おきなわ屋」本店前に設置されている3mを超える巨大シーサー2体は、1体300㎏、高さは約3m30㎝、横幅は2体で4mほどあるそうです。

    《国際通り》「国際通り」の目を楽しませてくれるスポットと言えば、「おきなわ屋LOVELOVEシーサー」です。ここもフォトスポットで観光客が入れ替わり立ち代わり写真を撮っていました。「おきなわ屋」本店前に設置されている3mを超える巨大シーサー2体は、1体300㎏、高さは約3m30㎝、横幅は2体で4mほどあるそうです。

    国際通り 名所・史跡

  • 《国際通り》「国際通り」には、「公設市場」や「平和通り」、「市場中央通り」という商店街があります。アーケードになっており雨の日でも関係なく楽しむことができます。「市場本通り」は、「国際通り」から「第一牧志公設市場」手前までの郷土菓子のお店や食べ歩きのできるお店が立ち並ぶ沖縄の魅力が凝縮された商店街通りです。「市場本通り」の先が「市場中央通り」になっています。迷路のように横道もあり自分がどこにいるか分からなくなりました。

    《国際通り》「国際通り」には、「公設市場」や「平和通り」、「市場中央通り」という商店街があります。アーケードになっており雨の日でも関係なく楽しむことができます。「市場本通り」は、「国際通り」から「第一牧志公設市場」手前までの郷土菓子のお店や食べ歩きのできるお店が立ち並ぶ沖縄の魅力が凝縮された商店街通りです。「市場本通り」の先が「市場中央通り」になっています。迷路のように横道もあり自分がどこにいるか分からなくなりました。

    国際通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》国際通り」から「平和通り」に入ると庶民的な沖縄の風景が目の前に広がってきます。そして、「平和通り」を抜け、道路の反対側には、焼物の街「壺屋地区」になります。通称で「壺屋やちむん通り」と呼ばれています。「壺屋やちむん通り」の入口左手には、焼物で造った案内地図もありました。ここで、事前に地形を頭に入れておけば効率的に観光することができます。

    《壺屋やちむん通り》国際通り」から「平和通り」に入ると庶民的な沖縄の風景が目の前に広がってきます。そして、「平和通り」を抜け、道路の反対側には、焼物の街「壺屋地区」になります。通称で「壺屋やちむん通り」と呼ばれています。「壺屋やちむん通り」の入口左手には、焼物で造った案内地図もありました。ここで、事前に地形を頭に入れておけば効率的に観光することができます。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「壺屋やちむん通り」には、琉球石灰岩が約400mにわたり敷き詰められ、道の両側には、陶芸工房や直売店、ギャラリーが20件ほど軒を連ねています。また、見どころとして「那覇市立壺屋焼物博物館」、「登り南ヌ窯」や「新垣家住宅」もあります。

    《壺屋やちむん通り》「壺屋やちむん通り」には、琉球石灰岩が約400mにわたり敷き詰められ、道の両側には、陶芸工房や直売店、ギャラリーが20件ほど軒を連ねています。また、見どころとして「那覇市立壺屋焼物博物館」、「登り南ヌ窯」や「新垣家住宅」もあります。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「壺屋やちむん通り」の入口の左手には、「壺屋陶芸センター」と「那覇市立壺屋焼物博物館」が隣接しています。「壺屋やちむん通り」の歴史を紐解いてみると、琉球王府が約300年前の1682年に、当時の王府が美里村(現沖縄市)の知花、首里の宝口、那覇の湧田にあった陶窯をこの地に集めて以来、「壺屋」は焼物の町としての歴史を歩み続けてきました。

    《壺屋やちむん通り》「壺屋やちむん通り」の入口の左手には、「壺屋陶芸センター」と「那覇市立壺屋焼物博物館」が隣接しています。「壺屋やちむん通り」の歴史を紐解いてみると、琉球王府が約300年前の1682年に、当時の王府が美里村(現沖縄市)の知花、首里の宝口、那覇の湧田にあった陶窯をこの地に集めて以来、「壺屋」は焼物の町としての歴史を歩み続けてきました。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》残念ながら「那覇市立壺屋焼物博物館」は3月いっぱい改装のため休館でした。

    《壺屋やちむん通り》残念ながら「那覇市立壺屋焼物博物館」は3月いっぱい改装のため休館でした。

    那覇市立壷屋焼物博物館 美術館・博物館

  • 《壺屋やちむん通り》骨壺のやちむん焼きがありましたので思わずシャッターを切ってしまいました。

    《壺屋やちむん通り》骨壺のやちむん焼きがありましたので思わずシャッターを切ってしまいました。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》しばらく坂道を進むと左手にシーサーと沖縄県指定文化財「南ヌ窯」(フェーヌカマ)の案内の木柱がありました。

    《壺屋やちむん通り》しばらく坂道を進むと左手にシーサーと沖縄県指定文化財「南ヌ窯」(フェーヌカマ)の案内の木柱がありました。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》急な石段を上るとカフェ「陶器と喫茶 南窯」になっていて中を抜けると「南ヌ窯」(フェーヌカマ)があります。

    《壺屋やちむん通り》急な石段を上るとカフェ「陶器と喫茶 南窯」になっていて中を抜けると「南ヌ窯」(フェーヌカマ)があります。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》カフェ「陶器と喫茶 南窯」では、注文を受けてから豆を挽くという、香りよいコーヒーが人気メニューです。

    《壺屋やちむん通り》カフェ「陶器と喫茶 南窯」では、注文を受けてから豆を挽くという、香りよいコーヒーが人気メニューです。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》現代の名工「島袋常雄」の直売店でもある店では、シーサーや器が展示され、購入もできます。

    《壺屋やちむん通り》現代の名工「島袋常雄」の直売店でもある店では、シーサーや器が展示され、購入もできます。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「南ヌ窯」(フェーヌカマ)は、「壺屋」にたったひとつ残った荒焼の登り窯です。

    《壺屋やちむん通り》「南ヌ窯」(フェーヌカマ)は、「壺屋」にたったひとつ残った荒焼の登り窯です。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》ここでは、酒を入れる甕や水甕、厨子甕などがつくられていたそうです。

    《壺屋やちむん通り》ここでは、酒を入れる甕や水甕、厨子甕などがつくられていたそうです。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「南ヌ窯」(フェーヌカマ)は傾斜地を利用して作られており、幅3m、長さ20mのかまぼこ型で、窯の上は赤瓦屋根で覆われています。屋根を支える柱は焼けないように石柱や数個の石を積み上げた柱でできています。

    《壺屋やちむん通り》「南ヌ窯」(フェーヌカマ)は傾斜地を利用して作られており、幅3m、長さ20mのかまぼこ型で、窯の上は赤瓦屋根で覆われています。屋根を支える柱は焼けないように石柱や数個の石を積み上げた柱でできています。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「南ヌ窯」(フェーヌカマ)は傾斜地を利用して作られており、幅3m、長さ20mのかまぼこ型で、窯の上は赤瓦屋根で覆われています。屋根を支える柱は焼けないように石柱や数個の石を積み上げた柱でできています。また、のぼり窯の周囲には、窯を保護する役目をする石積みが見受けられます。焚き口は下方にあり、窯の内部はしきりをせずにトンネル状になっています。

    《壺屋やちむん通り》「南ヌ窯」(フェーヌカマ)は傾斜地を利用して作られており、幅3m、長さ20mのかまぼこ型で、窯の上は赤瓦屋根で覆われています。屋根を支える柱は焼けないように石柱や数個の石を積み上げた柱でできています。また、のぼり窯の周囲には、窯を保護する役目をする石積みが見受けられます。焚き口は下方にあり、窯の内部はしきりをせずにトンネル状になっています。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》現在は使われていませんが、壺屋焼300年の歴史を今に伝える沖縄県の指定文化財です。ちなみに、「南ヌ窯」(フェーヌカマ)とは、読んで字のごとしで、南側にある窯の意味です。

    《壺屋やちむん通り》現在は使われていませんが、壺屋焼300年の歴史を今に伝える沖縄県の指定文化財です。ちなみに、「南ヌ窯」(フェーヌカマ)とは、読んで字のごとしで、南側にある窯の意味です。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》しばらく坂道を上ると右手にかわいらしい陶器やアクセサリーを飾っているお店の「guma-guwa」を発見しました。「guma-guwa」では、壺屋焼窯元「育陶園」の若手職人の器を中心に、琉球ガラスやアクセサリーも扱う雑貨店です。伝統を守りつつ、若い感性を取り入れた力作が目白押しでした。

    《壺屋やちむん通り》しばらく坂道を上ると右手にかわいらしい陶器やアクセサリーを飾っているお店の「guma-guwa」を発見しました。「guma-guwa」では、壺屋焼窯元「育陶園」の若手職人の器を中心に、琉球ガラスやアクセサリーも扱う雑貨店です。伝統を守りつつ、若い感性を取り入れた力作が目白押しでした。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》次に訪れたのが「壺屋やちむん通り」の出口付近にあった「清正陶器明史工房」です。お店の外観が他の店と比べると印象的でした。お店の外側の壁には、陶器の破片らしきものが埋め込まれていました。「清正陶器明史工房」では、「小橋川清正」と次男「小橋川明史」親子の作品を扱う直売店です。店のショーウィンドウには、平成12年(2000年)の「九州沖縄サミット」の際に、「首里城」で催された夕食会で使用されたそうです。

    《壺屋やちむん通り》次に訪れたのが「壺屋やちむん通り」の出口付近にあった「清正陶器明史工房」です。お店の外観が他の店と比べると印象的でした。お店の外側の壁には、陶器の破片らしきものが埋め込まれていました。「清正陶器明史工房」では、「小橋川清正」と次男「小橋川明史」親子の作品を扱う直売店です。店のショーウィンドウには、平成12年(2000年)の「九州沖縄サミット」の際に、「首里城」で催された夕食会で使用されたそうです。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「清正陶器工場」を過ぎ、「まじる商店」の隣の広場に「ポンプ式井戸」がありました。

    《壺屋やちむん通り》「清正陶器工場」を過ぎ、「まじる商店」の隣の広場に「ポンプ式井戸」がありました。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》この「ポンプ式井戸」は、壺屋やちむん通りにある現役で給水する「手動ポンプ式井戸」です。

    《壺屋やちむん通り》この「ポンプ式井戸」は、壺屋やちむん通りにある現役で給水する「手動ポンプ式井戸」です。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「手動ポンプ式井戸」の先には、「壺屋やちむん通り」の最終地点にあたる「東ヌカー」になります。大きなガジュマルの木の下には、壺屋村が出来て最初に掘った井戸があります。

    《壺屋やちむん通り》「手動ポンプ式井戸」の先には、「壺屋やちむん通り」の最終地点にあたる「東ヌカー」になります。大きなガジュマルの木の下には、壺屋村が出来て最初に掘った井戸があります。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》壺屋の東にあるため「東(アガリ)ヌカー」と呼ばれ、壺屋にある「村ガー」(共同井戸)の中で一番古いといわれています。

    《壺屋やちむん通り》壺屋の東にあるため「東(アガリ)ヌカー」と呼ばれ、壺屋にある「村ガー」(共同井戸)の中で一番古いといわれています。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》この井戸水は貴重な飲料水として使われていましたが、戦後、水道が整備され、次第に使われなくなりましたが、ポンプを漕ぐと今でも水が出るそうです。香炉が置かれ、人々に壺屋の拝所として大切にされていることは今も変わらないそうです。

    《壺屋やちむん通り》この井戸水は貴重な飲料水として使われていましたが、戦後、水道が整備され、次第に使われなくなりましたが、ポンプを漕ぐと今でも水が出るそうです。香炉が置かれ、人々に壺屋の拝所として大切にされていることは今も変わらないそうです。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…次は、「東ヌカー」を左方向に進むと「壺屋やちむん通り」の裏路地になります。しばらく道なりに進むと、沖縄らしい赤瓦の屋根と石塀が続きその先に「新垣家住宅」があります。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…次は、「東ヌカー」を左方向に進むと「壺屋やちむん通り」の裏路地になります。しばらく道なりに進むと、沖縄らしい赤瓦の屋根と石塀が続きその先に「新垣家住宅」があります。

    新垣家住宅 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…「壺屋やちむん通り」を訪れた最大の目的は、伝統的な壺屋陶工の住宅形式を知る上で唯一残された貴重な建造物である「新垣家住宅」を見学するためです。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…「壺屋やちむん通り」を訪れた最大の目的は、伝統的な壺屋陶工の住宅形式を知る上で唯一残された貴重な建造物である「新垣家住宅」を見学するためです。

    新垣家住宅 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…そのような観点から「新垣家住宅」は、平成14年(2002年)12月26日に国の指定重要文化財に指定されています。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…そのような観点から「新垣家住宅」は、平成14年(2002年)12月26日に国の指定重要文化財に指定されています。

    新垣家住宅 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…現在も「主屋」には所有者が居住しているため、居住区域は非公開で、非公開エリアへの立ち入りと写真撮影は禁止事項になっています。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…現在も「主屋」には所有者が居住しているため、居住区域は非公開で、非公開エリアへの立ち入りと写真撮影は禁止事項になっています。

    新垣家住宅 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…「新垣家住宅」は、那覇市壺屋に所在する陶工の住宅で、昭和49年(1974年)まで陶業を営んでいました。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…「新垣家住宅」は、那覇市壺屋に所在する陶工の住宅で、昭和49年(1974年)まで陶業を営んでいました。

    新垣家住宅 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…約400坪の屋敷内には、「主屋」、「作業場」、「離れ」、奇跡的に沖縄戦の戦火を免れた「登窯」や備瀬のフクギ並木でも見た石造の「フール」(豚小屋兼便所)、石垣などが残っています。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…約400坪の屋敷内には、「主屋」、「作業場」、「離れ」、奇跡的に沖縄戦の戦火を免れた「登窯」や備瀬のフクギ並木でも見た石造の「フール」(豚小屋兼便所)、石垣などが残っています。

    新垣家住宅 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…入口の階段を昇ると正面に塀がありその奥が「主屋」になっています。右方向に進むと「新垣家住宅」の歴史などを展示してある「離れ」があり、ビデオも上映されています。「離れ」を抜けると「フール」がありその右手に「登窯」があります。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…入口の階段を昇ると正面に塀がありその奥が「主屋」になっています。右方向に進むと「新垣家住宅」の歴史などを展示してある「離れ」があり、ビデオも上映されています。「離れ」を抜けると「フール」がありその右手に「登窯」があります。

    新垣家住宅 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…。「登窯」は、通称「東の窯」(アガリヌカマ)と呼ばれ、全長約23m、幅約4mで、最上部にある排煙口を除く窯全体が赤瓦の屋根で覆われています。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…。「登窯」は、通称「東の窯」(アガリヌカマ)と呼ばれ、全長約23m、幅約4mで、最上部にある排煙口を除く窯全体が赤瓦の屋根で覆われています。

    新垣家住宅 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…「南ヌ窯」と同じように、屋根を支える柱は焼けないように石柱や数個の石を積み上げた柱でできていました。1974年5月まで利用されていたので、「南ヌ窯」に比べると保存状態も良好です。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…「南ヌ窯」と同じように、屋根を支える柱は焼けないように石柱や数個の石を積み上げた柱でできていました。1974年5月まで利用されていたので、「南ヌ窯」に比べると保存状態も良好です。

    新垣家住宅 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…「新垣家」は琉球王国時代の康熙21年(1682年)の壺屋統合の頃に読谷から移住してきました。代々名誉ある「親雲上」(ペーチン)の称号を有し、壺屋陶業での中心的役割を果たしてきました。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…「新垣家」は琉球王国時代の康熙21年(1682年)の壺屋統合の頃に読谷から移住してきました。代々名誉ある「親雲上」(ペーチン)の称号を有し、壺屋陶業での中心的役割を果たしてきました。

    新垣家住宅 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」入…口である門口に立つと、西側には屋根の上に「チブルシーサー」(頭部だけのシーサー)が備え付けられていました。この建物は作業場だったそうです。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」入…口である門口に立つと、西側には屋根の上に「チブルシーサー」(頭部だけのシーサー)が備え付けられていました。この建物は作業場だったそうです。

    新垣家住宅 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…この建物は作業場だったそうです。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」…この建物は作業場だったそうです。

    新垣家住宅 名所・史跡

  • 《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」これで沖縄の観光は無事終了です。夕食にはちょっと早い時間でしたが、「ステーキハウス88 国際通り店」へ向かいました。「新垣家住宅」からすぐの途中にある路地に桜の花が満開の一本の木がありました。感激するとともに目の保養になりました。

    《壺屋やちむん通り》「新垣家住宅」これで沖縄の観光は無事終了です。夕食にはちょっと早い時間でしたが、「ステーキハウス88 国際通り店」へ向かいました。「新垣家住宅」からすぐの途中にある路地に桜の花が満開の一本の木がありました。感激するとともに目の保養になりました。

    壺屋やちむん通り 名所・史跡

  • 《ステーキハウス88 国際通り店》「壺屋やちむん通り」の入口付近から「ステーキハウス88 国際通り店」までは徒歩6分、距離にして450mほどです。「壺屋やちむん通り」の入口を右方向に350mほど進むと「国際通り」になります。「国際通り」を左折し100mほど進むと左手にある勉強堂ビルの2Fに「ステーキハウス88 国際通り店」があります。1Fには、沖縄雑貨の「KUKURU島結店」とお土産店の「泉寿」が入っています。

    《ステーキハウス88 国際通り店》「壺屋やちむん通り」の入口付近から「ステーキハウス88 国際通り店」までは徒歩6分、距離にして450mほどです。「壺屋やちむん通り」の入口を右方向に350mほど進むと「国際通り」になります。「国際通り」を左折し100mほど進むと左手にある勉強堂ビルの2Fに「ステーキハウス88 国際通り店」があります。1Fには、沖縄雑貨の「KUKURU島結店」とお土産店の「泉寿」が入っています。

    ステーキハウス 88 国際通り店 グルメ・レストラン

  • 《ステーキハウス88 国際通り店》「メニュー」…私たちが「ステーキハウス88 国際通り店」を選んだのは、創業45年の歴史ある老舗ステーキハウスでお肉は美味しく、リーズナブルな値段ながらボリューム満点だからです。

    《ステーキハウス88 国際通り店》「メニュー」…私たちが「ステーキハウス88 国際通り店」を選んだのは、創業45年の歴史ある老舗ステーキハウスでお肉は美味しく、リーズナブルな値段ながらボリューム満点だからです。

    ステーキハウス 88 国際通り店 グルメ・レストラン

  • 《ステーキハウス88 国際通り店》「メニュー」…健康にも良いということで「ステーキハウス88」の定番の「88特選赤肉ステーキ」(150g)を食べることにしました。「88特選赤肉ステーキ」は、一頭の牛から8%ほどしかとれない希少な部位で、ひれ肉にも負けないくらい美味しいそうです。150gから400gまでのステーキの四種類のサイズが選べ、ステーキには、スープ、サラダ、ライス又はトーストが付いてきます。

    《ステーキハウス88 国際通り店》「メニュー」…健康にも良いということで「ステーキハウス88」の定番の「88特選赤肉ステーキ」(150g)を食べることにしました。「88特選赤肉ステーキ」は、一頭の牛から8%ほどしかとれない希少な部位で、ひれ肉にも負けないくらい美味しいそうです。150gから400gまでのステーキの四種類のサイズが選べ、ステーキには、スープ、サラダ、ライス又はトーストが付いてきます。

    ステーキハウス 88 国際通り店 グルメ・レストラン

  • 《ステーキハウス88 国際通り店》タブレットで注文します。

    《ステーキハウス88 国際通り店》タブレットで注文します。

    ステーキハウス 88 国際通り店 グルメ・レストラン

  • 《ステーキハウス88 国際通り店》左から「シークアーサードレッシング」、「ニンニク醤油ソース」、「オニオンペッパーソース」、「イタリアンガーリック」でステーキの味変が楽しめます。

    《ステーキハウス88 国際通り店》左から「シークアーサードレッシング」、「ニンニク醤油ソース」、「オニオンペッパーソース」、「イタリアンガーリック」でステーキの味変が楽しめます。

    ステーキハウス 88 国際通り店 グルメ・レストラン

  • 《ステーキハウス88 国際通り店》最初に、「スープ」と「サラダ」が運ばれてきました。配膳の店員さんは外国の方でしたが、流暢な日本語で「サラダ」はテーブルの窓側にセットされている「シークアーサードレッシング」で食べると美味しいと薦めてくれました。

    《ステーキハウス88 国際通り店》最初に、「スープ」と「サラダ」が運ばれてきました。配膳の店員さんは外国の方でしたが、流暢な日本語で「サラダ」はテーブルの窓側にセットされている「シークアーサードレッシング」で食べると美味しいと薦めてくれました。

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  • 《ステーキハウス88 国際通り店》「スープ」は昔ながらの味がし、青春の日々を思い起こさせてくれるようなレトロな味わいでした。

    《ステーキハウス88 国際通り店》「スープ」は昔ながらの味がし、青春の日々を思い起こさせてくれるようなレトロな味わいでした。

    ステーキハウス 88 国際通り店 グルメ・レストラン

  • 《ステーキハウス88 国際通り店》今まで「シークアーサードレッシング」で「サラダ」を食べたことがありませんでしたが、「シークアーサードレッシング」は、甘みがあり、野菜の旨みを引き出し、「サラダ」をとても美味しく食べることができました。

    《ステーキハウス88 国際通り店》今まで「シークアーサードレッシング」で「サラダ」を食べたことがありませんでしたが、「シークアーサードレッシング」は、甘みがあり、野菜の旨みを引き出し、「サラダ」をとても美味しく食べることができました。

    ステーキハウス 88 国際通り店 グルメ・レストラン

  • 《ステーキハウス88 国際通り店》そこうするうちに、「88特選赤肉ステーキ」(150g)が運ばれてきました。紙製のエプロンも持って来てくれるので、鉄板が熱く、肉汁やステーキ用ソースを掛け飛び散っても大丈夫です。

    《ステーキハウス88 国際通り店》そこうするうちに、「88特選赤肉ステーキ」(150g)が運ばれてきました。紙製のエプロンも持って来てくれるので、鉄板が熱く、肉汁やステーキ用ソースを掛け飛び散っても大丈夫です。

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  • 《ステーキハウス88 国際通り店》「サラダ」と同様に「ステーキ」のソースについても説明してくれました。ステーキ用ソースは、ニンニク醤油、イタリアンガーリック、オニオンペッパーの三種類があり、それぞれ試してみると味変し美味しいと言っていたので、代わる代わる全部のソースでステーキを食べました。ステーキにナイフを入れると、中から肉汁がじゅわっと溢れ出し、柔らかい赤身と脂身のバランスも絶妙でした。

    《ステーキハウス88 国際通り店》「サラダ」と同様に「ステーキ」のソースについても説明してくれました。ステーキ用ソースは、ニンニク醤油、イタリアンガーリック、オニオンペッパーの三種類があり、それぞれ試してみると味変し美味しいと言っていたので、代わる代わる全部のソースでステーキを食べました。ステーキにナイフを入れると、中から肉汁がじゅわっと溢れ出し、柔らかい赤身と脂身のバランスも絶妙でした。

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  • 《ステーキハウス88 国際通り店》ステーキは食べごたえがあり、食べると肉の旨味が口いっぱいにひろがりました。

    《ステーキハウス88 国際通り店》ステーキは食べごたえがあり、食べると肉の旨味が口いっぱいにひろがりました。

    ステーキハウス 88 国際通り店 グルメ・レストラン

  • 《ステーキハウス88 国際通り店》ステーキと一緒に食べる「ガーリックライス」は、ガーリック好きにはたまらないものです。私も大のガーリック好きですが、ライスから立ち込める湯気にはガーリックを調理した匂いが立ち込め、一口口に入れると口の中全体にガーリックが広がりました。それもそのはず、「ガーリックライス」には、刻んだニンニクが山ほど入っていました。大満足の夕食となりました。

    《ステーキハウス88 国際通り店》ステーキと一緒に食べる「ガーリックライス」は、ガーリック好きにはたまらないものです。私も大のガーリック好きですが、ライスから立ち込める湯気にはガーリックを調理した匂いが立ち込め、一口口に入れると口の中全体にガーリックが広がりました。それもそのはず、「ガーリックライス」には、刻んだニンニクが山ほど入っていました。大満足の夕食となりました。

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