2025/01/10 - 2025/01/10
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公共交通トラベラーkenさん
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2025年1月10日(金)八王子方面へ散策に出かけました。今年初の旅ということで日本人らしく神社仏閣巡りのコースになります。
ちょうど「八王子七福神めぐり」というイベントと、子安神社の初こんぴらのお祭りが開催されていたので、その2つをメインにしながら八王子の神社とお寺を巡り歩きました。
今までちゃんと観光したことのない町でしたが、八王子は甲州街道の宿場町として、また養蚕や織物で栄えた「桑都」として発展してきた長い歴史を持つ都市です。実際に歩いてみると古い建物などが街道沿いに残っていたりして、予想以上に楽しめるエリアでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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JR西八王子駅から散策スタートです。八王子の隣駅ということで寂れているのだろうと思っていたのですが、駅周辺は案外栄えています。2023年度の1日平均乗車人員は29,203人で近隣の日野駅・高尾駅よりも僅かに多いそうです。
西八王子駅 駅
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一昔前までは当たり前だった駅前の小さな本屋。最近はあまり見かけなくなりましたが西八王子駅ではまだ健在です。
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西八王子駅から長房団地行のバスに乗って長房センターバス停で下車。巨大な団地群が目の前に立ち並んでいます。長房団地は1962年から建設が始まったマンモス都営団地です。1945年8月2日の八王子空襲で焼失した東京陸軍幼年学校の跡地に建っているそうです。1964年の東京オリンピックに合わせて、都心に住む貧困層を集団移住させたなどともいわれているようです。現在ではそんな面影は全く感じられないですね。
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団地居住者用に作られたと思われる長房新栄商店街という場所が残っています。ここだけ昭和のまま時間が止まっているような感じがします。
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今でも元気に営業中の店舗もあります。
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日除けのシート類が多すぎて何の店かわかりませんが、確かに営業していました。
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空き店舗になってボロボロになりかけている場所も結構ありました。
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梅屋蒲鉾店。午前の早い時間からしっかり営業しています。
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おでんの店頭販売も準備万端整っています。容器を持参して好きなタネを購入するシステムらしいです。
ネットの情報によると、この団地界隈は昔は治安があまり良くないことで有名だったらしいですが、現在は住民の高齢化が進んですっかり覇気がなくなっているようです。 -
長房団地エリアを後にして、本日のメインイベントの一つ、八王子七福神めぐりを開始します。
まずは真言宗智山派 一乗山久松寺吉祥院。 -
ここには吉祥天がいらっしゃいました。普通七福神に吉祥天は入っていないと思いますが、八王子七福神は八王子の八の字にちなんで八福神としているそうです。
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七福神めぐりは、社務所で色紙(¥300)を買って各寺院で御朱印(筆入りは¥500)を書いてもらうシステムです。7年分の色紙を集めると記念として「金色の色紙」が進呈されるそうです。
もちろん色紙を買わずにお寺を巡るのは自由です。私たちは自由にさせてもらいました。 -
境内は急な坂道になっています。上まで登ると二十三夜堂というお堂があって、その横になぜかトトロの石像がありました。
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高尾山遥拝所。
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たぶん鳥居の間から見える山が高尾山なのでしょう。
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八王子七福神めぐりのパンフレットに掲載されていた地図を片手に散策を続けます。七福神と関係ありませんが、「日本遺産 多賀神社」という記載があったので立ち寄ってみることにしました。
多賀神社 寺・神社・教会
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八王子は東京都で唯一、日本遺産に指定されている都市です。「霊気満山 高尾山~人々の祈りが紡ぐ桑都物語~」というテーマで、信仰の山としての高尾山と、養蚕業と流通を担った「桑都」に関する文化財が取り上げられています。
ここ多賀神社もその一つです。 -
ホームページの解説によると、『多賀神社の「上の祭り」と八幡八雲神社の「下の祭り」の宮神輿渡御と氏子町内による山車巡行は、江戸時代から継承されています。
両神社による神事と町人文化、鳶職による木遣、江戸を流派とする祭囃子や芸妓文化が融合した今日の祭りの形態は、桑都と称され絹産業で繁栄したまちの歴史を物語っています。
現在では、両祭りを統合し「八王子まつり」として桑都の伝統文化を代表するものとなっており、往時のまつりの熱気を体感することができます。』とのこと。
八王子まつりは毎年8月の初め(今年は1日~3日の3日間)に開催されるようでうす。スケジュールが合えば見物してみたいものです。 -
次の目的地の途中にあった日吉八王子神社。
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御由緒には「天慶三年(940年)一尺一寸五分の御神像を造立し、山根九万石の惣鎮守として創立。文禄四年(1595年)法印島文坊俊盛社殿を造営し日吉山王八王子明神社と称した。昭和二十年八月二日の八王子空襲には境内社殿の焼失をまぬがれた。」とあります。
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境内の梅の花のつぼみがほころび始めていました。
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拝殿の横にあったお稲荷様も見ていきます。伏見稲荷と書かれていました。
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次の七福神のお寺に到着。宗格院という曹洞宗のお寺です。私たちと同様、七福神巡りに参加している方々が境内に結構集まっていました。
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このお寺の開基は八王子千人頭の山本忠房で、開山はその弟の价州良天和尚。八王子千人同心と縁の深いお寺らしいです。門をくぐるとすぐに河西祐助二百回忌の記念碑というのがありました。この人は八王子千人同心組頭見習いで、幕末の北方警備と蝦夷地の開拓に尽くした方なんだそうです。
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手前が七福神の寿老尊。その後方には「せき地蔵尊」がいらっしゃいます。開基山本忠房の娘「山本せき」の供養の為のお地蔵様です。せきさんは女性ですがお酒が大好きだったので、このお地蔵様にお酒を供えると咳(喉の病気)が良くなるといわれています。
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八王子総奉行「大久保石見守長安」が治水のために築いた石見土手という堤があるそうです。このお寺の境内にその堤が残っていると看板に書いてあるのですが、どれがその堤なのかはわかりませんでした。
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続いて了法寺に入ります。甲州街道沿いに入口があります。
了法寺 寺・神社・教会
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入口の自販機。
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「ようこそ了法寺へ」の看板
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車のラッピングまで、美少女イラストがいっぱいです。このお寺は「萌え寺」としても知られているそうです。なぜこんなことになっているのか理由は不明です。話題作りで集客アップを狙ったのかもしれませんが、境内は七福神めぐりの高齢者たちで混みあっており、入口の美少女イラストに注目しているのは私たちくらいです。一応美少女イラストをバックに記念撮影をしておきました。
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こちらの七福神は新護弁財天。
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またこのお寺は神仏習合時代の名残で稲荷堂(稲荷神社)があり、宇迦之御魂神(ウカノミタマ)が祀られています。
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稲荷と言えば狐様です。
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水神である弁財天の使い、または宇賀神の化身としての白蛇も祀られています。このごちゃ混ぜ感が日本の宗教の醍醐味だと個人的には思っています。
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甲州街道沿いを八王子駅方面に歩きます。ところどころに古い建物が残っています。のれんを見ると「こんにゃく製造卸」と書かれていました。創業100年を超える老舗店らしい。
なかの屋 グルメ・レストラン
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こちらは豆腐・いなりあげのお店。
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町中にまた伏見稲荷発見。なんだか稲荷神社が多いですね。やはり甲州街道の宿場だったり、養蚕や織物交易の要所だったりした歴史から商売繁盛を願う人が多かったのかもしれません。
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日蓮宗 善龍寺 に入ります。
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こちらには走大黒天様がいらっしゃいます。
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『当山の大黒さまの由来は、元禄13年に第10世の円実院日真上人が、疲弊した諸堂の再建に苦心していた折、日真上人の夢に大黒さまが現れたので、解体した本堂の跡を捜したところ、米俵に乗って右足を前に出した大黒さまを感得した、といわれています。日真上人は、この大黒さまをそのお姿から「走(はしり)大黒尊天」とお呼びして、一心に祈念したところ、無事に諸堂の再建を果たすことが出来た、と伝えられています。』だそうです。
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甲州街道に戻ってきました。今度は乾物屋さんがありました。こちらも元気に営業中です。こういう歴史あるお店が多く残っていると街歩きの楽しさが倍増します。
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また古そうな蔵造りの建物がありました。地図には(有)荒物加島屋とあります。江戸後期から続くお店らしいです。店蔵が建てられたのは、明治20年(1888年)とのこと。
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右から読む「花王石鹸」の看板が渋い。
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店内のレトロ感がすさまじい。
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七福神めぐりのマップに「日本遺産 八王子繊維貿易館」とあったのでやってきましたが、この日は内部の資料室はお休みでした。建物的にはそれほど面白くなさそうでしたので、先に進みます。
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今では珍しくなりつつある銭湯の煙突。
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「家康に天下を取らせた総代官 大久保石見守長安」と書いてあります。先ほど宗格院でも出てきた名前です。住宅街に唐突に看板を立ててアピールするほどの推しキャラということなのでしょう。
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産千代稲荷神社。「代官大久保石見守長安の陣屋内の鬼門除の守護神として創立された。大木が繁り稲荷森と称した。神社に伝わる孤伝説等から安産福徳の神と崇拝されている。」という解説をネットで見つけました。どうやらここに大久保長安の陣屋があったようです。先ほどの立て看板もそれを伝えるためのものだったようです。
産千代稲荷神社 寺・神社・教会
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「神社に伝わる孤伝説等から・・・」という部分、いったいどんな伝説だったのか気になるところですが、結局よくわかりませんでした。
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こちらの狐様は丸みを帯びたやさしい表情です。
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素朴な感じがなかなか良いですね。
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境内に小さな社がいくつかありました。こちらの狐は結構古そうです。
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次は曹洞宗金龍山信松院です。
信松院 寺・神社・教会
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信松院は武田信玄四女松姫尼公を開基とし、天正18年(1590)創建の寺院。
松姫さまは七歳の時に織田信長の長男信忠と婚約しましたが、三方ヶ原の戦いで両家は戦うようになり解消されました。
天正10年武田家は滅亡し、松姫は八王子へ落ちのび恩方にある心源院というお寺に入って尼僧になり創立したのがこのお寺です。 -
なかなか羽振りの良いお寺のようです。
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ここには布袋様がいらっしゃいます。布袋様は七福神の中で唯一実在した人物なんだそうです。
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おなかを触ることができます。家庭円満の神様です。
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「儲かって儲かってしょうがないよ~」という顔をしていらっしゃいます。境内には金照庵という寺カフェも併設しています。昼時には七福神めぐりのご老人たちが次々と店内に吸い込まれていきました。
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裏手の墓地。
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松姫さまのお墓もあります。
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こちらのお寺には穴守稲荷神社がありました。今日はとにかくお稲荷様によく出会います。
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お昼ご飯にします。「おか田」というお店に入ります。
旬菜和食 おか田 グルメ・レストラン
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日替わり定食1200円(税込み)。
焼き魚は皮目がパリパリで中身はジューシーです。刺身も結構美味しい。小鉢の煮物はしっかり味が染みてご飯が進みます。お新香に入っているピンク色の山芋の酢漬けは私の大好物です。
新年最初の外食は味もコスパも最高でした。 -
七福神めぐり再開です。本立寺というお寺に入ります。
ここには三田村鳶魚のお墓があるらしい。本立寺 寺・神社・教会
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「千人同心組頭 原家墓所」とあります。先ほどから度々出てくる「八王子千人同心」というのは、江戸時代に武蔵国八王子にいた、主に甲州街道の警備や日光東照宮の警護などを務めた集団です。千人頭と呼ばれる旗本が率いており、軍事組織でありながら農耕にも従事して年貢も納めていたという、ちょっと変わった組織だったようです。先ほど訪れた宗格院(寿老尊)あたりは千人町という地名でした。この辺りに同心たちが住んでいたのでしょう。
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浄行さま。
浄行菩薩とは法華経に出現する菩薩様で、水が垢や穢れを清めるがごとく、煩悩(苦しみのもと)の汚泥を洗い注いでくださる水徳をお持ちの菩薩様です。 -
ここは日蓮宗のお寺でした。
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毘沙門天様がいらっしゃいました。
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本立寺の裏手には法蓮寺があります。ここにも並木以寧(なみきいねい)という人の墓があります。千人同心組頭だった人なんだそうです。ここは七福神と関係がないのでパスしました。
法蓮寺 寺・神社・教会
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上野天満神社。特に見どころはないようです。
上野天満神社 寺・神社・教会
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金剛院に入ります。
金剛院 寺・神社・教会
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ここは境内がかなり広くてすっきりしていました。
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福禄寿様がいらっしゃいました。
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だんだん八王子駅の方に近づいています。駅前の繁華街のはずれに差し掛かりました。
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成田山傳法院。
外壁に何やら文字が書かれています。 -
お寺の外壁を作る時にお布施をした人たちの名前でしょうか。
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駅の近くなので、境内はかなり狭いですね。
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こちらには恵比須天が祀られています。一緒に大黒天もいらっしゃいました。これにて八王子七福神めぐりのミッションコンプリートです。
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境内の奥には出世稲荷堂と南無荼枳尼尊天を祀る祠もありました。
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駅の方に向かって歩きます。通りに飲食店が増えてきて、なんだかいい匂いがしています。昼間からホルモン焼きのお店がにぎわっていました。
ホルモン焼肉 天竜 八日町本店 グルメ・レストラン
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細い路地に飲み屋がひしめくエリアに入ります。
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八王子花街・黒塀通り八王子には今でも芸妓衆が活躍する八王子花街があるそうです。
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この花街で活躍する八王子芸妓衆は、日本遺産の構成文化財になっており、お座敷文化を通じて、桑都の歴史を、歌や踊りで伝えています。
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八王子三業組合。
織物のまちとして繁栄した八王子で、全国から取引に訪れる商人たちをもてなす場が発展してきた歴史があるようです。 -
夜に来ると雰囲気が違ってくるのでしょう。
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ついでにもう一つ日本遺産の構成要素になっている、八幡八雲神社を訪れてみます。八王子では東の鎮守・八幡八雲神社、西の鎮守・多賀神社として尊崇されているそうです。八幡神社と八雲神社とを合祀したもので、誉田別尊(応神天皇)と素盞鳴尊を祭神としています。
八幡八雲神社 寺・神社・教会
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茅の輪くぐりができました。
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境内にある横山神社。「横山神社由緒略記」というかなり気合の入った解説看板がありました。それによると
『往古より「多摩の横山」は名馬の産地として世に名を知られており、平安の御代には陽成天皇の私牧(御料牧場)として発達し、延長二年(924)武蔵守小野隆泰(むさしのかみ おののたかやす)が横山の地へ石清水八幡宮(現在の八幡八雲神社)を祀り、天慶二年(939)「将門の乱」の翌年に勅使牧(国営牧場)となった「横山の牧」に武蔵権之守(むさしごんのかみ)に任ぜられた小野義孝(隆泰の長子)は小野姓を横山氏に改め、八幡宮を中心に祭政一致を行い、ここに定住されました。この御方が武蔵七党の一つである横山党の始祖であり、日本における「横山姓」の始まりであります。孝昭天皇の皇子・天足彦国押人命(あまたらしひこくにおしびとのみこと)を祖とする小野氏一族は小野妹子、篁、道風、小町などの逸材を輩出し、その血筋を引く横山氏は後々の世まで武士の鏡として数々の「物語」の中に語られております。又源氏一族との深い結びつきにより代々、源氏の嫡子誕生に際しては「引目、鳴弦の神事」を行っておりました。
横山義孝の孫、経兼は「前九年の役」(1051~1062)陸奥守源頼義に従い先陣を賜り敵将安倍貞任の首級をあげ首懸けの儀を担当いたしました。
その子孫たちは保元、平治の乱に参加し、一の谷、屋島、壇の浦の合戦に活躍し「平家物語」にも語られております。又その子孫の横山野新太夫隆兼(よこやまやしんだゆうたかかね)の子、横山散位権守時重(さんみごんのかみときしげ)の妹は鎌倉幕府の侍所の所司を務めた梶原景時の母であり、時重の娘は侍所の別当和田義盛の妻となっております。
横山一族の男たちは義を貫き、勇をもって世の中が平和になるよう鎌倉幕府創業に尽力しました。建久元年(1190)の頼朝上洛のおり、騎馬にての随兵の総数318騎、そのうち武蔵出身の武士は約140騎を占めたという事が「吾妻鏡」に語られております。
正治元年(1199)源頼朝の死後、北条一族の台頭により梶原氏が失脚し、和田一族に対する北条の陰謀に、横山右馬介太郎時兼(うまのすけたろうときかね)は義憤を感じ、建暦三年五月三日(1213)「和田義盛の乱」に荷担し、一族合戦に及びましたが時節利なく横山の人々之討死いたしました。この時、累代の所領である横山庄は没収されましたが、時兼の子、野内小名犬房重時(やないしょうみょういぬふさしげとき)は生かされ、その子孫は全国に散り、後の世に武勇を表しました。
乱の後、横山庄は大江の広元(鎌倉幕府、政所の別当)の支配となり、一年後の建保二年(1214)に開祖横山義孝の御霊を鎮め、八幡神社をお守りする御社として「横山神社」が創建されました。
現在では、八王子の地名発生の神と言われる八雲神社とともに、八幡八雲の両社をお守りする神社として境内にお祀りされ、東京都の旧跡に指定されております。御神徳といたしましては、家内安全・無病息災・学びの成就・商売繁盛などがあるといわれております。八幡八雲 神社奉賛会 第五回全国をぐりサミット実行委員会』とのことでした。 -
横山という姓が八王子発祥だという事だけは何とか理解できたので次に行きます。福傳寺というお寺。真言宗智山派の寺院です。
福傳寺 (福伝寺) 寺・神社・教会
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お隣にある子安神社の旧別当寺だったお寺です。別当寺(べっとうじ)とは、神仏習合が行われていた江戸時代以前に、神社を管理するために置かれた寺のこと。
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ここはついでに立ち寄っただけなのですぐに隣の子安神社に移動します。
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子安神社に入ります。
ここは八王子最古の神社と言われている古社です。『新編武蔵風土記稿』によると、759年に淳仁天皇の皇后の安産祈願のために創建したと記されています。いまでも子安神社は安産の神社として多くの崇敬を集めているそうです。
また古来より武士からの尊崇も篤く、源義家が奥州討伐の際には戦勝を祈念してケヤキを船形に植樹しており、地名に「船森」として残っています。
近世では徳川家光以降代々の将軍家から朱印を受けており、その縁で神社の御紋は徳川家の家紋である三つ葉葵が採用されているそうです。子安神社 寺・神社・教会
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この日はちょうど「初こんぴら祭」が開催されていました。
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正月らしい、だるま市も開催されています。
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まずは境内を見て回ります。
子安神社の御祭神はコノハナノサクヤヒメです。 -
拝殿向かって右側には神水殿があります。
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木花咲耶姫命(コノハナノサクヤヒメノミコト)の銅像があります。
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子授けの竹筒を奉納して祈願するらしい。
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いかつい顔をした狛犬。
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子安神社の拝殿の右側から奥に進むと金刀比羅神社があります。
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初こんぴら祭はこの金刀比羅神社のお祭りです。
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金刀比羅神社の参道横には末社五社があります。
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金刀比羅神社の御祭神は大物主命(オオモノヌシノミコト)
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一番奥にひっそりとある葦船社。御祭神は日留子命(ヒルコノミコト)。伊邪那岐命(イザナギノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)との間に生まれましたが、未熟児であったために葦で作られた船で流された最初の子供ですね。
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早産によって不運にも現世の恵みを受けることができなかった胎児の霊魂を、幽世でお守りする神とされているそうです。
水子供養をやっている神社というは初めて見ました。 -
子安神社の境内に戻ってきました。神楽殿で獅子舞が始まっていました。
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私は獅子舞が大好きです。獅子頭を見るのも好きですが、舞っている姿を見るのがやっぱり楽しいです。
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まだ参拝客がほとんどいないので、巫女さんが順番に獅子に嚙まれていました。
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私たちも続いて嚙んでもらいました。今年はきっと良い1年になるでしょう。
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獅子舞の次は滑稽なお面をつけた人が面白いしぐさで舞いを始めました。たぶん恵比須舞というものだと思います。
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面白いものがたくさん見られました。
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いったん子安神社から出て駅の近くにあるTUBO CAFEという店に入ります。ビルの3Fにあるので、入口はちょっとわかりにくいです。
TUBO CAFE グルメ・レストラン
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店内は結構オシャレです。私以外全員女性です。完全アウェイ状態でソファにどっかりと腰を下ろします。
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おまかせツーボパフェ(700円)
パフェで「おまかせ」というのは初めてです。ホイップの下にはゼリーとアイス。なかなか美味しい。
飲み物はドリンクバー(300円)を注文。ホットとアイスのコーヒーとお茶各種飲み放題。コーヒーはあんまりおいしくなかったです。柿の葉茶と桑の葉茶が珍しくて面白かったですが、別に美味しくはなかったです。 -
休憩おしまい。子安神社に戻ります。
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本日のメインイベント、子安神社初こんぴら祭の「開運の餅撒き」が始まります。
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見目麗しい巫女さんたちが福を授ける「福娘」となって参拝者に餅を投げつけます。
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餅をもらう際は「こんぴらさまー」と大きな声で叫びながら手を挙げるのが作法なんだとか。
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結構な数の餅をばらまいています。
初めて参加しましたが、これはかなり面白いイベントですね。みんな大笑いしながら餅をつかんでいました。 -
大興奮の餅争奪戦を終え、子安神社を後にします。鳥居近くで御神酒の振る舞いがあったのでいただきました。
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八王子駅に来ました。駅の反対側に出ます。
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駅に隣接するサザンスカイタワー八王子の3階にある桑都日本遺産センター 八王子博物館に入って、本日の散策で見てきたものを総復習します。
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ここは、都内で唯一の「日本遺産」に認定されたストーリー「霊気満山 高尾山~人々の祈りが紡ぐ桑都物語」と、原始・古代から未来へとつづく八王子の歴史文化を紹介する施設として令和3年(2021年)6月12日(土)オープンした博物館です。
真っ先に目につく高尾山の天狗面。 -
高尾山薬王院の御本尊「飯縄大権現(いづなだいごんげん)」の姿がカラス天狗によくにていることから高尾山と天狗のイメージが結びついたそうです。
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今日1日歩いてきた場所を地図で確認するのも楽しい。
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養蚕に関する展示。八王子の発展、というか日本の近代化に大きく貢献した白いイモムシです。
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八王子車人形という伝統芸能があるようです。「ろくろ車」と呼ばれる車に座った演者が1人で人形を操る仕組みになっています。ビデオを見たら、かなり面白そうなのでいつか実演しているところを観たいと思います。
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2025年の初旅はこれで終了です。古い歴史を持つ八王子の散策は見どころが多くて予想以上に充実した1日になりました。今年の8月の初めに休みが取れたら八王子まつりも見物してみたいと思います。
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今日の収穫。福餅14個。
全部美味しくいただきました。
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