信濃町・千駄ヶ谷旅行記(ブログ) 一覧に戻る
富士山3,776mには、学生時代と50歳台の二回、頂上まで登った経験があるが、<br />今回は季節は冬山、とても本物は無理な季節だしそんな苦労をせずに<br />新春に「新宿駅から歩いてミニ富士山に登頂の旅」を思い立つ。<br /><br />先ず、メインの大学時代の友人と、新宿駅近くの高島屋にある つばめグリルで会食。<br />つばめグリルは、大学時代は銀座通りの本店?に何度か行った記憶があるが、チェーン展開で随所にあるので、新宿で登山に備えて腹ごしらえ。

新宿からミニ富士山に登頂の旅

1いいね!

2023/01/10 - 2023/01/10

464位(同エリア514件中)

0

27

ワンダラー

ワンダラーさん

この旅行記のスケジュール

2023/01/10

この旅行記スケジュールを元に

富士山3,776mには、学生時代と50歳台の二回、頂上まで登った経験があるが、
今回は季節は冬山、とても本物は無理な季節だしそんな苦労をせずに
新春に「新宿駅から歩いてミニ富士山に登頂の旅」を思い立つ。

先ず、メインの大学時代の友人と、新宿駅近くの高島屋にある つばめグリルで会食。
つばめグリルは、大学時代は銀座通りの本店?に何度か行った記憶があるが、チェーン展開で随所にあるので、新宿で登山に備えて腹ごしらえ。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
同行者
一人旅
交通手段
私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 新宿高島屋から明治通りを南下、JR中央線のガードをくぐり、北参道交差点の東から南東に進むと、ほどなく鳩の森八幡神社前の交差点に達する。<br />ここが正確には「鎌倉街道中道」と呼ばれ、鳩の森八幡神社前の交差点から北に新宿御苑を縦断して鬼子母神から川口に行くルートだったようだ。(元々、網目状に幾筋もあり、時代によってメインがどれだったかは不詳というが)<br /><br />ここが境内の北端で、いわば北参道の鳥居であろう。<br />神亀年間(724年 - 729年)に創建された社が始まりのようで、860年から正八幡宮とされたよう。<br />中世には鎌倉街道を通る旅人も参拝に立ち寄って、通り抜けていったのであろう。<br /><br />しかし、富士山らしき「山」は見えない。

    新宿高島屋から明治通りを南下、JR中央線のガードをくぐり、北参道交差点の東から南東に進むと、ほどなく鳩の森八幡神社前の交差点に達する。
    ここが正確には「鎌倉街道中道」と呼ばれ、鳩の森八幡神社前の交差点から北に新宿御苑を縦断して鬼子母神から川口に行くルートだったようだ。(元々、網目状に幾筋もあり、時代によってメインがどれだったかは不詳というが)

    ここが境内の北端で、いわば北参道の鳥居であろう。
    神亀年間(724年 - 729年)に創建された社が始まりのようで、860年から正八幡宮とされたよう。
    中世には鎌倉街道を通る旅人も参拝に立ち寄って、通り抜けていったのであろう。

    しかし、富士山らしき「山」は見えない。

  • 鳩の森八幡神社の境内案内地図が掲げられている。<br /><br />どうやら北参道鳥居と思ったのは、大鳥居と呼ばれる鳥居で、東からの正面鳥居よりも大きそう。<br />目的地の富士山は、ご神木の南に見えるこんもりした塚のようだ。

    鳩の森八幡神社の境内案内地図が掲げられている。

    どうやら北参道鳥居と思ったのは、大鳥居と呼ばれる鳥居で、東からの正面鳥居よりも大きそう。
    目的地の富士山は、ご神木の南に見えるこんもりした塚のようだ。

  • この銀杏の大木が御神木。

    この銀杏の大木が御神木。

  • 左手には、境内末社の「甲賀稲荷社」の赤鳥居が並ぶ。

    左手には、境内末社の「甲賀稲荷社」の赤鳥居が並ぶ。

  • いよいよ「富士山」ならぬ「千駄ヶ谷の富士塚」と対峙する。<br /><br />絵図には、登山口からは一方通行の登山道と、お中道が描かれている。

    いよいよ「富士山」ならぬ「千駄ヶ谷の富士塚」と対峙する。

    絵図には、登山口からは一方通行の登山道と、お中道が描かれている。

  • 「里宮」への鳥居をくぐって、登山口に方向に進む。

    「里宮」への鳥居をくぐって、登山口に方向に進む。

  • 登山口入口にも案内図がある。

    登山口入口にも案内図がある。

  • いよいよ登山口。<br />この辺りはススキの山腹。

    いよいよ登山口。
    この辺りはススキの山腹。

  • こちらが「里宮」になる。<br />道中の安全を祈願して出発する。

    こちらが「里宮」になる。
    道中の安全を祈願して出発する。

  • ここは小御嶽石尊大権現<br /><br />本物の富士山五合目には、磐長姫を祀る小御嶽神社がある。<br />そこに勧請された富士太郎坊という天狗が小御嶽石尊大権現とされるようで、富士山五合目の象徴のようだ。

    ここは小御嶽石尊大権現

    本物の富士山五合目には、磐長姫を祀る小御嶽神社がある。
    そこに勧請された富士太郎坊という天狗が小御嶽石尊大権現とされるようで、富士山五合目の象徴のようだ。

  • 数分もかからずに、遂に「山頂」に立つ。<br /><br />ここは、境内からの高さは余りないが、鳩の森八幡神社の立地が渋谷川の谷と代々木方面の原宿分水の低地に挟まれた尾根筋に立地しているので、家が建て込む以前は渋谷川の谷底から観音坂を見上げて見える山頂との標高差や、原宿分水の低地から八幡坂を見上げる標高差は、「山」に相当する感じだったと推察する。<br /><br />

    数分もかからずに、遂に「山頂」に立つ。

    ここは、境内からの高さは余りないが、鳩の森八幡神社の立地が渋谷川の谷と代々木方面の原宿分水の低地に挟まれた尾根筋に立地しているので、家が建て込む以前は渋谷川の谷底から観音坂を見上げて見える山頂との標高差や、原宿分水の低地から八幡坂を見上げる標高差は、「山」に相当する感じだったと推察する。

  • 「山頂」に立つと、境内はもちろん、下界の風景を望むことができる。

    「山頂」に立つと、境内はもちろん、下界の風景を望むことができる。

  • 下山口には、東京都教育委員会による解説板が建っている。<br /><br />1789年の築造とされ、都内に現存する富士塚の中で最も古く築造当時の旧態をとどめているとされる。<br />頂上部には富士山の溶岩が運ばれたという。

    下山口には、東京都教育委員会による解説板が建っている。

    1789年の築造とされ、都内に現存する富士塚の中で最も古く築造当時の旧態をとどめているとされる。
    頂上部には富士山の溶岩が運ばれたという。

  • 拝殿に向かうと手水鉢がある。<br />手水鉢には、近年流行っている「花手水」が奉納されている。

    拝殿に向かうと手水鉢がある。
    手水鉢には、近年流行っている「花手水」が奉納されている。

  • 拝殿で、富士山登頂の無事のお礼をする。

    拝殿で、富士山登頂の無事のお礼をする。

  • 境内には、小さな神明社もある。<br /><br />ここは、元々は権田原にあって、それがこちらの末社になり、「千駄ヶ谷大神宮」と呼ばれているよう。「大神宮」は大げさに感じるが。

    境内には、小さな神明社もある。

    ここは、元々は権田原にあって、それがこちらの末社になり、「千駄ヶ谷大神宮」と呼ばれているよう。「大神宮」は大げさに感じるが。

  • 最初に素通りした末社の「甲賀稲荷神社」にも参拝する。

    最初に素通りした末社の「甲賀稲荷神社」にも参拝する。

  • 甲賀稲荷神社から見上げる山頂は、荒々しい。<br />富士山から運ばれた溶岩も混じっている。

    甲賀稲荷神社から見上げる山頂は、荒々しい。
    富士山から運ばれた溶岩も混じっている。

  • こちらが正面鳥居と東側からの参道で、整備された普通の神社に見える。<br />中世には観音坂からこの交差点へは鎌倉街道が通っていたようなので、街道から真っ直ぐに入れるこちら側が主な参道ではなかろうか。<br /><br />南側には、隣接して有名な将棋会館のビルが見られるが、間もなく将棋会館は千駄ヶ谷駅前のビルに移転とのことで、名残惜しい。

    こちらが正面鳥居と東側からの参道で、整備された普通の神社に見える。
    中世には観音坂からこの交差点へは鎌倉街道が通っていたようなので、街道から真っ直ぐに入れるこちら側が主な参道ではなかろうか。

    南側には、隣接して有名な将棋会館のビルが見られるが、間もなく将棋会館は千駄ヶ谷駅前のビルに移転とのことで、名残惜しい。

  • 鳩の森八幡神社を出て、南東に進むと、聞いた記憶はないが、由緒がありそうな江戸名所「お萬榎 榎稲荷」の石碑があった。

    鳩の森八幡神社を出て、南東に進むと、聞いた記憶はないが、由緒がありそうな江戸名所「お萬榎 榎稲荷」の石碑があった。

  • こちらには「榎大明神」の石碑

    こちらには「榎大明神」の石碑

  • 階段を上がると、小さな社があった。

    階段を上がると、小さな社があった。

  • 坂を下ると神宮前二丁目の交差点。<br />渋谷川の谷底から立ち上がる尾根筋の末端を占める広大な仙寿院の寺域になる。<br /><br />仙寿院は、1644年に創建されたという古刹。<br />紀伊の太守・徳川頼宣の生母お萬の方の発願により、里見日遥が開山とされる。す。

    坂を下ると神宮前二丁目の交差点。
    渋谷川の谷底から立ち上がる尾根筋の末端を占める広大な仙寿院の寺域になる。

    仙寿院は、1644年に創建されたという古刹。
    紀伊の太守・徳川頼宣の生母お萬の方の発願により、里見日遥が開山とされる。す。

  • <br />鳩の森八幡神社がある尾根筋の末端部に掘られた千駄ヶ谷トンネル<br />(トンネルの上は、仙寿院の墓地)を抜ける。。<br />その先が、渋谷川の谷を南北に走る外苑西通りになる。


    鳩の森八幡神社がある尾根筋の末端部に掘られた千駄ヶ谷トンネル
    (トンネルの上は、仙寿院の墓地)を抜ける。。
    その先が、渋谷川の谷を南北に走る外苑西通りになる。

  • 一つ北の観音橋交差点かを左折して旧鎌倉街道を登り始めると聖輪寺(しょうりんじ)がある。真言宗豊山派で、総本山は奈良の長谷寺という。

    一つ北の観音橋交差点かを左折して旧鎌倉街道を登り始めると聖輪寺(しょうりんじ)がある。真言宗豊山派で、総本山は奈良の長谷寺という。

  • 1651年から長谷寺の末寺になったとされる。近世三十三観音札所の第二十番という名門。

    1651年から長谷寺の末寺になったとされる。近世三十三観音札所の第二十番という名門。

  • これが旧鎌倉街道の「観音坂」のよう。如意輪観音菩薩が安置されている聖輪寺が名の由来であろう。<br /><br />大江戸線の代々木駅まで歩いて、本日の富士山探訪を終える。

    これが旧鎌倉街道の「観音坂」のよう。如意輪観音菩薩が安置されている聖輪寺が名の由来であろう。

    大江戸線の代々木駅まで歩いて、本日の富士山探訪を終える。

1いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP