2024/11/03 - 2024/11/15
4位(同エリア7件中)
youさん
知らぜらる西アフリカの国々、コートジボワール、リベリア、シエラレオネ、ギニアの4か国を、S社の13日間ツアーで訪れました。今年は3回目のアフリカ訪問です。
大まかな日程は下記。
11月3日 20時30分成田発ソウル経由→アジスアベバ乗り継ぎ
11月4日 12時 コートジボワールのアビジャン着→グランバッサム(泊)
11月5日 グランバッサム→旧市街観光→ヤムスクロ(泊)
11月6日 ヤムスクロ→マン(泊)
11月7日 マン→ギニア入国→ンゼレコレ(泊)
■11月8日 ンゼレコレ→リベリア入国→モンロビア(泊)
■11月9日 モンロビア→モンロビア観光→シオラレオネ入国→ティワイ島(泊)
11月10日 ティワイ島→フリータウン(泊)
11月11日 フリータウン→バンス島→フリータウン(泊)
11月12日 フリータウン→ギニア再入国→キャンディア(泊)
11月13日 キャンディア→コナクリ観光→コナクリ(泊)
11月14日 8時40分 コナクリ発空路アジスアベバ乗り継ぎソウル経由
11月15日 20時成田着
この旅行記は上記日程の■印のところで、主としてリベリアを掲載しています。なお旅行記の説明は、現地ガイドやS社TDのNさんの旅日記を参考にしています。
表紙の写真は、リベリア国境付近の部落を訪れたさいの子供たちの集合写真(子供と部落の人達の写真掲載は村長さんの了承済)。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
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11月8日 21時 ギニアのンゼレコレからの泥んこ道と、リベリアへの国境通過に時間がかかり、予定よりも大幅に遅れてしまいました。このため、リベリアとギニアとの国境近くにある部落訪問と滝観光は中止となり、夕食も抜きでリベリアの首都モンロビアに4WDで向かっています。
道路は舗装されており快適でしたが、途中でパンクしてタイヤ交換などに時間を取られます。 -
暗い街中でデモ隊に遭遇。ん・ん~何のアピールをしているのか分かりませんが、暗い時間帯では政府の役人らには声が届かないと思います。
ここリベリア共和国は、日本の1/3の国土に約530万人が暮らす、アメリカで解放された黒人奴隷によって建国され、1847年に独立しました。
現在のアフリカの中ではエチオピアに次いで古い国となっており、国名のリベリアは、Liberty(自由)からとったもので、デモなども自由にできるのかも知れません。 -
11月9日 リベリアの首都モンロビアの朝です。昨夜はご覧のホテル THE CAPE に24時頃到着しました。
この日は、モンロビア観光の後、陸路でシオラレオネに入国予定です。従ってリベリアでの滞在は、就寝時間を入れても24時間ありません。 -
朝食前の時間にホテルの周辺を散策します。
こちらはホテル前のメインストリート。早朝ジョギングする住民の方が駆け抜けて行きました。 -
道路脇の崖下は大西洋に面した海岸線が続いています。早朝の時間帯は波が高い~
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8時 ホテルを出発。モンロビアの市街地を4WDに分乗して走っています。首都はモンロビア、首都名は当時のアメリカ大統領ジェームス・モンローからとられ、憲法は合衆国憲法を基本に制定されています。
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モンロビアの市街地を移動しています。
モスクのミナレットが見えています。リベリアの宗教は、キリスト教が85%、イスラム教とその他が15%となっています。 -
港を見下ろす小高いデュコール・ヒルに上ってきました。
フェンスに囲まれた建物は、かっての高級ホテル、デュコール・パレス・ホテルで、現在は廃墟同然になっています。リベリアは、1960年代には日本と同じくらい高度経済発展が続いていて、その時代に建設された8階建ての5つ星ホテルでした。 -
こちらはデュコール・パレス・ホテルの看板、建物と同様にこの看板もくたびれています。
リベリアは、高度経済成長期を経た後の、1989年~2003年の約14年間、内戦が続いていたためにこのホテルは閉鎖され、その間に略奪や一部が破壊されたりしました。内戦終結後に修復計画もありましたが、現在は頓挫しているようです。 -
イチオシ
デュコール・ヒル山頂に立っているリベリア初代大統領 ジョセフ・ジェンキンス・ロバーツ(任期1848年 - 1856年)の像です。
彼は、1847年7月26日、アメリカ合衆国憲法を基本にしたリベリア憲法を制定して独立を宣言し、初代大統領に就任しました。
台座には独立に至る歴史が描かれています。 -
こちらはデュコール・ヒル山頂に建っている灯台。
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こちらはデュコール・ヒル山頂に残っている砲台。この場所はモンロビア市街地や港を見渡せる場所なので、要塞としても機能していた思われます。
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デュコール・ヒル山頂から見るモンロビア市街地の風景です。奥にモンロビアの港や大西洋が霞んで見えています。
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デュコール・ヒルから下って、フリーメイソンのリベリア支部に来ました。
1867年にアメリカ植民地教会の支援を受けて建てられた別名マゾニック寺院と呼ばれている白亜の建物です。かってワシントンやニュートンらがフリーメイソンの会員だったそうです。
会員でない私たちは、敷地内にも入れないので白いフェンス越しに寺院を眺めます。 -
敷地内に石を砕く金槌を振り上げている像や石を磨いている黒人像が見えています。フリーメイソンのルーツは、中世の石工組合(石工は英語でメイソン)と言われており、その後に石工以外の組合員も受け入れている秘密結社で、現在は哲学や宗教などを語り合う場となり、世界に600万人の会員がいると推定されています。
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モンロビアの市街地を歩きます。この辺りの道幅は広く、アップ・ダウンが連続しています。
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イチオシ
こちらも。
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こちらも。
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20世紀の初頭までリベリアの国会議事堂として使われていた建物、現在は国立博物館になっています。右上に靡いているのがリベリアの国旗で、米国の国旗に似ています。
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もと国会議事堂の前庭にウイリアム・タブマン(1895年~1944年)の墓石があります。彼は、リベリアの第19代の大統領で、アメリカから帰還した解放黒人(アメリコ・ライベリアン)と先住部族との社会的格差や差別の廃止、外資の導入による経済発展などで貢献しています。
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かっての国会議事堂の隣りに建つプロビデンス教会に来ました。
1821年に建設されたリベリアで最古の教会です。 -
こちらは教会の中です。
1847年にここでリベリア独立の調印式が行われています。 -
プロビデンス教会の庭に設けられている洗礼盤。現在も使われている感じです。
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教会やかっての国会議事堂などを案内していただいた現地ガイドの方。セキュリティーも兼務しているようです。若い方ですがお子さんが2人いるママさんです。リベリアはアフリカで初の女性大統領が民主的に選ばれており、女性が活躍できる国のような気がします。
帽子からはみ出ている髪の毛がお洒落♪(写真掲載了承)。 -
モンロビアの市街地を移動中。オートバイの看板、日本のY社のオートバイが売られていますwww。
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モンロビアの市街地を移動中。
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スーパーに立ち寄ります。商品豊富で~す。
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こちらは古本屋さん。
ミャンマー・インド・バンコック・パリなどの観光ガイドブックが目につきます。日本に関連した本・・探しましたが見つかりませんデシタ。。。右側の帽子をかぶった方が本屋の店主です(写真掲載了承)。 -
アメリカから帰還したアメリコ・ライベリアンの方々には、やっぱり本場の味が欲しくなるのでしょう(Coca Colaは同社の登録商標)。
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イチオシ
水浸しの川のような道路を通過中。。排水設備が無いのでこうなってしまう。。。。
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モンロビアのフリーポート入口前を通過しています。
リベリアに船籍を置く商船は、パナマに次いで世界第2位とのこと、手数料が安いなどの便宜を図っているためです。しかし、実際にこのフリーポートに船を係留している訳ではないので、ここから多数の船は見えていません。
それとは別に、リベリアの主な輸出品は金や鉄鉱石・ゴムなどとなりますが、経済的には厳しい状況が続いているようです。 -
リベリアの外務省の横を通過。かっての国会議事堂の建物よりも大きな建物です。
隣国ギニアだと政府関連の建物は撮影禁止ですが、リベリアは特に注意されていないので問題ないと思います。 -
川を渡ります。河口の先は大西洋。。。
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13時過ぎ モスクのある部落に立ち寄ります。村長さんや部落の皆さんらがお出迎え(以下子供と部落の人達の写真掲載は村長さんの許諾済)。
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部落の中心にあるモスク。靴を脱いで中に入ります。
部屋の隅に、リベリアの国旗が付いた何とかプロジェクト・・・のプレートが立てかけられている他は何にもありません。モスクと言うよりも、部落の集会所の雰囲気です。 -
部落内を散策します。土壁、トタン屋根の家屋が標準的のようです。
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こちらも。
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洗濯物はトタン屋根から垂らす方式。。。
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洗濯物は芝生の上に広げる方式。
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部落で収穫したカカオ豆はこうして天日干しします。
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子供たちの集合写真。その1
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子供たちの集合写真。その2
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子供たちの集合写真。その3
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子供たちの集合写真。その4
イェ~どの子も元気がいい~ -
イチオシ
タロイモ・・・取ったぞぅ~ 早よぅ~写真を撮れぃ~(写真掲載了承)。
こちらは部落の重鎮オジサン。 -
イチオシ
部落内を流れている川は、子供たちの水遊び場でもあり洗濯場でもあります。
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こちらも。
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イチオシ
こちらも。のどかな風景です。
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太陽パネルの街路灯が並ぶ街道を移動しています。
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街道脇の露店に群がる人達・・・
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リベリアとシエラレオネとの国境付近に来ました。
国境通過は現地ガイドがパスポートをまとめてチェックしてもらい、シエラレオネからやってきたガイドさんと合流し、4WD車を乗り換え、約1時間で無事通過します。 -
16時前 シエラレオネに入国。
片側2車線の幹線道路を走っています。道路がいきなり立派になりました。。。。
ここシエラレオネは、2014年6月以降にエボラ出血熱の流行がありましたが、その後10年以上経過しており、現在は終息していて問題はないとのことなのでご安心下さい。
知らぜらる西アフリカの国々を訪れる旅(4)--シエラレオネ編につづく。
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