2024/11/22 - 2024/11/22
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愛猫シロネコさん
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11月22日、紅葉真っ盛りの御岳山の武蔵御嶽神社を参拝し、御岳渓谷を妻と歩きました。
(写真)御岳渓谷のシンボルの玉堂美術館前の大イチョウ
①2024年11月22日(金)
自宅(武蔵野線)7:08西国分寺7:24(中央線-立川を通り)8:02青梅8:03(青梅線)8:20御嶽駅に着きます。
御嶽8:34(バス)8:44滝本9:00(ケーブル)9:06御岳山駅で降ります。
(御岳山観光)徒歩で紅葉の中、急坂を登ります。
ビジターセンターにより参道を登り 神代ケヤキを見て参拝します。
1)(武蔵御嶽神社)山岳信仰のシンボル 736年行基がお堂を建て、蔵王権現を祀る。1605年家康が江戸城の守護の為、改築した。
鳥居前広場 疱瘡社 大鳥居 随身門 霧の御坂 宝物殿 畠山重忠像 神楽殿 拝殿・幣殿 中門 本殿 大口真神社 奥の院遥拝所 常盤堅磐社(旧本殿) 各種末社を参拝します。
2)(昼食)駒鳥売店(10:54-11:20)(山菜・トロロソバ)を戴き、御岳山駅に戻り
御岳平(リフト往復)安産社(安産杉 夫婦杉 子授けヒノキ)を参拝します。
御岳山駅12:10(ケーブル)12:16滝本12:24(バス)12:34御嶽駅に着きます。
3)(御岳渓谷観光)
御岳橋 多摩川を見て
4)玉堂美術館(近代日本画家・川合玉堂の作品を見学します。))余生を過ごす。庭園 大イチョウが奇麗。
(御岳渓谷遊歩道を歩きます。)三ッ石 ゲンコツ岩 大イチョウ 御岳小橋(展望台) スベリ台岩 溶けたソフトクリーム岩 忍者返しの大岩 アズマヤ 鵜ノ瀬橋 鵜ノ瀬岩 青年の像等の紅葉を堪能し、
清流ガーデン沢之井園で各種お酒の試飲。(飲みすぎます。)
楓橋を渡り、寒山寺(カネツキ台 天井の絵(花や髑髏))参拝し、小澤酒蔵を通り
沢井駅15:43(青梅線)15:58青梅15:59(中央線-立川を通り)西国分寺(武蔵野線)自宅に帰ります。
{旅程}
①11/22(金)
自宅(JR)御嶽(バス・ケーブル)御岳山(武蔵御嶽神社)(ケーブル・バス)御嶽(御岳渓谷)沢井(JR)自宅
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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車内よりの荒川に架かる朝もや
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西国分寺駅で中央線に乗り換えます。
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青梅駅で電車を乗換えます。
青梅駅 駅
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御嶽駅で降ります。
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御岳駅
御嶽駅 駅
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ケーブル下(滝本駅)までバスに乗ります。
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琴沢橋
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御岳登山鉄道(ケーブル)
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御岳登山鉄道「滝本駅」
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御岳登山鉄道「滝本駅」でケーブルに乗ります。
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ケーブルですれ違います。
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御岳山駅に着きます。
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御岳山駅
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御岳山駅より多摩川沿いの家々
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御岳山駅より多摩川沿いの家々
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御岳山駅より多摩川沿いの家々
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御岳平の紅葉したイチョウ
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御岳山駅(内部)
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御岳山駅より武蔵御嶽神社までの地図
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御岳山駅より武蔵御嶽神社参道を歩き始めます。
武蔵御嶽神社は創建は第10代崇神天皇の頃と言われ、御岳山山頂(929m)に社殿などがあります。文書としては736年に僧行基が金剛蔵像を安置し、中世になると山岳信仰として盛んになる。戦国時代は関東の修験の中心となったが、戦乱の兵火で荒廃した。1234年に中興し、1359年に社殿修復し、1511年に新たに社殿が建立した。1700年に綱吉が拝殿などが造営された。 -
武蔵御嶽神社参道(紅葉が奇麗です。)
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武蔵御嶽神社参道(紅葉が奇麗です。)
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武蔵御嶽神社周辺の宿坊など
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御岳ビジターセンター
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御岳ビジターセンター(内部)
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茅葺屋根の「東馬場」(馬場家御師住宅)
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武蔵御嶽神社周辺地図
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参道の地蔵様
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診療所
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紅葉
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江戸時代より続く御岳山荘(宿坊)
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武蔵御嶽神社周辺地図
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御岳の神代ケヤキ(幹回り8.2m 樹高30mの巨木で日本武尊が東征の時に植えたという伝説があります。)
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御岳の神代ケヤキ(幹回り8.2m 樹高30mの巨木で日本武尊が東征の時に植えたという伝説があります。)
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御岳の神代ケヤキ(幹回り8.2m 樹高30mの巨木で日本武尊が東征の時に植えたという伝説があります。)
御岳山の神代ケヤキ 自然・景勝地
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御岳の神代ケヤキ(幹回り8.2m 樹高30mの巨木で日本武尊が東征の時に植えたという伝説があります。)
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御岳の神代ケヤキ(幹回り8.2m 樹高30mの巨木で日本武尊が東征の時に植えたという伝説があります。)
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歩いてきた武蔵御嶽神社の参道(急坂で疲れます。)
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町場通り
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鳥居前広場よりの大鳥居
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末社(疱瘡社)御神域である山内に疫病が入らないように防ぐ役目)
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末社(疱瘡社)御神域である山内に疫病が入らないように防ぐ役目)
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随神門(神仏分離以前は「仁王門」であった。)
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随神門(神仏分離以前は「仁王門」であった。)
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随神門(刀や弓を持った警護の為の官人)
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随神門(刀や弓を持った警護の為の官人)
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随神門(彫刻)
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随神門入口の紅葉と講の石板
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狂い咲きの桜
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フクロウの石ベンチ
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霧の御坂の紅葉
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三柱社(大歳社 御蔵神 大山咋神)「歳」は祈年のトシを表します。
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ロックガーデン等に行く登山道入口(今回は歩きませんでした。)
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霧の御坂の鳥居
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霧の御坂(紅葉)
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霧の御坂(紅葉)
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宝物殿(国宝などが保存されています。後悔は土日です。)
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旧宝物殿
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畠山重忠像
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社務所
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武蔵御嶽神社由緒(創建は第10代崇神天皇の頃と言われ、御岳山山頂(929m)に社殿などがあります。文書としては736年に僧行基が金剛蔵像を安置し、中世になると山岳信仰として盛んになる。戦国時代は関東の修験の中心となったが、戦乱の兵火で荒廃した。1234年に中興し、1359年に社殿修復し、1511年に新たに社殿が建立した。1700年に綱吉が拝殿などが造営された。)
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武蔵御嶽神社由緒(創建は第10代崇神天皇の頃と言われ、御岳山山頂(929m)に社殿などがあります。文書としては736年に僧行基が金剛蔵像を安置し、中世になると山岳信仰として盛んになる。戦国時代は関東の修験の中心となったが、戦乱の兵火で荒廃した。1234年に中興し、1359年に社殿修復し、1511年に新たに社殿が建立した。1700年に綱吉が拝殿などが造営された。)
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幣殿・拝殿(江戸の「西の護り」として1700年、綱吉により改築し今も残ります。)
武蔵御嶽神社は創建は第10代崇神天皇の頃と言われ、御岳山山頂(929m)に社殿などがあります。文書としては736年に僧行基が金剛蔵像を安置し、中世になると山岳信仰として盛んになる。戦国時代は関東の修験の中心となったが、戦乱の兵火で荒廃した。1234年に中興し、1359年に社殿修復し、1511年に新たに社殿が建立した。1700年に綱吉が拝殿などが造営された。武蔵御嶽神社 寺・神社・教会
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幣殿・拝殿(彫刻)江戸の「西の護り」として1700年、綱吉により改築し今も残ります。
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拝殿の彫刻
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拝殿の彫刻
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拝殿前より周囲を見ます。
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拝殿前よりの景色
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神楽殿
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大口真神社の遥拝所(犬専用です。)
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武蔵御嶽神社(本殿)明治11年に造営の神明造
武蔵御嶽神社は創建は第10代崇神天皇の頃と言われ、御岳山山頂(929m)に社殿などがあります。文書としては736年に僧行基が金剛蔵像を安置し、中世になると山岳信仰として盛んになる。戦国時代は関東の修験の中心となったが、戦乱の兵火で荒廃した。1234年に中興し、1359年に社殿修復し、1511年に新たに社殿が建立した。1700年に綱吉が拝殿などが造営された。 -
武蔵御嶽神社(本殿)狛犬
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武蔵御嶽神社(本殿前の中門)
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本殿(神明造の屋根)
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本殿(神明造の屋根)
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本殿より拝殿を見ます。
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手前より本殿・弊殿・拝殿が並びます。
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本殿の後に様々の末社が並びます。
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境内の講の多くの石板
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二柱社(最初の夫婦神を祀り、生命の祖神とされる。)
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二柱社(最初の夫婦神を祀り、生命の祖神とされる。)
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八柱社
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八柱社
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東照社(祭神は家康 江戸の「西の護り」です。扉には徳川家の家紋の「三葉葵」があります。
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東照社(祭神は家康 江戸の「西の護り」です。扉には徳川家の家紋の「三葉葵」があります。
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東照社(祭神は家康 江戸の「西の護り」です。扉には徳川家の家紋の「三葉葵」があります。
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天皇陛下御即位記念樹(令和元年5月)お印の「梓」
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神山霊土歌碑(神山の土の霊力で虫などの害を防ぐという歌碑)
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神山霊土歌碑(神山の土の霊力で虫などの害を防ぐという歌碑)
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皇御孫命社(かつては東照宮の社殿であった。社殿は複雑な屋根の軒先に「三重葵」の紋があります。)
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皇御孫命社(かつては東照宮の社殿であった。社殿は複雑な屋根の軒先に「三重葵」の紋があります。)
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皇御孫命社(かつては東照宮の社殿であった。社殿は複雑な屋根の軒先に「三重葵」の紋があります。)
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皇御孫命社(かつては東照宮の社殿であった。社殿は複雑な屋根の軒先に「三重葵」の紋があります。)
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皇御孫命社(かつては東照宮の社殿であった。社殿は複雑な屋根の軒先に「三重葵」の紋があります。)
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皇御孫命社(かつては東照宮の社殿であった。社殿は複雑な屋根の軒先に「三重葵」の紋があります。)
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皇御孫命社(かつては東照宮の社殿であった。社殿は複雑な屋根の軒先に「三重葵」の紋があります。)
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常磐堅磐社(旧本殿)本殿として1511年に桃山様式として創建され、1877年に今の本殿となり、この名前になりました。
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常磐堅磐社(旧本殿)本殿として1511年に桃山様式として創建され、1877年に今の本殿となり、この名前になりました。
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常磐堅磐社(旧本殿)本殿として1511年に桃山様式として創建され、1877年に今の本殿となり、この名前になりました。
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太占祭場
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太占祭場
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大口真神社(山中に迷った日本武尊が道を導いた狼に「大口真」としてここで魔物を退治せよと命じた。江戸時代には「おいぬ様」として家の守り神とする信仰になった。)今も多くのワンちゃんがお参りに来ます。ワンちゃんが多く見られました。
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大口真神社(山中に迷った日本武尊が道を導いた狼に「大口真」としてここで魔物を退治せよと命じた。江戸時代には「おいぬ様」として家の守り神とする信仰になった。)今も多くのワンちゃんがお参りに来ます。ワンちゃんが多く見られました。
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大口真神社(山中に迷った日本武尊が道を導いた狼に「大口真」としてここで魔物を退治せよと命じた。江戸時代には「おいぬ様」として家の守り神とする信仰になった。)今も多くのワンちゃんがお参りに来ます。ワンちゃんが多く見られました。
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大口真神社(山中に迷った日本武尊が道を導いた狼に「大口真」としてここで魔物を退治せよと命じた。江戸時代には「おいぬ様」として家の守り神とする信仰になった。)今も多くのワンちゃんがお参りに来ます。ワンちゃんが多く見られました。
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大口真神社(狛犬)(山中に迷った日本武尊が道を導いた狼に「大口真」としてここで魔物を退治せよと命じた。江戸時代には「おいぬ様」として家の守り神とする信仰になった。)今も多くのワンちゃんがお参りに来ます。ワンちゃんが多く見られました。
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大口真神社(山中に迷った日本武尊が道を導いた狼に「大口真」としてここで魔物を退治せよと命じた。江戸時代には「おいぬ様」として家の守り神とする信仰になった。)今も多くのワンちゃんがお参りに来ます。ワンちゃんが多く見られました。
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奥の院遥拝所
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奥の院遥拝所(1077mの奥の院)
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周囲の木々
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紅葉
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巨福社(農作物を豊かにする土の神様を祀る。周囲の土は霊感があり、畑にまくと虫の害を防ぐといいます。「御砂」を売っています。)
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巨福社(農作物を豊かにする土の神様を祀る。周囲の土は霊感があり、畑にまくと虫の害を防ぐといいます。「御砂」を売っています。)
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北野社(「天神様」と言われ、道真公を祀る。学問向上の信仰を集めます。)
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北野社(「天神様」と言われ、道真公を祀る。学問向上の信仰を集めます。)
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神明社(「神明様」と呼ばれ、伊勢の神官の神皇を祀る。)
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神明社(「神明様」と呼ばれ、伊勢の神官の神皇を祀る。)
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ワンちゃんを連れた団体が来ました。
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霧の御坂を下ります。
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町場通りのお店
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駒鳥売店で早い昼食を戴きました。
駒鳥売店 グルメ・レストラン
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駒鳥売店(店内)
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駒鳥売店(店内)
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駒鳥売店(とろろそば(950円) 温かい山菜蕎麦(1000円))
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駒鳥売店(店内よりの景色)
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リフトの御岳平駅より産安社に行きます。
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御岳山リフトで「産安社」に行きます。
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御岳山リフトで「産安社」に行きます。
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リフト上の駅
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リフト上の駅よりの眺め
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リフト上よりの眺め
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リフト上の駅よりの眺め
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リフト上の駅よりの眺め
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産安社(子授け・安産と長寿の神の三女神を祀ります。江戸時代より3つの御神木がありました。)
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産安社(子授け・安産と長寿の神の三女神を祀ります。江戸時代より3つの御神木がありました。)
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産安社(子授け・安産と長寿の神の三女神を祀ります。江戸時代より3つの御神木がありました。)
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産安社(子授け・安産と長寿の神の三女神を祀ります。江戸時代より3つの御神木がありました。)
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安産杉(力強く張る根に長寿を表し、丸い幹は安産 数々の枝は子孫繁栄を表します。)
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安産杉(力強く張る根に長寿を表し、丸い幹は安産 数々の枝は子孫繁栄を表します。)
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安産杉(力強く張る根に長寿を表し、丸い幹は安産 数々の枝は子孫繁栄を表します。)
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子授檜(二股に開いた根本と突き刺る幹は男女和合の印です。右上の勾玉型のこぶは子宝を表します。)
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子授檜(二股に開いた根本と突き刺る幹は男女和合の印です。右上の勾玉型のこぶは子宝を表します。)
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子授檜(二股に開いた根本と突き刺る幹は男女和合の印です。右上の勾玉型のこぶは子宝を表します。)
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子授檜(二股に開いた根本と突き刺る幹は男女和合の印です。右上の勾玉型のこぶは子宝を表します。)
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夫婦杉(右のこぶのあるのが「女杉」 左は「男杉」で夫婦円満と良縁結びの徳があります。片手で幹を触りながら木々の間を抜けます。)
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夫婦杉(右のこぶのあるのが「女杉」 左は「男杉」で夫婦円満と良縁結びの徳があります。片手で幹を触りながら木々の間を抜けます。)
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夫婦杉(右のこぶのあるのが「女杉」 左は「男杉」で夫婦円満と良縁結びの徳があります。片手で幹を触りながら木々の間を抜けます。)
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右は産安社 左より安産杉 奥に夫婦杉 隣に子授け檜が並びます。
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境内にはカタクリ群生地があります。
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リフトの御岳平駅まで戻ります。
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リフトの御岳平駅
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リフトの御岳平駅
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御岳山駅
御岳山駅 駅
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御岳山駅よりケーブルで降ります。
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御岳山駅よりケーブルで降ります。
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急こう配のケーブル
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途中の景色
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ケーブルのすれ違い
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滝本駅
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滝本駅に着きます。
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滝本駅に着きます。
御岳山ケーブルカー 乗り物
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御影神社
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バスで御岳駅に向かいます。
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御岳渓谷の多摩川でカヌーの練習をしていました。
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玉堂美術館前より多摩川と紅葉
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玉堂美術館前の多摩川と紅葉
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玉堂美術館前のシンボルの大イチョウ
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玉堂美術館前のシンボルの大イチョウ
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玉堂美術館前のシンボルの大イチョウ
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玉堂美術館前のシンボルの大イチョウ
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玉堂美術館(近代日本画の大家・川合玉堂は奥多摩に昭和19-32年に没するまで御岳に住んだ。15歳ころの描いたデッサン画や晩年の御岳の自然を描いた作品等が展示され、玉堂のアトリエを再現した部屋や石庭風の庭などがあります。)
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玉堂美術館(入口)近代日本画の大家・川合玉堂は奥多摩に昭和19-32年に没するまで御岳に住んだ。15歳ころの描いたデッサン画や晩年の御岳の自然を描いた作品等が展示され、玉堂のアトリエを再現した部屋や石庭風の庭などがあります。
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玉堂美術館(「家路」展をやっていました。)
玉堂美術館(近代日本画の大家・川合玉堂は奥多摩に昭和19-32年に没するまで御岳に住んだ。15歳ころの描いたデッサン画や晩年の御岳の自然を描いた作品等が展示され、玉堂のアトリエを再現した部屋や石庭風の庭などがあります。) -
第1展示室
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第1展示室
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双帳(右は早春 左は晩秋)
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渓流紅葉
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第2展示室
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第2展示室
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晩年の画室「随軒」(復元しています。)
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晩年の画室「随軒」(復元しています。)
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晩年の画室「随軒」(復元しています。)
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玉堂美術館庭園(白砂と石を配した石庭造りの庭園と大イチョウ)
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玉堂美術館庭園(白砂と石を配した石庭造りの庭園と大イチョウ)
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玉堂美術館庭園(白砂と石を配した石庭造りの庭園と大イチョウ)
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玉堂美術館庭園(白砂と石を配した石庭造りの庭園と大イチョウ)
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玉堂美術館庭園(白砂と石を配した石庭造りの庭園と大イチョウ)
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御岳橋よりの景色
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御岳渓谷を歩きます。
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御岳渓谷遊歩道の景色(上流)
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御岳渓谷遊歩道の景色(三ツ石)
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玉堂美術館と大イチョウ
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大イチョウ
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玉堂美術館(入口)
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げんこつ岩
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玉堂美術館前の大イチョウ
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多摩川と紅葉
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すべり台岩と溶けたソフトクリーム岩
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御岳渓谷の紅葉
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忍者返しの大岩(ロッククライミングの練習をしています。)
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御岳渓谷の紅葉
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忍者返しの大岩(ロッククライミングの練習をしています。)
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御岳渓谷遊歩道の岩
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御岳渓谷遊歩道の岩のお花
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御岳渓谷遊歩道を歩きます。
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多摩川の流れ
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喫茶店「笑」入口
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御岳渓谷の紅葉
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鵜の瀬橋
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御岳渓谷の紅葉
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あずまや
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紅葉とあずまや
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鵜の瀬橋
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鵜の瀬橋より多摩川の上流
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鵜の瀬橋より多摩川の下流
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御岳渓谷遊歩道
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鵜の瀬橋
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御岳渓谷遊歩道
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遊歩道沿いの大岩の祠
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花
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青年の像
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楓橋
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右が「ままごと屋」(自家製の豆腐と湯葉の料理) 左が「豆らく」(豆腐料理のランチ)
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清流ガーデン澤乃井園(沢山の人です。お酒やおでん、うどんなどが戴けます。)
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清流ガーデン澤乃井園(沢山の人です。お酒やおでん、うどんなどが戴けます。)
澤乃井園 清流ガーデン グルメ・レストラン
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1Fの澤乃井ガーデンギャラリー
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2Fの唎酒処(沢山、飲みました。)
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2Fの唎酒処(12種類のお酒があります。)
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12種類のお酒があります。
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12種類のお酒があります。
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右が凰(500円+100円(おちょこ))左が大吟醸(400円+100円(おちょこ))
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右が蒼天原酒(200円) 左が一番汲み(200円)
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右が辛口にごり酒 左が純米しぼりたて(200円)
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清流ガーデン澤乃井園(沢山の人です。お酒やおでん、うどんなどが戴けます。)
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楓橋
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楓橋よりの多摩川
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
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寒山寺
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
寒山寺 寺・神社・教会
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
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寒山寺(明治18年に書家・田口氏は中国の寒山寺より釈迦像1体を送られ、ここに安置した。寒山寺を真似た梵鐘や本堂の格天井画が奇麗です。)
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寒山寺よりの楓橋
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楓橋
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帰りにもう一杯唎酒をしました。
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小澤酒蔵
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沢井駅より奥多摩線に乗ります。
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沢井駅より奥多摩線に乗り帰ります。
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西国分寺駅を通る特急鎌倉号
西国分寺駅 駅
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