1996/11/30 - 1996/12/06
5181位(同エリア6444件中)
リュックさん
初めて海外旅行を夫婦で出かけたのは
1994年11月30日から12月6日まで7日間で
中世ヨーロパの歴史ある都市、ブリュッセル、ブルージュ
アムステルダムを中心に訪れるツアーに参加しました。
初めて見る中世ヨーロッパの美しい都市を訪れ、感動の日々でした。
そして、この旅行が我々夫婦が海外旅行に出かける出発点になりました。
初めてのツアーの内容;
1日:成田~フランクフルト 泊:ウイスバーデン
2日:ライン川ドライブ、ケルン、ブリュッセル
3日:ブリュッセル、グランプラス、ブリュージュ 泊:ブリュッセル
4日:自由行動
5日:アムステルダム
6日:アントワープ
7日:アムステルダム 午後帰国(アムステルダム~成田)
-
1日目:11月30日 ウイスバーデン
フランクフルトから車で40分のドイツ屈指の温泉保養地、
ウイスバーデン。
木組みの家など中世の面影を色濃く残す。
バレー、オペラ、カジノなどの施設は充実しているとのこと
夕刻到着、早朝出発。
市内観光の時間なし -
2日目:12月1日:ライン川ドライブ、ケルン、ブリュッセル
ライン川出発:st.goarshausen am rhein
ウイスバーデンから車で1時間足らず。ここから
ライン川沿いにバスでライン川の古城を眺めながらケルに向かう。 -
悠々と流れるライン川
-
ローレライの岩
高さ130mの岸壁は迫り、川幅が狭くなるので、
船の遭難が絶えなかった。
この岩には人を水に誘いこむ魔性の乙女が棲むという伝説 -
ライン川
ライン川沿いに多くの古城が次から次へと走馬灯のように現れる。 -
それにしてもすごい数の古城だ。
古くは10世紀ごろから始まり14世紀辺りまで様々な
形をした古城が現れる -
プファルツ城 Burg Pfalzgrafenstein
ルートヴィヒ4世によって建てられ、
カウプ(Kaub)付近のライン川中州に立つ城。
1327年から1866年まで、ライン川の重要な税関所の一つとして機能。 -
ラインシュタイン城
ライン河畔の中で美しい古城の一つ
神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ1世がここを根城と
していた盗賊を滅ぼし、高貴な騎士の国を築いたといわれている -
ネズミの塔
13世紀ラインの通行税を取り立てる関所
貪欲な領主が農民たちからを納屋の閉じ込め火をつけた罰として
この塔で大群のネズミの襲われ殺されたという伝説 -
ゾーネック城 Burg Sooneck
11世紀にアーヘン近郊にあるコルネリミュンスター修道院の
護衛と遠隔支配のために築かれた。
しかし13世紀に、盗賊が住み着き、
ライン都市同盟とハプスブルク家が相次いで破壊。 -
ラインシュタイン城
切り立った岩山に悠々と優雅でロマンチックに立つ。
城の起源は10世紀とされ、明確な資料はない。
14世紀初頭に、
プロイセンのフリードリッヒ王子の夏の居城として改築 -
ライン川とモーゼル川が出合う街、コブレンツ
かつては要塞都市であった。 -
23メートルの高さの台座に、
高さ14メートルのドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の騎馬像。
1891年に建られたが、第二次世界大戦の爆撃で破壊。
1993年に再建。
現在はドイツの再統一と平和を象徴するモニュメントに。 -
ケルン
中世、東西ヨーロッパを結ぶ重要な交易路の一つとして繁栄。
ケルンはハンザ同盟の主要なメンバーの一員で、
中世やルネサンス期にはアルプス以北では最大の都市だつた。
第二次世界大戦まで、
ケルンはフランスやイギリスの支配を幾度か経験している。
第二次世界大戦中、ドイツの都市の中で
最も多くの空襲を受けた都市の一つ。
イギリス空軍で市街のほとんどが破壊された。
その後、出来るだけ多くの歴史的建築物を復元するが、
再建の結果、独特の都市景観になった。 -
ケルン大聖堂
ドイツのケルンにあるゴシック様式の大聖堂。
正式名称はザンクト・ペーター・ウント・マリア大聖堂
(Dom St. Peter und Maria。
聖ペトロとマリア大聖堂の意)。
ゴシック様式の建築物としては世界最大
歴史
現存の大聖堂は3代目
・初代は4世紀に完成。
・2代目は818年に完成。
12世紀後半に東方三博士の聖遺物が置かれたことで
多くの巡礼者を集めて、
ケルンの発展に寄与したが、1248年火災で焼失。
第二次世界大戦時破壊され、1956年まで復旧工事が行われ、元の状態に復元。
大聖堂の前は大勢の観光客。
ガイドさんが、すりに遭わない様に懐中物に気お付けてくださいと
アドヴァイス。
全員、懐中物に手を当てる。
「これではどこに懐中物があるかすぐ分かってしまう」
全員で大笑い。
幸い、誰も被害には合わなかった。 -
2日目:12月1日:シェラトン ブリュッセル泊
-
シェラトン ブリュッセルロビーラウンジ
快適なホテルライフ -
3日目:12月2日 ブリュッセル、ブリュージュ
サンカントネール公園
1880年にベルギー独立50周年を記念してつくられた
サンカントネール門(凱旋門).
巨大な凱旋門に圧倒される。 -
サンカントネール公園
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マーストリヒト
-
きれいな聖堂内のステンドグラス。
当時のステンドグラスは被害に遭い
創建当時と異なるものもあるとのこと -
ケルンのレストランで食事。
ビールとソーセージが美味。 -
グランプラス
ベルギーのブリュッセルの中心地にある大広場。
ヴィクトル・ユゴーが賛嘆したことでも知られるこの大広場は、
世界で最も美しい広場
グラン=プラスは美しい広場である。
しかし、華やかな時ばかりではなかった。
大同盟戦争中の1695年、当時木造だった広場の家屋は
フランス軍の砲撃でほとんどが破壊された。
市庁舎の塔は石造りの為火災に耐えた。
その後、広場を囲む家々は様々なギルドによって
石造りで再建された。
市庁舎以外のほとんどの建物はこの時以降のものである。 -
グランプラス 市庁舎
注目すべきは市庁舎の非対称性で市庁舎の塔は
建物の中央にはない。
また、左右の造りが少し違う。 -
小便小僧
ベルギーの首都ブリュッセルにある放尿する少年を模した彫像。
1619年に製作。ブリュッセルの街の象徴。
1142年、当時2歳のゴドフロワ3世率いる軍は、
戦いの際、戦場の兵士を鼓舞するため、
ゆりかごに幼い支配者を入れて木に吊るした。
そこから公は敵軍に向かって小便をし、
味方軍を勝利に導いたという設。
もう一つは、反政府軍がブリュッセルを爆破しようと
しかけた爆弾の導火線に小便をかけて消し、
町を救った少年がいたという武勇伝説。
この少年の名はジュリアン、
小便小僧の愛称「ジュリアン坊や」は
ここに由来する説がある。 -
行程
ウイスバーデン~マーストリヒト~ブリュッセル、~
アントワープ~アムステルダム -
ブリュージュマルクト広場
「毛織物で栄えた都市であった。
15世紀流砂により運河の機能を失い、
町は衰退。町は当時の姿を現在も
そのままとどめている。 -
4日目:ブリュージュ 終日自由行動
ブリュージュはフランス語で橋の意味。
12世紀に大津波が海から10 km以上も離れたブルージュを襲い、
その時に残された大きな溝に運河を作り、そして
町中に水路を張り巡らせ、船での交易に便利な港町を作った。
その後、たい積で北海との運河は埋まり、陸の孤島となった。 -
現在では眠ったような古都も多くの観光客が訪れ、
舟遊びを楽しんでいる。
気の合った仲間と運河をクルーズ。
イタリアのヴェニスのゴンドラと異なり、ここはモーターボート。
長い行列でやっと乗船できた。 -
時の歩みを止めた街、ブリュージュ
中世以来時の流れを止めてしまった古都ブリュージュ -
ゲント フランドル伯 居城
1180年に築城された。都市の発達とともに軍事的建物から
ゲントの重要な観光名所となっている。
城内の保存状態は良い。
特に拷問を行った数々の器具が生々しさ、残酷さ。 -
夕食(オプション)
ゲルターオイドブリュージュ
13世紀当時の面影を残す洞窟レストラン。 -
気の合ったご夫婦と会食
帰国後、幾度となく東京でお会いして旅の思い出など
語り合い楽しい昼食会を持った。
しかし、その後、3人の夫君が他界された。 合掌 -
アントワープ
雨に煙るアントワープ・マルクト広場
ベルギー最大の教会、ノートル・ダム大聖堂や
絢爛豪華なギルドハウスに囲まれたマルクと広場。
「フランダースの犬」で少年ネロが愛犬パトラッシュと
一緒に最後に見たいと願ったルーベンスの
「キリストの降架」はこの大聖堂にある。
アントワープはロッテルダム、アムステルダムとともに
ヨーロッパの主要な海の玄関口として発展してきた。 -
ベルギーのアントウェルペンの聖母大聖堂
1872年に、英国出身の女性作家ウィーダが
『フランダースの犬』を出版。
本聖堂とルーベンス作品がモチーフとして登場する。
2003年になって、聖堂前に記念碑が立てられ、
さらに2017年に新たな記念碑が建立されている。 -
5日目 ブリュージュ~アントワープ~アムステルダム
旅の最終日はホテル オークラ アムステルダム
快適なホテルライフ。
ここでツアー参加者全員でお別れパーティー -
帰国前の時間を利用してホテルからタクシーで
国立博物館に直行。
数ある名画をスキップしてルーベンスの「夜警」にご対面。
大きな絵画ですばらしい迫力。
時間があればもっとゆっくりと観賞したい作品であった。
夜警
オランダの17世紀の画家レンブラントの夜景
より適切な題名は
『フランス・バニング・コック隊長と
ウィレム・ファン・ライテンブルフ副隊長の市民隊』となる。
現在はアムステルダムの国立美術館に展示されている
通称の『夜警』は長い間、
この絵画の内容によく合ったものと考えられてきたが、
これは絵画の表面が茶色く変色したことによる誤解、
実は、この絵画は昼の情景を描いている。 -
ツアースタッフ、旅で親しくなった方々
-
夕食後オプションでキャンドルクルーズに参加。
旅の締めくくりにアムステルダムは遊覧ボートで
運河をめぐりに参加。
夕刻、ボートの揺れと疲れが出て夢心地のクルーズ。
夢心地でマヘレの跳ね橋にご対面。
マヘレのはねばしはオランダ語: Magere Brug「細い橋」)。
アムステル川に架かる跳ね橋。1671年に造られ、
アムステルダムで唯一の木造の跳ね橋。 -
6日目:12月5日 アムステルダム~帰国
オランダ風車
国内であまり風車を見かけない。
もう昔の風物詩となってしまったのだろうか。
数少ない風車のある地を訪れた。
オランダ独特の屋根がある家。
風車。これを見ないとオランダに来たような気がしない。 -
5日目:12月4日 ブリュージュ~アントワープ
~アムステルダム
アムステルダム 中央駅
東京駅のモデル
北のヴェニスと言われ、17世紀の面影を残す水の都。
中世には世界一の港町。 -
6日目 帰国
アムステルダム市内観光を終え
19時30分 JAL412便で
11時間30分のフライトで無事成田に到着。
離陸後数時間後北の空が茜色に染まり、
やがて、カーテンのような美しい空が現れた。
オーロラだ!
こんなにきれいなオーロラは見たことがない!と乗客の一人。
我々にとっても最後の贈り物!
今回のツアーは
「J Bird就航記念 JAL欧州スぺシアル’94
中世ヨーロッパ7日間運河三都物語」
と称するツアーに参加した。
人気のツアーだったようで、参加者は抽選。
くじ運の悪い我々は運よく当選。
初めての海外力だったので、見るもの、見るものすべて珍しく、
感動の正味5日間だった。
ツアーは全行程を短期間で効率よくすべてバスで各地を巡った。
ツアーはJAL J Bird 就航記念であったので往復とも J Bird。
しかも往復ともエンジン前の窓側席。
楽しく素晴らしい旅であった。
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