2024/10/09 - 2024/10/09
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この旅行記のスケジュール
2024/10/09
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バスでの移動
名護屋城跡バス停
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法光寺
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上山里丸跡
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水手口跡
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二の丸跡
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搦手口跡
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馬場跡
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三の丸跡
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天守台跡
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東出丸跡
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大手口跡
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木下延俊陣跡
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前田利家陣跡
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バスでの移動
名護屋城博物館入口バス停
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各曲輪と曲輪を取り囲む石垣が随所に残り、広域にわたって遺構が残る。
豊臣秀吉が朝鮮出兵の目的で築城(文禄・慶長の役1592年~1598年)。当時、城は大坂城につぐ2番目の大きさ。
全国から160もの戦国大名が集結し、名護屋城を中心に半径3kmの範囲に陣屋が構築され、人口20万人を超える城下町となった。
徳川家康・前田利家・伊達政宗などの大名の陣跡150程確認され、名護屋城跡と23箇所の陣跡が国の特別史跡に指定されている。
名護屋城跡バス停~法光寺~名護屋城跡(上山里丸~水手口~二の丸~搦手口~馬場~三の丸~本丸大手門~本丸~天守台~山里丸~東出丸~大手口)~木下延俊陣跡~名護屋城博物館~前田利家陣跡~道の駅桃山天下市~名護屋城博物館入口バス停、と歩く。
名護屋城跡の歴史をくまなく見るには、丸一日はかかると感じた。
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昭和バス、名護屋城跡バス停。
バス停は台所丸跡付近にある。
バス停の前は名護屋城水手口跡。 -
法光寺。
太閤秀吉お手植えの桜。豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に自ら植えたといわれる八重桜がある。
名護屋城跡バス停から徒歩5分程。 -
太閤秀吉お手植えの桜。
八重桜、樹齢400年。 -
太閤お手植え桜 二世。
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上山里丸跡石垣。
上山里丸は豊臣秀吉の居館があった場所。 -
上山里丸草庵茶室跡。
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上山里丸草庵茶室跡説明板。
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水手口跡に建つ名護屋城跡碑。
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二の丸跡。
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二の丸跡。
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二の丸跡。
遊撃丸跡側からの全景。
二の丸跡は広い。二の丸跡は搦手口側にある。 -
二の丸跡。
後方は遊撃丸跡石垣(左)と天守台跡石垣(右)。 -
二の丸跡碑。
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二の丸跡。
弾正丸跡(搦手口)側からの全景。 -
二の丸跡。
本丸跡南西隅石垣。 -
搦手口説明板。
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弾正丸跡側より、搦手口跡。
枡形に石垣が残っている。 -
搦手口跡。
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弾正丸跡より、二の丸跡。
後方は遊撃丸跡。 -
弾正丸跡より、本丸跡の眺め。
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二の丸跡より、馬場跡。
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馬場跡からの眺め。
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馬場跡。
本丸跡石垣。 -
馬場櫓台説明板。
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馬場櫓台跡。
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馬場跡。
本丸跡石垣。 -
三の丸跡より、馬場跡全景。
本丸跡に沿って配置されている細長い曲輪。 -
馬場跡側にある、三の丸櫓台跡石垣の鏡石。
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三の丸櫓台跡。
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三の丸櫓台説明板。
名護屋城で最大規模の櫓台。 -
三の丸跡。
三の丸跡も広い。三の丸跡は大手口側にある。 -
三の丸東南隅櫓台跡。
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三の丸東南隅櫓台説明板。
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三の丸跡。
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三の丸跡。
井戸跡。 -
三の丸井戸跡説明板。
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三の丸碑。
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三の丸跡。
後方の石垣は本丸大手口。 -
三の丸跡。
本丸跡石垣。 -
三の丸跡。
本丸大手口跡。 -
三の丸跡側より、本丸大手門跡の眺め。
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本丸跡側より、本丸大手門跡の眺め。
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本丸大手門跡。
本丸大手門を伊達政宗が青葉城(仙台)に移築したという伝承がある。 -
本丸大手門跡。
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本丸大手門跡。
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本丸跡碑。
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本丸跡説明板。
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本丸跡。
全景。 -
本丸跡より、天守台跡の眺め。
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本丸跡。
青木月斗の句碑。 -
本丸跡。
名護屋城址碑。名護屋城本丸跡 名所・史跡
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本丸跡。
新石垣櫓台跡。 -
本丸跡新石垣櫓台跡より、城のかげ溜池。
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本丸南西隅櫓台跡。
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本丸南西隅櫓台跡より、弾正丸跡の眺め。
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本丸南西隅櫓より、二の丸跡水手口側の眺め。
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本丸多聞櫓跡。
先は南西隅櫓台跡、左は玉石敷の復元。 -
本丸多聞櫓跡説明板。
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本丸多聞櫓跡より、遊撃丸跡と天守台跡の眺め。
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本丸多聞櫓跡の、玉石敷の復元。
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天守台跡より、本丸跡全景。
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天守台跡。
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天守台説明板。
五層七階の天守閣が建っていた。 -
天守台跡。
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天守台跡。
三角点。 -
天守台跡より、本丸跡の多聞櫓跡・南西隅櫓跡・新石垣櫓台跡の眺め。
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天守台跡より、遊撃丸跡全景。
遊撃丸跡は水手口側にある。 -
天守台跡からの絶景①。
玄界灘の眺め。視界良好であれば、対馬・壱岐が望める。手前は遊撃丸跡。 -
天守台跡からの絶景②。
玄界灘の眺め。手前は遊撃丸跡。 -
天守台跡からの絶景③。
玄界灘の眺め。 -
天守台跡からの絶景④(③のズーム写真)。
手前の民家一帯は城下町があった場所、後方中央は呼子大橋。 -
天守台跡。
名護屋城跡並びに陣跡説明板。
城を取り囲むように陣屋が配置されていた。
名護屋には160もの大名が集結し、各大名は丘陵地を利用した陣屋を建てたと考えられている。
現在は150あまりの陣跡が確認され、保存整備が行われている。 -
本丸跡。
水手口側の門跡。 -
東出丸跡。
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東出丸跡。
東出丸跡をほぼ真っ直ぐに歩くと大手口。 -
東出丸跡説明板。
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東出丸跡より、城下町跡方向の眺め。
城を取り囲むように陣屋が配置されていた。 -
大手口跡。
門跡。 -
大手口跡説明板。
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大手口跡より、東出丸跡の眺め。
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大手口跡。
門跡。 -
大手口跡。
名護屋城配置図。 -
大手口跡。
「名護屋城跡並陣跡」陣跡配置図。 -
大手口跡。
全景。大手口側に名護屋城址の観光案内所がある -
佐賀県立名護屋城博物館。
大手口入口の向い側にある。
名護屋城跡に関することを主に、日本列島と朝鮮半島との交流の歴史を紹介している。
入館料:無料 (特別展開催中は別途料金)
開館時間:9:00~17:00
休館日:月曜日(祝日の場合翌日)・12/29~1/3 -
佐賀県立名護屋城博物館の館内を通り抜けた裏口、木下延俊陣跡への階段。
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木下延俊陣跡。
木下延俊は豊臣秀吉の甥。名護屋城の大手口を守る重要な場所にある。
名護屋には160もの大名が集結し、各大名は丘陵地を利用して陣屋を建てた。
現在は150あまりの陣跡が確認され、保存・整備が行われている。 -
木下延俊陣跡。
飛石。 -
木下延俊陣跡。
石塁。 -
木下延俊陣跡。
砂雪隠。 -
木下延俊陣跡。
石塁。 -
佐賀県立名護屋城博物館展示物。
木下延俊陣のジオラマ。佐賀県立名護屋城博物館 美術館・博物館
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佐賀県立名護屋城博物館展示物。
朝鮮系無文土器・鴨形土器。 -
佐賀県立名護屋城博物館展示物。
名護屋城のジオラマ。 -
佐賀県立名護屋城博物館展示物。
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佐賀県立名護屋城博物館展示物。
目玉展示物、豊臣秀吉が名護屋城内で組み立てて使ったとされる「黄金の茶室」を復元。
壁・天井至る箇所金、金の輝きに圧倒される。 -
前田利家陣跡。
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前田利家陣跡。
遺構の石垣。前田利家陣跡内に道の駅桃山天下市がある。 -
名護屋城博物館入口バス停。
佐賀県立名護屋城博物館へは徒歩5分程。 -
名護屋城博物館入口バス停より、バス停前にある道の駅桃山天下市。
後方一帯の丘陵地は前田利家陣跡。道の駅 桃山天下市 道の駅
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名護屋城博物館入口バス停より、後方の丘陵地は名護屋城跡。
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