2015/11/30 - 2016/12/22
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e4max511さん
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2015年末から2016年にかけて中国河北省の中国企業に勤めた時の画像です。見所や観光要素はなくて、生活の一部を切り取った画像です。
- 旅行の満足度
- 4.0
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北京西駅前。
羽田から北京に到着し、北京西駅から高速鉄道で河北省保定市に向かった。
駅の中は大変な混雑で外の広場にまで人が溢れている。 -
高鉄保定東駅
煙霧が濃い。微かに石炭の匂いがした。 -
これから1年間滞在する場所。
この会社は6km×4kmに及ぶ広い敷地があり、その中にオフィス、研究開発施設、一部の工場、90棟の高層コンドミニアムが建っている。その他に幼稚園から高校までのインターナショナルスクールとゴルフ場も開発している。地方の民間企業でもこれだけ凄まじいインフラ投資をしているのだから中国のGDPが伸びるのは当然だと思った。 -
これから1年間住む部屋。
全ての部屋にスチーム式の床暖房が通っていて、真冬でも短パン、半袖で快適に過ごせた。 -
寝室。
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キッチン
必要なものは揃っていた。 -
そして畳敷の部屋まで。
日本人が住むので改修してくれたそう。
申し訳なかったが、ずっと荷物置き場として使っていた。 -
働いていたところ。
電気自動車(EV)と自動運転技術を開発する目的で建設された新研究開発棟。
3月になり梅が咲き始めた。 -
建物の内部。大きな吹き抜け。
歓迎会は幹部の人たちが中華レストランの個室で大きな円卓を囲んで祝ってくれた。ビールで乾杯し、やがてお決まりの白酒の応酬が始まって宴たけなわとなったとき何か歌ってくださいと求められた。
昔通っていた高校で第二外国語に中国語を選択していて、今では考えられないが副読本は「毛主席語録」だった。文革当時、紅衛兵たちが掲げていたあの赤い手帳を高校生の私たちも音読し、なぜか革命歌も習っていたので少し覚えていた「東方紅」を酔った勢いで歌ったら一瞬場がシーンとした。
あ、まずかったかなと思ったら共産党委員のボスが手拍子を取りながら一緒に大声で歌い始め、他の人も加わって三番まで合唱になった。
あれ以来仕事が格段にやりやすくなったが、彼らは日本の学校は毛主席語録を学んでいると誤解しているかもしれない。そんなことはないんです、あれは例外ですと説明したかったが皆ベロベロに酔って収拾がつかない状態になっていた。 -
3月末に柳が芽吹いてきた。
冬の間硬く凍っていた池の氷もすっかり溶けた。 -
街に向かう途中の運河の柳の緑も日増しに濃くなってきた。
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管理職研修したときの記念写真。
仕事は人材開発や人事評価基準など人事システム作りと開発システム作りの2つを並行して行っていた。 -
保定市のビール「藍星啤酒」
青島ビールと比べてあっさりした風味で可もなく不可もない感じ。 -
仕事が早く終わった時や休日に通っていた刀削麺店。
これは「涼菜」と店の人は呼んでいた。
具材は冷蔵ケースの中から野菜や干豆腐など好きなものを選び、好みの辛さを伝えると芝麻醤と麻辣で和えてくれる。
ビールと相性がすごく良い。
この「労山啤酒」は喉越しにキレがあるのに芳醇さも合わせ持っていると思う。会社の人に聞いたら青島の名峰「労山」の花崗岩を浸透してきた水で作るから美味しいらしい。昔の青島ビールもこの水を使っていたとのこと。 -
刀削麺のトマト炒め。
何かイタリアのパスタと通じるような味わいでお気に入りの一品。
この小さな店は山西省から来た若い夫婦が切り盛りしていて奥ではお婆さんが赤ちゃんを子守していた。
最初に店に来たときに他のお客さんが食べているのを見て指差しで注文したらその後は涼菜を半分くらい食べ進めるとこの麺を炒めて持ってきてくれるようになった。他の麺も試したかったが、いつもニコニコしながら持ってきてくれるので結局この麺を食べ続けた。 -
刀削麺を食べた後、露天で買ったパイナップル。
様々な露店が食べ物や雑貨を売り、路肩に停めたトラックからそのまま野菜や果物を売る商人もいて活気があった。 -
夏の空に架かる虹。
冬の汚い空気が嘘のように夏は空気が澄み渡っていた。 -
会社までの道。送迎の車があっても歩いて15分くらい緑豊かな歩道をのんびり歩くのが朝の楽しみだった。
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保定市の中心部の中共保定市委員会ビル。
街は近代化され商業施設には日本や欧米ブランドの看板が溢れているのに、この一角を見ると社会主義の国なのだと改めて感じた。 -
夏はザリガニ。
麻辣だけでなくいろいろな風味を選べたが一番人気はやっぱり麻辣。
少なくとも河北省でザリガニを食べるようになったのは最近だと聞いた。2016年の夏は街中の広場がザリガニレストランになったような賑わいだった。 -
ザリガニを食べるときは気の合う同僚と街に繰り出し、喧騒の中でワイワイ食べて飲むのがやっぱり楽しい。
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冬になり灰色に煙った空が戻ってきた。
街の集中暖房用のスチームを作るために石炭を大量に燃やすから空気に石炭の匂いがする。最初は蒸気機関車を思い出して懐かしかったが、これは健康に相当影響するレベルだと思った。 -
契約した仕事が完成し、送別会を開いてもらった。夜更けの戸外はすでに氷点下だった。
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日本に帰国するときは朝が早いので北京空港周辺のホテルに前泊するのが恒例となっていた。今回もヒルトン。ここは欧米人客ばかりで、もう中国の匂いはしなかった。
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普通の客室を予約しても部屋やバスルームがとても広い。
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ホテル内のコンパス・グリル。
中国産ワインのお勧めを尋ねたら新疆ウイグル自治区の1421を勧められた。
カベルネ・ソーヴィニヨンの凝縮された風味の後に不思議な清涼感を感じるワインだった。 -
ここのリブアイはアメリカ産アンガス種の熟成肉。当時の中国はバブルの時代でこの種の肉の人気が高かった。今はどうなのだろう。
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ANAで羽田へ。
機内は何もかもがすでに日本。 -
富津岬が見えたらもうすぐ羽田。
会社の皆様には本当にお世話になりました。
1年ちょっとの中国滞在中は国内観光に行けなかったけれど、仕事は文化の違いを体験できて面白かったし、知らない街で暮らすのも楽しかった。
このような1年を過ごせた幸運に感謝。
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この旅行記へのコメント (6)
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- マサラさん 2024/10/26 12:16:43
- やっぱり中国良いなぁ
- とても見応えのある中国滞在記でした!!
e4maxさんは文才がお有りなので文章からその時の情景がありありと思い浮かびます。
高校で第二外国語、しかも中国語ってe4maxさんの時代かなり珍しかったのではないでしょうか?
私の高校は仏教系の高校だったので修学旅行は杭州と寧波に行ったんです。
それもきっかけとなって大学では中国語を専攻して、卒業後3年台湾で働きました。
初めて行った海外旅行も小学生の時父の会社の社員旅行で行った香港&広州でしたし、何かと昔から中国と縁がある人生です。
宴会で革命歌を歌って一瞬その場緊張感が走ったのはドキドキしましたね。
ラオシャンビールは青島に行った時飲みました!!
あまり印象に残っていませんが青島ビールよりもあっさりしていたような。
あ~早くトランジットとかじゃなく普通にビザ無しで中国行けるようにならないかな?
次はどこの旅行記書いてくださるのか楽しみにしていますよ~(笑)
- e4max511さん からの返信 2024/10/26 17:26:46
- Re: やっぱり中国良いなぁ
- マサラさん、コメントありがとうございました。
マサラさんそして摩訶不思議姉妹さんの中国への造詣の深さは小学生時代にまで遡るんですね。
親交のあった国際法の先生が以前寧波の大学でも教えていて、”日本仏教の源だし今でも歴史を感じるとてもいい所だ、君も行ってみたらどうか”
と言っていたのを思い出しました。
マサラさんは社会人生活が台湾だったのですね。
観光と違って異文化社会での仕事だったから楽しかったことやそうでなかったことなど多くの経験をされたことと思います。
中国のビールって全体的にあっさりしてますね。
昔「世界ふれあい街歩き」の青島編だと思いますが、
プラスチック袋に生ビールを入れてもらい持ち帰って家で飲むシーンを見て一度体験したかったですが、さすがにもうないだろうと思います。
中国は今の指導者の下で力による覇権を急ぎすぎました。
そして世界を分断することになり、旅行者は自由に安心して行き来できず自国も窮乏する結果となっています。
改革開放を進めた鄧小平が発したとされる
”冷静観察、站穏脚踵、沈着応付、韜光養晦、善於守拙、絶不当頭”を建国100年まで維持していたら力に頼らずとも中国は世界を導く国になっていた可能性が大きいと思うので残念です。
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- モエさん 2024/10/26 10:59:11
- 非常に興味深い滞在記でした
- いらっしゃいました~
すごいなぁ文章と写真から石炭の香りがこちらまで漂ってきました。
そしていろんな過去がちょこちょこ解禁となってきましたね~。
高校時代に第2外国語が中国語って。
相当先見の明がある高校ですね。
そして毛沢東語録!
お仕事もお車関係かなぁと思っていたのでビンゴでした。
それぞれのエピソードを深掘りしたい滞在記でした。
また、昔の写真引っ張り出して旅行記作って下さいね~。
摩訶不思議姉妹 モエ
- e4max511さん からの返信 2024/10/26 17:23:26
- Re: 非常に興味深い滞在記でした
- モエさん、いらっしゃいませ~天邪鬼会へようこそ(笑)
コメントありがとうございました。
普通の都立高校だったんですが、制服や校則がなくて授業の多くが選択制で、第二外国語も独仏露中から選べました。
それぞれの言語の先生が大学から派遣されてきた臨時講師でいずれもユニークな方々でした。
中国語の先生は東大から来た二十代の女性講師で”毛主席語録は学校に行ってない中国人にも理解できる平易な文章だから副読本に最適”と言っていました。が、授業内容は中国語と社会主義思想が半々で、革命歌を歌ったり全共闘世代の名残を感じて面白かったです。
孤独が好きな自分は全体主義には馴染めなかったので社会主義思想には染まりませんでしたが(笑)
今思うとかなり変わってる学校で、ひねくれている自分にはぴったりの場所でした。
生徒指導もなく、3分の2出席して赤点を取らなければ単位をもらえたので図書館にこもったり喫茶店でタバコを吸ったりして気ままに過ごしました。
西村博之さんや津田大介さんも後の卒業生なので変人には向いていた学校だったと思います。
- モエさん からの返信 2024/10/26 23:22:42
- Re: 非常に興味深い滞在記でした
- K高校だったんですね~
N高校かなぁと思っていました。
- e4max511さん からの返信 2024/10/27 00:22:15
- Re: 非常に興味深い滞在記でした
- ◎w
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