2024/09/04 - 2024/09/18
23位(同エリア50件中)
youさん
東南アフリカにある余り知られていなくて、これまで行けていない国々、①ブルンジ、②ルワンダ、③ウガンダ、④マラウィ、⑤モザンピーク、⑥エスワティニ、⑦レソトを、15日間ツアーで巡ってきました。日程は下記。
9月4日 夜成田→アジスアベバ乗り継ぎ
9月5日 午後 ブルンジの首都ブジュンブラ着 ブジュンブラ(泊)
9月6日 ブジュンブラ観光 夕刻→空路にてルワンダの首都キガリ(泊)
9月7日 キガリ観光 夜→空路にてウガンダの首都カンバラ(2泊)
9月8日 カンバラ滞在 カンバラとビクトリア湖観光
9月9日 午前 空路にてナイロビ経由マラウィの首都リロングウェ(2泊の予定が3泊)
9月10日 リロングウェ滞在 マラウィ湖と近郊の観光
9月11日 リロングウェ滞在 午後空路にてモザンビークに行く予定がフライト・キャンセルでリロングウェ(泊)
■9月12日 午前 空路にてモザンビークのナンプラ(泊)
■9月13日 午前 空路にてモザンビークの首都マプト→市内観光→マプト(泊)
■9月14日 マプトから陸路にて国境を越えてエスワティニの首都ムババーネ(泊)
9月15日 午前 ムババーネから陸路南アフリカを通過してレソトの首都マセル(2泊)
9月16日 マセル滞在 マセル市内と郊外の観光
9月17日 早朝 空路ヨハネスブルク、アジスアベバ乗り継ぎ
9月18日 夜 成田着
この旅行記は、モザンビークのナンプラと、首都マプト観光とを中心に掲載します。
表紙の写真は、マプトのウォーターフロントの風景。
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9月12日 マラウィの首都ケロングウェ発14時05分発のケニヤ航空KQ756便にて、予定より1日遅れて、ツアー5番目の国、モザンビークのナンプラに向かっています。
15時20分過ぎ マラウィ湖の上空を横切って、モザンビークのナンプラに到着。
ナンプラに来たのは、モザンビーク島に行く予定があったからですが、フライトキャンセルにより1日遅れたため、残念ながら行けなくなりましたけど。。
空港にて、モザンビークの入国ビザの取得をします。同じフライトに韓国からの団体さんが搭乗しており、彼らが先に手続きを開始し終了まで約1時間待ちます。その後我々の番になりますが、全員別室に招かれ、そこで一人づつ手続きを行います。
ところが途中でインクが無くなったり、プリンターが故障したりとトラブルが続き、結局全員の手続きが終了したのは、20時前、、、実に4時間ほどかかりました。 -
20時過ぎ 暗くなった街中を通り、夕食のレストランに向かいます。途中でライトアップされたファティマ教会をフェンス超しに眺めます。
モザンビークは、インド洋に面し、マダガスカルと対峙している南北に細長い国。日本の約2倍の国土に約2400万人が暮らす、世界最貧国の一つとされています。首都は南部にあるマプトです。 -
夕食のシーフード・レストランに来ました。20時過ぎの時間帯ですが、私たちの貸し切り状態で、他にお客さんは見当たりません。
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テーブルから至近距離に造られた舞台上のご婦人方のダンスを眺めながら、シーフードを頂きました。
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22時前 ナンプラのホテル SEASONSに当初予定より1日遅れて到着。
部屋はこんな感じでまあまあ(翌朝撮影)。この街では高級ホテルだと思われます。 -
9月13日 5時30分 ナンプラの朝です。ホテル前の道路から掛け声が聞こえてきました。窓を開ければ、市民が掛け声をかけながらの早朝ランニング中でした。
この日は、午前 9時の便でモザンビークの首都マプトに向かいますので、ホテル出発は7時、朝食はお弁当になります。 -
6時前 出発前の時間にホテル周辺を散策します。
こちらはモザンビーク大統領選挙用の巨大宣伝看板だと思われます。 -
交差点の風景。強風が吹くと折れ曲がりそうな信号機が突き出ています。大きな液晶表示の広告塔が設置されています。
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道路脇の広場で早朝から、ご婦人方が箒を持って掃除をしています。街全体にゴミが見られないのは、市民の皆さんのお陰なんだと思われます。
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中央部分は舗装されていますが歩道部分は未舗装、そこを早朝6時ころから学校へ行く子供たちが歩いています。
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道路角にモスクがあります。モザンビークの人々の宗教は、40%がキリスト教徒、20%がイスラム教徒、残りが土地の伝統的な宗教となっています。
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イチオシ
9時 モザンビーク航空TM151便で首都のマプトに向かいます。
機上から見る1泊したナンプラの街の様子です。斜めに横切っている赤茶けた未舗装道路の左側は小さな家が密集しています。右側は区画整理された市街地がみられます。 -
機は一度インド洋上空に出てからマプトに向かっているようです。
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11時10分 約2時間のフライトで首都のマプトに到着。機は沖止めとなり、徒歩で空港ビルに向かいます。
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空港の外から見る空港ビル。
これまで東アフリカの最貧国と言われている国を廻ってきましたが、このモザンビークの空港ビルが一番立派なようです。国土も人口も多いので、経済力が比較的あるのでしょう。
そう言えば、最近見たTVのプチ情報によれば、日本はモザンビークからLNGやタコなどの海産物を輸入しているとのことでした。しかし、最近タコの値段が高騰しており、たこ焼き屋さんがピンチだとか。。 -
ツアーバスでマプトの市内観光に向かいます。
よく整備された高層アパート群が見られます。何か生活レベルが高い印象を受ける建物環境です。 -
道路沿いの石垣に描かれたアート。。
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13時過ぎ ランチを取るべくインド洋に面したレストランに来ました。奥にマプト・カテンベ橋が見えています。長さ4Kmある吊り橋で、C国の支援で建設され2018年に完成しました。
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ランチに出てきたメインのシーフード1人前デス。
youの好物ですが量が多すぎて完食できませんでした。スミマセン。。
ビュッフェ・スタイルであれば、適切な量しかとらないのにここでは豪華なコース料理。。。地域によってはお腹を減らしている子供らがいるのに。。分けてあげたい気持ちで一杯でした。。
レストラン・スタッフに何か無駄にならない様に処理してくれるようにお願いしておきました。 -
イチオシ
インド洋に面したウォーターフロントを散策します。
こちらは広場に設置されていた大地球儀。高校生のジム君が指差している場所が、ここモザンビーク共和国です(写真掲載了承)。彼に日本を知っていますかぁ~と問えば、知りません・・・と。 -
地球儀の裏側に廻って、日本の位置を教えてあげました。
ところが、この地球儀に描かれている日本をよく見ると、あれぇ~四国と九州が描かれていない~・・・・残念な地球儀デシタ。
左側丘上にタワマンが建っています。この国はもう最貧国の一つとは言えない感じ・・・デス。 -
15時前 マプト(ノサ・セニョーラ)要塞に来ました。
この要塞は、18世紀末にポルトガルが建設したものです。当時アフリカの各地には、ヨーロッパ諸国が争って植民地化を図るべき進出しており、この要塞もこれらの諸国から何度も攻撃を受けていました。
19世紀になると、ヨーロッパ諸国の攻撃に加えて、ングニ族や地元民らからの攻撃も受けました(現地解説版)。 -
城壁に囲まれた中庭に入って来ました。
当時使われていた大砲などが並んでいます。 -
要塞の城壁に上ってきました。大砲や砲弾が展示されています。
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分厚い城壁です。
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当時としては最新鋭の大砲や機関銃などが展示されています。
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城壁の中の部屋は、現在は博物館となっています。
こちらには、ポルトガルにより投獄された国王の棺が安置されています。 -
城壁に取り付けられている銅板。
1895年、ヨーロッパ諸国による植民地支配に抵抗して戦った地元民の姿を描いています(現地説明版)。 -
城壁に取り付けられている銅板。
1897年、当地の皇帝がポルトガル軍人らによって投獄される様子が描かれています。
このようにモザンビーク共和国は、一時ポルトガルに支配されるとともにキリスト教が持ち込まれ、現在の公用語がポルトガル語となっているのです。 -
城壁に囲まれた中庭に咲いている花たち。
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労働者広場に来ました。中央に女性の像が立っています。アマゾネスを連想しますが、女性活躍を象徴しているのでしょうか。。。
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街路樹がサボテン。。。
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労働者広場の正面は、マプト中央駅です。世界で美しい鉄道駅と言うことと、エッフェル塔を設計したエッフェルさんがかかわったと言うことで、観光ポイントになっています。
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イチオシ
なるほどヨーロッパ風の美しい外観です。
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駅の構内に入ります。自由に広場からアクセスできます。
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駅の構内に展示されている当初活躍していた薪木を燃やして走っていた機関車。
マプト駅は、2014年に100周年を迎えており、マプト港とともにモザンビークの経済繁栄を支えています。 -
駅のホームを歩きます。
モザンビーク国内や南アフリカなどに、本数は少ないみたいですが列車が出ています。
天井からお国の歴史を知らせる看板が下がっています。 -
マプト駅前に出てきました。
ただ今 宝くじ。。。発売中。。。 -
マプト駅前はフリーマーケットの店舗が並んでいます。
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こちらも。
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公共バス乗り場もあります。
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トゥクトゥクも客待ちしています。
しかしアジア各国のように沢山は見かけません。主力はバイク・タクシーです。 -
ヨーロッパ風外観の中央市場に来ました。建物は1901年に建設されたもの。
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市場内を一回りします。
野菜やフルーツ類が豊富です。 -
こちらも。
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木彫りの動物や人形などが販売されています。観光客らも入って来るのでしょう。
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街中を移動してます。
お洒落な高層ビルが並んでいます。 -
こちらも。
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1944年に完成したマプト大聖堂に来ました。高さ61mの鐘楼が青空に冴えています。
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中はとてもシンプル。
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すっきりとしたイメージの主祭壇のステンドグラス。
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こちらは側廊のステンドグラスの窓。
ポールの先端に鳥が留まっていてビービーと泣いていました。 -
祭壇画が一つだけありました。
現地の黒人らが洗礼を受けている様子が描かれています。アフリカの教会でしか見られない宗教画だと思います。 -
マプト大聖堂から隣にある独立広場に来ました。広場の中央に立つのは、独立を指導した初代大統領の像です。
モザンビーク共和国は、ポルトガルの植民地から、1975年に独立を果たしました。 -
初代大統領の像の背後に建つマプト市庁舎。
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独立広場の角にある植民地時代に建てられた邸宅を利用するカルチャーセンター。
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バルコニーの造りが美しいデス。
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独立広場から数分歩いて、1892年に造られたアイアン・ハウスに来ました。外壁などが鉄製で出来上がっています。
これもエッフェルさんが設計したらしい・・と。 -
2階のバルコニーから中を覘くと、鉄製の壁で囲まれた部屋内で絵画展が行われていました。
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更に数分歩くと大きな公園があります。
中を少し散策します。写真では見えませんが、オオコウモリが沢山飛び交っていました。街の真ん中にある公園なので、市民の憩いの場所になるのでしょう。 -
公園の中に、このような巨大な板根の木も生えています。
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17時 今宵のホテル SOUTHERN SUN MAPUTOに到着。
部屋はこんな感じで、インド洋に面したリゾート風豪華ホテルです。 -
部屋の窓から見るインド洋。。。
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流れるプールもあります。
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ホテルの前はプライベート・ビーチ。。。
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イチオシ
9月14日 マプトの朝です。インド洋沖からのサンライズ。。
砂浜に何台か車が停車していますww。オモチャの車ですけど。。
この日は、マプトから陸路で国境を越えて、ツアー6か国目のエスワティニ王国に行きます。 -
7時 ホテルを出発。
マプト・カテンベ橋の下を潜って、海岸線沿いに南下して行きます。 -
エスワティニ王国に向かう舗装された幹線道路です。マプトからエスワティニの国境までは約100Km。行き交う車は少なくて快適なドライブとなります。
東南アフリカ7か国の旅(6)------エスワティニ王国編につづく。
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