2024/10/09 - 2024/10/09
761位(同エリア1583件中)
杏仁豆腐さん
2024年は英一蝶の没後300年。この節目に際し、過去最大規模の回顧展が開催されました。
瑞々しい初期作、配流時代の貴重な〈島一蝶〉、江戸再帰後の晩年作など、国内外の優品を通して、風流才子・英一蝶の画業と魅力あふれる人物像に迫る展覧会です。
朝から雨が降っていたので、見に来る人も多くはなく、ゆっくりと鑑賞することができました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄
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音声ガイドのナビゲーターは講談師の六代目 神田伯山。
ボーナストラックでは、音声ガイド特別版の講談「浅妻船」(『柳沢昇進録』より)も収録。 -
屏風絵二点のみが写真撮影可となっています。
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舞楽図・唐獅子図屏風のうち舞楽図
六曲一双のうち右隻 -
舞楽図・唐獅子図屏風のうち舞楽図
六曲一双のうち右隻 -
舞楽図・唐獅子図屏風のうち舞楽図
六曲一双のうち右隻 -
舞楽図・唐獅子図屏風のうち舞楽図
六曲一双のうち右隻 -
舞楽図・唐獅子図屏風のうち舞楽図
六曲一双のうち左隻 -
舞楽図・唐獅子図屏風のうち舞楽図
六曲一双のうち左隻 -
舞楽図・唐獅子図屏風のうち舞楽図
六曲一双のうち左隻 -
舞楽図・唐獅子図屏風のうち舞楽図
六曲一双のうち左隻 -
江戸時代の元禄年間前後に活躍した絵師、英一蝶(1652~1724)。独自の都市風俗画は広く愛され、英派と呼ばれる一派が形成されるなど、大きな勢力を誇りました。
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英一蝶は承応元年(1652)に京都で生まれました。後に一家で江戸に下り、狩野安信に入門します。江戸狩野派の技術と、古典の教養を身につけるも、次第に狩野派の枠におさまらないような、独自の世界を確立していきました。
その礎となったのが、俳諧の人々との交友。松尾芭蕉らと交わるなかで、感性が磨かれていったようです。 -
一蝶は、元禄11年(1698)、三宅島へ流罪となります。「生類憐みの令」を皮肉った流言に関わった疑いでしたが、実際の理由は別とされており、いずれにしても島流しは原則無期であったため、二度と江戸に戻れないことを意味しました。
ただ、一蝶は配流中も精力的に活動を続け、〈島一蝶〉とされるこの時期の作品は、一蝶の画業を象徴するものとして、高く評価されています。 -
宝永6年(1709)、将軍綱吉死去にともなう代替の大赦により、江戸に戻ることを許された一蝶。画名を「英一蝶」として旺盛な制作を続けました。
「今や此の如き戯画(風俗画)を事とせず」と、得意の風俗画から離れることを宣言し、仏画や花鳥画などが増えていきます。 -
一蝶の全容を網羅し、その画業と人物像に迫る過去最大規模の回顧展。
一蝶の絵画の魅力は予想を超える素晴らしさでした。 -
東京ミッドタウン プラザ 1Fのorange(オランジェ)でランチです。
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シャンパン・ビストロです。
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カウンター席でいただきます。昼時なので、六本木で働く人たちで賑わっています。
サントリー美術館の半券で、ドリンクがサービスです。 -
秋鮭と極みえのきのペペロンチーノをいただきました。
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鮭の身がたっぷりです。
辛さが旨さです。
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