2024/08/24 - 2024/09/03
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takabeeさん
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2024/8/24~9/3でドナウ川クルーズへ行ってきました。
クロワジ社のヴィヴァルディ号。ブカレスト発ブダペスト着の8泊9日(クルーズのみ)。当初の予定では、黒海への河口であるドナウデルタへも足を延ばす予定でしたが、ウクライナ戦争の影響で行けないことになり、代替のはずのコンスタンツァ訪問も、水不足で下流方向へ進めないなど、やや不完全燃焼のところもありました。ともあれ、リバークルーズはナイル川以来、ヨーロッパの街歩きは久しぶり、東欧で未訪問の3か国、ルーマニア、ブルガリア、セルビアを含む5か国を巡るという旅でした。
全3回の2回目はブルガリアのルセ、鉄門渓谷、セルビアのベオグラードまで。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 観光バス 船
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
ドナウ川クルーズ5日目。
この日は午前中に停泊地・ルセの街を回り、午後にはセルビアへ向けて出港するはずだった。しかし前日、ドナウ川のこの先で前にいる船が座礁。この船を撤去しないと航路が空かないので、5日目も1日中ルセに停泊することになった。この時点では、いつ出港できるか分からない、という状態に・・・クルーズに来たはずが、まだ2kmしか進んでないんですが・・・
とりあず午前中はルセ近郊の教会へ。猫がいたのでブルガリアでもこの猫を手懐けようとしたら、見た目に反して凶暴で、ちょっと手を伸ばしただけでガチで引っかかれた。全治1日。 -
Басарбово(Basarbovo)の岩山教会。キリル文字なんでさっぱり読めない。カッコ内はラテン文字転記。
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内部。2枚目の右手には、新しい普通の教会の建物がある。
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停泊地・ルセ(pyce、ラテン文字転記ruse)の旧市街。キリル文字のpはラテン文字のr。これだけ覚えた。
ルーマニアもそうだったがブルガリアも旧市街が新しい。西欧の街の旧市街は歩きにくい石畳に小路が入り組んでおり迷路のよう。それに比べてこちらは道も広いし普通のアスファルト舗装。これは、西欧に比べて都市化が遅かったので、かえって道を広くできた、という説明だった。 -
ルセの自由の女神。トルコ人からの解放モニュメント。この辺りは、ブルガリア帝国→オスマン帝国→オーストリア・ハンガリー帝国→ソ連と、さまざまな異民族に支配されてきた土地。おそらくオスマン時代には相当に都市がぶっ壊されたのだと思う。そこから街を作り直したので、西欧より近代的な街にしやすかったのだと思う。
自由の女神像 (ルセ) モニュメント・記念碑
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ルセの大聖堂。
バルカン半島は東西の十字路とか、民族の架け橋とか言われるが、そこに住んでいる人からしたらたまったもんじゃないだろうな。ルーマニアでもブルガリアでも、ガイドさんの説明に「ローマが」「トルコが」「オーストリアが」「ロシアが」ってしょっちゅう出てくる。陸続きの国は大変だ。 -
いったん船に戻って昼食。この日はアルザス・デーだった。赤白のチェックはアルザスの紋章。この船の本社はストラスブール(アルザス)である。
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午後になって、出航予定だったが上述の理由で停泊。急遽、Ивановски(Ivanovski、イヴァノヴォ)の世界遺産へ。世界遺産なのになぜか当初予定に入ってなかった。山登り20分ほどで謎の割れ目に。なんでこれが世界遺産かというと。
イヴァノヴォの岩窟教会群 史跡・遺跡
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岩穴の中に教会が。見事なフレスコ画。
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もちろんオリジナル。
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午前中の教会もそうだったが、山の上の岩穴に教会を設けるのは、別に異民族から逃れるためとかいうわけじゃなく、少しでも神様のおられる天に近いところで信仰をしたい、という意味があるらしい。去年行った同じ正教会のギリシャのメテオラと通じるところがあるのか。
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アルザス・デーなので、夕食もそういう感じ。
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ドナウ川クルーズ6日目。
ようやく出航が許可となり、旅程の半分に至ったところでやっとクルーズ本格開始。これまではただの水上生活者だったぜ。今日は遅れを取り戻すため、丸1日クルーズ。ドナウ川を上流へ向かって進む。 -
丸1日でセルビアの手前まで行けるようだ。速力は約20㎞/hと、海のクルーズ船よりは遅い。下流から上流へ遡る方向ということもあるのかも。今朝は早朝にエクササイズがあった。
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ルーフデッキ。天気には恵まれたが、日中は非常に暑かった。35℃は越えていた。これが夜朝は18℃くらいに下がる。寒暖差が激しい。
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船首にあるラウンジ。全船WiFiも完備されているが、飛行機の衛星インターネットではなく地上局と繋ぐだけ。ドナウ川は国境の河川なので、ルーマニア/ブルガリアのどちらかの局に繋がればいいのだが、都市に近くないとほとんど繋がらない。これはなかなか盲点だった。
海川問わず、クルーズの旅は、必ずといっていいほど、丸一日クルーズだけの日がある。船の中のアクティヴィティを楽しむため。その日を利用して写真をUPしようと思ったけど無理だった。 -
フランス人大好きペタンク。妙に盛り上がっていた。
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フランスの船だけあって、食事は非常においしかった。海のクルーズは船がでかい分、レストランはブッフェが主体など、食が残念な船もあるが、リバークルーズは客数が100人程度と少ないので、普通のレストラン並みの食事が提供される。アルザスワインやビールも飲み放題である。海のクルーズにもいいところがあり、それぞれかなと。
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ドナウ川クルーズ7日目。
昨日の朝にルセを出港し、丸1日かかってこの辺まで来た。ここまでドナウ川はルーマニアとブルガリアの国境を形成してきた。国際河川だからなのか、橋はほとんどなかった。日常的な交流がなさそうなのは意外だった。 -
つまりこういう感じ。この先ドナウ川は、ルーマニアとセルビアの国境となる。ようやくセルビアが近づいてきた。ヨーロッパは広い。今日も丸1日クルーズでベオグラードを目指す。
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そしてセルビアに入った。41か国目である。
セルビアは、ユーゴ紛争の時にNATOを敵に回したので、他の欧州諸国からやや距離を置かれている。ヨーロッパのお客向けに、セルビアの携帯局に繋げると料金が高くなるのでWiFiを使うようにアナウンスがあった。たぶんセルビアの電話会社と他の欧州諸国の電話会社の間に契約が無いのだろうが、私はauなので問題なし。 -
ドナウ川の名所、水門が近づく。こちらは下流側にある第2水門。
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水門に進入後、後ろのゲートが閉じる。閉じた後に注水。
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壁に手が届くが。。。
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注水すると壁の上部まで手が届くようになる。この後、壁の上端を下に見る高さまで上がる。
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注水が終わると前のゲートが下がり、発進。ここから次の第1水門(上流側から、第1、第2)まではダム湖のような感じになっている。
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優雅である。前後を水門に仕切られているので、流れも穏やか。
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2時間ほどして、第1水門に差し掛かる。
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ここは最初の第2水門よりもずっと巨大なダムになっていて、チトーが指導した旧ユーゴスラビア時代、ルーマニアとの巨大共同事業で建設されたもの。旧ユーゴの国威を示したものとされていた。
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1つ目と違い、ここは2段の水門になっている。
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最初の水門より作りが重厚。ここは大規模な水力発電所も兼ねている。
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ちょっと見えないが、青いゲートの先にもう1段水門がある。
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2段の水門を登って鉄門渓谷に入る。
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鉄門渓谷に差し掛かる。このあたりが、オスマン帝国と神聖ローマ帝国(オーストリア帝国)の境目だったようだ。鉄門渓谷は陸路では行きにくいところで、ドナウ川クルーズのハイライトである。
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見えるかな?水面のすぐ上にトラヤヌス帝記念碑が彫られている。この辺はローマ帝国でも最前線だったようだ。
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拡大。いつ作られたものなのかは、聞き忘れてしまった。
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この辺では多くの貨物船、客船とすれ違った。
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この辺りはドナウ川でも川幅が狭くなっているところ。右はルーマニア、左はセルビア。
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ダキア王の彫刻。「ダキア」とは、今のルーマニアのあたりの古い呼び名。反対側にトラヤヌス帝の碑があるので、それに対抗心を燃やした地元クライマーが勝手に彫ったものらしい。なので比較的新しいようだが、けっこうな観光地になっている。
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鉄門渓谷を抜け、一路ベオグラードを目指す。今日も一晩中船は走る。夜のうちにルーマニアからは離れ、ドナウ川はセルビアの国内を流れるようになる。
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ドナウ川クルーズ8日目。
朝になって、セルビアの首都、ベオグラードに到着。朝は非常に涼しいが、今日も厳しい暑さが予想されている。今日は丸1日観光。セルビアは初訪問になる。 -
朝方は人もまばら。それにしても東欧は街路の新しさが印象的。
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ベオグラードはユーゴ紛争の時にNATOに爆撃を受けたはずだが、その名残は全く見られない。ごく一部だったのかもしれない。ベルリンのような戦争の残滓みたいなものが残っていると思ったんだが。ユーゴ紛争も激しかったとはいえ、第2次世界大戦とは比べるべくもないか。
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市の中心にある城址公園。ドナウ川に支流沿いに建てられている。最初の築城はローマ時代になる。ヨーロッパで川沿いの城はたいていローマ人が作ったものだということだ。
カレメグダン城址公園 (ベオグラード要塞) 広場・公園
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昼近くになって、街に人が出てきた。大変美しい街だった。現代における地元の英雄は断トツでテニスプレイヤーのジョコビッチ。ガイドさんはその話ばかりだった。ストイコビッチの名前は出なかった。
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ここでのハイライトは聖サヴァ大聖堂。セルビア正教の大聖堂だ。
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タージマハル(未見)を思わせる、左右対称の美しい作り。
聖サヴァ大聖堂 城・宮殿
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イチオシ
これは見事。まだ新しいこともあり、そもそもカトリックに比べて教会自体が小さい正教会の教会の中では、断トツである。
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右下に見える小さな台は、お祈りの台(語彙力)。教徒はその前で十字を切り、台にキスをしてお賽銭を入れる。(写っていないが)中央の台には、パンの切れ端が入ったボウルのようなものがあり、それを1つもらって帰るのがお祈りのルーチンのようだ。なおパンは、食用ではなく、イエスの体に見立てたものらしい(もちろん食べてもいいのだけれど)。
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イチオシ
ここは一見の価値がある教会だった。
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ベオグラードはブダペストよりは都会的な感じがする街だった。再訪もありかと思った。日本では、ユーゴ紛争の影響で西側からは距離を置かれている、と見られているが、マクドナルドなどの西側資本の店もたくさんあり、あまり影響は感じられない。添乗員さんがガイドさんにユーゴ紛争のことを聞いていたが、「僕たち(セルビア)は何もしていない。あっちが勝手に仕掛けてきた」とのこと。
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おまけ。ベオグラードのお土産屋。プーさん、普通に使われていた。
セルビアは、国の公式としてはウクライナ支持とのこと。難民もいくらか受け入れているらしいが、話を聞くとセルビアに逃げてきている人々は、難民というよりは金持ちが避難してきていて、財産をたくさん抱えているからベオグラードの高級マンションに住んでいるとのこと。
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