2024/09/02 - 2024/09/03
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この旅行記のスケジュール
2024/09/02
2024/09/03
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禅宗のレジェンドを求めて、河北省石家荘郊外の正定県と趙県に行ってきました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 2.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 航空会社
- 春秋航空 中国東方航空 アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
石家荘市内中心から正定県へは130番の路線バスで行きました。
乗車時間40分ほどで正定城壁の南門に着きます。
バス代は1元。
正定古城の中に入ってしまえば、お寺は徒歩で回れます。 -
広惠寺です。
正定南門から何も考えずにぶらぶら歩けばこのお寺に着きます。
このお寺のチケット売り場で正定古城内の広惠寺、開元寺、天寧寺、隆興寺、四つのお寺に入れるセット入場券を買えます。
買うときに「4カ所(四個地方)のチケットください」と言って渡された4枚のチケットをゲートを通るときにもぎりの人に見せたら「一人なのにどうして4枚持ってるの?」と言われました。セット券ではなく4人分のチケットを買っていたのでした。
売り場の人が「4人じゃなくて4カ所か~ワハハ」と言いながら返金してくれました。広恵寺華塔 史跡・遺跡
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広惠寺の塔「華塔」。唐の時代に作られました。
1960年代に壊され、今みているのは1999年に作り直したものですが、一階と二階には宋代の建築が残っています。
高さ33.35mの四階建ての石造りの塔。上層階の装飾はとても独特で、象、虎、獅子、海獣、仏像、菩薩像がもりもりにのっかっています。
正定県のホームページには塔に登ることができると書いてありますが、今回は登れませんでした。広恵寺華塔 史跡・遺跡
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次は臨済寺へ。
長い歴史をもつ正定の寺院の中で、現在も住持がいて修行と信仰が続いているのはこの臨済寺だけです。
540年に創建された頃は臨在院(河に面した修行の場)といいました。
854年に臨済義玄がこの寺で禅宗のひとつ臨済宗を開きました。
臨済宗は平安時代末期に栄西によって茶とともに日本に伝えられた禅宗です。
鎌倉時代以降、次々に来日した禅僧たちが武将たちの師となり、室町時代には足利将軍家の支持を得て大きく発展し、豊かな文化をもたらしました。
誰でも知っている京都の金閣寺や、鎌倉の建長寺などは臨済宗のお寺です。
アニメ『一休さん』の一休宗純も臨済宗の僧侶です。臨済寺 寺院・教会
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澄霊塔です。
867年に臨済義玄が亡くなった後、弟子たちが衣鉢を納めるために建てました。
青みがかった色の瓦材が使われているので青塔とも呼ばれます。
八角形をした9階建ての塔です。高さは30.47mあります。
各層に、精緻な彫刻が山盛りです。臨済寺 寺院・教会
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境内にはお堂がいくつもあり、美しい仏像や彫刻を見ることができます。
今でも修行と信仰の場となっている生きたお寺なので、多くの人々が清掃などの奉仕活動をしています。
法乳堂というお堂に入ってみると、中国にインドから禅を伝えた菩提達磨、中国で禅を発展させた六祖慧能、そして臨済義玄の像がありました。
お掃除をしていた人に、これらの像の写真を撮っていいか尋ねると「いいですが、写真を撮ってどうしますか」と問い返されました。
臨済義玄の伝記『臨済録』に、達磨の記念塔を訪れた臨済義玄が「あなたは祖師を拝むのか、それとも仏を拝むのか」と問うた人に、「どちらも拝まない」と即答してその場を立ち去ったという話があります。
仏性は自分の中にあるのだから、仏や祖師の像を拝んでも意味がない。そう言われた気がして、スマホをポケットにしまい、挨拶をしてお堂を出ました。
でも達磨&慧能&臨済義玄のスリーショットはやはりめちゃ映えてました。臨済寺 寺院・教会
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開元寺です。
東魏時代の540年に静観寺として建てられ、唐の738年に官寺となり開元寺と改名されました。
高さ48m、九層の煉瓦造りの塔は西安の小雅塔に似ています。
鐘楼と銅鐘も唐代に造られたものです。木造の鐘楼に大きな銅鐘が千年以上落ちずに吊り下がっているのは奇跡的で、すぐれた文化遺産であると同時に、科学的価値もある建築です。
中国政府のスローガン「社会主義核心価値観」との取り合わせにグッときます。開元寺 寺院・教会
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龍から生まれた亀のような神獣「贔屓」。
重いものを背負うのが得意なので、いつも石碑を載っけられています。
この贔屓は長さが8.2m、重さ107tあり、中国最大クラスだそうです。石碑を背負った完全な姿はとてつもない迫力だったでしょう。開元寺 寺院・教会
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大理石の獅子たち。
なかよく寄り添うように置いてあります。
玉を押さえるおててがかわいい。開元寺 寺院・教会
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土台に嵌まって塔を支える力士。
肩の位置が均等じゃないのがリアルです。今は左肩で支えていますが、今にもよっこらしょと姿勢を変えそう。
辛苦了!開元寺 寺院・教会
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隆興寺
地元の少女が門の前にかかる太鼓橋をすべり台にしていました。
中国のこういう自由さが大好きです。隆興寺 寺院・教会
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隋の時代586年に建立された当初は龍蔵寺と呼ばれていました。唐代に栄龍興寺となり、宋代の971年に巨大な千手観音像が鋳造され、大改修が行われました。金、元、明、時代にも修復、増築を重ね、清の時代には皇帝の宮殿も完成し、官寺の隆興寺となりました。
隆興寺 寺院・教会
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寺院内には大小のお堂が十以上あります。
天主殿、摩尼殿、大悲閣、弥陀殿、毘盧殿、延光堂などそれぞれのお堂で仏像や美しい壁画や彫刻を見ることができます。
大悲閣には巨大な千手観音がありますが撮影禁止です。禁止されていなくても、大きすぎてスマホでは撮れません。
この画像は摩尼殿内の五彩縣塑観音像。
宋代に造られたレリーフです。
やはり堂内での撮影は禁止ですが、外からがんばって撮りました。実物は青い彩色がとても鮮やかです。
魯迅が日本留学中にこの像の写真を見て感動し、後に見に訪れたという話がありますが、その気持ちがよくわかります。隆興寺 寺院・教会
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清代に建てられた戒壇にまつられているのは、明代に鋳造された阿弥陀仏と薬師如来の両面仏です。冠や衣の造形が細やかで、鋳造されたものとは思えないほどやわらかく見えます。
朱の壁に碧の装飾が美しく映えています。いい塩梅の補色で、目がスーッとする感じ。隆興寺 寺院・教会
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かわいい松ぼっくりみたいな風鈴ひとつ25元。
日本の絵馬のように願いごとを書いて吊るされています。ひとつひとつ色が違ってグラデーションがきれいです。
ひとつ買って帰りました。隆興寺 寺院・教会
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北朝時代の石像群。
真ん中に立つ頭部のない像は釈迦牟尼仏、両側は明代に彫られた僧像です。たくさん並んだ坐像は羅漢のようですが頭がないのでわかりません。
真っ白な大理石(白玉)の肌がツヤツヤで、遠目にもはっとする美しさです。隆興寺 寺院・教会
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大小の石碑がにょきにょき生えている回廊。
この寺の由来が刻まれた「龍蔵寺碑」という現存する最古の楷書の石碑も見たのですが、写真を撮るのを忘れました。隆興寺 寺院・教会
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隆興寺には和尚はおらず、文化財と庭園美を楽しむ場となっています。
隆興寺 寺院・教会
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9月に蓮を見られました。なんかうれしい。
隆興寺 寺院・教会
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チリひとつなく手入れが行き届いた美しい庭園。
茶館もありましたが、お客さんが一人もいなかったのでビビって入らず。隆興寺 寺院・教会
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中国を代表する建築家、梁思成の歩みが展示されていました。
梁思成は日本で生まれ、アメリカ、ヨーロッパに留学し建築学を学びました。
とても垢抜けてかっこいい人です。
(またしても写真を撮るのを忘れたのでリンクを貼ります)
【我在百度?片??一?好?,推荐! 回眸: 梁思成考察?的古建筑】https://ml.mbd.baidu.com/r/1qY0HVkEViw?f=cp&rs=2514244094&ruk=dQTu1h2mb5uYeFZ4c7mn1Q&u=74f13f65468c3c2a
欧米で建築学を学んだのち、中国に帰国。文化財の保護、復元に力を注ぎました。壊してあらたに作るのではなく、作られた当時と同じように復元するために何度も現地を訪れて詳しい調査をしました。
現在中国各地で古代建築や仏像を見られるのは彼のおかげだと言えます。
第二次世界大戦中には敵国である日本の文化財を守るため、京都や奈良への空襲をやめるよう米軍に提案したとも言われています。文化財に対する愛がすごい。
北京の城壁を残すかたちの都市計画も手がけました。しかし毛沢東が梁思成の案を採用しなかったので、今の北京には城壁がないのです。
梁思成の北京都市計画についての本です。
https://amzn.to/4h5ug8g隆興寺 寺院・教会
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石家荘3日目は趙県へ。
市内中心部からはバスを乗り継いで行きました。(95路→1101路)
郊外行きの1101路は本数が少ないので、乗り換えの停留所でかなり待ち、片道2時間くらいかかりました。バス代は2元+6元(180円)。
タクシーなら1時間、高くても1500円以下で行けます。暑いとき、寒いときはタクシーで行きましょう。
バス内にいたおじさん。売り物と思しき大量の巨大なブラシを持ち込んでいます。路線バスで資材や商品を輸送している人は他のバスでも見かけました。日本では見られない光景だなと思い、こっそり撮りました。 -
柏林禅寺です。
この地に初めて建てられたのは東漢時代(ざっくり1800年くらい前)という大変に長い歴史がありますが、このお寺を有名にしたのは唐の末期の趙州和尚です。
趙州和尚は禅の世界のスーパースターです。
禅をちょっとでもかじったら必ず見聞きする「庭前柏樹子(庭先の柏の木)」や「喫茶去(お茶を飲んで行きなさい)」「本来無一物(何も持たないなら置いていけ)」「無字(犬に仏性はあるか)」などの禅語、京極夏彦作品にバンバン出てくるあれもこれも、みんな、ここで趙州和尚が話したことなのです。
また、西遊記で有名な玄奘三蔵も天竺へ旅立つ前にここに滞在し、勉強していました。
この門の画像を見ても伝わらないかもしれませんが、ほんとうにほんとうにすごいお寺なんですよ。柏林禅寺 寺院・教会
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お寺の名前になっている柏林。
カシワじゃなくてヒノキじゃん? と思ってしまいますが、柏です。
本来「柏」はヒノキ科の常緑針葉樹なのです。
日本人が葉っぱで餅を包んでいるカシワはドングリが実る広葉樹の葉っぱで「檞」と書きます。
ついでに書いておきますが、Googleマップでこのお寺を検索すると「Bolin Temple 」と表示されますが、中国語の発音では「ボーリン」ではなく「バイリン」です。
バスで向かうときは「バイリンチャンスー(柏林禅寺)」で降りましょう。柏林禅寺 寺院・教会
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参拝客になでなでされまくる、「庭前柏樹子 庭先の柏」です。
樹齢1300年!……ほんとうか!?
わたしも人々の腕をかいくぐり、ひんやり滑らかな木肌の感触を堪能しました。
「庭先の柏」「庭前柏樹子」
仏の教えとは、宇宙ぜんぶが一体になる真理を求めることなのだから、それが庭先にある柏の樹だっていい。仏性は、どこにでもなんにでも、どこでもどこまでも~あるのだ! ということです。
それなのに、名札を付けられた樹を有り難がり、なでなでしてしまう我々凡夫のかなしさよ。柏林禅寺 寺院・教会
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趙州和尚の衣鉢が納められた舎利塔です。
39.7メートル、七階建て。台座が高く、2.5メートルもあります。
台座の下の層は石造、上の層はレンガ造です。
各層はやはり美しい彫刻で飾られています。
塔の前には、ガンガン話しかけてくるおばさんたちがいて、お参りの仕方を詳しく教えてくれます。
このガイドさんにいくら払うのかな……めんどくさいな……と思い、「外国人なので中国語が聴き取れません。ひとりで見ます」とお断りしました。「中国語わかるじゃないですか」とつっこまれましたが足早に立ち去りました。
ひとりで回りながら周りの人たちを見ていたら、おばさんたちがお金をもらっている様子はありませんでした。お参りのしかたを教えながら徳を積んでいる人たちだったのです。
たいへん申し訳ないことをしました。柏林禅寺 寺院・教会
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青空に映える黄色い瓦。
柏林禅寺 寺院・教会
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朱と碧のバランスの絶妙さ。
お寺の建物が黒っぽいのって日本だけですよね。中はキンキラキンだったりするけど。柏林禅寺 寺院・教会
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僧の佇まいは世界中同じ。
柏林禅寺 寺院・教会
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蓮を見るとうれしくなるのはなぜ?
柏林禅寺 寺院・教会
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大きな食堂で、たくさんの人が長机に並んで食事中でした。覗いてみると数人の僧侶がお椀に汁物をよそったり、ご飯を配ったりしていました。
家族連れのお母さんが中を覗いて「今日は人が多い。場所がない」と言っていたので、誰でも入ってご飯をいただけるようです。
映画で見たインドの黄金寺院みたい。あちらはシク教ですが。柏林禅寺 寺院・教会
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ボランティアガイドに導かれ、正しくお参りを終えた人たち。次回はわたしも!
柏林禅寺 寺院・教会
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旅行記グループ 144時間ノービザ中国 石家荘
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