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前回掲載した三狐神社の社頭を南北に伸びる県道190号線、そちらを南下し野田小学校西交差点を通り過ぎて次の道を右折すると八王寺神社の社頭が現れます<br />今回はその秋葉神社と野田村三社八王子神社を訪れます。

野田 秋葉神社と野田村三社 八王子神社

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2024/02/14 - 2024/02/14

4960位(同エリア5910件中)

おやじさん

前回掲載した三狐神社の社頭を南北に伸びる県道190号線、そちらを南下し野田小学校西交差点を通り過ぎて次の道を右折すると八王寺神社の社頭が現れます
今回はその秋葉神社と野田村三社八王子神社を訪れます。

旅行の満足度
2.5
観光
2.5
交通
2.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
私鉄 徒歩
  • 中川区野田2「秋葉神社」<br />前回掲載した三狐神社から西へ4分程の住宅街、そこの交差点の角地に鎮座するのが秋葉社<br />交差点の北西角に社地が与えられ、社殿はほぼ東向きに建てられています<br />高く築かれた本殿域は玉垣で囲われ、切妻造の大きな覆屋の下に社が祀られています

    中川区野田2「秋葉神社」
    前回掲載した三狐神社から西へ4分程の住宅街、そこの交差点の角地に鎮座するのが秋葉社
    交差点の北西角に社地が与えられ、社殿はほぼ東向きに建てられています
    高く築かれた本殿域は玉垣で囲われ、切妻造の大きな覆屋の下に社が祀られています

  • 上は大正9年の当地の地図で赤枠が秋葉神社の鎮座地になります<br />この時代、ここに鳥居の印はなく、その後もここに印は描かれていなかった<br />野田集落の西外れにあたり、ここから西側は庄内川左岸に田んぼが広がる一帯だったことが分かります<br />地史から野田村の記述に目を通すも、秋葉社について語られておらず、大正から昭和にかけて世帯数の増加に伴い、災い除けの神が祀られるようになったのかも知れない

    上は大正9年の当地の地図で赤枠が秋葉神社の鎮座地になります
    この時代、ここに鳥居の印はなく、その後もここに印は描かれていなかった
    野田集落の西外れにあたり、ここから西側は庄内川左岸に田んぼが広がる一帯だったことが分かります
    地史から野田村の記述に目を通すも、秋葉社について語られておらず、大正から昭和にかけて世帯数の増加に伴い、災い除けの神が祀られるようになったのかも知れない

  • 秋葉神社から西方向の眺め<br />庄内堤まで広がっていた田畑は姿を消し、今では古くからの建物は建て代わり、新しい住宅が広がる地域となっています

    秋葉神社から西方向の眺め
    庄内堤まで広がっていた田畑は姿を消し、今では古くからの建物は建て代わり、新しい住宅が広がる地域となっています

  • 秋葉神社南側から社殿の眺め<br />玉垣の石柱や基壇の石組の色は綺麗で、覆屋も傷みはなく、覆屋の下に祀られる板宮造の社も綺麗なものです

    秋葉神社南側から社殿の眺め
    玉垣の石柱や基壇の石組の色は綺麗で、覆屋も傷みはなく、覆屋の下に祀られる板宮造の社も綺麗なものです

  • 覆屋に架けられた額は秋葉神社

    覆屋に架けられた額は秋葉神社

  • 秋葉神社本殿全景<br />玉垣の間にピッタリしつらえられた賽銭箱があり、住宅地の火伏の神に賽銭投入参拝<br /><br />脱線しますが<br />人的・物的ともに甚大な被害を与えた能登半島地震<br />輪島の火災を見るにつけ、我家周辺の切り刻んだ宅地に人も通れないほど敷地一杯に建てた細長い木造家屋が林立する環境を思うと不安を覚える<br />そこから比較すると、このあたりの余裕のある家並みは羨ましく思う<br />なによりこうして見守る神さまがいる<br /><br />秋葉神社<br />創建 / 不明<br />祭神 / 火之迦具土大神<br />境内社 / ・・・<br />所在地 / 名古屋市中川区野田2-176<br />三狐(さんこ)神社から秋葉社 / 西へ5分<br />参拝日 / 2024/02/14

    秋葉神社本殿全景
    玉垣の間にピッタリしつらえられた賽銭箱があり、住宅地の火伏の神に賽銭投入参拝

    脱線しますが
    人的・物的ともに甚大な被害を与えた能登半島地震
    輪島の火災を見るにつけ、我家周辺の切り刻んだ宅地に人も通れないほど敷地一杯に建てた細長い木造家屋が林立する環境を思うと不安を覚える
    そこから比較すると、このあたりの余裕のある家並みは羨ましく思う
    なによりこうして見守る神さまがいる

    秋葉神社
    創建 / 不明
    祭神 / 火之迦具土大神
    境内社 / ・・・
    所在地 / 名古屋市中川区野田2-176
    三狐(さんこ)神社から秋葉社 / 西へ5分
    参拝日 / 2024/02/14

  • 野田交番の東隣りに隣接し、社頭はその南側になります、三狐神社から移動時間は徒歩5分程になります<br />所在地は中川区野田2<br />江戸時代の当地周辺は愛知郡野田村で、野田村に鎮座する三社を称して野田村三社と呼ばれたようです

    野田交番の東隣りに隣接し、社頭はその南側になります、三狐神社から移動時間は徒歩5分程になります
    所在地は中川区野田2
    江戸時代の当地周辺は愛知郡野田村で、野田村に鎮座する三社を称して野田村三社と呼ばれたようです

  • 上は大正9年当時の鎮座地、当時はまだ荒子村大字野田の頃<br />Wikiによれば、野田の由来は当地が湿地や湿田が多く、そうした場所を沼田(ぬだ)と呼んでいた<br />いつからか「ぬだ」が転じて「野田」になったという<br />江戸時代の愛知郡野田村はその後、愛知郡御厨村大字野田、荒子村大字野田、名古屋市南区野田町、中川区野田町を経て、昭和28年~昭和59年の間は八王子町とされたようで、その由来は当社からきていると云う<br />その後八王子町は消え、現在の中川区野田2丁目に編入されたようです

    上は大正9年当時の鎮座地、当時はまだ荒子村大字野田の頃
    Wikiによれば、野田の由来は当地が湿地や湿田が多く、そうした場所を沼田(ぬだ)と呼んでいた
    いつからか「ぬだ」が転じて「野田」になったという
    江戸時代の愛知郡野田村はその後、愛知郡御厨村大字野田、荒子村大字野田、名古屋市南区野田町、中川区野田町を経て、昭和28年~昭和59年の間は八王子町とされたようで、その由来は当社からきていると云う
    その後八王子町は消え、現在の中川区野田2丁目に編入されたようです

  • 南向きに社頭を構え、社頭右に昭和5年(1930)に寄進された八王子神社社号標<br />その先の一対の常夜灯は明治41年(1908)の寄進もの<br />石の明神鳥居は昭和60年(1985)

    南向きに社頭を構え、社頭右に昭和5年(1930)に寄進された八王子神社社号標
    その先の一対の常夜灯は明治41年(1908)の寄進もの
    石の明神鳥居は昭和60年(1985)

  • 鳥居手前から境内の眺め<br />参道右に神馬像、参道左が手水舎、正面には一対の狛犬と社殿が連なります

    鳥居手前から境内の眺め
    参道右に神馬像、参道左が手水舎、正面には一対の狛犬と社殿が連なります

  • 境内の「八王子神社の御祭神と沿革」<br />内容は以下<br />「当社の御祭神は古事記によれば天照大御神と素戔鳴尊が誓約(神意を占うこと)され、天照大御神は三女神を、素戔鳴尊は五男神を生んだ、すなわち田心姫、湍津姫、市杵嶋姫、正哉吾勝勝速日天忍骨尊、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野忍蹈命<br />八王寺権現とも呼ばれ当社に祀られ、更に当地地名の由来でもある<br />尚、当社には古来より御神田があり、御斎田として耕作されていたが、農耕法により県へ買収された<br />今日我々崇敬者一同は、神の御守護を受けて平穏無事な日々を送ることができるのである<br />ここに挙って町内安全と世界平和を祈願してやまない<br />昭和六十一年十月 」

    境内の「八王子神社の御祭神と沿革」
    内容は以下
    「当社の御祭神は古事記によれば天照大御神と素戔鳴尊が誓約(神意を占うこと)され、天照大御神は三女神を、素戔鳴尊は五男神を生んだ、すなわち田心姫、湍津姫、市杵嶋姫、正哉吾勝勝速日天忍骨尊、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野忍蹈命
    八王寺権現とも呼ばれ当社に祀られ、更に当地地名の由来でもある
    尚、当社には古来より御神田があり、御斎田として耕作されていたが、農耕法により県へ買収された
    今日我々崇敬者一同は、神の御守護を受けて平穏無事な日々を送ることができるのである
    ここに挙って町内安全と世界平和を祈願してやまない
    昭和六十一年十月 」

  • しかし三狐神社の際に目を通した尾張徇行記(1822年)で中郷村の神明社・三狐神社・八王子社を指して「この三社、創建年は不明なれど再建は寛文7年(1667)」記述と除地と記されています<br />創建は詳らかにはならないようですが<br />慶長13年(1608)、徳川義直の命から伊奈備前守ら検地奉行により尾張全域で実施された備前検地時には既に神社は存在していることが分かってきます<br />また尾張志(1844年)では、「野田の氏神社の神明社から東南」に八王子社があると記され(マップ左に貼り付け)ており、当社を指す事は明らかです<br />野田村三社の創建時期は更に遡っていきそうです

    しかし三狐神社の際に目を通した尾張徇行記(1822年)で中郷村の神明社・三狐神社・八王子社を指して「この三社、創建年は不明なれど再建は寛文7年(1667)」記述と除地と記されています
    創建は詳らかにはならないようですが
    慶長13年(1608)、徳川義直の命から伊奈備前守ら検地奉行により尾張全域で実施された備前検地時には既に神社は存在していることが分かってきます
    また尾張志(1844年)では、「野田の氏神社の神明社から東南」に八王子社があると記され(マップ左に貼り付け)ており、当社を指す事は明らかです
    野田村三社の創建時期は更に遡っていきそうです

  • 八王子神社で一際目を引く大きな楠の木陰に建てられた手水舎

    八王子神社で一際目を引く大きな楠の木陰に建てられた手水舎

  • 八王子神社の龍

    八王子神社の龍

  • 境内右の神馬像(1985)の鞍の紋は千成瓢箪だろうか

    境内右の神馬像(1985)の鞍の紋は千成瓢箪だろうか

  • 社殿全景<br />社殿はこの拝殿と後方の覆屋下に流造の本殿

    社殿全景
    社殿はこの拝殿と後方の覆屋下に流造の本殿

  • 拝殿前の狛犬は昭和5年(1930)に寄進された子持ち毬持ちのもの

    拝殿前の狛犬は昭和5年(1930)に寄進された子持ち毬持ちのもの

  • 拝殿の破風飾に五七の桐紋、妻壁や蟇股に彫られた彫飾りはなかなかのもの

    拝殿の破風飾に五七の桐紋、妻壁や蟇股に彫られた彫飾りはなかなかのもの

  • 妻壁の飾り<br />正面の立派な龍に視線は行きますが、左右にあまり見覚えのない満月と三日月の彫が施されている<br />そしてこの拝殿で一際目を引くのが格子天井に描かれた色鮮やかな天井絵かもしれない

    妻壁の飾り
    正面の立派な龍に視線は行きますが、左右にあまり見覚えのない満月と三日月の彫が施されている
    そしてこの拝殿で一際目を引くのが格子天井に描かれた色鮮やかな天井絵かもしれない

  • 拝殿内の天井絵と八王子神社拝殿額(昭和初期の寄進)<br />鮮やかな色合いの花の天井絵は比較的最近描かれたものだろう<br />身近で見られる花が鮮やかに描かれ、拝殿内の印象もとても明るく感じられます<br />祭神は愛知県神社によれば天照大御神、須佐之男命となっていましたが、ここでは社名、由緒を尊重し田心姫、湍津姫、市杵嶋姫、正哉吾勝勝速日天忍骨尊、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野忍蹈命としておきます

    拝殿内の天井絵と八王子神社拝殿額(昭和初期の寄進)
    鮮やかな色合いの花の天井絵は比較的最近描かれたものだろう
    身近で見られる花が鮮やかに描かれ、拝殿内の印象もとても明るく感じられます
    祭神は愛知県神社によれば天照大御神、須佐之男命となっていましたが、ここでは社名、由緒を尊重し田心姫、湍津姫、市杵嶋姫、正哉吾勝勝速日天忍骨尊、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野忍蹈命としておきます

  • 本殿覆屋

    本殿覆屋

  • 本殿は外削ぎの置き千木と5本の鰹木が施された流造<br />本殿域の玉垣はやはり昭和5年(1930)、この時期に境内は大きく改修されたようです

    本殿は外削ぎの置き千木と5本の鰹木が施された流造
    本殿域の玉垣はやはり昭和5年(1930)、この時期に境内は大きく改修されたようです

  • 寄進年は不明ですが、本殿両脇で二対の小さな狛犬達が本殿を守護しています<br />後方の陶製狛犬は小さい体ながら角を生やしたもの

    寄進年は不明ですが、本殿両脇で二対の小さな狛犬達が本殿を守護しています
    後方の陶製狛犬は小さい体ながら角を生やしたもの

  • 本殿側から見る拝殿妻壁の意匠<br />こちらは龍の上は虎かな、こちらの面にも左右に満月と三日月が描かれています<br />満月と書いていますが、太陽(天照)と月(月読)を描いたものかもしれません

    本殿側から見る拝殿妻壁の意匠
    こちらは龍の上は虎かな、こちらの面にも左右に満月と三日月が描かれています
    満月と書いていますが、太陽(天照)と月(月読)を描いたものかもしれません

  • 八王子神社<br />創建 / 不明 (寛文7年(1667)再建)<br />祭神 / 田心姫、湍津姫、市杵嶋姫、正哉吾勝勝速日天忍骨尊、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野忍蹈命<br />境内社 / ・・・<br />氏子域 / 中川区 打出、中須町、野田<br />例祭日 / 10月12日<br />参拝日 / 2024/02/14<br />所在地 / 名古屋市中川区野田2-375<br />秋葉神社から八王子神社 / 南東に5分程

    八王子神社
    創建 / 不明 (寛文7年(1667)再建)
    祭神 / 田心姫、湍津姫、市杵嶋姫、正哉吾勝勝速日天忍骨尊、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野忍蹈命
    境内社 / ・・・
    氏子域 / 中川区 打出、中須町、野田
    例祭日 / 10月12日
    参拝日 / 2024/02/14
    所在地 / 名古屋市中川区野田2-375
    秋葉神社から八王子神社 / 南東に5分程

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