2024/06/20 - 2024/06/24
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梅雨の時期ですが、思い切って阪急交通社の瀬戸内ツアーに申し込みました。
<1日目> 6/20木
自宅===8:21静岡駅こだま703 #### 10:51新大阪駅====伊丹空港====倉敷市15:30頃着 < 倉敷国際ホテル泊> 朝 ○ 昼 × 夕 ×
<2日目> 6/21金
ホテル(8:30発)====【島1 因島】○HAKKOパーク【約20分】====【島2 生口島 】◎耕三寺・○未来心の丘【約90分】====昼食★しまなみロマン【約50分】====瀬戸田港(13:50発)~~~~▲島たびクルーズシースピカ乗船【島3 大崎下島】△音戸の瀬戸・△呉~~~~グランドプリンス前桟橋.....広島市18:00頃着
< グランドプリンスホテル広島 泊> 朝 ○ 昼 ○ 夕 ○
<3日目> 6/22土
ホテル(8:30発)====○アレイからすこじま【約30分】====【島4 下蒲刈島】◎松濤園【約 60分】====【島5 上蒲刈島】昼食★かつら亭【約60分】====【島6 岡村島】~~~~<約60分>~~~~今治港====今治市15:00頃着
<今治国際ホテル泊> 朝 ○ 昼 ○ 夕 ○
<4日目> 6/23日
ホテル(8:15発)====【島7 大島】○亀老山展望台【約30分】====【島8 大三島】○大山祇神社【約50分】====伊丹空港====新大阪駅こだま752 #### 静岡駅===自宅 朝 ○ 昼 × 夕 ×
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
6月20日(木)
静岡駅から新幹線で新大坂駅へ。 -
このツアーは他支店との共同催行の為、大阪国際空港(伊丹空港)で他支店の客を待ちました。
正式名称はビルに表示された大阪国際空港ですが、国内線専用の空港に「国際」の名が付いたままというのはどうなんだろう?
単純に伊丹空港でいいのでは。 -
山陽自動車道で倉敷市を目指します。
途中の三木サービスエリアでトイレ休憩です。 -
田植えの終わった田んぼが広がっています。
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吉備SAで2度目の休憩です。
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倉敷国際ホテルに到着しました。
倉敷美観地区の入り口すぐの好立地に佇むホテルです。 -
部屋は標準的な広さで、シンプルなつくりです。
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倉敷美観地区を散歩します。
大原美術館は1930年に大原孫三郎によって設立された日本初の私立西洋美術館です。
本館にはエル・グレコ作『受胎告知』、クロード・モネ作『睡蓮』、ルノワール、ゴーギャンなど、有名な西洋の名画が数多く展示されています。
ほかにも、エジプト古代美術、西洋現代美術、日本近代・現代美術など約3,000点の美術品を収蔵しています。 -
旧大原家住宅は、大原美術館、倉敷絹織(現(株)クラレ)の創設者 大原孫三郎、大原家代々が暮らした家屋で、国の重要文化財になっています。
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旧大原家の土間 にはふりそそぐ言葉があります。
これは、大原家5代壮平、6代孝四郎、7代孫三郎、8代總一郎が語った言葉です。
「いわゆる安全の道は進歩も工夫もないものである」
「現在と過去を整理するのは、未来のためだ」など多くの言葉があります。 -
7代孫三郎とその妻壽惠から、長男總一郎に宛てた書簡が障子に映し出されています。
倉敷を代表する存在であった大原家、その8代目となる總一郎に対し、厳しいながらも、親として子を想う気持ちの詰まった手紙の数々です。 -
7代孫三郎が茶を楽しみ、8代總一郎はレコード鑑賞と当主が寛いだ離れ座敷です。
目の前に広がる日本庭園は孫三郎が自ら作庭に関わったものです。
松の古木ともみじから零れる光が、庭一面に生えた苔を照らします。 -
旧大原家住宅前には、かつて物資を積んだ川舟の往来でにぎわった倉敷川があり、その風情を味わえる観光川舟が運行されています。
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倉敷館は倉敷美観地区の中心部にある洋風の木造建築物で、「倉敷市日本遺産」を構成する文化財です。
1917年に倉敷町役場として建てられ、倉敷市の施設として使用されてきましたが、老朽化したため修理をして、現在は観光案内所となっています。 -
倉敷アイビースクエアに入りました。
倉敷アイビースクエアは、1889年に建設された倉敷紡績所(現:クラボウ)の本社工場を再開発した複合文化施設です。
倉敷美観地区に隣接し、ツタ(=アイビー)のからまる赤いレンガが目をひきます。 -
敷地内には宿泊施設やレストラン、宴会場の他、体験工房や歴史館、地元の特産品などを扱うショップがあります。
写真は国の有形文化財として登録されている愛美赤煉瓦館です。 -
江戸時代の代官所跡地でもあったことから、復元された当時の井戸や外堀の名残を見ることができます。
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倉敷物語館は倉敷美観地区の入り口に位置し、格式ある造りの長屋門や西側の路地が落ち着いた雰囲気を醸しだしています。
倉敷物語館の建築年代は江戸期とされ、長屋門や土蔵などが倉敷らしい印象を与えています。 -
ツアーでの夕食が無いので、倉敷アイビースクエア西門から愛美赤煉瓦館の横を通って、夕食を食べに行きます。
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googleMapで探した寿司店に着きました。
揚げたての天ぷらで、まずは一杯。 -
美味しい寿司を食べて満足しました。
この後、ホテルに戻りました。 -
6月21日(金)
朝食。
ちょっと食べ過ぎかな。 -
ホテルロビーに展示してあったこの作品は1963年、ホテルオープンに合わせて「棟方志功」(1903-1975)に制作を依頼したものです。
「棟方志功」は版画を「板画」と称し、木の持つ独特の風合いを大事に木版の特徴を生かした作品作りを貫きました。
この大板壁画「大世界の柵・坤(こん)」・副題「人類より神々へ」は、棟方志功が手掛けた作品の中で最も大きいもの(幅12.84m・高さ1.75m)です。 -
8:30ホテルを出発しました。
雲が低く垂れ込めている中、高梁川を渡って行きます。 -
因島の海岸沿いを走っています。
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HAKKOパークに到着しました。
万田発酵株式会社が運営するHAKKO(発酵)を学べるテーマパークです。 -
ジャンボ大根が展示されていました。
植物用万田酵素を用いて育てたジャンボ大根です。
重さは45.865㎏に達し、以前の世界記録である31.1㎏を更新して、「最も重い大根」のギネス世界記録に認定されたそうです。 -
HAKKOガーデンでは、野菜や果物をはじめとして、植栽や錦鯉、ヤギといった動物まで、植物用・畜産用万田酵素を与えて育てているそうです。
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大きなスイカを生育中でした。
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ダリアとケイトウとあじさいの咲く道を歩いていきます。
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瀬戸内海に面したウッドデッキがありました。
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遠くに生口橋が見えています。
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ジャンボひまわりとあじさいの花が咲いていました。
ひまわりは夏には5mの高さまで成長するそうです。 -
ヤギもいました。
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万田酵素は果物、穀物、野菜などの植物性原料を3年3ヶ月発酵・熟成して作られます。
私もどんなものかと試しに1袋購入しました。 -
生口橋を渡って、生口島へ向かいます。
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耕三寺(こうさんじ)は日本各地の著名な神社を模して1936年に創建された施設です。
耕三寺は「寺」と仏教寺院のような名前が付いていますが、宗教をテーマにした観光施設です。 -
耕三寺は、無料で拝観できる一般の仏教寺院ではありません。
寺院ならば、無料で入場出来る所がほとんどですが、こちらはテーマパークなので、大人ひとり1400円という高い入場料金が徴収されます。 -
蓮の花が綺麗に咲いていました。
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こちらは別名「大慈母塔」と呼ばれる五重塔です。
国宝になっている室生寺の五重塔を真似たものですが、平安期の優美で端正な室生寺の五重塔とは違って、彩色や柱の金色の仏画など派出な造りです。 -
五重塔の両サイドには法宝蔵と僧宝蔵があり、こちらは僧宝蔵です。
飛鳥時代創建で江戸期に再建された大阪・四天王寺の金堂を模倣したものです。 -
こちらが法宝蔵ですが、僧宝蔵とは看板の文字が違うだけ?。
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日光東照宮陽明門を真似た孝養門と呼ばれる門です。
日光東照宮の陽明門と全く同じ比率で作られているそうです。 -
この本堂は平等院鳳凰堂を模して建てられていますが、本物とは異なり朱に彩られています。
また、その柱部分には、銀の彫刻が新たに多く付け加えられています。 -
多宝塔は、滋賀県大津の国宝石山寺の多宝塔を真似たものです。
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救世観音大尊像は奈良・法隆寺夢殿の本尊、救世観音を真似たものです。
像の高さは10mあり、宝冠、台座などを加えた総高は15mになります。 -
八角円堂は、聖徳太子の御座所であったとされる奈良法隆寺の夢殿を真似たものですが、規模は二分の一に縮小されています。
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「未来心の丘」は広さ5,000平方メートルにもおよぶ白い大理石の庭園で、彫刻家杭谷一東 氏の制作によるものです。
ここに使用されている3000トンの大理石は氏のアトリエがあるイタリア・カッラーラで採掘し、コンテナ船で運んできたものだそうです。
丘にそびえ立つ大小様々な形をしたモニュメントが敷き詰められています。 -
眺望の良いとても開けた場所にあり、瀬戸内海も一望出来ます。
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光明の塔と名付けられた石の彫刻。
西に沈む太陽に合掌する姿だそうです。 -
潮聲閣は耕三寺建立の原点ともいうべき建造物で、書院造を主とした日本住宅と西洋風住宅である洋館とを複合させた邸宅です。
国登録有形文化財になっています。
入館料を更に徴収されます。 -
潮聲閣は、耕三の事業を見守ってくれた母の為の隠居住宅だそうです。
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洋館部分はほぼ正方形平面の二階建てで、車寄せや内装の茶色の腰板と白漆喰仕上げやステンドグラスなど大正から昭和戦前の洋館建築の典型だそうです。
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日本住宅部分は東西棟の入母屋造を本体とし、随所に耕三独自の発想による書院造の新しい意匠を見ることができます。
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来客を迎える大広間よりも老人室を豪華に造っていることや、仏間を住宅の本体部より突出させていることは、耕三の母への思いが表れたものと言われています。
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潮聲閣は、明治から昭和初期にかけて流行した建築様式ですが、広島県内ては数例が現存するのみで、規模や豪華さで潮聲閣が卓越しており、完全な創作建築として評価されているそうです。
また、周囲をかこむ日本庭園では四季折々の情景を楽しむことができます。 -
山門は寺の伽藍配置の中心軸線上の最前に建つ門であり、総門に相当します。
京都御所・紫宸殿の御門と同じ様式ですが、これは大部分を鋼鉄で造っており、そのうえに朱を塗っていますが、その朱の塗装が剥げて安っぽく見えます。
後方に見えるのは中門で、寺の表門に相当するそうですが、奈良法隆寺の西院伽藍を真似たものです。
しかし、山門のけばけばしさと違和感が感じられます。 -
隣には平山郁夫美術館がありました。
私としては、耕三寺より、こちらを見て回りたかったです。 -
バスに戻り、昼食場所に向かいます。
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しまなみロマンという店で昼食です。
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昼食は海鮮丼は良かったですが、揚げ物が多いのと漬物の安っぽさが気になりました。
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瀬戸田港に到着しました。
ここから、シースピカに乗船して瀬戸内の島を巡ります。 -
多々羅大橋が遠くに見えます。
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中央に見える灯台は、広島県竹原市に属する大久野島灯台です。
難所とされる「来島海峡」を避けるための航路に置かれた航路標識の1つで、現在のものは2代目だそうです。 -
大久野島に到着しました。
SEA SPICAから下船して島内を散策します。 -
第二次世界大戦中に設立された毒ガス研究所跡の資料館です。
毒ガスの製造方法と効果を記録した写真や、毒ガス関係の機器が展示されています。 -
大久野島には、約700匹のアナウサギが暮らしています。
きっかけは、1971年に小学校で飼えなくなったアナウサギを放したことによります。
また、毒ガスの実験用のウサギの子孫が島に住んでいる可能性もあります。
放つ前に野犬やネコを駆除し、天敵のいない温暖な気候という好条件がそろったことで、1年半ほどで200匹にまで増えたと言われています。 -
瀬戸内海に浮かぶ大久野島唯一の宿泊施設が休暇村です。
休暇村には、ラドンを含み神経痛や冷え症、疲労回復などの効能がある温泉があるそうです。 -
再び、SEA SPICAに乗って瀬戸内海を航行します。
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静かな海を多くの船が航行しています。
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大崎下島に到着しました。
大崎下島は瀬戸内海の中心部の下大崎群島のひとつです。
瀬戸内海が交通往来の中心だった江戸時代より、天然の良港とされていた御手洗は、人と情報が集まる要衝地として、18世紀に入って急速に発展しました。
遊郭や茶屋の面影を残す「御手洗町並み保存地区」は、伝統的建造物群保存地区に指定されています。 -
御手洗地区は17世紀の中頃形成されて以来、江戸時代の約200年間を経て昭和初期に至るまで、瀬戸内海交通の中継港として栄えました。
時代時代に応じた発展を示し、その痕跡を今も集落内に留めています。
「駄菓子屋玩具ミュージアム 御手洗昭和館」の看板を掲げた建物は、昭和の時代の駄菓子やおもちゃを集めた店です。 -
「乙女座」は、昭和12(1937)年に劇場として建設され、戦後も昭和30年代まで町の映画館として親しまれていました。
その後、選果場へ転用されましたが、2002年に元の姿に復元されました。 -
乙女座の館内は畳敷きという和の風情たっぷりの空間です。
昭和を感じる映画のポスターが、古き時代を思い起こしてくれます。 -
元薩摩藩船宿「脇屋」。
「建築年代は1818~1830の文政年間と推測される。土間の間口が二間と幅が広い点は十八世紀の町家の伝統を継ぐものである。表構えを千本格子の出窓にする点など西日本の町家の定形に近づいている。」との説明があります。 -
中世の石垣が残る満舟寺。
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大崎下島では藩公認の遊郭も作られ、多いときは4軒の遊郭があり、花魁(おいらん)道中も行われていました。
最大の遊郭「若胡屋(わかえびすや)」では約100人の遊女を抱えていたそうです。
この若胡屋は、遊郭としての役目を 終えたあと、寺院となり、その後内部を改装して公民館となり、今も祭事やイベントなどに使用されています。 -
1775年に創建された「御手洗天満宮」。
この地区の「御手洗」という地名は、この神社に関係があり、菅原道真が太宰府に流される途中にこの地へ立ち寄り、手を洗ったことに起因すると言われています。 -
境内では道真公の歌碑や「菅公の井戸」など、道真に関するものがたくさんあります。
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御手洗の町並みを抜けて港へ戻ります。
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町のガイドの方に見送られて、出港しました。
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豊島大橋が遠くに見えます。
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音戸大橋に差し掛かりました。
SEA PASEOと名の着いた船とすれ違いました。 -
第2音戸大橋の下をくぐり抜けました。
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大きな艦船が見えます。
海上自衛隊呉基地のようです。 -
海上自衛隊護衛艦「かが」です。
近くで見ると巨大な船です。 -
護衛艦とは名ばかりで、空母であることがよく分かります。
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潜水艦救難艦「ちはや」は海中で遭難・浮上不能になった潜水艦の乗員救助の任に当たる艦です。
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桟橋に潜水艦が係留されています。
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乗組員がこちらに向かって手を振ってくれました。
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2日目の宿、グランドプリンスホテル広島です。
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ホテル玄関のそばに、2023年5月19日~21日の期間、グランドプリンスホテル広島をメイン会場として開催された「G7広島サミット」ロゴのオブジェが設置されていました。
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ロビー水盤アトリウムにも、G7広島サミットのロゴデザインに使われている「7色の折り紙」をイメージした華やかなデザインで彩られた柱やG7広島サミットロゴのオブジェが設置されていました。
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部屋は細長い形でちょっと狭く感じられます。
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部屋からの眺めです。
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2日目夕食は出発前に選択できたので「ビュッフェ」ではなく、「中華」を選択。
中華前菜盛り合わせとビール。
ビールは1430円と高い。 -
広島ハーブ鶏ともずくのスープ。
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「ホタテと春雨の蒸し物」と「酢豚」。
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五目チャーハン。
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チャイナスイーツ。
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6月22日(土)
天気は薄曇りです。 -
朝食。
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3日目の観光に出発します。
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「アレイからすこじま」は潜水艦を間近で見ることができる公園で、海上自衛隊の潜水艦と護衛艦がイカリを下ろしています。
昨日、海上から見た艦船を陸側から見る形になります。
ここはその昔、呉が海軍の本拠地だったことを偲ばせるエリアです。
今はだれでも自由に散策を楽しめる公園になっています。 -
「アレイからすこじま」の名前の由来は、呉浦にあった周囲30~40mの「からすこじま」(大正時代に魚雷発射訓練場として埋立て済み)という小島の名称と、英語の小道(アレイ)からきたものだそうです。
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安芸灘大橋を渡って下蒲刈島(しもかまがりじま)へ向かいます。
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松濤園に到着しました。
「松濤園」は、三之瀬瀬戸の急潮を借景に、松を主樹としたみどり豊かな落ち着きのある庭園で、下蒲刈島の歴史と文化を紹介しています。 -
園内には、朝鮮通信使の歴史を紹介する「朝鮮通信使資料館 御馳走一番館」、古伊万里の名品を展示した「陶磁器館」、世界中の灯火器コレクションを楽しめる「明かりの館」、江戸時代に下蒲刈島にあった御番所を復元した「蒲刈島御番所」があります。
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「陶磁器館」に入りました。
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館内には初期伊万里から初期色絵(古九谷様式)、柿右衛門様式、鍋島様式等の名品が揃います。
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柿右衛門様式では婦人像が多く作られています。
本作はその中でも代表的な姿で、片手で襟を持ち、微笑む姿をしています。 -
奥に見える建物は、朝鮮通信使資料館「御馳走一番館」です。
この資料館は明治中頃に建てられた富山県砺波地方の代表的な商家造りである「有川邸」を移築したもので石置き屋根に豪壮な井桁組を持つ重厚な建物です。 -
こちらの店で昼食です。
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店の前に紫陽花がきれいに咲いていました。
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魚料理が多くて嬉しい昼食。
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雨が降り出しました。
豊島大橋を渡って豊島へ。 -
豊浜大橋を渡って豊島から大崎下島へ。
天気が悪いせいか、ほとんど車は走っていません。 -
岡村大橋を渡り大崎下島から岡村島へ向かいます。
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岡村港からフェリーに乗り、1時間の船旅です。
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来島海峡 第三大橋の下を通り抜けます。
小さな渦が見えました。 -
四国の今治港に到着です。
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3日目の宿は今治国際ホテルです。
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部屋の広さもベッドサイズも充分でした。
大浴場と「天然今治温泉」の露天風呂があり、備品も揃っていて、さすが4つ星ホテル。 -
部屋から瀬戸内海が望めます。
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雨が降る中、近くの今治城へ出かけました。
関ヶ原の戦いでの戦功により伊予半国20万石を領した藤堂高虎が、瀬戸内海に面した海岸に築いた大規模な平城です。
現在でも城の中心部の石垣と広大な内堀がほぼ完全な形で残っています。
堀は海水が出入りする構造になっていて、海の魚を見ることもあるそうです。 -
山里門から城内に入ります。
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天守最上階は360度の展望台で、宿泊する今治国際ホテルが見えています。
1980年以降に天守や櫓、鉄御門などの再建がされましたが、今治城の天守は築城当時に建造されたか否かが確定されていないそうです。
藤堂家の家譜『宗国史』巻二には「城中に五層の高楼を建て、府下を五街に開き」と記述されていますが、敷地内に天守の遺構が確認されていないからだそうです。 -
晴れていれば、このように見えるようです。
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瀬戸内海方面です。
微かに海と亀老山が見えています。 -
晴れていれば、このように見えるようです。
きれいな瀬戸内の海や亀老山が見たかったです。 -
「吹揚神社」は、今治城内に鎮座する神社です。
廃藩にあたって、住古より今治市内に鎮座していた神明宮・倉敷八幡宮・厳島神社・夷宮の四社を合同社殿として1973年11月19日に遷座し、今治城の旧名称から「吹揚神社」と称されました。
現在、境内には天照大御神を祀る本殿のほか、吹揚稲荷神社・麁香神社・土居神社・住吉神社が鎮座しています。 -
城の前には、高い台座の上に馬にまたがった藤堂高虎公像があります。
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鉄御門と呼ばれる二の丸の表門。
巨大な枡形や付随する多聞櫓によって厳重に守られていました。
枡形に侵入した敵兵に対し、門の三方向から攻撃できる構造になっていました。
中央に据えられたのは、今治城で最大の石「勘兵衛石」です。
今治城の築城奉行と伝わる渡辺勘兵衛に因んだものです。 -
夕食はホテルのレストランで。
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パンにスープ。
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小さなアワビ。
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メインのステーキ。
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デザートとコーヒ。
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6月23日(日)
朝食です。
いつもながら、盛り付け方が汚いな。
何度も取りに行くのが面倒なので、目一杯取るからだけど。 -
盛り付けは余り見ずに、きれいな庭を見ながらの食事をします。
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部屋に戻って、荷物をまとめます。
今日も天気は冴えません。 -
8:15にホテルを出て、来島海峡サービスエリアで休憩です。
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これから渡る来島海峡大橋が霞んでいます。
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来島海峡大橋を渡ります。
天気が悪いせいか、道路は空いています。 -
亀老山展望公園へ向かいます。
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標高301.1mの亀老山展望公園は、大島の南端に位置し、瀬戸内海国立公園に指定されています。
パノラマ展望台ブリッジからは、世界初三連吊橋「来島海峡大橋」と日本三大急潮のひとつ「来島海峡」の潮流を眺める事が出来ます。
晴れていれば、西日本最高峰「石鎚山」も見えるようです。 -
強い雨の中、大三島ICで国道317号線を降ります。
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愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶしまなみ海道の中心、芸予諸島最大の島である大三島に大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)はあります。
幸い、雨は小降りとなってきました。 -
斎田(さいでん)と名のついた田んぼがありました。
大山祗神社伝統の神事 御田植祭(旧暦5月5日)と抜穂祭(旧暦9月9日)はこの神田に於いて行われます。 -
立派な総門を潜ります。
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本殿正面にそびえる御神木は「小千命-おちのみこと(乎知命)御手植の楠」と呼ばれ、大山積大神の子孫「小千命」によって植えられたと伝えられるものです。
その時代は神武天皇東征前と云われ、樹齢は2600年あまりだそうです。 -
神門を通って、拝殿へ。
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大山祇神社拝殿は国指定重要文化財。
唐破風付き向拝(こうはい)で、向拝とは、仏堂や社殿の屋根が正面の階段上に張り出した部分で、参拝者が礼拝する場所です。
屋根は檜皮葺です。 -
拝殿前で参拝します。
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大山祇神社本殿は国指定重要文化財。
三間社流造りは屋根がゆるやかな反りをもって流れるように延びている建築です。
木材は朱色の丹塗りで先端部は白い胡粉塗り(ごふんぬり)です。
屋根は檜皮葺きで、室町初期に再建されたものです。 -
多々羅大橋を渡り、生口島へ。
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生口橋を渡り、因島へ。
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因島の風景です。
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因島大橋を渡って、向島へ。
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向島にある西瀬戸自動車道の本線料金所を通過します。
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尾道あたりかな?
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岡山方面へ進みます。
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福山サービスエリアで休憩と昼食です。
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サービスエリア内にバラ園があり、様々な種類のバラが咲いていました。
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昼食はツアーで用意されないのでSA内で取りました。
「どんぶりゆめふく」という店で瀬戸内丼を注文しました。
瀬戸内の鯛を使用した一品で、しらすと卵をまぜて食べました。 -
この後、伊丹空港を経由して新大坂駅から新幹線で静岡へ戻りました。
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夕食は22時近くになったので、静岡駅にある寿司店で済ませました。
梅雨時期の旅行で、天気が優れないのは仕方が無いですが、また時期を見て瀬戸内を旅してみたいです。
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