1994/08/07 - 1994/08/16
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ふーてんナッツさん
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1994年8月に中国の内モンゴル自治区を旅行しました。無計画で北京に着いてから何気なくフフホト(呼和浩特)行きの列車に乗って、最終的に行き着いた場所は輝騰錫勒草原というところ。面白い旅行でした。
<旅程>
8/7:成田-(飛)→北京(泊)
8/8:北京観光(泊)
8/9:北京-(寝台列車)→フフホトへ(車中泊)
8/10:フフホト着-(軽四輪)→輝騰錫勒草原(泊)
8/11:輝騰錫勒草原(泊)
8/12:輝騰錫勒草原(泊)
8/13:輝騰錫勒草原-(軽四輪)→フフホト(泊)
8/14:フフホト-(飛)→上海(泊)
8/15:上海観光(泊)
8/16:上海-(飛)→成田
文は当時付けていた旅行日記より抜粋。(文と写真は必ずしも一致しない)
「2年3ヶ月ぶりに中国へ行くことにした。アサヒワールドという旅行会社でVISA付で9.1万円。成田発北京IN上海OUTで、UA便利用。」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国国際航空 ユナイテッド航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「8月7日(日)、成田PM6時発UA853便に乗るべく、午後1時過ぎに家を出る。気温が高く、東京の最高気温が39.1°、最低気温が29.4°と最高記録を更新し続けている。飛行機は定刻に飛び立ち、中国時間の9:20に北京着。(今年の中国は夏時間を使っていないので、日本との時差は1時間)
通関~両替(1元=約12円弱)を済まして公共汽車(12元)で西単に到着。
そこまでは良かったのだが、燕京飯店へ行こうとして乗ったバス(3角)がいつの間にか北の方へ行って、また戻ったり、最終的にタクシーを使って北京南駅近くの国際学生飯店のドミトリーに35元で泊まった。」
*写真は北京南駅周辺。 -
「それにしても最近の円高にもかかわらず、北京のホテル代は高くなってしまっている。以前は燕京、新橋ホテルなどは日本円で1泊2,000円くらいだったのが、今では5,000~8,000円程もする。USドルに換算すると5倍くらいになっているのではないだろうか。」
*当時は円高だった。 -
「新しいビルも次々と建てられているし、人民服を着ている人など全く見かけない。マクドナルとケンタッキーがやたらと目につく。以前、北京の崇文門でビールを飲んで、北京ダックなどを食べて200円ちょっとだったのが、夢物語となってしまった。
ドミトリーでは韓国人の男性1人と女性2人が入ってきた。なんと白頭山に登ってきたとのこと。」
*写真はたぶん北京駅前の混沌ぶり。 -
「8月8日(月)、7時起床。昨晩は火車の汽笛と2段ベッドの揺れでよく眠れなかった。同室の韓国人と金日成の話をして面白かった。彼らは今日が最終日で、雨ガッパをくれた。
涼しいであろう内モンゴルのフフホトへでも行こうと思い立って、切符を買いに北京南駅へ行ってみたが、長い人の列が出来ていてやめた。道端の露天で焼きそばとお茶の朝食を食べて引き返す。
偶然行き先が同じだった日本人の二人連れとタクシーで北京駅まで行く(1人10元)。外国人用の窓口(相変わらずの混沌とした列のない状態だった)で明後日のフフホト行きの263次の硬臥を68元で買えた。持ってきていた昔の時刻表が役に立った。」 -
「今日もう1泊しなくてはならないので、少し高いが崇文門の225.5元の社科賓館というところに泊まることにした。疲れて午後3時頃ひと眠りする。
午後6時頃、韓国人から貰った雨ガッパを着て、バス(1角)で王府井へ繰り出す。今日は朝飯しか食っていないので、奮発して東来順の羊肉しゃぶしゃぶか全聚徳の北京ダックでも食べようと思っていたが、両店とも工事中で閉まっていた。仕方なくマクドナルドでダブルバーガーと紅茶とサンディエを食べる。(15.4元)」
*写真は北京駅内の地下通路かな? -
「帰り、バスで北京駅へ戻ったら、なんと朝ドミトリーで別れた韓国アガシ達の元気のいい声に呼び止められた。韓国語で捲し立てられて、どうやら列車に乗り遅れたらしい。それで夜中の1時発の列車に乗ると言っているようだ。
駅前の食堂で水餃(4元)とビールの大瓶(2.5元)を飲食する。ビールの大瓶がマックのコーヒー1杯と同じ値段。その後、雨の中地鉄で崇文門の賓館へ戻る。
日本は日照り続きで水不足だというのに、北京は大粒の雨が降って少し寒いくらいだ。」 -
「8月9日(火)、6時起床。6:30より地下鉄で前門駅へ行って(5角)そこから天安門広場へ。広場の周りは柵で囲まれていて行きにくくなっていた。石畳も結構傷んでいて昔ほどの感動はなかった。その後、前門大街周辺を散策して地下鉄で終点の苹果園まで行ってみたが、何も無かった。」
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「12時にホテルをチェックアウトして北京駅前の店で麺を食べ、待合室で待っていたら、昨日ドミトリーで一緒だった韓国人青年に呼び止められ(延世大学生だった)、韓国版地球の歩き方など見せてもらう。彼は西安へ行くそうだ。
北京15:10発フフホト行き263次には、北大の日本人学生、昨日タクシーで北京南駅から北京駅へ乗り合わせた日本人学生と一緒になった。彼らの硬臥の切符の値段を聞いてみると140元以上だったが、自分は68元、どうやら自分は中国人と同じ値段で買えたのかもしれない。」
*当時の中国での通貨は、外国人は兌換券という外国人専用の紙幣を使う事になっていたが、当方は前の旅行の時に闇で両替した人民元で支払ったので、中国人と間違われたのかもしれません。 -
「8月10日(水)、早朝4時半頃フフホト着。真っ暗な駅だ。下車すると早速旅行者の人につかまった。日本人4人で旅行者の事務所へ行き、香港人8人のグループと一緒に大草原ツアーに行こうとしたが、我々は輝騰錫勒草原の2泊3日ツアー、彼らは別のところへ1泊2日へ行きたいというので折り合いがつかず、結局別々になった。そのうち日本人2日も別の旅行社へ行くことになり、我々日本人2人のみで輝騰錫勒草原へ行くことになった。
また、上海から出国なので復路は上海まで行かねばならないのだが、列車だと北京経由で36時間以上もかかることが判明したので、やむなく12日の飛行便を旅行社に1,200元で取ってもらうことにした。」
*列車からの車窓か。 -
「輝騰錫勒草原へはオンボロ軽四ワンボックスで9:40に出発、道は舗装されていなくて揺れるは揺れるは、そんな中で居眠りしながら、哈さんという大学4年のアルバイトガイドと一緒に11時過ぎに到着。」
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「昼飯を食べて、台湾に留学しているというマレーシア人学生2人と車で大きな谷間へ行き、そこで5時まで過ごす。(40元)」
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*知り合って一緒に旅した北大生のK君と。
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「夜になって夕食を食べて、キャンプファイヤーやDISCOで盛り上がる。11時ごろそれまで降っていた雨も上がり、そして新たに団体客が来たということで我々は隣の安っぽいゲル(パオ)に移される。湿った布団の中でなんとか眠りにつく。」
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*大きなゲル(パオ)内での様子。モンゴル式で、一気に飲み干す。
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「8月11日(木)、6時に起床。起きてすぐ馬に乗って近くの湖まで2時間半のツアーに参加。(100元)
朝食を食べていると、成田発のUA機に乗り合わせた緑のスカーフを巻いた植林ボランティアの連中がいる事に気がついて色々話す。北京に留学しているという韓国人もいる。朝食はモンゴルの家でバターや牛乳の入ったお茶なども頂く。
その後、日本人4人(おばさん3人おじいさん1人)グループと一緒に行動する事になる。彼らも内蒙古藍天旅行社ツアーの人達で、我々より早い朝7時頃に出発したそうな。値段は375元だそうだ。」 -
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*K君とガイドの哈さんと。
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*寒そう。
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「午後より、近くの小山へ行き、石の積んである小山を3周してお祈りしたりする。草原には色とりどりの小さな花がちょうどいい具合に散らばって咲いていて、とても綺麗。そんな中、日本のおばさん達が持ってきたスイカやウリをご馳走になる。彼女達は中国語が上手で、特に住吉さんという方はペラペラ。聞くと大阪の中国語研究会会長だということで納得。その後、モンゴル人対日本人のサッカーをやったりして過ごす。」
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「夕食は日本人6人、運転手、ガイドと白酒を飲んで、大いに盛り上がった。その後、カラオケ大会、DISCO大会となって外に出て空を見上げれば満天の星。光のない真っ暗闇の大草原の中を歩いて行き、しばし大の字になって寝転んで、星を見てた。
楽しくて来て良かったー!」 -
*大阪の中国語研究会の方々。
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*草原にきのこがたくさん生えていて、現地の人がそれを摘んで料理して食事に出してくれたのを思い出しました。
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*K君と大阪の中国語研究会の方々と食卓を囲む。
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*カラオケ大会。
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「8月12日(金)、5:40起床。外に出ると、太陽が地平線から出たばかり。寒い中、1人草原を散歩する。」
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「朝食後、モンゴル相撲をやったが彼らは強い!あっという間に裏返しにされた。
昨日のサッカーもそうだが、海抜2,300mなので、運動するとすぐに息が上がり、酒を飲むとすぐに酔っ払って赤くなる。」 -
「その後、オンボロ軽四でフフホトへ戻ると途中から大雨。八瞬という飯店の隣のホテルにおじいさんと同室でチェックイン。(35元)」
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「その後、とても美味しい中国料理を頂いて、大雨で街中が水で溢れ、止まってしまっている車があちこちにある中、五塔寺、ラマ教の寺院へ行く。王昭君の墓は大雨で行けなかった。」
金剛座舎利宝塔 寺院・教会
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「夕方、黒田君が北京行きの列車に乗るのを駅まで見送りに行き、帰りに地図、絵葉書、スイカ(3.2元)を買う。
夕食はおばさん達が作ってくれたお粥を頂く。とても美味しかった。住吉さんは足の捻挫でダウン。」 -
「8月13日(土)、8時過ぎに起床。隣のベッドのおじいさんのいびきと咳でよく眠れなかった。何もする事がなく、日記と絵葉書を書いて郵便局まで出しに行く。その足で博物館と人民公園を廻る。朝食はブドウとヨーグルト。帰りはバスで帰る。
その後、おばさん達に付き合って、郵便局へ電話しに行ったり、靴下を買いに行ったり、飯店で中華料理を食べてビールを飲んで過ごす。フフホトNo1と言われる昭君ホテルの17階に上がって夕日の沈むのを見たり、ピアノを聞いたり。
明日、朝早いので、ホテルのチェックアウトを済ませておく。(45元/日)」 -
*ここはホテル近くの土貴山公園内にあった池かな?
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*黄旗海という湖か?
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「8月14日(日)、5:20起床。支度をしてホテルの部屋を出たら、昨日予約していたタクシーの運ちゃんが廊下で待っていた。
空港までノロノロ40分かけて行き(40元)、着いたら誰もいない。そのうちチラホラ人が来て、7時頃にチェックイン。」フフホト白塔国際空港 (HET) 空港
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「絶好の好天気で、定刻通り中国国際航空1553便上海行きは8:05頃離陸。古いソ連製の機体は座席がとても狭い。」
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「約2.5時間の飛行で上海着。暑い。
公共汽車505で人民公園まで行き(2.5元)、そこからタクシーで浦江飯店へ。」
*由緒あるこのホテルは現在もう無いようだ。 -
「非常にラッキーなことに、1軒目でドミトリーが取れた。(45元/日)」
*ドミトリーの部屋の様子。 -
「同室の学生4人と昼飯を食いに行き、ついでに自然博物館を訪れる。
夕刻にフフホトで住吉さんに頼まれていた封筒をホテル前の郵便ポストに投函する。その後また5人で雑技場へ行ったら、これまたラッキーなことに20元の外野席が取れた。面白かった。
その後、ケンタッキーに寄って、10時半頃ホテル着。」 -
*おそらく夜の外灘。当時は煌びやかさはありませんでした。。
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「8月15日(月)、朝4時頃腹に異常を覚えて起きた。その後、10回ほどトイレへ行き、薬を飲んで寝て10時半頃起床。
37番バスで南京路へ行き、上海風呂を浴びるべく浴徳池へ行く。新しくなっていて、最低料金がなんと160元!そこはパスして、北京路と西蔵路の交差点の三角地帯にある大観園というところで垢すりとマッサージと足の爪切りをしてもらい、冷房の効いた部屋で1時間ほど昼寝をして57元。満足。
その後、南京路で買い物と外灘見物、ファストフード店で飯食ってタクシーでホテルに戻る。(10.7元)下痢のせいで、モーレツに喉が渇いてお茶をがぶ飲みしてしまう。」 -
*昼の外灘。
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「8月16日(火)、5時半起床。
荷物をまとめて7時にチェックアウト。人民広場から505公共汽車で上海空港へ。朝のラッシュで道路はとても混雑していたが、8:45頃上海紅橋空港に到着。この空港は以前O氏と来た時と比べて新しくなっていた。但し、免税店が少なく、買いたかった中国のミュージックテープが買えず。昨日買っておけば良かった。
機は定刻通り11時に出発、3時間半程で3時半頃に成田着。
今回の旅行はとても面白かった。日本の学生が多かったのと、韓国人旅行者が増えた印象がありました。」
*この年1994年11月完成間近の上海TV塔(東方明珠電視塔)が聳え立つ以外は、高層ビルがありませんでした。
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