2024/06/15 - 2024/06/15
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emi_uさん
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この旅行記のスケジュール
2024/06/15
この旅行記スケジュールを元に
ご覧いただきまして、ありがとうございます。
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8:50 高尾駅
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駅のパン屋さんがおいしそだったので、帰りに寄ろうと思ったけど、反対口に戻ってきてしまったため、結局行き損ねた
お店の前の屋根の梁にはツバメの巣があって、にぎやかだ
お店のドアにも頭上注意の貼紙 -
北口に降り立つ
駅から延びる高尾街道を北上高尾駅 (東京都) 駅
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10分ほどで多摩森林科学園に差し掛かる
坂になっていて、振り返ると駅まで見渡せる -
「廿里古戦場」の看板
武田信玄軍が小田原城・北条氏康を攻める中、武田軍の岩殿城・小山田信茂は滝山城・北条氏照へと攻め込んだ
1569年10月1日、氏照の家臣、横地監物、中山勘解由、布施出羽守らがこの付近で迎え撃つも、一戦にして敗れたという
「廿里(とどり)」はこの付近の町名として残る
”廿”は二十の意味だが、1里=4km
どこから80km?と思ったら、古くは京都から百里(400km)であることを、中国式に「十十里」と書いて「とどり」と読み、表記は「十十」で「廿」となったようだ -
城山大橋の交差点で「八王子城跡」の看板に従って左折
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知らない道をただただ歩いていると、大したことないことも気に留まる
きれいな大きい花が、珍しいアジサイ?と思いパシャリ
カシワバアジサイだと思う
それと知って気にしていると、近場でもまぁまぁ見かける -
中央自動車道のガード下には八王子城跡一帯の案内がある
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中央自動車道を越えて100m足らずで八王子城跡入口交差点
駅前にも石材店があったが、八王子霊園に向かう道だけあって、ここに極まれり
五差路のすべての角に石材店!
ここを左に入る -
八王子霊園南門を過ぎると、宗関寺
延喜年間(901-923年)開山とされ、1564年に八王子城主・北条氏照が舜悦を招聘し再興
1590年には豊臣秀吉の小田原攻めで焼失、氏照切腹
しかし1592年、舜悦が氏照の菩提を弔うために再々興
もとはこの後行く氏照のお墓の近くにあったが、1892年にここに移転した -
すぐそばに案内図がある
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宗関寺からさらに5分ほど、標識の軸に「北条氏照および家臣墓 約十分」
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標識の向かいの方へ右折
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緑の中の道を歩いていくと、
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階段の下までは標識から3分ほどで到着
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階段脇の斜面は曲輪を思わせるが、ここは元は宗関寺はあったものの、城址ではない
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階段も162段あるが、数分で上れるので、標識から10分はかからない
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9:50 氏照の墓に到着
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「北條陸奥守氏照」の文字が見える
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北条早雲の孫・氏康、その子の氏照
1590年豊臣勢・前田利家、上杉景勝により八王子城は陥落し、兄・氏政とともに切腹を命じられた
現在の供養塔は氏照の家臣で最後まで八王子城で防戦していた中山勘解由の孫・水戸藩家老中山信治が死後100年供養のために建てた
300年以上が経過している -
墓参を終えたら階段を下り、手前の丘を登ると八王子城へのショートカットと地元民のおじさんが教えてくれた
立入禁止の札の手前を登っていくと、 -
程なく、竹林越しにバスの回転場が見えてくる
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氏照のお墓の階段下から5分もかからず
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9:55 八王子城跡(の標柱)に到着
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まず最初に「八王子城跡ガイダンス施設」
ここで10分ほど、お手洗いに行ったり、八王子城について学んだり
本当はもっと八王子城について学びたい気持ちもありつつ、この後の行程を思い出発八王子城跡ガイダンス施設 名所・史跡
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北条早雲が1500年ごろから小田原へ進出してから、
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5代氏直までの北条氏(後北条氏)の領地の広がりが見られる
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滝山合戦(1569)
攻:武田信玄、武田勝頼(信玄の子)
守:北条氏照(氏康の三男)、師岡山城
師岡山城の迎え撃ちに遭った武田軍、軍を引いて小田原城へと方向を変えた -
武州八王子合戦(1590)
攻:前田利家、上杉景勝
守:中山勘解由左衛門家範、狩野主膳入道一庵
八王子城は主・北条氏照が小田原にいた6/23に攻め込まれた
利家は中山、狩野両名を味方にしたいと思うほどだったが、2人は自刃
利家は2人の命を惜しみ、徳川家康は両名の忠義に感動し、後に2人の子を家臣に召し抱えたという -
ガイダンス施設の裏の小高い「エントランス広場」にはこの付近の屋外模型がある
現在地がてるてる坊主のスタンプが見下ろすあたり
この一帯、山の麓にかけて八王子城に関連するものが広がっており、そこへの"エントランス"広場ということなのだろう
今回はこの奥にある御主殿跡まで行ったら、てるてる坊主まで戻って、今度は山を登って流れ星のスタンプ、富士見台まで行って、向かって左側へ抜けて高尾駅に戻る -
奥に進むと管理棟があり、ここにもお手洗いがある
管理棟の前には解説の陶板がある -
この先も点々と解説の陶板が置かれている
また、無料のガイドツアーもここからスタートする
http://tensho18.jp/k_gide.html
八王子神社までの山道は気を遣わず自分のペースで行きたいので今回は申し込まなかった
ただ、麓のエリアではガイド同伴でのみ入れるエリアがあったり、八王子神社付近でツアーをっ見かけたが、知らずに見過ごすところを教えてもらえる -
10:20頃 散策開始
歩き始めて早々に、モネの絵画に出てきそうな、風情のある橋
そしてこの辺り、どうもバードウォッチャーが多い
立派なカメラを担いでいる人がけっこういるので、静かに行こう -
左手に少し開けたところが見える
直進もできるが、どちらから行くかというだけの話
左手から回ることにした -
開けた場所の突き当りには大手門跡の看板
昭和63年の調査で門の礎石は敷石が見つかり、この辺りが八王子城の正面口だったと考えらえているが、現在は埋め戻されている -
この先、古道に入っていく
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戦国時代はここから御主殿へ入った
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曳橋(ひきはし)
当時の技術を使って再現が試みられた
当時は簡単な橋をかけ、それを壊すことで敵の侵入を防いだと思われる -
橋を渡るともう御主殿跡は目前
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この辺りは当時のままの石垣が残っているらしい
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そして、虎口(こぐち)
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曲輪の出入口であり、侵入しづらいよう、直進できない
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冠木門(かぶらぎもん)
こちらは再現ではなく、イメージして建てられたもののよう八王子城跡 名所・史跡
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御主殿(ごしゅでん)跡
北条氏照の館などがあった場所
落城後は幕府直轄領や国有林であり、当時のまま残っていたようだ -
ほぼ野っぱらではあるが、
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水路跡などが見られる
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南側、城山川の方から御主殿跡を出る
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もちろんこちらから入ることもできる
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そこからすぐ、城山川沿いに御主殿の滝がある
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これは水の少ない時期のようだ
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八王子城落城の際に、武将などが上流で自刃し身投げしたことで、川は三日三晩血に染まったという
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曳橋をくぐって戻る
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管理棟まで戻り、管理棟の右の脇から山登りを始める
後から地図を見たところ、管理棟の左の脇から行かないと金子曲輪は見られなかったのかもしれない
目指すは八王子神社、本丸跡 -
鳥居をくぐる
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一応、金子曲輪はこの辺りのはずなのだが、よくわからない
この崖の下か? -
金子三郎左衛門家重が守っていたといわれる
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7合目の標識から数分で、
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8合目、柵門(さくもん)跡に到着
案内板が立っている割に、ここに柵門と呼ばれる門が立っていたということ以外に由来などはわからないらしい
腰掛ける場所があったので、ここで一休み -
柵門は山頂の本丸方面へ続く道の尾根上に築かれた(案内板)、というだけあって、いい景色を垣間見ることができる
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こんな開けたところも
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登り始めて45分ほど、八王子神社が見えてきた
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と、その前にこの周りにある曲輪の案内
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倉庫のような建物の奥に「小宮曲輪入口」の標識が見えたので、先にそちらへ
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数分で小宮曲輪に辿り着く
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振り返ると一応歩いた跡があるように見える
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狛犬が残っている
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左手の先が落ちてしまったようだが、その手も残っている
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狩野一庵(かのういちあん)が守っていたといわれる曲輪
1590年6月23日に上杉景勝に落とされたといわれる -
奥にはお稲荷さんらしきもの
これを祀っていたから狛犬がいたのかな
さらに奥に進んでいくと・・・ -
八王子神社
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八王子神社は、八王子市の名の由来と言われている
延喜16(916)年、妙行という僧が庵を立て、牛頭天王と8人の王子を祀って「八王子権現」と称したことがハ王子神社の由緒だと伝わる
北条氏照がこの地に城を築いた際に、守護神として八王子権現を祀ったことで、この城が「ハ王子城」と呼ばれるようになる
江戸時代末期に建てられた社殿があり、「八王子」と書かれた扁額が掲げられていた -
横から見ると、大仏を囲う大仏殿のように、本殿を建屋が立派に覆っているのがよくわかる
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向かいにはイロハモミジ
大きいなぁ -
こちら、天狗さん
高尾山にも通じる当地、天狗伝説がここにもあるようだ -
氏照の時代からあるといわれる井戸
尤もいまは蓋がされているが -
さて、神社右手の山道から、本丸跡を目指す
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本丸跡
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あまり広くないので、天守閣などはなかったと考えられている
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横地監物吉信が守備したと言われる
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草ぼーぼーの道を通って、
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こちらは松木曲輪
中山勘解由家範が守っていたといわれる
1590年6月23日、前田利家によって落とされた -
開けていて、座るところもある
ちょうど12時くらいだったので、ここで一休み -
高尾山のケーブルカーの駅も見える
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八王子城と曲輪などの図もある
12時半前に松木曲輪を出発 -
ビニールシートに覆われた古井戸
松木曲輪の案内板で近くにあると書いてあった「坎井(かんせい)」と呼ばれる井戸がこれか? -
次に目指すは富士見台
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松木曲輪から20分程度で「詰の城(つめのしろ)」に到着
一般的に詰の城とは、平地にある日常を送る館と別に、戦に向けた設備を有する、山の奥に置かれたもの -
富士見台はもう少し先
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堂所山ってこないだ行ったよなぁと思いながら歩いていくと、
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13時過ぎ、富士見台到着
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標高556mのようだ
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富士見台というからには富士山が見えるのかと思ったが・・・
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これは一応稜線か?
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富士見台から15分ほど
熊笹山 標高530m -
とはいえ、"山頂感"は薄い
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13:50頃、そろそろ終盤
高尾駅方面を目指す -
14時、手作り感満載の標識
「太鼓曲輪の尾根」 -
この辺りを称して、太鼓曲輪の尾根、なのかな?
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出た、すごい根っこ
歩きにくいけど、生命力を感じるところでもある -
14:20 愛宕地蔵尊
標高 358m -
最後の最後は飽きてきて、鮮やかさが目を引くキノコの写真を撮り始める
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地味なのも
是なら食べられるだろうか、絶対食べないけど -
赤いのも毒々しい
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これはたぶんヒロイタケ
特段毒があるわけではないようだが、食用ではない -
14時半過ぎ、不意に車の音が聞こえ、木の間にトラックが見える
目の前は中央自動車道 -
ハイキングコースの出口
逆から入ればここが入口になるので、表示がある -
木の立て札も
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だが、こんな感じでひっそり表示されているので、自分は見落とす自信がある
とにもかくにも、ここでコースを終えて、あとは川沿いなんかを歩いて駅を目指す
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