2024/06/04 - 2024/06/04
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TAKEおじさん
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東京ドームの巨人・ロッテ戦を見に行った折に、観戦前に隣にある小石川後楽園を訪れた。
7万平米の広大な敷地に四季折々の花が咲く。
静かな佇まいのひっそりとした公園は、文字通り都会のオアシスを感じさせる。
小石川後楽園は都内に現存する大名庭園の中で最も古く、江戸期を代表する典型的な回遊式庭園。1629年(寛永6年)に水戸徳川家初代藩主頼房が造成を始め、2代藩主光圀(水戸黄門)の代に完成した。
6月は花菖蒲が見事に咲き誇っていた。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通手段
- JRローカル 私鉄
-
東門から入場
2020年に唐門が復元され、東門から入れる様になった。
いつもは西門から入っているが、初めて東門から入った。小石川後楽園 公園・植物園
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東門からが本来
東門が開門することで、本来の作庭意図に沿った観賞が可能となった。
小石川後楽園は、「海・山・川・田園」に見立てた起伏に富んだ景観の中に、日本と中国の景勝地を模した美しい庭園。 -
内庭
水戸藩書院の有った所。内庭と後庭(後楽園)とに分けられる。 -
池の向こうに唐門
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池にはスイレン
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池の中島に橋が架かっている
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唐門
後楽園の正式な入り口。
唐門は昭和20年の空襲により焼失し、基壇と石段、石積のみが残され、復元工事により令和2年12月19日から一般公開された。 -
扁額も
唐門と同様に戦災で失われたが、大正時代の古写真を基に復元された。扁額には、朱舜水の名と落款が記されている。 -
唐門過ぎて後庭(後楽園)へ
ここからが本来の後楽園。 -
都会とは思えない
鬱蒼とした森の中を行く。 -
木曽路
木曽路だそうだ。
木曽川も流れている。
確かに山道を歩いているようだ。 -
木曽川
これが木曽川。
日中の名所を詰め込んだ水戸黄門の庭。 -
白雲台跡
木曽の山道を通り、渓流を超えて、白雲を見る。 -
延段
大小の自然石を組み合わせた中国風の石畳。
延段を歩いて行く。 -
大泉水が見えてきた
徳川家光が設計し、琵琶湖を模した。
後楽園の中心。 -
大泉水
紅葉林から -
大泉水
昔はこの池で舟遊びをした。 -
大泉水 蓬莱島
池の真ん中に蓬莱島。
蓬莱島は、またの名を亀の形から「亀島」と言う。 -
大泉水 蓬莱島
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徳大寺石
亀の頭に据えられた巨大な鏡石は、庭師・徳大寺佐兵衛にちなんで「徳大寺石」。 -
大泉水
趣のある橋が架かっている。 -
ヒメジョン
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駐歩泉の碑
西行の歌「道のべにしみづながるる柳かげ しばしとてこそ立とまりつれ」によるもの。 -
西門入り口
かつては入り口はここだけだった。 -
西門から入ると
目の前に大泉水。 -
涵養亭
再建された茶屋。 -
東京ドームが見える
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一つ松
近江大津の「唐崎の一つ松」を模した。 -
丸屋(まろや)
昔の田舎のわびた茶屋のたたずまいを現している。木陰で休むのに最適である。 -
蓮池
蓮池の先には小慮山。 -
小慮山(しょうろざん)から
廬山は中国の景勝地、京都東山、清水寺の一帯が小廬山と呼ばれており、それを模したのが、小石川後楽園の「小廬山」。
小山にオカメザサが茂っていて、大堰川とともに京都的な雰囲気を醸し出す。 -
通天橋
京都東福寺の通天橋を模した。 -
通天橋から
大堰川(おおいがわ)。
大堰川の名前は、京都の嵐山の下を流れる大堰川から名づけられた。 -
通天橋
京都東福寺の通天橋を模した。 -
音羽の滝
清水寺の「音羽の滝」を模した。 -
大堰川に架かっている「渡月橋」
京都嵐山の「渡月橋」を模した。 -
沢渡り
大堰川を渡る。 -
渡って行く
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渡った
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得仁堂
二代光圀が建てた園内で最古の建物。史記「伯夷列伝」を読み感銘を受け、伯夷、叔斉の木像を安置した堂。 -
円月橋
渡れずに横から見る。 -
円月橋
水面に映る形が満月の様。
明の儒学者、朱舜水による設計と言われている。 -
花菖蒲田が見えて来た
いよいよお目当てのハナショウブ。 -
ハナショウブ
約700株のハナショウブが見ごろを迎えていた。 -
ハナショウブ
白や紫の花菖蒲が見ごろ。 -
ハナショウブ
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ハナショウブ
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ハナショウブ
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ハナショウブ
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ハナショウブ パノラマ撮影で
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ハナショウブ
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ハナショウブ
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神田上水を渡って
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ハナショウブ
藤棚川から -
ハナショウブ
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ハナショウブ
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ベンチに座ってハナショウブ
動画でもお楽しみください。
https://www.youtube.com/watch?v=sHYMR8W5PUU -
梅林
水戸偕楽園里帰りの梅。 -
アジサイもまだ
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丸八屋
江戸時代の風流な酒亭の様子を現した。
この名の由来は、「酒を飲むには昼は九分夜は八分にすべし」と酒のみならず万事控えるを良しとする。 -
丸八屋
内部から花菖蒲。 -
丸八屋から
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異形灯篭
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瘞鷂碑(えいようひ)
鷹の追悼記念碑。
第8代藩主・徳川斉脩(なりのぶ)が鷹の死を悼み1819年11月(文政2年10月)に瘞鷂碑を建立した。 -
赤門
切妻造桟瓦葺の赤門、水戸藩上屋敷の中仕切門。
創建当時の位置に現存する。 -
赤門から内庭へ
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東門に戻った
小石川後楽園の花菖蒲は、期待通りの見ごろだった。
この後、東京ドームへ巨人・ロッテ戦を見に行く。
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