2024/05/27 - 2024/05/27
362位(同エリア2031件中)
愛吉さん
武蔵と相模の国境、小仏峠越え、甲州街道最大の難関区間、距離にして2里5丁を歩きます。
今迄に2度雨天により順延、2ヶ月ぶりの催行になります。
今日も一日どんよりした曇り空、予報では午後から小雨が降ったり止んだりと出ています。
従い装備は足元から合羽迄、雨天の準備を整えての出発です。
しかし幸い降雨には合わず、暑さもなく、頂上付近で持参のおにぎりも食べ、無事に歩く事が出来ました。
道は大半が山道、全くの登山行です。
街道時代は新選組が大砲を曳き、明治天皇が輿に乗って越えた峠です、今の登山道と比較し、どうだったのでしょう。
昔の旅人の苦労を実感する行程でした。
小原宿には江戸時代の本陣がそのまま残っていました。
表紙は小原宿本陣。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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高尾駅からバスで小仏に到着しました。
前回の終着点、本日の始発点となります。 -
道標に従い、小仏峠を目指します。
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歩き始めると直ぐに地元の氏寺宝寿寺があります。
後北条の一族青木氏がこの地に住着き、菩提寺とした寺です。 -
伽藍入口。
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石の参道が続きます。
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参道脇には古い石仏。
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宝寿寺を過ぎると山道となります。
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道は次第に細くなり、傾度を増し、九十九折となって山の奥へと誘います。
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水音がします、覗くと小川が流れ注連縄が。
水垢離場だそうです、左の細い滝に打たれるのです。
山の中とは言え街道脇、修行というより高尾山お参り前の身を清める処と思われます。 -
だいぶ登りました、見晴台があります。
でも未だ東京都。 -
向うに見えるのは八王子の市街でしょうか。
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小仏峠頂上に到着。標高548米。
明治天皇御小憩所跡及び御野立所碑があります。。
左の石碑は太政大臣三条実美公の詩碑。 -
何故か狸の置物。
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又甲州道中歴史案内図も立っています。
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この道は高尾山から来る尾根道、高尾山を起点とする東海自然歩道です。
頂上のここで合流します。
頂上にはかって茶屋が存在し繁盛しましたが今は廃屋。 -
国境を越え相模の国に入りました。
小原宿に向います。 -
道は下りとなります。
写真では平坦な道ですが、写真撮影は場所を選びます、足場を確保し、目印となる道標も入れねばなりません。
現実の登山道は急登急降が多く、又道が荒れ足場の確保にも苦労する山道です。
綱を伝って渡る箇所もありました。
行かれる時は足元に充分ご注意下さい。 -
明るい処に出て来ました、ほっと一息。
写真を写し、地図を確かめます。 -
道脇にこんな看板があります。
浄瑠璃で有名な小栗判官と照手姫の物語。
照手姫出身地が直ぐ其処です。 -
下界に降りて来ました。
上部の赤い橋は中央高速道、左下はJR中央線。
両方共小仏トンネルを抜出た処です。 -
JRのガードを潜るとすぐに国道20号線と合流。
ここに一里塚がありました。 -
20号線を相模湖駅に向かいます。
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道の駅、小原の郷。
日本橋からトンネルを潜って63KM地点になります。 -
これより小原宿の標識。
相模の国、最初の宿場町です。 -
小原宿本陣。
昔のままに残っています。 -
案内板。
神奈川県内に残された唯一の本陣。 -
高札場。
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内部見学は月曜定休、今日は定休日、残念。
門の隙間から覗いてみました。 -
門構え。
流石本陣、鄙には稀な屋敷門。
甲州街道は幕府の避難路、親藩である信州高島、飯田、高遠の三藩しか参勤交代の通行を認めません。
その他の藩は全て中山道経由になります。
三藩の殿様と甲府勤番幕府役人の宿泊場所でした。 -
宿場には当時の面影が残ります。
往時この宿場には旅籠が七軒ありました。
その内の一軒、伊勢屋。 -
小松屋。
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旅籠永楽屋。
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往時は機屋。
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相模湖駅に到着しました、今回の終着点になります。
新宿行の電車が丁度発車する処、飛び乗ります。
隣の高尾駅迄は小仏トンネルを抜けて10分程で到着です。
本日はお疲れさまでした。
終
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