2024/04/19 - 2024/04/19
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satom4traさん
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阪急電車甲陽園駅10時集合→神呪寺(甲山大師、創建827年)→甲山(標高309.4m)→甲山森林公園→関西学院キャンパス正門→甲東園駅 約10km
上り下りがあるので日頃水中歩行ぐらいで歩いていないので、結構足にきたのも歳の所為かベッドで足が引きつることで筋肉に痛みが残る。そんな痛みが疲れから出てきて限界に近かった。因みに一番の高齢であった。
この日は中東情勢などの緊迫から株価が大幅に下げて含み益が減少などの話題などは会話をしたが、参加者は19名だったがこのブログ記載などは話していない。いいなの数を増やすことは子供などにもしていない。
現役時代はこの近くの門戸に社宅があり懐かしく、北口駅に阪急ブレーブス球場があったのが再開発で素晴らしい街になっている。
写真は甲山(かぶとやま)その前の中腹は神呪寺(かんのうじ)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- その他
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神呪寺に行く道中に多くの地蔵さんがある
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1200万年前の活動期には大きく広がる山体を持っていたとあり、兜のような形状から呼称されているという説があるが、神の山(コウノヤマまたはカンノヤマ)甲山にとか。 -
豊臣秀吉の大阪城を破壊して、徳川二代将軍秀忠が新たな石垣を築くのに諸大名に命じ、佐賀の鍋島藩がこの地域から石を切り出した。
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足場は決して歩き易くはなく、キャランバンシューズを履いて行って正解で、六甲山と同様滑りやすい。
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神呪寺山門で、額はむこやま武庫山とある
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仲哀天皇の御代(時代)、神功皇后が国家平安守護のために、山に如意宝珠・金甲冑・弓箭・宝剣・衣服等を埋めたと伝え
られ、このことから甲山と名付けられた」という説が有力だが、他にも「(山の)形が甲に似ているから」 -
向かって左側の仁王
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向かって右の仁王
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山門から歩くと本堂に向かって石段が
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近ずくと結構石段がある
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結構大きな灯篭だが何か不安定な感じ
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本堂
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眼下に西宮、左は京都方面右は神戸
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寺からさらに上り詰めると甲山の頂上の三角点
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頂上付近のつつじ
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山を下ると173mには甲山の自然学習館がある。
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自然観察として産出された石、花崗岩や御影石など六甲山と同じようで、御影という地名も石の産出から
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カブトムシの幼虫など展示している
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接触岩
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甲山森林公園は多くの生徒がいた。課外活動で記念写真をこの像の前で
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記念写真を何組かとっているのでなかなか正面からはとれない
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正面が甲山
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森林公園にふさわしい緑が一杯
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森林公園も133.7mありそこらの景色
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最後の行程で関学のキャンパスを抜けて、正面の関西学院の教会からの甲山で、この山を借景に教会を作っている。
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