2023/07/08 - 2023/07/11
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今回もトラピックスのミステリーツアーに参加しました。
ミステリーツアーなので、事前に行き先は判らないまま出発しました。
<1日目>
自宅→静岡駅6:45===東京駅→神磯の鳥居(20分)→那珂湊おさかな市場で自由昼食(50分)→塩屋崎灯台(20分)→磐梯高原17:30着 (ホテルプルミエール箕輪 泊)
<2日目>
ホテル(9:00発)→喜多方 蔵の里(30分)→米沢牛鍋の昼食(50分)→上杉神社(20分)→高畠ワイナリー(30分)→飯坂温泉15:30着(摺上亭 大鳥 泊)
<3日目>
ホテル(9:00発)→天鏡閣(40分)→会津川口駅===只見線乗車(30分)===会津宮下駅→道の駅で自由昼食(50分)→磐梯熱海温泉15:30着(ホテル 華の湯 泊)
<4日目>
ホテル(10:00発)→「那須彩御膳」の昼食(50分)→千本松牧場(30分)→東京駅===18:52静岡駅→自宅
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス JRローカル
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
7月8日(土)
静岡駅で添乗員とご対面。
6:45静岡駅発の新幹線に乗り8:00東京駅着。 -
東京駅でバスに乗り換えです。
このツアーバスで4日間移動しました。 -
隅田川沿いの両国辺りを走行中です。
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もう少しで東京都を抜けて、埼玉県に入ります。
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常磐自動車道の守谷SAでトイレ休憩です。
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最初の観光ポイントの茨城県にある上磯の鳥居に到着しました。
沿岸の岩の上に大洗磯前神社の鳥居が立っています。
御祭神が降臨された岩礁を「神磯」と称し、神聖な場所として禁足地(足を踏み入れてはいけない場所)とされています。
毎年元日には、宮司以下神職は海岸に降り、大神の御降臨の地を照らしながら昇る初日の出をお参りする「初日の出奉拝式」が執り行われています。 -
二の鳥居から大洗磯前神社本殿に行きます。
エレベーターは無いので、歩いて階段を上がります。 -
境内の入り口の随神門には神域の守り神である随神様が両脇にいます。
御祭神に関係が深いウサギや、動物、植物等が彫られています。
部品を組み立てたのではなく一本の木から彫り上げた「透かし彫り」です。
門の前には珍しい備前焼の狛犬が神域を守っています。 -
随神門を潜ると正面拝殿前庭に茅の輪がしつらえてありました。
いわゆる茅輪神事の中心となる茅製の輪で、これをくぐって罪や穢れを除き、心身が清らかになるようにお祈りするものです。 -
正面の赤い柱が目を引く拝殿です。
拝殿前にはカエルが三匹寄り添っています。
「変える」「返る」「帰る」「買える」・・・ご利益があるかもと願いを込めながら撫でる方がいるようです。 -
拝殿では透かし彫りの彫刻を見ることができます。
拝殿はもともと長方形でしたが、増築が繰り返され今の形(凸型)になりました。
今年の干支のうさぎが描かれた大きな絵馬が置かれていました。 -
茅葺の本殿は拝殿の裏にあるようですが、行き方がわからなくて見れませんでした。
本殿・拝殿・随神門は水戸藩2代藩主徳川光圀公の命で造営を始め、1730年に竣工しました。 -
お昼は那珂湊おさかな市場で約50分の自由昼食でした。
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高速に乗り、塩屋埼灯台に向かいます。
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福島県いわき市にある塩屋埼灯台に到着しました。
全国に16ある「のぼれる灯台」の一つで、歌と映画の舞台となった灯台です。
白砂青松の美しい海浜が連なっている「いわき七浜」海岸線の真ん中に突き出た岬上に聳えています。 -
地元では、「豊間の灯台」として親しまれてきました。
1956年に雑誌に掲載された塩屋埼灯台長の奥様の手記が、映画「喜びも悲しみも幾年月」の原点となっています。
灯台まで10分とあり、時間的に厳しいので登るのは諦めました。 -
故美空ひばりの「みだれ髪」の歌詞「塩屋の岬」で有名となり、灯台のぼり口の広場には歌碑が立てられています。
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灯台と歌碑「みだれ髪」です。
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あまり似ているようには見えないひばり像。
若い時がモデルなのかなぁ? -
海岸近くに小さな鐘がありました。
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東日本大震災の津波によって、この地域で亡くなった125名への鎮魂の鐘でした。
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五百川PAで休憩です。
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雲が多いですが、磐梯山がうっすらと見えています。
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1泊目の宿ホテルプルミエール箕輪に到着しました。
温泉はありませんが、「箕輪の超軟水」をなみなみと湛えた「大浴場」がありました。水の硬度は9.9と全国トップクラスの軟水です。 -
ホテルは古かったですが、豪華な作りでした。
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反対側からも撮影しました。
ピアノが置かれていて、音響効果が良さそうなホールとなっていました。 -
部屋もベッドもとても広かったです。
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周辺はスキー場のようです。
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夕食はバイキングでないので落ち着いて食事ができました。
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和洋折衷料理で炊き込みご飯と味噌汁が出て、満足でした。
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デザートは洋風です。
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7月9日(日)
朝食を腹いっぱい食べて9時に出発しました。 -
磐梯山かな?かなり雲に覆われています。
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喜多方蔵の里に到着しました。
喜多方市は、「北方(きたかた)」と呼ばれ、江戸時代には物資の集散地として、また会津若松城下と米沢を結ぶ街道のまちとして栄えました。
写真は呉服商の旧冠木家の店蔵で、三方に下屋が付いた特徴的な外観をしています。
明治初中期の大規模な呉服店の店蔵を象徴する二重屋根形式の優れた建築的構成を持つ点で、喜多方の住文化の保存継承に重要な意味を持つ建築物です。 -
市内には今も4,200棟以上の蔵があるといわれています。
喜多方蔵の里は、蔵づくりの文化を後世に伝えることを目的に約4,500平方メートルの敷地内に、中庭を中心として店蔵・味噌蔵・穀物蔵・蔵座敷・郷頭曲り家等、7つの蔵と2つの古民家を配置して、蔵や民家のある懐かしい日本の原風景を形造っています。写真の旧井上家穀物蔵は茅葺きを瓦葺きに再生し、片開きの土戸の鍛冶金物は当時のものをそのまま使っています。 -
蔵には会津型紙の資料を展示していました。
喜多方は、伊勢白子、京都、江戸と並ぶ染型紙の生産地でした。
当地で生産された渋紙に、ファッション性豊かな文様が彫りぬかれています。 -
正面奥には郷頭屋敷 旧外島家住宅があります。
江戸初期から幕末まで慶徳町豊岡地区で郷頭を務めた外島家の住宅で、創建は1771年との記録が残っています。
左には旧猪俣家穀物蔵。
かつての宿場町、熊倉にあった蔵で、屋根、窓の配置など均整が取れ、観音開きの扉の意匠も美しい当地方の典型的な穀物蔵です。 -
蔵には明治の社会慈善家 瓜生岩子の資料を展示していました。
喜多方に生まれた瓜生岩子は、明治時代の初めに社会慈善家として活躍し、今日の日本社会福祉の礎を築きました。 -
瓜生岩子の銅像がありました。
1993年建立、三坂耿一郎/作だそうです。 -
旧猪俣家穀物蔵前の中庭でガイドによる説明を聞いているツアーのメンバー。
年寄りばかりです。 -
旧唐橋家味噌醸造蔵です。
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内部は金田実氏の「蔵写真」を展示していました。
昭和40年代の後半、どんどん壊されていく運命にある「蔵」に一抹の寂しさを感じて、蔵を撮り続けていた町の写真家です。 -
生活の中に深く息づいた蔵の姿は、見る人に大きな感動を与えて、次第に「蔵のまち喜多方」を訪れる人々が増えたそうです。
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旧外島家住宅は江戸初期から幕末まで慶徳町豊岡地区で、郷頭を務めた外島家の住宅で、主棟および曲がり棟の創建は1771年との記録が残っています。
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旧外島家住宅は1988年5月に解体の報が市教委に入り、急きょ調査に着手しました。
その後、市教委の対応と外島家の全面的な協力により、1989年に建物解体、1990年に現在地に復元、組み立てが進められたそうです。 -
建物内部は囲炉裏の煙でいっぱいでした。
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隣には喜多方市美術館がありました。
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郷土資料展示館もちょっと覗いてみました。
旧東海林家酒造蔵だった建物です。 -
自由民権運動喜多方事件資料を展示していました。
1883年11月、弾正ヶ原及び喜多方警察署を舞台として、喜多方事件が発生しました。
歴史的にみて、会津藩や幕府は朱子学を唯一の学問としていたのですが、喜多方地方は陽明学系の中江藤樹の学問が伝わっていたそうです。 -
喜多方蔵の里を出て、登起波分店 登で米沢牛鍋の昼食です。
まあまあ、満足のできる昼食でした。 -
松が岬公園(まつがさきこうえん)はかつて伊達氏の本拠地が置かれ、伊達政宗が出生した城跡です。
江戸時代には米沢藩の藩庁が置かれて上杉景勝・上杉鷹山などの歴代藩主が居住した城です。 -
水をたたえた堀が往時の米沢城を偲ばせる松が岬公園。
参道にある舞鶴橋には「毘」と「龍」という文字が書かれた軍旗が翻ります。
「毘」は上杉謙信が毘沙門天を信仰していたことに由来し、「龍」は不動明王を表し、全軍総攻撃をする際に突撃の合図として掲げられた旗と言われています。
仏教を篤く信仰した上杉謙信は、合戦に際して毘沙門天と不動明王という最強の両神を味方につけて戦ったとされます。 -
戦国最強の武将と語り継がれている上杉謙信を祭神として米沢城本丸跡に建立された上杉神社へと向かいます。
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上杉謙信が残した「上杉家家訓16条」の碑がありました。
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神社は謙信にあやかって開運招福や諸願成就、さらには学業成就や商売繁盛のご利益もあるとされるパワースポットです。
上杉神社の境内は、立派な唐門と透塀(すきべい)、その先にある檜造りの本殿と拝殿など、日本建築の美しさを感じられるものとなっています。 -
上杉神社は、1919年5月19日に発生した「米沢大火」で全焼してしまい、1923年4月に、新しい社殿が完成しました。
このとき新しく建てられた現在の社殿は、米沢市出身の建築家「伊東忠太」の設計による建物です。 -
上杉謙信像がありました。
戦国時代に越後国(現在の新潟県)を統一し、米沢藩上杉家の礎を築いた上杉謙信。「軍神」と称され、「義」を重んじる名将として語られてきました。 -
米沢城は江戸時代を通じて藩主上杉氏の居城で、藩内の軍事と政治の拠点でした。
本丸を囲むように二の丸、三の丸を配した平城で、上杉家の御殿や家祖上杉謙信をまつる御堂、武器庫であり城の目印になった三階櫓などが立ち並んでいたといいます。
明治に入って取り壊され、建物は現存しませんが、藩士4千人以上の居住地を記した城下絵図などの文献資料、発掘調査資料などが残されているそうです。 -
窮乏甚だしかった米沢藩を、大倹約令・産業開発・藩校興譲館の創立・政務の革新などで再建し、江戸時代随一の名君として知られる米沢藩9代藩主の上杉鷹山の像。
右の説明文には「為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」と彼が家臣に示した和歌が示されています。 -
高畠ワイナリーに寄り、30分ほどショッピング。
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2泊目の宿、飯坂温泉 摺上亭 大鳥に到着しました。
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かなり大きな旅館です。
飯坂温泉の源泉を有しており、湯殿からあふれんばかりの豊富な湯量が楽しめる宿です。 -
福島県内の全酒蔵の日本酒を取り揃えた日本酒Bar“香林”がありました。
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ロビーより眺める日本庭園。
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部屋は綺麗な和室でした。
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部屋からは奥飯坂の山を望め、摺上川のせせらぎが聞こえます。
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焼肉がメインの夕食。
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デザート。
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7月10日(月)
朝食はバイキング。 -
宿の人に見送られて9時に出発。
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猪苗代湖周辺は雲に覆われています。
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国指定重要文化財「天鏡閣」に到着しました。
有栖川親王が東北旅行をした際にルネッサンス調の洋風別邸の建設を決定し、屋根は天然スレート葺で八角搭屋付、東翼部を腰屋根、他を寄棟としています。
西側には玄関ポーチ、その上部にはバルコニーを構えています。
南側は東西に非対称的な翼部と中央に八稜形状に突出した入口があり、2階部分にはベランダを設けています。 外壁は目透し横板張りペンキ塗り、窓は上げ下げ窓です。 -
客間は天鏡閣の中心となる室です。
家具類はロココ調を日本風にアレンジしたもので、形は洋風ですが、漆塗に蒔絵や螺鈿が施されているのが特徴です。
椅子は鹿鳴館で使われていたものと同じ形で複製したもので、欅に拭漆(ふきうるし)をし、図柄は酒井抱一の「四季花鳥図巻」からモチーフをとっています。 -
球戯室は、明治時代の洋館によく設けられていました。
天鏡閣の球戯室にあった玉突台は、明治時代の四つ球式の典型的なもので、脚の形からライオン脚と俗称されるものです。 -
寝室の北にあるこの二室の当初の使用状況はあきらかではありませんが、着替えや化粧用にあてられたものと推定されています。
ロココ風の化粧台と小椅子は、高松宮妃からのお下がりです。
他の家具は化粧台に合わせてロココ風に複製されています。 -
2Fの居間を兼ねた客室です。
この室の特徴は、シャンデリア(複製)の中心飾りが大形の八角形折り上げになっていることで、室内空間が立体的に感じられます。
家具は居間にふさわしく優雅でおちついたルイ16世様式で、暖炉は当初のものです。 -
御座所は書斎として使われていました。
鏡は暖炉の上の壁に残っていた痕跡によって複製しましたが、妻飾りの彫刻文様は、隅棚の彫刻文様と合わせてあります。 -
「天鏡閣」を出発して会津川口駅へ向かいます。
途中、福満虚空蔵菩薩 圓蔵寺が見えました。
虚空藏堂再建のため、大材運搬の手伝いに現れた赤毛の牛の群れ「赤べこ」で有名で、忍耐と力強さ、さらには福を運ぶものとして多くの人々に親しまれています。 -
只見川は雨で霞んでいました。
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会津川口駅に到着し、会津宮下駅まで電車で移動します。
2011年7月の新潟・福島豪雨の影響により土砂崩れや鉄橋が流されるなど、甚大な被害を受けた只見線は、福島県の只見駅と会津川口駅間の被害が特に大きく、約11年に渡り長期不通となっていました。
2022年10月1日ようやく全線開通しました。 -
電車は只見川に沿って走っていきます。
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福島県の会津若松と新潟県の小出を結ぶJR只見線は、山が深く豪雪地帯を通るという険しい立地です。
しかし、四季折々に変化する風情ある車窓が望めることから「秘境路線」の中でも人気が高いそうです。 -
会津宮下駅に到着しました。
バスに乗り換えて、本日の宿へ向かいます。 -
3泊目の宿、磐梯熱海温泉のホテル花の湯に到着しました。
ホテル華の湯の温泉は源泉温度53℃、毎分427リットル、一日あたり約615トンもの湯量を誇る天然温泉です。 -
ロビーラウンジ。
正面玄関を入ると大きな窓があり、庭を見渡せます。
銚子ヶ滝はその名の通り、お銚子を象ったミニチュアの滝です。 -
部屋は畳敷きの和室で、シンプルでスッキリとした感じでした。
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隣にベッドルームがあり、大きめのベッドが嬉しかったです。
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磐梯熱海温泉を流れる五百川の伝説。
南北朝時代、病にかかった萩姫が不動明王のお告げにより湯に入ったところたちまち病が治り、元の美しい萩姫になったと伝えられています。
この伝説ゆかりの「美人をつくる湯」として有名な温泉はやわらかな泉質で、お肌ツルツル、心身ともにリラックスして楽しめるそうです。
夕食はバイキングでした。 -
7月11日(日)
今日はツアー最終日です。
朝風呂に入って、朝食をゆっくりと食べました。 -
ホテルの方に見送られて、10時出発。
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ホテルエピナール那須で昼食です。
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「那須彩御膳」の昼食。
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千本松牧場に寄りましたが、見るべきものは無かったです。
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東京駅へ向かいます。
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蓮田SAで一度、トイレ休憩。
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東京駅に到着して解散後、駅の飲食街で寿司を食べてから、静岡まで帰りました。
今回のツアーは、天気は曇りばかりでイマイチでしたが、温泉は楽しめました。
来月もミステリーツアーに行きますが、次回は天気に恵まれることを願います。
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