2023/11/05 - 2023/11/05
2445位(同エリア2867件中)
BO/Mさん
新宿へ行く用事があり、花園神社に立ち寄った(少々神社づいている)
お詣りをすると共に、芸能浅間神社にも参拝、こちらの場所は正面から見て右手に少し離れて在る摂社
藤圭子の歌詞が石碑として残り、八代亜紀など多くの芸能人が名を連ねる朱書きの札が囲む(藤圭子石碑は1999年に作詞家で歌詞を書いた記念として石川氏が奉納したものらしい)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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掲題の案内図によると2番が芸能浅間神社となる、明治通り沿いの正面向かって右側の敷地内だが少し離れた場所に在る。
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こちらが明治通り沿いの正面、足場組があり真正面から撮れなかった
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提灯に囲まれた本堂、明かりが灯ると美しかろう
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こちらは新宿ゴールデン街、神社の斜め後ろ側からの入り口階段
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芸能浅間神社がこちら、少しひっそりと敷地内右脇に在る、八代亜紀なども名を連ねる奉納札が朱色で並ぶ
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圭子の夢は夜ひらく・・・元々楽曲(メロディ)は有ったが、そこに藤圭子用に歌詞をつけたのが石川さん、1999年にこちらを奉納したのも石川さんである。
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藤圭子は新宿の飲み屋街を流し(ギターを持って歌のリクエストに応えて渡り歩く歌うたい)を若くしてはじめた。生まれは岩手一関、親も浪曲師、11歳くらいには一家を支える程の歌唱技量を有し、当時住まっていた北海道を後にして芸能を更に磨く為に都会へ出て新宿歌舞伎町に近い石川に師事(住み込み開始)、17-8歳でデビュー、一気にスターダムへのし上がり、出だしの数曲で一気に上り詰めた、がそこからはなかなか鳴けず飛べずが続き一度引退、復帰後も当初の数曲を超えるヒットには恵まれなかった。
あの凄み、どすの効いた歌声と節回しは浪曲師の親から受け継いだものだったが、声が時代の高揚感、高度成長期のスピード感などと合わなかったのだろうか。残念である。 -
何も演歌が特に好きな訳では有りませんが、海外駐在時代、何故か演歌は心にしみるものがあり、結構聞きこみました。中でも藤圭子の歌声と楽曲はとても心に響き、今でもYoutubeなどでつい見てしまいます。
新宿の女
命預けます
京都から博多まで
メガヒットとなった数曲(圭子の夢は夜ひらく、を含め)は特に何度となく聞いたり自身歌ったりしています。
デビュー当時、新宿25時間キャンペーンと銘打って歌って回る無茶な企画などをやり(やらされ)、その際にも花園神社にお参りをしたり、レコード店を挨拶回りした入りしている。
新宿は藤圭子にとって住まい、暮らし、歌い、何もかもの若い頃を過ごした街で、暗く、猫背で表情を殺して歌うドスの効いた藤圭子節を思い出します。猪股公章さんの追悼番組での泣きは今でも見るたびに泣いてしまいます。
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