2021/12/07 - 2021/12/17
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urufeeさん
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武雄温泉から別府に移動した後の旅行記です。
別府を起点にして、11日は杵築城を中心に杵築市内を見学。12日は、単純往復でも少し安くなる、路線バスFree切符を購入して湯布院に行ってきました。
全体の日程は下記です。
12月 7日 羽田12:45発→佐賀14:50着のANA便。その後、佐賀駅まで路線バスで移動しJRに乗り換えて武雄温泉駅前のホテルへ。
12月 8日 路線バスを使い、祐徳稲荷神社、鹿島城址を見学。帰りは肥前鹿島駅からJR利用して武雄温泉駅へ戻りました。
12月 9日 久し振りに九州オルレを歩いてみました。
12月10日 武雄温泉から別府へ移動。途中昼食の為に、日田駅を出ましたが、基本は移動だけです。
12月11日 JR,路線バス乗り継いで杵築城下などを見学。
12月12日 路線バスのFree乗車券を使って、由布院を散策。
12月13日 別府から三角に移動。途中昼食の為に、宮地駅を出ましたが、基本は移動だけです。
12月14日 路線バス使い、天草、三角西港を見学。
12月15日 三角から鹿児島へ移動しました。八代から川内は薩摩オレンジ鉄道利用して、途中水俣病資料館へ。
12月16日 鹿児島市内散策。
12月17日 鹿児島空港14:30発→羽田16:05着で帰宅しました。
写真は杵築城の遠景です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
12月10日、武雄温泉から別府へ移動しました。日田駅で途中下車して、昼食を取ります。
正式店名は”中華 さと”らしいのですが、看板からしてプノンペンラーメンがお勧めらしい。 -
早速プノンペンラーメンを注文。小皿の大学芋はサービス品です。
お店の人にプノンペンラーメンの命名由来を聞きました。
店主が大阪に居た時、プノンペンラーメンと言うお店のラーメンが凄く気に入り、日田駅で開店した時、それを前面に出すことにしたのだとか。
昼食後、別府へ移動し早速温泉を楽しみます。この日は移動だけの一日です。 -
12月11日、JR、路線バスを乗り継いで杵築城から観光開始。
杵築城の門を入ると、沢山の石塔が並んでいます。
これは盗難の恐れや、保護管理を委託された石塔などをこちらで管理しています。 -
早速、杵築城を見学します。
杵築城をはじめ、武家屋敷など7施設の共通観覧券が発売されているので、ここで共通券を購入しました。受付の方が効率的な回り方を丁寧に説明してくれました。 -
杵築城の最上階からの眺めです。
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杵築城を見学終わったら、偶然見つけた杵築レトロ館。
共通券には含まれていない施設ですが、懐かしさにつられて入ってみました。 -
内部には昭和初期の生活用品が沢山集められています。
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杵築と言えば坂道ですが、最初に来たのは勘定場の坂。
江戸時代に、収税や金銭出納の役所が在った場所です。 -
武家屋敷の一つ、磯矢邸を見学。
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こちらは1788年に設立された藩校の門です。
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こちらは能見邸。
カフェになっているせいか、ここは無料で入れます。 -
欄間には”波うさぎ”が彫られています。
波は火除け、ウサギは子孫繁栄と跳躍を表すとの事で、縁起物の図柄になるのだそうです。 -
能見邸の石庭です。
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次は大原邸。
杵築藩の上席家老を務められたとの事で、門も立派です。 -
床の間の左側は神棚でしょうかね。
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庭から見た大原邸の建屋。
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大原邸を出て酢屋の坂道に来ました。
東南アジア系と思われる女性達が、浴衣姿で散策してます。
和服姿の男性も一人いて「先生」と呼ばれてましたから、技能実習生達の休日と言う感じでしょうか? -
酢屋の坂道を下から見上げてみました。
坂の名前の由来は、この地の豪商が酢屋を営み始めたことによるのだそうです。 -
酢屋の坂道を下り切った反対側の上り坂が、志保屋の坂(塩屋の坂)。
酢屋を営む前に塩屋が随分繁盛したのが、坂名の由来だそうです。 -
塩屋の坂を上った辺りは、家老など藩の重臣達の武家屋敷が並んでいた所です。
そんな武家屋敷の一つ中根邸に入りました。 -
次に、中根邸の隣に在る”きつき城下町資料館”へ入ります。
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内部に杵築のジオラマが展示されてます。
写真上の方に杵築城が有って、まさに城下町と言う感じです。 -
そして隣に在る、一松邸へ移動しました。
杵築市名誉市民第一号の、元国務大臣でもある一松定吉が1929年に建てたものです。
1957年に杵築市へ寄贈された後、現在地に移築されて一般公開されています。 -
玄関前から杵築城がよく見えます。
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中央に柱を設けずに、襖で三部屋に仕切ることができます。家の構造がシッカリしていないとできないのだそうです。
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徒歩が交通手段の江戸時代には、道路脇の井戸などで喉を潤していました。
これもその一つで、岩鼻の井戸。武士・町人・農民と身分に関係なく、誰もが利用できたのだそうです。 -
代々杵築藩の御典医を務めた佐野家。立派な門構えです。
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御典医だったので、内部には薬の棚箱なども展示されています。
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チョット離れた場所に在る為、路線バスを使って重光葵の生家を見学します。
彼は戦中・戦後に複数回外務大臣になり、ミズーリ号上で連合国への降伏文書調印式で署名しています。 -
重光葵が愛用したという机と椅子などが展示されています。
この後、再度路線バスで杵築駅へ行き、JRで別府へ戻りました。 -
12月12日、観光快速バス「ゆふりん」を利用して湯布院の散策をしました。
由布院駅前バスセンターに10時前に到着したら、時間が早過ぎたのか、観光客の人達はマバラです。 -
早速、金鱗湖へ来ました。
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金鱗湖は一周400m程の小さな湖なので、迷わず一周してみます。
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ほぼ半分ほどの場所に到着。
写真を撮った近くに天祖神社が在るので、湖にも鳥居が有ります。 -
こちらが天祖神社。
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こちら側からだと、天祖神社と湖に建つ鳥居の位置関係が分かります。
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ほぼ一周した辺りに、”下ん湯”という共同浴場が有りました。
私は入りませんでしたが、200円ほど払えば誰でも利用できるのだそうです。ただし、混浴みたいですが。 -
金鱗湖の散策も終わったので、湯布院の街をチョット散策。
湯布院にも有りました昭和館。帰りのバスの時間制約なども有り、今回はパスしました。 -
イギリス・コッツウォルズ地方の街並みや、イングリッシュガーデンを再現したと言われる英国風テーマパーク”フローラルヴィレッジ”を少し散策。
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中に入ると、沢山のお土産ショップが並んでいます。
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ムーミンはフィンランドのキャラクターですが、細かいことは気にせずに。
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フローラルヴィレッジを出て、戻りのバスターミナルへ向かう途中の街並みです。
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到着した時は観光客をほとんど見掛けなかったのですが、結構観光客の方が増えてきました。
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別府湾に戻って来ました。
これから砂湯に入りに行きます。 -
こちらが別府海浜砂湯。
内部は撮影禁止との事で外観だけ。 -
コロナの影響でしょうが、アーケード街も寂しいかぎり。
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駅前の大通りもライトアップされてるのですが、何しろ人出が少ない。
早くコロナが終息しないと、飲食業の方も本当に大変だと実感しました。
翌日12月13日は、別府から三角へ移動します。三角以降の旅行記は別にまとめました。宜しければ、そちらも読んでください。
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