2023/09/01 - 2023/09/02
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旅好き長さんさん
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今年の帰省はどこに寄っていこうかと迷っていたところ、行ったことがないウサギの島で有名な大久野島と竹原町街並み保存地区に立ち寄ることにしました。
今回の旅程は、
9月1日(金)忠海港から連絡船で大久野島に渡って島内を散策して休暇村に宿泊。
9月2日(土)大久野島から竹原町街並み保存地区に移動して散策後、墓参りして帰宅しました。
1泊2日の短いドライブ旅行でしたが、大久野島の負の歴史を学んだ後、沢山のウサギに癒やされ、竹原町街並み保存地区では昔の街並みを懐かしむことが出来ました。
今回は2日目の大久野島と竹原町街並み保存地区散策の様子を紹介します。
この日も曇り空でしたが、反対に暑くなく散策にはちょうど良い気候でした。
竹原町街並み保存地区は思った以上に昔の街並みが保存されていて正しく西の京都でした。
ただ楽しみにしていたNHK連続ドラマの主人公、マッサンの実家の酒蔵が休日で閉まっていて、そこでお酒を買うことが出来なかったのが残念です。
ここのお酒は前日の休暇村でいただいたのですが、とても美味しいお酒だったので、昔ながらの酒屋さんで何とかお土産に買うことが出来ました。
それと表紙の写真は、保存地区にある『お抱え地蔵』で、願い事をしながら抱えると夢が叶うそうです。
ただとても重いので落とさないようにしっかりと抱かないと駄目です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 船 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9月2日(土)
いつもながら朝早く目を覚まして外を見るととてもきれいな朝焼けです。
ひょっとするときれいな朝陽が見られるかなと思って散策することにしました。 -
こちらは休暇村のフロントです。
さすがに朝早いので誰もいません。 -
ロビーにはこのようなパネルがありました。
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早速ホテルを出て朝陽を見るためビーチに向かいます。
-
本土側から太陽が昇るようです。
ただこの日は天気があまり良くなく、日の出を見ることが出来ませんでした。 -
このままホテルに帰っても仕方ないので周辺を散策します。
ここは医務室跡のようで、当初は診療所レベルでしたが、1937年(昭和12年)頃には入院病棟も建てられ本格的な病院になったそうです。 -
病院には、歯科・内科・外科・眼科・耳鼻咽喉科・レントゲン室・毒ガス治療室や30ものベッドを有する病室もある本格的な病院だったようです。
今は何も残っていませんが、この消火栓は当時のもので海岸近くにあったものをここに移設したようです。 -
これは大久野島神社と殉職碑の案内板です。
パネルの写真は、1943年(昭和18年)の青年学校修了者と養成校の合同卒業式の様子です。 -
こちらが大久野島神社で、1929年(昭和4年)に毒ガス工場が開所された際、従業員が社殿を修復して1932年(昭和7年)にここに移転したそうです。
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ただ鳥居などは立派ですが、本殿は朽ちかけていました。
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そしてこちらがその横にある、毒ガス製造による犠牲者鎮魂の殉職碑です。
そばには沢山の千羽鶴が納められていました。 -
ここにもウサギがいます。
-
そしてこちらは南部砲台跡の案内板です。
ここは芸予要塞として建設された砲台で、軍事上重要な都市であった広島と呉を守るため日清戦争後(1895年頃)大久野島と愛媛県小島に作られたそうです。
パネルの写真は、1899年(明治32年)に設置され、翌年に芸予要塞司令部になった司令部のものです。 -
こちらが砲台跡で、現在は何も残っていません。
ちなみに大久野島には昨日見学したものを含めて3ヶ所(北部、中部、南部)の砲台が築かれ、ここ南部砲台には8門の大砲が置かれていたそうです。 -
その後、国民休暇村主催の『朝のお散歩会』に参加するためホテルに戻ります。
これは昨日、忠海港ターミナルで購入したウサギのエサです。
1個200円。
大久野島にはウサギのエサを売っていないので自宅から持ってくるか、忠海港ターミナルで購入する必要があります。
このエサを持ってウサギとふれあいに出かけます。 -
ホテル前に出ると沢山のウサギがエサを求めて集まってきます。
先ほどのペレット状のエサをまくと一心不乱にエサを食べ始めます。
大久野島に生息するアナウサギは、スペインなどが原産のようで、昔竹原市の小学生が8羽のウサギをここに放し、それらが繁殖して現在では約600羽のウサギが生息しているそうです。 -
アナウサギは、体重が5ー3キログラムと小型です。
ウサギの色は、背中が灰色で、体毛の先端は黒や赤褐色なのですがこのように真っ白なウサギもいました。
これらは他種のウサギとの混血だそうです。 -
ウサギのエサやりにはルールがあります。
①.ゴミは各自持ち帰る。(島内にはゴミ箱がない)
②.エサを置き去りにしない、エサを残したままその場を立ち去らない
(イノシシやネズミが増殖のため)
③.ウサギを追いかけたり,抱っこをしない。
④.ペットを連れてこない。
これらのルールを守ってウサギとふれ合ってください。 -
こちらがアナウサギの巣です。
とても深く、このアナの中で子育てをするそうです。 -
散策後、ホテルに戻って朝食をいただきます。
この日は休暇村名物のタイの出汁が利いたお茶漬けと一緒にいただきました。
その後チェックアウトして第1桟橋にシャトルバスで向かいます。 -
忠海行きの連絡船は来た船と同じピンク色の船です。
ちょっと早い9時10分発だったせいかお客は少なかったです。 -
こちらが第1桟橋で国民休暇村には、この島に到着した第3桟橋よりも近い位置にあります。
これで大久野島ともお別れです。
次回はもっとゆとりを持って訪れたいところです。
それにしてもウサギは可愛く、癒やされました。 -
大久野島を出船して15分足らずで忠海港に到着。
早速車に乗り換えて次の目的地の竹原市内に向かいます。
まずはこの道の駅たけはらに車を停めて散策を開始します。
ただ散策前に道の駅に入り、お土産のブドウを買い、散策マップも入手しました。
その際、こちらの住民達は全員マスクを着用していて、中に入るのを躊躇してしまいました。(マスクを着用していなかったので、中ではしゃべらずお買い物をしました) -
こちらが散策マップで、今回は観光スポットの街並み保存地区を回ります。
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ここがたけはら観光コースの街並み保存地区のスタート地点です。
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この通りの左右に昔ながらの街並みが続いています。
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とても風情のある建物です。
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この建物は旧松坂家住宅。
江戸時代末期、文政の頃に建てられ、明治12年に改築されたもので邸宅です。
当時は、製塩業や醸造業など手広く商いをされていた豪商のお宅です。
有料ですが、住宅内を見学することもできるようです。 -
このマップは竹原市の国選定重要伝統的建物群保存地区です。
竹原市には多くの伝統的な建物が残っています。 -
更に進んでいきます。
左右には昔ながらの伝統的な建物が続いています。 -
それらの建物には『竹原格子』と呼ばれる独特な格子が見られます。
こちらは模様付きの横格子。
よく見るとハートマークが見られます。 -
こちらは兵庫県の丹波篠山市を起点に全国9地域に展開している高級なニッポニアホテル。
一度泊まってみたいものです。 -
こちらのお家には竹細工が飾られています。
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これがそれで、とてもおしゃれです。
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こちらの土蔵はおしゃれな飲食店のようです。
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この建物は、上吉井邸 (初代郵便局跡)で1871年(明治7年)に建てられた建物です。
1874年から郵便取扱所となり竹原で初めての郵便局として約60年間営業していたそうです。 -
こちらが黒い郵便ポストで、現在でも使われています。
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こちらのアートも素敵です。
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こちらはお食事処のんびり亭。
中に入って食事をしたくなります。 -
向こうの背の高い建物は竹原市歴史民俗資料館。
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この歴史民俗資料館は、昭和初期、図書館として建てられたレトロモダンな洋風建築です。
今回は時間がなく、中に入りませんでしたが館内には、当時赤穗の塩と共に名を馳せ、町に繁栄をもたらした製塩業の歴史や資料などが展示されています。 -
その資料館の中庭には、2015年に放映されたNHK連続テレビ小説『マッサン』の『竹鶴政孝・リタ夫妻』の像があります。
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こちらの街並みは京都の街並みのようです。
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こちらは歩いていた通りの突き当たりにある胡堂です。
商売の神様である胡堂には、いろいろな縁起物が隠されています。
屋根の上には鶴と亀のほか、花が咲いたら必ず実をつける茄子や株とかけて『株が上がる』とされる蕪があります。 -
その横の坂道を登ると照蓮寺があります。
山号は龍頭山の浄土真宗本願寺派の寺で古くは定林寺と称した曹洞宗の禅寺です。 -
その後、引き返して竹原まちあるきマップを元に『お抱え地蔵』に向かいます。
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こちらがお抱え地蔵。
1650年に創建されたお地蔵様で、願い事をしながら地蔵を抱きかかえ、軽く感じたら願いが叶うと言われているそうです。
私も抱きかかえましたが、とても重かったので願いは叶いそうもありません。
実際重さが10Kg弱ありそうなので結構重たいです。
そのため落とさないようにしっかりと抱く必要があります。
ただ腰の悪い人は、持ち上げるのを止めた方が良いと思います。 -
そのお地蔵様の横にはこのような素敵な瓦が置かれていました。
さすが竹原市は竹の町です。 -
そして次に向かったのが西方寺。
ここの階段は、JALのコマーシャルで嵐のメンバーが撮影した場所です。 -
こちらが西方寺。
もとは田中町に在る禅寺で地蔵堂の隣にあったそうで1602年に火災で焼失し、翌年、妙法寺跡のこの地へ移ったそうです。 -
ここの鐘楼の屋根の鬼瓦も素敵です。
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このお寺で有名なのがこの『普明閣』
京都の清水寺の本堂を模して建立されたもののようで、私的には立石寺の五大堂のほうが眺め的には似ていると思います。 -
ここには県重要文化財の木造十一面観音立像が祀られていて、方三間宝形造、本瓦葺の二重屋根、舞台作りになっています。
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横から見るとこんな感じ。
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この舞台からは竹原市内が一望できます。
こうやって見ると、立石寺の五大堂に似ています。 -
この写真が舞台からの眺めで、竹原市内が一望できます。
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その後、更に引き返します。
10時を回ったので先ほど閉まっていたお店が開いています。
こちらはおみやげ屋さんかな。 -
そしてこちらは、竹鶴酒造。
ここは、NHK連続テレビ小説『マッサン』でおなじみのニッカウイスキーの創業者である『竹鶴政孝』さんの生家です。
残念ながらこの日は土曜日だったためお店と酒蔵は閉まっていました。
昔は酒蔵の見学が出来たそうですが、NHKドラマで紹介されたため観光客が増加してお酒の購入者以外は中に入られないそうです。
この竹鶴酒造も塩田で財をなし、鮭造りを始めたそうです。 -
こちらのお宅にも竹細工が飾られています。
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こちらは、竹原町街並み保存地区の入口にある『旧笠井邸』
浜だんな(塩田経営者)の家として、明治5年に建てられたものです。
本瓦葺の大屋根、袖壁を設けた造りになっていて、無料で見学できます。 -
時間があったので中を見学することにしました。
この日は朝早く、観光客が少なかったせいか邸内を案内していただきました。
昔は、夏場に塩造りをし、冬場にお酒造りをしたそうです。
竹原の塩は江戸時代赤穗から塩田技術を導入し、1650年(慶応3年)より塩田が築造され1960年(昭和35年)に塩田が廃止されるまで310年間にわたって塩作りが行なわれていました。 -
こちらは中庭。
大きな池がありますが、残念ながら水は枯れていました。
たぶん昔は、大きな錦鯉が泳いでいたと思います。 -
邸内にはこのようなマンホールも展示されていました。
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2階に上がると平成22年に松竹から発売されたアニメ『たまゆら』のパネルが展示されていました。
『たまゆら』は、ここ竹原市を舞台に女子高生の日常生活を描いたアニメだそうで、ファンにとってここは聖地のようです。 -
こちらの屏風も立派です。
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特に2階の梁は、大きな1本の木をそのまま使ったとても立派なものです。
旧笠井邸は贅をつくした建物です。 -
その2階からは先ほど散策した道が一望できます。
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街並み保存地区を散策し、車を停めた道の駅に向かう際発見した『頼山陽』の像です。
ここは頼山陽のふるさとのようです。 -
その後、田舎に行って墓参りと親戚への挨拶に向かい、昼食には行きつけのお店でお好み焼きをいただきました。
とても大きなお好み焼きで、これだけでお腹いっぱいになります。
値段は昨年と同様の650円でしたが、厚みがちょっと薄くなったような気がします。
最近物価が高くなっているので仕方ないかな。
でも味は変わらず、とても美味しかったです。 -
その後、山陽自動車道を乗り継いで自宅には18時前に到着。
この写真の右側のお酒がお土産で買った竹鶴酒造の純米原酒。
日本酒古来の製造法で造られたお酒でアルコール度数はちょっと高めの18.5%。
値段は、720mlで3,025円。
左側のお酒は、昨晩休暇村でいただいた純米原酒。
黄金色のお酒でアルコール度数はこちらも高めの20.2%。
値段は720mlで1,925円。
これからこのお酒を美味しくいただきたいと思います。
今回、大久野島と竹原町街並み保存地区を観光しましたが、どちらもとてもよかったので再び訪れたいと思います。
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旅行記グループ ウサギの島大久野島と竹原町街並み散策
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