2022/07/17 - 2022/07/17
67位(同エリア942件中)
zenkyou01さん
- zenkyou01さんTOP
- 旅行記420冊
- クチコミ2189件
- Q&A回答1件
- 427,906アクセス
- フォロワー38人
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
城探訪東京9 東京都港・千代田・区内散策 全行程 5時間5分 東京メトロ千代田線赤坂駅~(24分)赤坂氷川神社(23分)~(5分)久國神社・永昌寺(9分)~(34分)日枝神社(39分)~ (8分)赤坂見附駅→(18分)神谷町駅~(18分)飯倉熊野神社・西久保神社・仙石山石碑・葺城稲荷神社(40分)~(13分)天徳寺(3分)~(10分)愛宕神社(12分)~(5分)真福寺(2分)~(15分)栄寿寺・栄閑院・興昭院・栄立院(18分) ~ (9分)東京メトロ日比谷線神谷町駅
「日時」2022年7月17日
「アクセス」東京メトロ千代田線赤坂駅
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
赤坂氷川神社四合稲荷神社 氷川神社の境内社で、付近に鎮座していた4社を合祀して出来た神社です。「4社合祀」と「しあわせ」と「志を合わせる」と掛け合わせ、勝海舟が命名した神社です
-
赤坂氷川神社山車(今井城址) 左から頼義、猿、宮本重義作山車です。赤坂氷川神社一帯には今井城があったと言われています。築城年は平安時代、築城主は木曽義仲の臣今井兼平(中原兼平)と言われています。遺構はありません
-
赤坂氷川神社拝殿 創建は伝951年、蓮林僧正が勧請したと伝えられる。1730年現在地に遷座、御祭神は須佐之男命、櫛稲田姫命、大貴巳命です。第一鳥居を潜ると右手に勝海舟命名の四合稲荷、西行稲荷、左手には太鼓橋、正面の石段を登ると第二鳥居、左手に大銀杏二本と包丁塚と遊び場、右手に山車展示、左手先には南第一鳥居と九社を合祀した九神社がある。第三鳥居と楼門を潜ると正面に拝殿、その奥に本殿がある。回廊を出て左行くと桶新稲荷と山口稲荷がある。氷川神社一帯は、平安時代末には今井城(遺構は全くありません)があったといわれ、江戸時代初期には三次浅野家の下屋敷があった所です
-
南部坂 元禄十五年十二月十三日(赤穂浪士討ち入り前日)、旧赤穂藩家老大石内蔵助が、亡き主君浅野内匠頭(赤穂浅野家)の未亡人瑶泉院(三次浅野家娘阿久里)を訪れ、山科(京都)に帰る御暇乞いを願う(実際には討ち入りを明日に控えた今生の別れです)。未亡人からは本音を明かせと問われるが、内蔵助は吉良の間者がいることを恐れ、未亡人に本音を明かさず南部坂雪の別れをする。映画や芝居の忠臣蔵で有名な場面です。南部坂には三次浅野家の下屋敷(今の氷川神社)があり、瑶泉院が落飾して身を寄せていた。坂の名前の由来は、江戸時代初期には南部家中屋敷があった所から付く
-
久国神社拝殿 創建は不詳、御祭神は倉稲魂命です。第一鳥居を潜ると左手に遊具場、右手に本堂があります。本堂の左手に境内社猿田彦神社があります。 港七福神の一つ布袋孫が祀られています
-
永昌寺本堂 曹洞宗の一寺で、創建は不詳、開山は玖岩壽悦、本尊は釈迦如来像です。山門を通り、石段を登ると正面に本堂、石段右手前にお地蔵さんがあります
-
キャピタルホテル東急 今井城址があった所と言われ、このホテルに主郭、神社に二郭、日比谷高校に三郭があったと言われています
-
日枝神社拝殿 創建は不詳、1478年太田道灌が川越日枝神社を勧請したのが始まりという。主祭神は大山咋命(須佐之男命の孫)です山王鳥居を潜ると、長い石段が続くが、暑いのでエスカレーターを利用する。 南神門を潜ると左手に社殿と御夢殿がある。神門を出て、右に宝物殿、殿内には国宝や国重文の太刀が展示されている。太田道灌像もある。北に進むと山車庫、その左に境内社(右から猿田彦神社、八坂神社、山王稲荷神社)がある。山王稲荷神社の狛犬を見る。朱色の鳥居が多く並ぶ稲荷参道の石段を下り神社を出る。太田道灌が築城したと言われる星ケ岡城が日枝神社一帯にあったといわれています。 江戸三大祭りの一つ、山王祭りを行う(他に富岡八幡宮と神田明神)
-
飯倉熊野神社社殿 創建は不詳、712~724年芝浦の地に鎮座、また九世紀 慶祚阿闍梨が勧請、1469~1487年太田道灌が再建、御祭神は須佐之男命、イザナギノミコト、イザナミノミコトです。鳥居を潜ると社殿右手前に末社恵比寿太田稲荷社、正面に社殿があります。 港七福神の一つ恵比寿天が祀られています
-
西久保八幡神社拝殿 創建は1004~1012年、源頼信(満仲の三男、八幡太郎義家祖父)が石清水八幡宮を勧請して創建したという。御祭神はホンダワケノミコト、オキナガタラシヒメノミコト、オキナカツヒキノミコトです。第一鳥居を潜り、石段を登ると第二鳥居、正面に社殿があります。番神山城があったと言われている候補の一つです
-
仙石山の石碑(番神山城)この石碑がある高台一帯に番神山城があったと言われている候補の一つです。築城年は1469~1486年、築城主は太田道灌です
-
葺城稲荷神社(西久保城址)この神社かシロヤマトラストタワーのどちらかに西久保城があったと言われています
-
葺城稲荷神社社殿 創建は不詳、御祭神は宇迦之御魂神、須佐之男命、大市比売命です。石段を登ると鳥居、正面に社殿があります
-
天徳寺弥陀種子板碑 写真の左下に見える高さ70cm程の板碑です。板碑とは使者供養のために建てられた石の供養塔です。1298年の銘があり、港区有形文化財に指定されています
-
天徳寺本堂 浄土宗の一寺で、開山は三蓮社縁誉称念上人、1533年、本尊は聖観世音菩薩です。山門を通ると、明治時代の篆刻家高芙蓉と明治~昭和の篆刻か河井茶盧の墓がある。石仏が並び、その中に区有形文化財の弥陀種子板碑がある。鐘楼と京都頂法寺の本堂六角屋根を連想させる六角の本堂がある
-
愛宕神社拝殿 創建は1603年、徳川家康の命により勝軍地蔵菩薩を勧請し創建、御祭神は火産霊命です。大鳥居を潜ると、斜度40度、86段の出世石段と呼ばれる男坂石段がある。石段を登ると第一鳥居、右手に愛宕山三角点、弁財天社、池がある。朱塗りの神門を潜ると正面に社殿、左手に招き石、将軍梅、右奥に境内社(左から太郎神社、福寿稲荷神社、恵比寿大黒社)がある
-
愛宕山三角点 愛宕神社の境内にあり、東京都港区にある丘陵で、天然の山として23区内では最高峰(25.7M)です
-
愛宕神社男坂 増上寺参拝の帰り、徳川家光が愛宕山に咲いている梅を馬に乗り取ってこいと命ずるが近習は動かない。ただ一人丸亀藩士曲垣平九郎が馬に乗り石段を上り下りして梅を献上、家光は日本一の馬術名人と讃えた。平九郎の名は全国に轟き出世する。講談「寛永三馬術」で有名な話です
-
真福寺本堂 真言宗智山派智積院の東京別院です。創建は1605年、開山は中興照海上人、本尊は薬師瑠璃光如来像です。山門を通る、石段を登るとビルディングの二階に本堂があります。本堂入口の左に梵鐘があります
-
栄寿寺本堂 浄土宗、創建は不詳、本尊は阿弥陀如来像です。山門を通る、参道を進むと鉄筋コンクリート造の建物の二階に本堂があります
-
栄閑院本堂 浄土宗の一寺で、開山は久蓮社俊誉園応、創建は江戸時代初期、本尊は阿弥陀如来像です。別名猿寺と言います。さるまわしの泥棒が、住職により改心し、猿を残して巡礼の旅へ。残された猿は飼い猿としてかわいがられる逸話がある
-
栄閑院杉田玄白の墓 江戸時代中期の蘭方医、西玄哲に外科、西幸作にオランダ外科を学ぶ。前野良沢と桂川甫周とで解体新書を翻訳・刊行する
-
興昭院本堂 浄土宗の一寺、創建は1611年、開山は俊蓮社嶽誉行阿和尚、1928随教院と合併して、随教寺興昭院となる。本尊は阿弥陀如来像です。山門を通ると正面に本堂、閻魔王堂、堂内に石造閻魔王像が安置されている
-
栄立院本堂 浄土宗の一寺、創建は不詳、開山は九蓮社俊園応和尚、十七世紀初め天徳寺の塔頭として創建、本尊は阿弥陀如来像です。山門を通ると正面に本堂があります
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
三田・田町・芝浦(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
24