2023/06/08 - 2023/06/08
587位(同エリア3052件中)
杏仁豆腐さん
平日の日比谷公園散策。久しぶりの日比谷公園です。
ちょうど昼休み時間帯なので、ベンチで昼食を食べたり、寛ぐ人たちも多くいました。
日比谷公園には多くの花が咲き、見て回るだけでも癒されます。
学生時代によく通った日比谷図書館。現在の名称は、千代田区立日比谷図書文化館。1階の常設展示室は、なかなか興味深い展示でした。
日比谷公会堂を眺め、友人と待ち合わせ、ビヤホールライオン銀座七丁目店へ。久しぶりのビアホールです。やはり、ビアホールで飲む生ビールはうまいです。なんたって、登録有形文化財の建物内で飲む生ビールですから。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 私鉄
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平日の日比谷公園を散策。久しぶりの日比谷公園です。
旧日比谷公園事務所です。 -
1910(明治43)年 福田重義設計
日本初の西欧風庭園として開園した日比谷公園の管理事務所として建設されました。
2006年10月からウェディング会場「フェリーチェガーデン日比谷」として活用されています。 -
日比谷茶寮
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仙台藩祖 伊達政宗 終焉の地
ここは、仙台藩祖伊達政宗から三代綱宗の時代、仙台藩の外桜田上屋敷があったところである。 慶長六年(1601年)、政宗は徳川家康より江戸屋敷を与えられ、外桜田の屋敷は寛文元年(1661年)まで上屋敷として使用された。 その敷地は、東西は心字池西岸から庭球場東端まで、南北は日比谷堀沿いの道路から小音楽堂付近まで広がっていたものと推定される。 政宗の時代には、徳川家康が三度、二代将軍秀忠と三代将軍家光はそれぞれ各四度ここを訪れ、もてなしを受けたことが記録に残っている。
政宗は江戸参勤の折、寛永十三年(1636年)五月、ここで七十年の生涯を閉じた。 -
日比谷見附跡
この石垣は、江戸城外郭城門の一つ、日比谷御門の一部です。
城の外側から順に、高麗門・枡形・渡櫓・番所が石垣でかこまれていましたが、石垣の一部だけが、ここに残っています。
当時、石垣の西側は濠となっていましたが、公園造成時の面影を偲び、心字池としました。 -
心字池は日比谷公園ができる前は濠でした。
その面影を残すために公園造成時に池としたもので、全体を上から見ると「心」の字をくずした形をしています。 -
1960(昭和35)年2月、東京都とニューヨーク市が姉妹都市提携を結んだ記念として、ニューヨーク市から贈られ、同年5月に、東龍太郎都知事とリチャード・C・パターソンニューヨーク市長代理により植えられたタイサンボクです。
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水飲み場
古い水飲み場ですが、年代不明だそうです。 -
第一花壇の周りは、花が咲き誇っています。
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アメリカデイゴ
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色とりどりの季節の花を楽しめます。
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花壇の周りのベンチは、会社員の人たちがランチを食べたり、のんびりしています。
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まさしく都心のオアシスです。
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東京に最初の5つの公園が生まれたのは、今から150年前の1873(明治6)年。
それから30年後、日本初となる洋風公園が東京に誕生しました。
それが日比谷公園です。
1903年(明治36)年6月1日に開園し、今年で120周年を迎えます。 -
小音楽堂
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アメリカスズカケノキ
明治37年(1904)目黒の林業試験場(現在の林試の森公園)から試験場長白沢保美博士の寄贈により植えられたものです。当時、実生後数年たった苗を植えているので、現在の樹齢は約100年にもなるそうです。 -
テニスコート
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サービスセンター
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売店
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草地広場
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小音楽堂
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大噴水
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はにわ
昭和40年(1965年)8月21日に、東京都立日比谷公園と宮崎県立平和台公園が、姉妹公園として結ばれたことを記念し、特別史跡西都原古墳群をはじめ、多数の古墳のある宮崎県より「はにわ」像二体が東京都に送られました。 -
松本楼
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首賭けイチョウ
明治34年頃、日比谷公園交差点脇にあったものを、公園の設計者である本多静六博士が、公園建設のための道路工事で公園内に移植する際、「自分の首にかけても移植させてみせる」と言ったのが名前の由来だそうです。 -
石橋
この石橋は、芝増上寺霊廟の旧御成門前桜川にかけてあった石橋の一つで、市区改正(現在の都市計画事業)の道路構築の時、ここに移したと伝えられています。
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馬の水飲み場跡
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雲形池
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京橋の欄干柱
この石柱は、明治8年(1875)築造された京橋の欄干柱で、大正11年(1922)架け替えの際にここに移されたものです。
当時は、橋名を刻んだ親柱もありましたが、昭和9年(1934)京橋の橋台地が整備されたときそちらへ移されました。 -
ユリがたくさん咲いています。
ホワイトヘブン -
トライアンファーター
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クーリエ
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アルブフェイラ
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ハイドパーク
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日比谷パレス
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緑と水の市民カレッジ
一階はタリーズコーヒー -
雲形池
銅製の鶴が天を仰ぎ羽を広げています。 -
鶴の噴水
日本で3番目に古い噴水で今にも羽ばたいて飛び出していきそうです。 -
日比谷野外大音楽堂
1923年(大正12年)に日本最初の大規模野外音楽堂として完成しました。
2024年度以降は、施設の老朽化のため休館し、東京都建設局の「都立日比谷公園再生整備計画」の一環として建て替えられるそうです。 -
水飲み場
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千代田区立日比谷図書文化館
1908年(明治41年)11月、東京市立日比谷図書館として開館しました。
1945年(昭和20年)5月25日の空襲で全焼しました。
現在の施設は、1957年(昭和32年)10月3日に落成式が行われました。設計は東京都建築局(高橋武士)によるもので、特徴的な三角形の平面は土岐善麿の発案とされれています。 -
日比谷図書文化館の1階の常設展示室は千代田区の郷土資料館です。
江戸図屏風の複製 -
玉川上水木樋
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絵草紙屋の再現模型
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紀伊国屋三谷家コレクション
なかなかの展示です。 -
北の丸公園から出土した煉瓦の展示
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日比谷公会堂
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日比谷公会堂が完成したのは、昭和4年、西暦1929年。
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2016年4月から長期の休館に入っています。
理由は建物の老朽化で、今後は建物をできるだけ残しつつ耐震化を進める大規模な耐震改修工事によって生まれ変わり、再開すると発表されています。なお、再開の時期は未定です。 -
100年を超える歴史を持つ、日比谷公会堂。
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改修工事もかなり大変なようです。
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市政会館と日比谷公会堂は両者が一体となっています。
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重厚感のある建物で、見ごたえがあります。
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キリノ元大統領顕彰碑
エルピディオ・キリノ氏は、第二次世界大戦中フィリピンに上陸した日本軍により妻子を殺されたにもかかわらず、1953年6月フィリピン国内に収容されていた日本人戦犯105名全員に恩赦を与え、日本に帰国させました。 -
日比谷公園マップ
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ビヤホールライオン 銀座七丁目店
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国の登録有形文化財(建造物)として登録されています。
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1934年に建てられた「銀座ライオンビル」の1階に現存する日本最古のビヤホールとして「ビヤホールライオン 銀座七丁目店」が営業を続けています。
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久しぶりの銀座ライオンです。
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平日の2時ですが、ちょっと並んで入店しました。
店内は、ほぼ満席です。 -
ビアホールセット
サッポロ生ビール黒ラベル中ジョッキ -
久しぶりのビアホールでの生ビール!
うまい!! -
塩えんどう豆とおつまみ2種盛がついています。
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正面にあるガラスモザイク壁画。ビールの原料「大麦」を収穫している女性が描かれています。
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店内にはこの大壁画以外にも、ガラスモザイク壁画が計10点あります。
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祝登録有形文化財
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エビスプレミアムブラック
味わい豊、これもうまい!! -
ビヤホールソーセージの盛り合わせ
生ビールによく合います。 -
空いていれば、店内のあちこちを間近に見たいところです。
次から次へと客が来ます。外国からの観光客、年配の方々も目立ちます。 -
ビヤホールのコンセプトは「豊穣と収穫」
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赤レンガの壁は「豊かな実りをはぐくむ大地」をイメージしていて、ホールの左右に並ぶ緑のタイルと天井に伸びる太い柱は「大麦」を表現しているそうです。
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第二次世界大戦が終わって、進駐軍専用のビヤホールとして接収されました。接収されたのは、1945年9月~52年の1月まで。
戦時中の空襲でも、ビヤホールライオンの店は残りました。
マッカーサーは、何度か店に足を運んでいて、コーナー状の席がお気に入りだったとか。 -
歴史的建造物で飲む生ビールは格別でした。
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詳しい歴史を知れば、さらに興味もわきます。
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