2023/06/11 - 2023/06/11
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watersportscancunさん
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競馬場につく頃には曇り空から雨に変わっていた。今朝から寒いと思っていたが、まさかの雨に、ドライバーのロベルトが、いよいよ雨季入りだと言った。ここメキシコシティも5月から10月頃までが雨季になり、スコールのようなにわか雨が降る。
サラブレッドの銅像を右手に観ながら入場券($15ペソ)とプログラム($25ペソ)を買い、おざなりのセキュリティチェックを抜けると馬場へと続くアーチ状の回廊を娘と歩く。
シティの競馬場はこれで三度目である。前を歩く年配の母子が笑い声をあげる横で父親とみられる恰幅の良い男は背を丸めながら、懸命に新聞をチェックしている。世界共通の光景だ。
この雨だとかなり馬場は重くなる。重馬場は逃げ馬に有利だ。1レースから逃げ一本で勝負だな。。。などと自分もあれこれと、戦略を思い描きながら、ただ歩く。。。
家内には、今日競馬場に娘を連れていく事は内緒にしてある。未成年の子供を鉄火場に連れて行く親がどこにいると怒られるのがオチなのだから、触らぬ神に祟りなしだ。もちろん、日本同様、未成年の入場は合法である。馬券を買ってはいけないだけだ。
広い競馬場には遊び場もあり、マリアッチの演奏が入り、週末のひと時を家族皆で楽しめる工夫はこれも万国共通。
面白い話だが、この競馬場という空間は、どこへ行っても同じ空気か流れている。高校時代に初めて出かけた地方競馬も、アメリカの大学時代に足を向けたドックトラックも、どこも皆、不思議なくらい同じだった。
悲喜交々、アメリカだろうとメキシコだろうと、日本だろうと、どこへ行っても同じ匂いがする。それは、異国へ来て故郷への思いを募らせた僕にひと時の安堵を与えてくれる場でもあった。取れば悦び負ければ悪態をつく。。。そんな単純な人間の欲という感情の起伏に任せて生きる人々の心の内を想像し、眺めるのも好きだった。
そこには、勝利と敗北という、運に身を任せる単純なルールに身をゆだねる人間が、何の裏付けも根拠もない理屈や理論や、裏情報によって夢見る一攫千金という幻、、、その対局にある凋落と零落した欲望という夢の残骸が溢れていた。
いつしか、夢はあきらめへと変わり、彷徨うまま吹き溜まりのように夢の欠片を拾う輩が、どこからともなく集う空間が生まれる。行き場をなくし、帰る場所も、やり直す為の時間すら失った、魂の抜け殻のような肉体が、亡霊のように、徘徊する一角。
その境界線の中へと足を踏み入れると、いつでも、自分だけは、、、という根拠のない蛮勇に身を奮い立たせた。。。
それは、若さでもあった。。。
しかし、その若さが失われた今となっては、その境界も曖昧になって来ていた。
ガラス一枚隔てた隣の建物は、馬主や会員だけが利用できる特別エリアになっている。雨が差し込み、冷たい飛沫に頬を濡らしながら、懸命に自らの運命の行く末、、、しかも、たった数分先の小さな喜びを得るために、目を皿のようにモニターにくぎ付けにするタバコのヤニで薄汚れた老人と、優雅にテーブルに腰を下ろしてワインの栓を抜きながら、馬券に見る夢ではなく、自らの馬が走る姿を愛でる為にやってくるダブルスーツの馬主たちとを交互に眺めながら、運命の不思議を思った。
瞬間、幸福とは何だろうかと考えた。向こう側で優雅に愛馬をめでながら食事を楽しむのも、明日の糧にも困る生活の中で馬券買いに人生を賭ける行為も、楽しみという意味では同種なのだろうかと。。。
否、、、
少なくとも、人生の荒波を切り開く血の滲む努力を放棄し、明日の糧まで運にゆだねる馬券買いをする時点で、、、それは楽しみを伴う娯楽ではなくなっているのは確かだった。
僕は再びぐるりと周りを見渡した。亡霊のように徘徊する亡者達の姿は、しかし、乗り越えるべき壁をとうの昔に諦め、存在を忘れ、否定し、ただ運のみに自らの行く末をただゆだねるだけの吹き溜まりと化していた。
そこに幸福の姿は垣間見る事は出来なかった。少なくとも、今の自分には。。。
ただ、、、
どのような人生を歩もうと、所詮、人はいつかは死ぬのだと。
結局の所、それだけがまぎれもない事実として心に残るのだった。
娘には、この吹き溜まりの空間がどのように見えるだろう?
一レース目はそれほど人は集まっていない。まだまばらで、この時間からパドックに来るのは、余程の競馬好きか行き場を失った老人だけだ。不思議と老婆というのはいない。老人は男ばかりだ。女性は大体若いカップルの同伴である。
無地の紺のブレーカーを着込んだ老人が、柵に肘をかけ、眼鏡越しに目を細めながら新聞と返し馬を交互に見つめる横で、人生の辛酸を皺に刻んだ歯の抜けた老人は、震える手で新聞に大きくペンで4番に〇を描いた。
若いカップルが、手に何も持たずにパドックに流れる馬を前に、アレだこれだと見つめ合いながら話をしている。よく聞くと、その内容は、馬ではなく、二人の今日これからの予定、、、未来の話題だったりする。
そんなまばらな客にぐるりと目線を移していると、ふと、二階席から視線を感じた。見上げるとメキシコ人の男が、こちらをちらちらとみていた。帽子を目深に被っている。日本人は珍しいので、こういう視線には慣れているつもりだが、気のせいにしては、どうも視線が絡んで気になった。
「さて、どの馬が良かったかね?」僕は気を取り直して娘に聞いた。
「4番が可愛かった」娘は言った。手元の新聞を見ると中穴の逃げ馬だった。雨が激しくなった。パドックに水たまりが出来ているのを見ても、本馬場はかなり重くなっているだろう。
これは面白い。追い込みや差し脚の馬を除外すると、4番6番7番が残る。頭を4にして、4-6、4-7の二点買いに決める。1レースは通常、見(ケン)にするのがセオリーだが、この雨に穴を予感して勝負してみる事にする。
馬が引けてまばらだった観衆の一団が馬券窓口へと吸い込まれていくにあわせて、自分達たちもトラックの方へと足を向ける。振り向きざまに二階に目を向けると、男の姿は消えていた。。。
(スリに気を付けないといけないとな。。。) ウエストポーチをしっかりと前に移動させた。
結局、1レース目は予想通りテンで逃げる4が粘って4-7と入って24.7倍。いきなり大きく勝ち越しをしてのスタートになった。娘が予想した馬が入って大いに盛り上がり、ご褒美にフラペチーノを買いに行く。
が、続く2レートと3レースを連続して外し資金を大きく減らしての、起死回生の第4レース。馬券売り場に並んでいると、不意に後ろから声がかかった。
「よぉ、アミーゴ。こんなところでまた会うとは思わなかったぜ」
気安さが声音に浮いている。
(誰だ?)
帽子のつばの下から、丸く大きな目がのぞく、褐色の肌が何故か青白く浮かんで見える。僕がいぶかしがっているとキャップを持ち上げた。
が、誰なのか分からない。。。
「何の用だ?」 風体も目つきもよろしくない男に声をかけられて警戒しない方がおかしい。
「ほら、昨日、アレナメヒコで俺のダチからチケット買ったろう?」 ヤニで黄色くなった歯を浮かせながらその男が言った。
「あ、お前!」 僕は驚きの声を上げた。周りの足が一瞬止まる。何事かと向けられる好機の目が、単なる友人に出会っただけという空気におされて、再び流れ始める。
記憶の端に、この男の顔が浮かんでいた。僕の切っ先を制して取り囲んだ男たちの一人。奴の右側に立っていた。ボスに伝えると言った時に、どうぞと澄まして答えた横で腹を抱えて笑っていた男。。。
「てめぇ、良くもしゃぁしゃぁと声なんか掛けられるな!」 人を食ったような行動に呆れて首を振った。本馬場に馬群が現れた。まだ雨は激しく降っていた。
「マックだ。昨日はすまなかった。。。」
男はそう言って手を出して来た。
出した手を無視した。
そうして睨む男の目は、昨日のカモを捉えて離さないというハイエナの目ではなく、どこかおもねて媚びるような目つきに変わっていた。
「まさか、お前が本当にボスと知り合いだったなんて思わなかったぜ」
目線を泳がせながら、再びすまなさそうに卑下した笑顔を作る。しかし、目は死んでいる。。。
ふと、制裁完了という文字が浮かび上がった。
「一体、何の用だ。金なら貸せねーぞ」 場内放送で締め切り時間のアナウンスが流れた。スウェットの下に着たトレーナーにSMILEの文字が躍っていた。その文字が余計に感情を逆なでる。
時間の無駄だ。こんな野郎と立ち話なんぞしていてはゲンが悪くなるだけだ。心の中で、この2レースの負けの理由を相手に押し付けた。
「分かってるよ。。。」
そこで彼は何かを言いかけた。どこか言い訳が口をついてでるようなそぶりを見せたが、その言葉を飲み込んで一瞬の沈黙が流れた。
「おい、ところで奴は大丈夫だったのか??」
ふと、気になっていた事を口にした。こんな野郎と立ち話なぞ、時間の無駄だが、もし、少しでも足を止める理由があるとしたら、僕を騙した当の本人がどういう制裁を受けたのかというただその一点のみだった。
それ以外はどうでも良い。大体、こいつの顔を見ているのも嫌だった。せいぜい、金を溶かして苦しむがいい。人を騙して巻き上げた金でギャンブルをするなんざ愚の骨頂だ。
溜飲が下がるとしたら、こいつの死んだ魚のような淀んだ目が、負けこんでいる事実を告げている事くらいだった。声を掛ける事が藪蛇になると分かっているのだ。概ね、金を無心するつもりなのだろう。。。そう脳裏が囁く。
「奴は、排除された。もうバイは出来ない」
マックは目線を馬場に向けながら静かに言った。仲間を思う気持ちに増して制裁に対する嫌悪と恐怖と苦渋が表情の中で混濁している。その表情に単なるバイ以上の意味を感じる。
「それだけかよ」 自業自得だと言い聞かせた。
「当然、制裁も受けたさ」 無念さと苦渋に満ちた顔が浮かんだ。
(制裁)の言葉に外耳が反応する。
目で続きを促した。
マックが右耳を軽くたたいた。
十分な制裁だろう? その顔は訴えていた。その場に立ち会ったかのように遠い目をして顔をしかめた。
少なくとも、制裁を行う意味は、周りをけん制する点にあるのだと知った。言葉で言って分からない奴らには、目にもの見せなければ脳に刻まれない。それは理屈を超えた本能への直接的な働きかけでもあるわけだろう。
「たった1000ペソで耳がちぎられたんじゃ、世話ねぇな」
気持ちをごまかすように新聞に目を落とした。
それで十分だった。制裁の意味を知って、少し気分が悪くなった。結局、予想に何も反していなかった。日本のやくざが小指を落とすのと同じ理屈で、こっちでも同じような事をするとは聞いていた。
驚く話ではない。
とはいえ、本当にそういう目に会ったかどうかまでは本人に会ったわけではないので確認のしようがない。これも話半分だと思えば気も楽になる。
それに、例え奴の右耳が失われたとしても、騙された金が戻ってくるわけでもない。その事実が胸に虚しさと共にこみあげてくる。無意味な制裁に価値を感じない僕には、全てが単なる無駄以外の何物でもなかった。
「お前も、せいぜいちぎられねぇように、注意するんだな」
虚勢を張って心をごまかした。
「ああ、分かってる」奴は、静かに答えて一寸目を地面に落とした後、気を取り直すように肩で息を吐いた。そうして、顔を上げると、、、ハイエナのように細めた目を向けて来た。
「で、なんの用だ?」 金の無心だな。直感する。視線を外す。肩越しにぼやけていたスタンディングバー。その視線の先にバーテンのメキシコ嬢の目。クロスした。微笑んだ。。。
「いやな、罪滅ぼしにアミーゴにも特別な情報を分けてやろうと思って」
ちらりと向けた奴の目には鈍い光が差していた。いつしか、雨は上がり太陽が雲の間をぬって顔を出している。雨水に濡れたデスクに転がるプラスチックカップの水滴が虹色に揺れていた。
「俺を騙して、しくじって、耳ちぎられた奴のダチが、一体どんないい話をもってるっていうんだ」 僕は苦笑いをしながら、また、こいつは俺を騙そうとしていると頭をふった。どこまでもイカれた連中だった。
どの世界にも、こういう生き方しか出来ない人間がいる。今、世間を賑わすガーシーのようなどうしようもない詐欺師のような、口先だけで世の中を渡って行こうとする単純な人種。。。しかし、そういう馬鹿に騙される阿呆も少なくないのがメキシコなのだ。
昔、うちで働いていたマニュエルというドライバーが、抽選でコルベットが当たったと大喜びして僕に報告して来た事を思い出した。権利を受け取る為に手続きの費用が$500USD必要だから給与の前借りをしたいと言った。
断った。そんな詐欺に騙されるやつを雇っているつもりはないと言ってやった。分かりましたと大人しく引き下がった。おかしいなと思ったら、他の従業員に借りていた。もちろん、その後トラブルになって辞めて行った。
目の前のマックとやらも、所詮同じタイプの単純な人間なのだろう。ま、そうでなけば、ダフ屋なんぞやるはずもないのだが。
「悪いが興味はねぇよ。じゃぁな」
手をふって払いのける。スタンディングバーで微笑むメキシコ嬢に指でジャックダニエルのボトルを指示し、足を前に出す。
とっさに奴は僕の袖をつかむと、耳に顔を寄せて呟いた。
「いいから聞けよ。。。今日の7レースな、、、5番が入るぜ」
顔を寄せ過ぎて唾が飛んできた。僕の目線と、奴の肩越しに振り向いた二つの目が、メキシコ嬢の目とクロスする。僕は掴んだ袖の腕を振りほどくと、とっさに眉間に寄せた皺を笑顔に換え、指を二本突き立てた。にっこり笑って、嬢が背中のジャックダニエルに手を伸ばした。
「誰の情報だ」 この手の話は日本でも世界でも溢れている。特別な裏情報。そんな根も葉もない情報に何万も突っ込む馬鹿が世界には溢れている。
「それは言えねーが、確かな筋だ」顔を近づけると再びフリースの裾をひっぱる。吐く息が既に酒臭い。
「お前みたいなチンピラが、どんな確かな筋を持っているっていうんだ」僕は鼻で笑った。場内放送は4レースの締め切りについてアナウンスしていた。目の前を、耳に鉛筆を挟んだ中年男性が出っ張った腹を揺らして駆けて行く。
「信じるか信じないかは、お前次第だ」そう言いながら、奴はカウンターに手を伸ばすと、まるで自分が驕るかのようにカップの一つを僕に手渡した。もちろん、金を支払うそぶりはない。
「悪いが、そんな情報に金はだせねーぜ」 カップを受け取り、200ペソをカウンターにおきながら呟いた。4レースは見(ケン)に決め込んだ。
くだらない話にいつまでも付き合っているつもりもない。
「いや、何もいらない。ただ、ダチの詫びって事さ。でな、、、出来れば。。。」
(ほれ、本音が出た)
「金は貸さないし、出さない」僕は再び追い払うように奴の目の前で手を振った。僕はジャックを舐めると興味なくトラックに目をうつした。
「いや、金じゃない。金じゃなくて、、、なんだ、ボスに、、、お前から、一言でいいから、又バイをさせてやれるように口添えをしてほしいんだ。あいつのさ。。。」
奴がその時どんな顔をしていたのか、僕は見ていない。
「冗談じゃねーよ。お前らみたいな詐欺師が1人でもいなくなった方が、観光客に取っちゃプラスなんだ。悪いが断る」 僕は奴の目を睨むと頭を振った。
「いや、分かってる。俺達はルールを無視した。でもな、これからは心を入れ替えて、ちゃんとしたダフ屋をやるつもりだって反省してるんだ」
一体、ちゃんとしたダフ屋ってなんだろうと思った。
手元の新聞を見た。7レースの5番は中穴だ。こんなのが入ったら、とんでもないことになるだろう。遊びで買うならおもしろいとは思ったが、興味はわかなかった。バカげた情報を真に受ける程、自分の心は澄んではいない。
僕は、何も答えず、その場を離れた。奴はついてこなかった。
7レースに近づくにつれ、会場にも人が溢れ始めた。ゴール前のひな壇ではマリアッチが賑やかな曲を声量豊かに歌い、周りではメキシコ人が踊っている。競馬場という環境を除けば、どこでも見られる週末のメキシコがここにもあった。
気分が乗らないまま、結局5レース、6レースと見逃したが、予想は見事に外れていた。その理由を奴に負いかぶせた。ゲンの悪い奴に会った所為だと。そうして、迎えた7レース、僕はやはり見(ケン)を決めた。
くだらない裏情報なんて話で勘も鈍ってしまった。賭ける理由はどこにもなかった。
それでも、一応、オッズだけは見た。
「単勝で20倍もついてるじゃねーか」 思わず呻いた。
連絡みは軒並み50倍以上ついている。
「タンショウって?」 オレンジジュースを口にしながら、娘が不思議そうに言った。
「一着になったら、貰える金額だよ。20倍ってことは、$100ドルかけたら、$2000ドルになる」
「すごいじゃん!」
「当たればだよ。当たればね。けど、こんなの来るわけがないから」
ばかばかしくなった。一体どんな情報なんだ。
しかし、締め切り3分前あたりからオッズが激しく動き始めた。20倍だった単勝オッズがどんどん下がり始めたのである。そこに対比して一番~三番人気のオッズがどんどん上がり始める。何かが起こっている事を感じた。
締め切り一分前。僕は、5番を総流しで買う為に窓口に走った。
その間にもオッズはどんどん下がり、今では一番人気に押しあがっていた。
新聞のハンディキャプレーティングは1/10である。こんな馬が一番人気になる訳がなかった。こんな分かりやすい出来レースが本当にあるなら、しかも、あんなチンピラにまで流れる裏情報とやらが、どれほどのものなのか、、、気になった。
締め切りのベルがなった。
残り資金全額をぶち込んだ事に、結局、自分もどこかの馬鹿と同じ阿呆だと感じた。胸の内側が、何かやってはいけない事をした罪悪感が満たした。結局、自分はこの金を失う事になる。。。漠然と感じた。
会場は大盛況だった。吹き溜まりだった空間が、いつの間にか一般客の喧騒で満たされていた。場が明るくなっていた。気が付けば、日も暮れかけ場内灯が点灯していた。
賑やかな喧騒とは裏腹に、何故か重い足を引きずりながら、席に戻った。オーロラビジョンに示されたオッズを見て声を失った。。。
単勝オッズが1倍になっていた。。。
一体何が起こっているんだ!?
勝負ごとに絶対はない。どんな八百長レースにだって絶対というものはないのである。
更に、驚くことが起こった。
場内アナウンスで4番の馬が出走取消になったと告げた。どよめきが起こった。故障との事だった。いよいよ、疑惑の思いが強まった。5番の内枠が空くという事は、その分スタートのアクシデントが緩和される。しかも、その4番は逃げ馬だった。もし、5番も逃げるのなら、つぶし合いをせずに済む分、かなり有利になるのである。
疑惑のレースがスタートした。
予想通りスムーズに5番は一気に抜け出し先頭にたった。そして、予想を裏切らないテン(逃げ)で駆け出した。
途中の経過を僕は上の空で眺めていた。本来であれば、応援する馬がポジションを上げたり、馬群の中でどう動いているのかハラハラしながら馬券を握りしめている筈だった。
それが、今は、その勝ち馬を応援する気持ちより、本当に5番が入るのかという猜疑心が先に立っていた。しかもそのまま逃げ続けているのだから、ポジションもくそもない。
これはルチャリブレとは違う。演出されたショーでも、そのショーを楽しむ為のエンタメでもない。大切なお金が賭かっているギャンブルなのだ。こんなことがあってはならないという義侠心が心を支配した。
馬券を買って、勝ち馬を応援しないのは初めての体験だった。
(冗談じゃない。。。) 心の中で、もしこれで取ったら自分も奴らと一緒。同じ穴のムジナになってしまうと恐怖した。
4コーナーを回り、他の馬が鞭を入れ始める。が、距離が縮まらない。重馬場である事を差し引いても、こうもすんなり逃げさせる展開に呆れた。しかも、手綱を抑えているのは傍目にも明らかだった。
「おいおい、こんな分かりやすい事、本当にやるのかよ。。。」
思わず口をついた。
が、その気持ちもそこまでだった。
手綱を引こうがレースに手心を加えようが、駄馬は駄馬だった。ゴール直前に馬群に捉えられたかとおもうとその姿が消えた。そして、団子状態の混戦でゴール。。。写真判定にもつれ込んだ。
その瞬間、何故かほっとした。少なくとも、一着ではなかった。
ほっとした後、虚しさが込みあげて来た。
(ならば、何故買ったんだ?)自問した。
結局、心の中でもしかしたら、という欲に理性が負けたのだ。修業が足りないと反省した。しかし、負けたのだから、ある意味清々した気持ちだった。
結果が出た。5番は2着に残っていた。
万が一を考えて僕は連単ではなく、5番を連複で流していた。結果、ギリギリ首の皮一枚で繋がった。しかも、連がらみのオッズは高く、大きく浮上してしまったのだった。
それでも、気持ちは晴れなかった。勝ったという気持ちがわかなかった。
そんな僕の気持ちとは裏腹に場内は沸いていた。しかも、その歓声は、大穴が出た時の驚愕のどよめきだった。元々力のない逃げ馬が、良く分からない裏情報とやらに載せられた連中の買いで1番人気となり、見事外れた結果、本来本線として堅い馬との連複が思った以上に高配当になったからだ。
僕は、見回して奴の姿を探した。しかし、見える範囲にその姿はなかった。
「パパ、勝ったの?」 娘が言った。
「ああ、勝った」 僕は事実を消化しきれていなかった。
「でも、何か、嬉しそうじゃないね。少なかった?」
僕は、何を説明すればいいのか迷った。世の中の穢れた部分を教えるにはまだ早い気もした。だが、そんな穢れた世界に連れてきている時点で、それは偽善以外の何ものでもない事に嘆息した。
「いや、沢山儲かったよ」 僕は笑って答えた。
結局、勝ったのは自分の実力ではない、訳の分からない裏情報だった。勝てば何でも良いわけではない事を、僕はこの時知った。
ルチャリブレでも商売でも、何でもそうだ。勝った結果に意味があるのではない。勝つに至った経緯にこそ意味があり、将来に生かせる経験が蓄積する。
僕の会社のツアーでもそうだ。結果としての、美しい写真や、上辺の面白さを装った作られた楽しみを売りにはしていない。
暑い中を大変な思いをしながら、歩いて回り、苦労して登った後に広がる360度の地平線だから感動をするのだと知っている。
この感動は、360度の地平線という感動ではない。
ここまで大変な思いをしてやってきた。暑い思いもして沢山の汗もかいた。その対価としての360度の地平線なのである。
裏情報で勝っても次はない。それは単なるゼロの積み重ねでしかない。そこで得た体験からは、他人に対する依存しか生み出さない。どこまで行っても、自分で考え、自分で行動する基準や学びが得られない。
ツアーで、綺麗に写真を撮れるスポットに連れていかれて、綺麗な写真を撮る事が出来た。それは自己満足しか生み出さない。本当の感動は、伝播するものだ。僕は、お客様に、そんな感動が伝播するような写真を撮ってもらいたいと思う。
帰り際、上気した面持ちで息を切らせて奴が駆け寄って来た。
「言ったとおりだったろう!!いくら勝った! え! アミーゴ!!」
どうだと言わんばかりに奴が胸を張った。如何に自分が大きく勝ったかを周りに誇示するかのような大声に周りの足が一寸止まる。視線が僕と奴と、そして、その手に握られているであろう大金へと期待を高めながら移動していく。
好奇の目はしかし、奴の手に握られた数枚の500ペソ紙幣で止まると、溜息が嘲笑に変わり、夢と現実のはざまに数舜揺れた後、潮が引くように、また何事もなかったかのように流れ始める。
そんな周りの空気を無視するかのように奴は一人で興奮していた。
「よかったな。だが、勝ち馬(一着)にはならなかった」 僕は静かに肩を叩いた。
「だが、連に絡んで配当がデカかっただろ。当然抑えていただろう」さも当たり前のように、自分のお陰で勝ったであろうことを恩に着せて来る。
(こんな生き方をしていれば、その内、周りと同じ目になるだけだ)
その言葉を僕は飲み込んだ。流れていく目はどれも、自分にもかつて宿っていた未来とか希望とか、悦びだとか若さといった、遥か昔に失い諦めてしまった時間への懐古の情を湛え淀んでいた。
この手の輩は、結局、こういう生き方しか出来ない。
ほとぼりが冷めれば、又、同じように組織で使って貰う事になる。。。それは僕がボスに口添えしようがしまいが変わりはしない。
僕は黙って、奴に幾何かの金を握らせた。
「今日はこれで帰れ。お前にはこれ以上勝てやしない。これ持って、家族に美味いものでも食わせてやれ」
奴は黙って受け取った。そして、礼も言わずに、目で頷いて踵を返した。
振り返る一寸、おもねるように媚びた哀願のまなざしが影を落とした。
「くれぐれも、、、な、、、頼んだぜ」
僕はそれには答えなかった。ひな菊のように横に並んで立つ娘に目を落とすと、不思議な顔をして僕を見つめていた。彼女には僕が何故彼にお金を渡したのかが分からないようだった。自分でも又、何故だか分からなかった。。。
8レースを告げるアナウンスに、場内の空気が再び躍動を始める。雑踏に流れていく人混みの中で僕と娘の二人の周りだけ、時間が止まっていた。
おわり
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