2023/05/31 - 2023/05/31
15849位(同エリア33421件中)
ちばたさん
東京から京都まで。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
-
浜松宿です。
昨日の投げやりな思いはどこへやら、
今日も通勤や通学の人々に紛れて出発します。
足の裏の痛みを軽減するために、
通りがかったワークマンでアーチパワーアシストという靴下を買って早速履きました。
土踏まずを意図的にカーブさせてくれるような靴下で、
長距離を歩く方や立ち仕事の方へオススメです。
お値段299円くらい。
そして、昨日から色々と考えて決めたことがあります。
「旧東海道の道を忠実に歩くことにこだわらない」
と決めました。
ここまで、ハンドブックを見ながらほとんど忠実に歩いてきていて
今さら東海道を歩かないというのは、すごく勿体ないような気がしました。
それで京都まで歩いたと言えるのだろうか、と思いました。
でも色々と考えた時に、
元々私は「昔の人のように歩いて山を越える」ということに興味があり、
昔の人と同じ道を歩いて京都まで行くということが最重要事項ではありませんでした。
そもそも厳密にいえば、
数百年前と全く同じ道を歩くということは
限界があるということにも気付きました。
土砂崩れによって道が通れなかったり、
当時は川や海だった場所が埋め立てられたり、
津波によって東海道の道が移動したり。
そして、京都まで歩いてみたいと思ったのは嘘ではないけれど
旅に出たもう一つの理由は”逃げ”でした。
今の自分の状況、環境から逃げたくなった。
”何もしない自分”から逃げたくなった。
逃げの先が500kmの歩き旅だなんて、
そっちの方が大変だと言う人もいそう。
歩く理由を自覚しながら始めたつもりだったが、
昨日を終えて、
自分の体に対して怒りを感じる自分がいて、
いかにこれまでの人生で、自分の体を大切にしてこなかったかということを感じました。
昔は自分のことが嫌いでした。
次第に嫌いという思いは薄まっていき、、
それでも自分の身体が嫌いでした。
他人の身体を羨み、自分の身体を否定して、
物理的にも言葉でもこの身体を傷付けてきたと思いました。
他の誰でもないこの身体を、私自身が一番大切にして
もっとこの人生を共に生きていきたい、
もっと一緒に色々な旅をしたいと思いました。
自分の身体を労ろう、という思いが
初めて自分の中で腑に落ちた気がしました。
余談ですが、
近しい人と一緒にお風呂に入ることが苦手だった私が、
旅を終えてから祖母と一緒に家のお風呂に入れたことは
自分の中で大きな変化に感じます。
この身体の痛みは、
逃げという不純な動機から始めたことに対する
抵抗の声なのかな、と思ったりもしましたが
過ぎ去った今は、当初意図した以上の体験をさせていただいたように感じています。
あとは、旧東海道の道に沿って歩こうとすると
こまめにハンドブックで道を確認する必要があって、
「歩く」ということになかなか集中できないな、と思いました。
歩く時の身体の感覚や呼吸に集中したくなったので、
そのためには出来るだけ目的地に対して分岐の少ない分かりやすい道が良いと思います。
歩く時、吸う息と吐く息に意識を集中すると、
身体の力がふっと抜けるのを感じます。
呼吸をする度にありがとうと心のなかで呟くと、
身体から余分な力が抜けていき
自分の中が温かさや優しさで満たされる感覚がします。
というわけで、私がこの旅を「東海道五十三次の旅」としなかったのは、
東海道にこだわらない、
自分なりの京都までの歩き旅にしたからです。
この考えに切り替えてから
旅をとても楽しく感じるようになって、
穏やかに進むようになりました。
以降は、時に東海道に沿って
時に国道1号を歩いたり、
気ままな道中になっています。 -
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この緑の葉っぱの色が浮き出ているように見えました。
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町中に普通に溶け込んでいる、東海道の文字。
途中で消費しきった湿布を買おうとドラッグストアに寄った。
湿布を見ていたら薬剤師の方が近寄ってきてくれて
丁寧に話を聞いて湿布を提案してくれました。
ドラッグストアでこんなに親切丁寧に接客をしていただいたのは初めてでした。 -
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舞坂宿の松並木。
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丑の刻。
ひとつひとつは見なかったけれど、
時刻の十二干支があるのだと思います。 -
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こちらはへび。
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中がぽっかり。
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当時は1420本あり、そのうち330本が今も残っているそう。
330本でもすごいものなのに、当時はもっと壮大な松の景色だったんだろうなあ。 -
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戌の刻。
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海が近づいてきたら、道沿いに貝殻があった。
何に使うものなんだろう。 -
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韓国料理屋さんのかわいいブタ
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弁天島のあたりは、右に浜名湖、左に太平洋で
南国のような木があったり
ホテルが並んでいて観光地のような感じだった。 -
湖西市(こさいし)に入ります。
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パイナップルみたいな木。
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新居関所の文字が見えてきた。
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こちらのやなぎやさん、甘味処で素敵な雰囲気でしたが
臨時休業の文字がありました。 -
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新居関所に到着。
嘉永7年(1854)の地震後に安政5年(1858)に再建されたもの。
明治2年(1869)に関所は廃止されたが、明治から昭和にかけて学校や町役場として使われた。
当時の建物が日本で唯一そのまま残る関所。 -
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入館受付の手前、きれいなトイレもあり
座ることもできます。
見学の前に腰を掛けて
足をブラブラ休憩。 -
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月曜休みの、午後4時30分まで。
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https://youtu.be/kUSyCi3dfUM
デジカメで写真を撮っていたら、
いつの間にかこんな動画が撮れていておどろき。
どう操作したのか全くわかりませんが(^o^;)
記念に載せます。 -
立派な松の木。
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入る前までは団体の方がいたけれど、
ちょうど入れ違いになって他のお客さんがいませんでした。
やや薄暗い中、なんだかリアルな人形たち。 -
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「入り鉄砲に出女(いりでっぽうにでおんな)」
というのが江戸時代、関所の役割でした。
・幕府を守るため、江戸に鉄砲が入らないように取り締まる。
・人質として江戸に住まわせられた大名の妻子が江戸から逃げないように取り締まる。(大名は領国と江戸を1年ごとに行き来しなければいけなかった。人も物も金銭も莫大な負担がかかったでしょう。これも幕府が全国を統治するため。) -
歌舞伎役者のようなお顔立ちの皆さま。
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漫才をしていそうなお二人。
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この障子がいい感じ。
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天井。
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廊下。
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中庭。
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長屋の周辺からの出土品。
食事に使っていたのかな。 -
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学校帰りの小学生が歩いていた。
子どもたちは歩くのが速いと初めて思った。
必要もないのに走り出したり、
エネルギーに溢れている。 -
新居関所を後にして、
また坂を上り
坂を下ったら民家が出てきた。
動画は坂を越えて開けたところに出て、
また前の山に向かって歩いているところ。
https://youtube.com/shorts/EJHITRzbd3Q?feature=share -
野菜の救助箱。
すてきな仕組みです。 -
白と水色の間のようなこの色が
緑の中で光っているように見えてとてもきれいだった。 -
自衛隊コラボのパッケージが珍しくて撮ったのかな。
500mlで100円が安くて撮ったのかな。 -
愛知県に入りました。
この時は静岡県が長かった、とは思わなかったけれど
県が変わったのは嬉しかった。
その後、
愛知、三重、滋賀と進むにつれて
静岡は長かったと思った。
愛知に入ってすぐに、
休憩したくて見かけたモスバーガーに入った。
店員さんの言葉のイントネーションが聞き慣れない感じで、
地域が変わったことを実感した。 -
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丸い太陽。
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愛知に入ったら青い空が見えるようになった。
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家族が好きな番組。
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二川宿の看板。
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豊橋の路面電車。
一度くらい路面電車に乗ってみたい。 -
ヤマサのちくわの本店がありました。
このプロテインちくわが気になったけれど、
売り切れでなかったので特選ちくわにしました。 -
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こちらがお店。
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うなぎやさん。
木の左に、吉田宿本陣跡の石碑。
道を渡って向こう側まで行く体力はなかったのだな(^_^) -
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と、思ったら
ちゃんと近寄ってた。すごいぞー。 -
きれいなグラデーションの空。
愛知では2回、全国旅行支援を使用することができて
想定外だったのでラッキーでした。 -
ヤマサの特選のり弁。
ちくわの磯辺揚げがボリューミーで満足感のあるお弁当でした。
豊橋駅の中のヤマサのお惣菜屋さん限定なのかもしれません。 -
出世餅。
薄皮がもちもちしていて美味しかったです。
本日も良い日でした。
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