2023/03/13 - 2023/03/16
5674位(同エリア7392件中)
万歩さん
友人の韓国旅行に誘われて、先月のエジプト旅行に続き、釜山、ソウルの観光旅行に。
韓国訪問は2018年4月の釜山、慶州以来、約5年振り。気儘な街歩きや、博物館見学を中心に旅程を組んだ。また、友人とは釜山で合流し、一夕を共にすることにしたが、旅先での友人との”飲み会”も楽しみ。
今回の韓国旅行、旅程作りの際にネット上で知ったボランティア日本語ガイドツアー(「ソウル徒歩解説観光ーVisit Seoul」)から二つのコースを予約した。観光案内や解説だけではなく、ガイドさんとの個人的な話も出来て、旅の思い出になった。
このガイドツアー、宮殿、王陵、韓屋村、伝統文化、建築・芸術、巡礼路、都市再生の区分で28ものコースが用意されている。
世界規模のコロナ蔓延で出入国の審査が厳しくなっている中、韓国入国に際しては、K-ETA(渡航認証)とQ-CODE(事前検疫情報)が必要。K-ETAの取得では、顔写真の添付が上手くいかず、ひと苦労。パスポート一つで旅行できた時代が戻ってくることを願う。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- チェジュ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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3月13日(一日目)
関空から10時40発のチェジュ航空で釜山に。
金海国際空港のコンビニでT-Money(交通系ICカード)を買い、30,000ウォンをチャージ。空港から金海軽電鉄、地下鉄を乗り継いで、宿泊する東横イン釜山駅前に。荷物を預けて甘川文化村に向かう。 -
釜山駅から地下鉄でチャガルチ市場へ。チャガルチ市場からバスで甘川文化村に。小型バスで狭い坂道を上る。所要時間は15分ほど。
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甘川文化村入り口の停留所。
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以前(十数年以上前)、甘川文化村はガイドブックに載っていなかったが、今では釜山の観光名所として知られ、多くの観光客で賑わっている。
観光地になったのは、それほど昔の事ではないと思い、Wikipediaで調べてみたら『もともとは1950年代に朝鮮戦争の避難民と太極道教徒で作られた町だった。2009年に「夢を見る釜山のマチュピチュ」という公共美術プロジェクトが、2010年には「ミロミロ(美路迷路)路地プロジェクト」が実施され、その後も公共美術事業が続いた。現在では芸術的な雰囲気を醸し出す町となり、「韓国のマチュピチュ」「韓国のサントリーニ」「韓国のチンクエ・テッレ」などと呼ばれることもある』との説明。
公共美術プロジェクトが始まり、多くの芸術家が村内に作品を作り始めた2009年以降に観光地になったようだ。(写真は観光スポットの一つ「魚のタイル画」) -
観光スポットの「星の王子さまとキツネのオブジェ」。他にも”インスタ映え”する写真スポットが多数あり、スタンプラリー用の地図も観光案内所で販売していた。
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伝統衣装の韓服で観光している人たちも多くいた。
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甘川文化村の観光を終えて、チャガルチ市場(場外)の見学。市場を見学するのも旅の楽しみの一つ。
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狭い通りを挟んで魚屋さんが続く。販売だけではなく、お店の裏に食堂を構え、自店の魚を料理して提供している店も多い。
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チャガルチ市場の見物を終えて、友人の宿泊するホテルへ。レストランの選択は友人に任せており、焼肉か伝統(宮廷)料理かと思っていたが、チャガルチ市場で魚を食べることに。
チャガルチ市場に戻り、市場の一階で食材を物色(写真)。お店からの呼び込みも楽しみつつ市場内を一周。迷った末にクエとサザエ、タイラギを買い、二階の食堂で刺身、鍋などで友人と海鮮料理を堪能。 -
3月14日(二日目)
釜山博物館に。ここは前回(2018年4月)も見学したところ。
旧石器時代から高麗時代までの出土遺物を展示した「東菜館」と、朝鮮時代から釜山の近現代史までの資料や文物、美術品を展示した「釜山館」がある。 -
釜山博物館から国立日帝強制動員歴史館(写真)へ。徒歩で20分弱。
パンフレットには「共に記憶し、広く伝えていく歴史館」とあり、強制動員の資料の公開、展示だけではなく、強制労働で働かされた炭鉱や朝鮮人労務者の宿舎、慰安所などが再現されている。
私のほか誰も見学者は無し。
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鳩山元総理も来館していた。
注① 署名は「鳩山友紀夫」となっており、「鳩山由紀夫」ではない。調べてみると、「2013年に名前を「友紀夫(読みは同じ)」に改めた。ただしニュース記事などでは「由紀夫」表記が使われることが依然として多い。2020年現在、本人の公式ウェブサイトのページタイトルは「鳩山由紀夫」の表記で、Twitterのプロフィールでも「由紀夫」の表記を併記している」(Wikipediaより)
注? 鳩山総理の在位期間は2009年9月16日~2010年6月8日、歴史館の開館は2015年12月10日。署名期日が2019年10月12日とあることから、訪れたのは政界引退後。署名は「鳩山友紀夫」とあるのみだか、ケースに入れて展示されている事から元総理の来館と思う。
釜山駅に戻り13時10発のKTX(高速鉄道)でソウルに向かう。
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ソウル駅。東京駅でもお目にかかれない、壮観さ。
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ソウル駅から地下鉄で明洞へ。写真は明洞駅の地下街、活気がある。
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宿泊するイビスアンバサダー明洞に荷物を預け、仁寺洞へ。
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漢字の使用がほとんど見られない韓国だが、書道具店が目についた。ハングルの書道もあろうが、「ハングルには、漢字のように隷書、行書、楷書等に類する確立された書体の区分があるのだろうか?」と思ったが、不明にして知らない。
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篆刻屋さんも。多分、書道作品の落款に添える印鑑の店だと思う。ぶらぶらと仁寺洞を楽しむ。
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3月15日(三日目)
地下鉄で景福宮へ。景福宮の西側の孝子路を北上し、青瓦台に向かう。
正面の小高い山は北岳山。 -
外国人旅行者の青瓦台観光は、当日、青瓦台前の案内所で受け付けている。受付開始時間は9時と13時30分の二回(火曜日を除く)。
8時45分に受付に到着したが、既に10名が並んで受付を待っていた。写真は受付を待つ人々。
中央に見えるのは景福宮の神武門。青瓦台はもともとは景福宮の後苑であった場所に建てられたもの。
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青瓦台へのアプローチ。
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壁には歴代大統領の肖像画が掲げてある。別室にはファーストレディの写真も。
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ホール
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接見室
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大統領執務室。
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東棟の忠武室。大勢の任命状の授与や会議、晩餐会や公演が行われたとの説明。
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官邸の見学の後は公邸へ。
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公邸内には入ることは出来ず、居宅の周囲を巡って見学する。
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食堂を覗いてみた。
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公邸の後は、裏山に整備されている散策路へ。
五雲亭。朝鮮時代の東屋。 -
慶州方形台座石造如来像、端正な容貌のため「美男石仏」と呼ばれているそうだ。
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散策路からソウル市内を望む。青瓦台の先に景福宮、左奥に南山(ソウルタワー)が見渡せる。
北朝鮮の特殊部隊が朴正熙大統領の暗殺目的で、ソウル市内に侵入。青瓦台の裏山(北岳山)で銃撃戦の末に撃退されたことは知っていたが、ここに来て間一髪のところで阻止した、と改めて思った。(1968年1月の出来事) -
裏山の散策路から引き返し、青瓦台の付属建物を見学。写真は、枕流閣。元は景福宮(後苑)の宴会場。
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常春斎。「国内外の賓客へ韓国の伝統家屋様式を紹介したり、儀典、非公式会談などを行った場所」(解説より)
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庭園から北岳山を望む。
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青瓦台観光後は、国立古宮博物館に。「500年以上にわたって受け継がれてきた王室文化・歴史の精髄を集めた王室文化遺産の専門博物館」(パンフレットより)
入場料は無料、音声ガイドを借りて見学。 -
興味を引いた「朝鮮王朝実録五台山史庫本」。パンフレットには「初代太祖から25代王哲宗までの歴史を編年的に記述した記録物」とあり、館内解説では「士官が毎日毎日、国王の周辺で行われたことを記録したもので、王であってもむやみに閲覧することはできなかった」、「国王からも厳重に守秘された年代記」とある。
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館内の様子。観光ボランティアガイドとの待ち合わせ時間も迫っていたので、ゆっくりとは見学できなかった。
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ボランティアガイドとの集合場所である景福宮のチケット売り場に急ぐ。丁度、「光化門守衛儀式」が行われていた。
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13時30分に景福宮チケット売り場前でボランティアガイドの金さんと合流。
ガイド料は無料だが、入場券は必要。当日の日本語ツアー参加者は私一人。
まずは風水から観た景福宮の説明から案内は始まった。 -
メインコースから外れた慈恵殿(王妃の居宅)のオンドルの集合煙突。太陽や雲、山、縁起の良い動物などで装飾され、文化財に指定されているという。
通り一遍の観光見学では見逃すのような、穴場的場所も含め、約二時間かけて景福宮を案内していただく。
また、ソウルオリンピックでソウルが変貌したことや、今日でも儒教伝統が色濃く残り、毎年、四代に遡り祖先の法要を行う事など、雑談も交えながら観光案内だけではなく色々な話をしてくれた。 -
景福宮観光後は地下鉄で国立中央博物館に。当日は水曜日で21時まで開館。 地下鉄駅(二村)から地下歩道(写真)で国立中央博物館に向かう。
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国立中央博物館。入場は無料。
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二体の国宝、半跏思惟像が並べて展示されている。
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半跏思惟像は別格扱い。「思惟空間」と称する一室に展示。360度全方位から鑑賞できる。
広い館内、見落としが無いよう、案内パンフレットで見学ルートを確認しつつ見学。
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国立中央博物館を見学後、明洞のホテルに戻る。
明洞でのたこ焼き屋さんの屋台。小タコが丸ごと入っているのには驚いた。旅の思い出に食べれば良かったか? -
3月16日(四日目)
前日に続き、ソウルウォーキングツアーに。今日は「ソウルの隠された昔の路地 西村韓屋村コース」に参加。集合場所は地下鉄・景福宮駅(3番出口)に10時。
早めに景福宮に。伝統の韓服を着て観光する外国人観光客も多い。写真は中東系のご婦人たち。因みに韓服のレンタル料は、2時間でスタンダード10,000ウォン、プレミアム20,000ウォンとあった。(レンタルショップで)
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チケット売り場の裏で衛兵の儀式(「守門軍公開訓練」)が行われていた。パンフレットによれば、三つの儀式がそれぞれ一日二回行われている。
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10時に景福宮駅でガイドさん(姜さん)と合流、保存地区に指定されている西村韓屋村のウォーキングツアーに。参加者はここでも私一人。
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路地には順路を示す案内板もある。
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解説を聞きながら、狭い路地を進む。
道中、観光案内だけではなく、前日のガイドの金さん同様、世間話も交えながら路地を歩く。ソウル夜間外出禁止令(深夜0時から4時まで、1945年から1982年まで36年間も続く)時などの話も聞く。 -
積み上げられた石片は、オンドル部屋の床下に敷き詰められていたもの。
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公開されている韓屋は案内掲示がされている。
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オンドルの内部構造が分かるように床がガラス張りになっている。
姜さんによれば、「現在はオンドルは使われていない。暖房はエアコンではなく床暖房が主流。オンドルの伝統もあり、韓国の床暖房技術は世界トップ」との事。 -
西村韓屋村から水声洞渓谷を目指し坂道を上る。
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水声洞渓谷に到着。公園として整備されている。
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カササギが多くみられた。
「豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、『カチ(勝ち)、カチ、カチ』と鳴くカササギを、”縁起が良い”と日本に持ち帰った、との言い伝えがある」と、姜さんに紹介。
佐賀県では「勝ちカラス」と呼ばれており、佐賀県の県鳥。 -
水声洞渓谷。ソウル近郊の景勝地として人気があり、背景の仁王山への登山コースも整備されているという。
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西村韓屋村に戻り、画家・李象範の家屋を見学。
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作品も展示されている。
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書斎。
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姜さんが、「ここは日本人観光客に有名な日本料理のレストラン」と紹介された、ヌハの森。ここで約三時間のウォーキングツアーを終える。
景福宮からソウル駅に戻り、空港鉄道で仁川空港へ。
空港のコンビニで旅行中大変重宝したT-Moneyカードを精算し、残金を受け取る。旅行中の交通手段は釜山、ソウル間のKITを除き、すべてT-Moneyカードを利用しての地下鉄、バス、空港鉄道で。30,000ウォンのチャージで残金は9,570ウォン(清算で500ウオンの手数料)
仁川空港16時55分発の関空行き、チェジュ航空7C1306便で帰国。 -
若い時(20代)は、時間も、何よりもお金が無くて、気軽に海外旅行など出来ず、沢木耕太郎の『深夜特急』で海外旅行を夢想し、韓国へは関川夏生の『ソウルの練習問題』で思いを馳せていた。
時は流れ、歳も重ね、今回は友人の誘いに日程調整の要もなく、ホイホイと気軽に乗っての韓国旅行。個人的に隔世の感あり。
70代になった今、「海外旅行は(特に今回の旅行で)、飛行機に乗っての卒業試験か」と思うようにもなってきた。毎回落第するので、まだまだ旅が続けられることを願う。
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