2023/04/12 - 2023/04/15
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ピンクのスマフォさん
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新型コロナの影響で家に閉じこもっていました。
私は、政府が推奨する米国製ワクチンが胡散臭いなと感じて、ワクチンを1回も接種していません。
従って、ワクチン接種を参加条件とするツアーは申し込みできませんでした。
感染症法の位置付けが5類に移行したのに伴い、ワクチン接種していなくてもツアーに参加できるようになり、国内旅行を再開しました。
海外はウクライナ情勢や円安に伴う旅行代金の高騰、コロナの感染状況が不明などの理由で参加困難なので、国内ツアーに参加することにしました。
限られたツアーの中から阪急交通社の「九州4県モニターツアー」という3泊4日のツアーにしました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス JALグループ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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4月12日(水)富士山静岡空港へ。
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予約車専用駐車場は空港出入り口のすぐ近くに駐車出来るのがメリット。
無料の駐車場もありますが、ほぼ満車ですので予約金500円払って専用駐車場に駐めることにしています。 -
空港内はガラガラでした。
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予定通り14:20発。
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噴煙を上げる阿蘇山が見えました。
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阿蘇くまもと空港に到着。
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「ようこそ火の国熊本へ」。
なぜ熊本は火の国と呼ばれるのでしょうか?
諸説あるようですが、そのうちの1つが、夏に有明海や八代海で見られる蜃気楼「不知火(しらぬい)」です。
また、熊本県には「阿蘇山」など立派な火山がそびえることから火の国と呼ばれるようになったという説もあります。 -
2016年4月の熊本地震で破壊された道路が見えます。
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ホテルへ向かう途中で見えた阿蘇五岳(あそごがく)。
「阿蘇山」は単体の山ではなく根子岳・高岳・中岳・烏帽子岳・杵島岳などを総称した呼称で、五つの岳を総称して阿蘇五岳と呼ばれます。 -
1日目の宿は阿蘇ホテル二番館。
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阿蘇ホテル二番館の入り口にはとうもろこしがたくさん干してありました。
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夕食。
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4月13日(木)
朝食。 -
ホテルの部屋の窓からの風景。
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阿蘇を代表する観光地の草千里ヶ浜へ。
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噴煙を上げる阿蘇山。
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観光用の乗馬施設がありました。
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朝なので、駐車場も空いています。
左下がツアーのバスです。 -
南阿蘇鉄道高森駅から列車に乗ります。
南阿蘇鉄道は地震で被害を受けましたが、今年7月15日から全線復活するようです。
今は、一部だけ開通しています。 -
駅にあったワンピースの登場人物 フランキー。
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7/2までの土・日・祝だけトロッコ列車が走るようです。
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列車が来ました。
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のどかな風景を見ながらのんびり進みます。
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雄大な阿蘇の山々を眺めながら、ゆっくり走っていきます。
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阿蘇白川駅。
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明神池名水公園が見えました。
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終点の中松駅です。
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高千穂峡の観光前に昼食です。
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ツアーの昼食です。
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高千穂峡を歩きます。
柱状節理の美しい渓谷です。 -
真名井の滝。
日本の滝100選に選定された名瀑です。 -
天孫降臨の折り天村雲命という神様が、水種をこの地に移された天真名井から地下水となってこの滝に湧水しているという神話が残ります。
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高千穂神社。
高千穂郷八十八社の総社で、約1,900年前の垂仁天皇時代に創建された神社です。 -
大分県豊後大野市にある道の駅「原尻の滝」に到着。
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「原尻の滝」は大分県百景のひとつにあげられている名瀑で、幅120メートル、高さ20メートルです。
9万年前に起きた阿蘇山の大噴火の大火砕流によってもたらされたこの滝は、のどかな田園地帯にあります。 -
周囲にはチューリップが広がる美しい風景が広がっています。
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別府温泉のホテルサンバリーアネックスに到着。
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夕食。
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ホテル近くの銭湯(温泉)に行ってみましたが、大して広くなく、お湯もカルキ臭くて、ホテルの温泉で充分でした。
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4月14日(金)。
この日の最初の観光地は海地獄。
海地獄は今から約1200年前、鶴見岳の爆発により出来た広大な熱湯の池。
この池が海に見えることから海地獄と呼ばれるそうです。
神秘的な美しさのコバルトブルーの池は、98度もある熱水泉です。 -
こちらは血の池地獄。
地下の高温、高圧下で自然に化学反応を起こし生じた酸化鉄、酸化マグネシウムなどを含んだ赤い熱泥が地層から噴出、堆積した為、池一面が赤くなっています。 -
大分県別府市から福岡県柳川市に向かいます。
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柳川市では急遽オプションで柳川川下り&うなぎの昼食が提案され、私は申し込みませんでしたがツアーメンバーの大半が申し込みました。
写真は川下り船乗り場近くの沖端(おきのはた)水天宮と恵比須神社。 -
オプションを申し込んだ人達はこちらの店でうなぎを食したようです。
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私は、あまり店を選んでいる時間もないので、一人で近くの夜明茶屋という店で昼食を取りました。
魚屋さんのお店なので色々な魚を売っていました。 -
食べたのは海鮮丼とワケノシンノスに梅酒サワーです。
ワケノシンノスとは福岡県柳川市の方言で、有明海沿岸で取れるイシワケイソギンチャクという名物らしいです。
何か珍しいものを食べたいと言ったら出てきました。 -
オプションを申し込んだ方達は昼食後、川下りに出発です。
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私は一人で柳川藩主立花邸「御花」を見学しました。
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歴代の藩主が住まいとした「御花畠」に、明治時代に伯爵となった14代当主立花寛治が造営した伯爵邸と松が美しい「松濤園」は今も当時の姿を留め、「御花」と呼ばれています。
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洋館と和館が並び立つ伯爵邸。
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洋館内部。
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もう4月ですが、雛人形が飾ってありました。
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広い和館内部。
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「松濤園」には広い池があります。
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立花家史料館も見て回りました。
柳川川下りに参加した方達は途中から雨に降られて散々だったようです。 -
次の観光は予定では醤油工場見学とありましたが、工場見学は無く、売店に寄って買い物しただけでした。
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バスから見た天門橋(天草五橋・1号橋)。
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西日本で唯一の海に浮かぶ水族館「海中水族館シードーナツ」が見えました。
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松島観光ホテル岬亭に到着。
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夕食。二人分を一緒に盛り付けた大きな器で出されるのが基本らしく、一人用は隣の二人用の食事と比べると貧相に見えました。
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夕食。
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4月15日(土)。
朝食。 -
松島展望台に到着。
天草五橋は昭和41年9月に開通した九州本土の宇土半島と天草諸島を結ぶ五つの橋の総称。1号橋(天門橋)、2号橋(大矢野橋)、3号橋(中の橋)、4号橋(前島橋)、5号橋(松島橋)からなります。
五橋が架かる国道266号は、その周辺が真珠の養殖場となっていたことから「天草パールライン」の愛称で親しまれています。 -
しかし、松島はほとんど見えず、橋も4号橋がわずかに見える程度でした。
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藍のあまくさ村は天草五橋の一号橋を渡った上天草温泉郷にある観光物産館です。
天草・島原一揆(島原の乱)の総大将として有名な天草四郎の15mもある日本一の像”がお出迎え。
下方には疫病を鎮めるとされる妖怪「アマビエ」像が置かれています。
今から約200年前、肥後国(現在の熊本県)の海に現れた「アマビエ」は豊作や疫病の予言を行い、疾病退散にご利益があったと伝わっています。一説によると身長が187センチメートルあったことから、187cmのアマビエ像が造られたとのことです。 -
島原の乱は、1637年島原・天草地方の百姓達が領主による厳しい酷使や過重な年貢の取立て、さらに数年に渡り続いた凶作による飢饉の被害のために起こした一揆です。
天草四郎を中心に一揆軍は団結し、江戸幕府の正規軍相手に緒戦は善戦するも、篭城を開始して90余日、ついに全滅しました。 -
三角西港は、1887年(明治20年)に明治政府の殖産興業の政策に基づいて、オランダ人水理工師であるローエンホルスト・ムルドルの設計により築港されました。
756メートルにもおよぶ石積みの埠頭や水路、建造物などは築港後1世紀の歴史を持ちながら今なお厳然としてたたずまいを見せており、築港当時の姿が完璧に現存している唯一の港として国の重要文化財に指定されています。 -
756メートルにもおよぶ石積みの埠頭や水路、建造物などは築港後1世紀の歴史を持ちながら今なお厳然としてたたずまいを見せており、築港当時の姿が完璧に現存している唯一の港とされています。
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埠頭は、対岸の飛岳から切り出した安山岩を切石し、緻密で高度な石積みで形成されており、背後の山からの水を流すため山麓に沿って排水路を設け、直接海に排水するために町を縦断する2箇所の排水路を設けています。
総延長756mに及ぶ石積埠頭、3つの浮桟橋、整然とした道路、排水路、石橋などは当時の最先端の都市計画の下で築かれたことを示しています。 -
1979年に建設された海床路(ながべたかいしょうろ)にやってきました。
干潮の時間帯は、海の彼方へと伸びる約1kmの「道」が現れ、満潮となると「道」全体が海に沈みます。 -
有明海は干満の差が激しいことから、潮が引き始めると船を岸に寄せることができません。
海苔養殖・採貝を営む漁業者は、海での仕事を終えた後、船を岸から離れた沖に停泊させ、この「道」を使って陸に戻りました。 -
「ONE PIECE」ジンベエ像は最近設置されたもののようです。
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バスから見えた熊本城を築いた加藤清正像。
現在も清正公(せいしょこ)さんとして熊本市民に親しまれ、熊本城のそばに甲冑と長烏帽子(ながえぼし)と戦いの陣中に座るような姿で、佇んでいます。 -
ツアー最後の観光は熊本城です。
熊本城は加藤清正により、慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いの前には現在の位置に築城され始め、本丸は慶長12年(1607年)に完成しました。周囲5.3km、総面積98haにも及ぶ広大な城郭は、大小天守を中心に櫓49、櫓門18、城門29があったと言われています。
現在、宇土櫓を始め13棟が国の重要文化財建造物に指定され、57.8haが特別史跡に指定されています。 -
正面には、天守南西に位置する数寄屋丸の石垣が見えますが、熊本地震の影響で崩れていました。
「数寄屋」という名称から、茶会などが催されていたとみられています。 -
熊本城の天守や櫓の壁は、防火や防弾のため厚い土壁となっています。
土壁の外側は軒裏を漆喰で塗り込め、その下側は柿渋や炭を混ぜた塗料で仕上げた板を横方向に貼り重ねた「下見板張」という仕上げです。
土壁の表面をすべて漆喰で仕上げる「塗籠」は白く美しいが、耐久性では下見板張の方が優れているそうです。 -
熊本城の石垣は「清正流」石垣として名高く、反りが見事なことから「武者返し」として親しまれています。
天守の石垣は1599年頃に築かれた大天守と十数年後に築かれた小天守で異なる特徴を持ち、勾配や石材の加工、積み方に技術の進化を見ることが出来ます。 -
城の内部には時代別に天守軸組模型や甲冑・火縄銃のレプリカなどが展示されていました。
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宝暦13年(1763)銘の鯱瓦(熊本博物館蔵)。
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最上階からは、復旧・復興が進む熊本城と熊本の街並みを一望できます。
エレベーターで上がれるので楽でした。 -
本丸の西北側にある宇土櫓(うとやぐら)は、築城当時の姿を保っている唯一の多重櫓です。3重5階地下1階のつくりで天守に匹敵する規模と構造のため、「第三の天守」とも呼ばれます。
明治のはじめ頃までは、他にも4棟の五階櫓(ごかいやぐら)がありましたが、現在は宇土櫓だけが残っています。 -
城の中心にそびえる天守は、戦いになった場合に立て籠もる建物で、壁や窓・忍び返し・狭間・石落しなどの様々な工夫がなされています。
熊本城の天守閣の特徴は、四面に配した千鳥破風(ちどりはふ)と最上階の南北につくられた唐破風(からはふ)と呼ばれる建築様式です。 -
バスから見えた熊本唯一の百貨店である鶴屋百貨店。
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阿蘇くまもと空港に戻ってきました。
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16:45阿蘇くまもと空港発。
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富士山静岡空港には18:00頃到着。
久しぶりの旅行でしたが、無事に行ってこれて良かったです。
これから、毎月1回~2回位国内ツアーに参加する予定です。
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