2023/02/09 - 2023/02/11
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還暦が近づき、失った想いでや反省の数々を振り返り、喪失と寂寞の年明け。コロナ期にすっかりステイホームが常態化し、おそらく飛行機に乗ることもなかろう、などとあきらめていたかつての旅人が、ふと琉球の神々にかかわる動画に出会った。厄払いにはやや早いが、沖縄への久しい旅を思い立つ。衝動的にエアーと宿を決め、休暇を利用し前泊込みの三日間。琉球八社すべては難しいが、どうしてもお参りしたいパワースポット普天満宮を中心に、波上宮、沖宮、識名宮、末吉宮を目指す。再建途中の首里城は約35年ぶり、壮大さに心を奪われる。石畳の小道沿いには、かつての共同井戸跡ウフヒージャーや巨木に出会い、古へタイムスリップ。歩き疲れて飛び込んだ食堂パーラーは、地元の人でにぎわっていた。前泊は東急エクセル、那覇はメルキュール、エアーはANA、靴が破れてオーパで購入、最後の夕食は個性的なおかみさんが仕切る壺川の寿司屋さん。あっという間だったが、忘れかけていた感覚がよみがえり、予想しなかった自分の中の声が、次のたびに誘う。写真は普天間宮の絵馬。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー ANAグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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早朝便なので、羽田前泊。3年以上ぶり、なつかしき第2ターミナル。
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なんだか久々に、各階を歩きまわる。最上階の端に、エアポートビューのカフェを見つけたが、すでにクローズ。にぎわうお寿司屋さんで、刺身と羽田特上。
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エクセル東急の部屋、おしゃれなイラスト。携帯カメラで映り悪いですが、旅こころをくすぐる案内板。お高いが、前後泊には便利で快適。
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なんだか気持ちが高ぶり、4時に目覚めてしまった。ビジネスラウンジが開くまで待ち、牛乳と青汁を飲んで読書。
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プレミアの丁度良いサンドイッチで朝飯。関東は雪予報だが、那覇空港はすこし暑いくらい。空模様は微妙、ゆいれーるで壷川至近のホテルに荷物を預け、いざ出発。奥武山公園方面へ向かう橋の上から。
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まずは沖宮へ(okinogu)、東側の弁天から入る。1451年創建といわれ、古木をお祀りする航海安全祈願の宮で、1938年本殿は一度国宝指定されたが、戦争で失われる。1975年、奥武山に沖宮として復興、天照大神(りゅうぐうおうおんかみ)をおまつりする。もともと奥武山には御嶽があり、霊験あらたかな聖地であった。
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権現堂の藤棚美しき。ほかにも住吉神舎、八坂神舎、祈祷殿がある。
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水神。とても沖縄らしい、あかるくうつくしく自然ゆたかなお宮様であった。
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今回急なスコールが降り、天燈山御嶽にはお参りできず、つぎにお迎えいただいた折にはぜひお参りさせていただきたい。
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ゆいれーるに逃げ込む。そのまま大雨の中、古島駅へ。タクシー乗り場を望む。ここから2-30分、宜野湾市へ。
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運転手さんにお願いし、普天間宮参拝の間、待っていただけた。こちらの宮は、奥にあるパワースポットの洞窟、すなわち琉球古神道の神を祀ったことに始まり、1450-60年頃に熊野権現を合祀したと伝えられる。
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公式HPによれば、戦時中は社掌が御神体を捧持して糸満へ避難、戦後は具志川村田場に仮宮を造りて祀り、その後境内地が米軍より解放され、昭和24年元の本殿に還座。
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洞穴(指定文化財)は撮影禁止だが、20分おきに無料で案内いただける。全長280m、洞口が2カ所、聖地であることが強く感じられる。おごそかでひんやりした空気の中、いくつかの奇岩にしめ縄やしめ飾り(紙垂)があり、深く礼し、参拝す。
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公式HPより抜粋「洞穴の形成規模等からして地域の地形地史を知るうえでも貴重。洞窟内及び東洞口付近は遺跡となっており、沖縄貝塚時代前期後半以後(約3000年前)の遺物が多数発掘されている。約2万年前の琉球鹿、琉球昔キョン、イノシシなどの化石も発見され宜野湾市文化財名勝に指定された。」
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運転手さんのご厚意で、首里城まで運んでいただく。働きだしたばかりのころ(およそ35年前)、当時付き合っていた女性と初めて沖縄へ。確か、西海岸のホテルに2泊し、かえりに首里城を歩いた。坂道で荷物が重かったこと以外、さみしいくらいに覚えていない。その後、彼女とは別の道を歩くのだが、今でも若き日々を苦く思い出す。
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本当は首里城の前に、末吉宮を参るつもりだったが、天候がわるく山道を登れない可能性もあり、あきらめた。実際このあと石畳道で靴が破れたので、致し方なかった。こうした出来事すべてに、意味があることなのだろう。
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雨はやみ、曇り空ではあるが風が少し涼しいくらいになった。首里城公園は、まさしく世界遺産にふさわしい壮大な歴史を感じさせてくれる。
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観光客もそれなりにおられるが、ゆっくりとした散策にちょうどいい具合の人口密度である。
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撮影にも人が入り込まず、あらためて琉球王国のかつての姿を空想できる。
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歓会門、瑞泉門、広福門、とそれぞれ意味がある。
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石積みの壁、赤い門、石畳の段。
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赤い瓦屋根、やし、道にはハイビスカスも咲いていた。こちらは下にある久慶門
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城の内郭と外郭には、アザナと呼ばれる展望の良い場所がある。
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淑順門の説明
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有料区域
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展望場所からのぞむ。
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首里城公園の全貌なり
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奉神門
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遠くに海が見える
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女官居室の周囲から
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みどころはつきない
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金城町石畳道へ向かう。何度も那覇にきているが、始めてだ。
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こうした木々に囲まれると、おのずと心が潜まる
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16世紀に首里から港や南部へ通じる主要道として造られた「真珠道」の一部。
敷石は琉球石灰岩を組み合わせた「乱れ敷き」。当時は約10kmにも及んだらしい。金城橋へ下る約300mを歩く。 -
沖縄県指定文化財。石畳沿いの家では生活が営まわれており、車が出入りしていた。
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カジュマルの木、勾配と石で、靴が破れた。
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無料休憩所らしい、古民家。
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チョンチョンガー:山側の土手からしたたり落ちる水が溜まってできた井泉。識名坂の途中、道を往来した人々の喉を潤したろう。戦後の宅地造成で井泉は消失したという。
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ハンタガー:繁多川、かつて石から水が染み出でいたようだ。
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ホージーガー:坊主川、やはり台地から水がしみ出していたかつての営みを、彷彿とさせる
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ここで地元の人に声をかけていただいた
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アップダウンと暑さで、救いを求めて地元の食堂、そっとノックする。
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あっさり沖縄そば定食、とんかつ付き。食後にコーヒーもサービス。
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こんなさりげない入り口でしたので、少し勇気がいりましたが、とてもよいお店でした。地元の人に交じり、ごちそうさまでした。
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ほぼ隣に近い、識名宮へ。ここもとても鮮やかで、小さいながら、印象深いところでした。公式HPによれば、琉球神道記(1608年)には「尸棄那権現」、琉球国由来記(1713年)には「姑射山権現」とされ、「石窟惟霊地也」と祭神の記載がある。さらに近世沖縄における熊野三山、いわゆる権現信仰としては末吉宮は熊野新宮に、普天満宮は熊野那智(飛龍)に、識名宮は熊野本宮に見立てて信仰されていた、とのこと。
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うめかももでしょうか、すでに花が咲いていました。
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御祭神は伊弉冉尊、速玉男命、事解男命、午ぬふぁ神、識名女神。こころから、お参りさせていただきました。
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御縁起によれば、「辺りには人影もない所で、ただ一つの洞穴があるのみでした。その洞穴には賓頭盧が一体安置されていました。大阿母は夜な夜な北斗星と牽牛星の間まで光射しているもとは、きっとこの賓頭盧の霊光に違いないと思って、これを深く信仰していました。」
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宮を出た反対側に、1つタクシーが止まっていた。運転手さんがたまたまジュースを買いに出てきて、ちょうど載せていただいた。そのまま波の上宮へ。沖縄総鎮守。ここは観光地化しており、海外の皆さんのルートなのか、大勢が写真を撮っていた。
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公式HPより「海神の国(ニライカナイ)の神々に、日々風雨順和にして豊漁と豊穣に恵まれた平穏な生活を、人々は祈った。その霊応の地の一つが波の上の崖端、聖地かつ拝所だった。里人が"ものを言う石"光を放つこの霊石を得たが、これを知った諸神が奪わんとした。人は逃れて波上山に至った時に神託があった「吾は熊野権現也この地に社を建てまつれ、然らば国家を鎮護すべし」
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明治二十三年官幣小社に列格、先の大戦で被災。戦後昭和二十八年に御本殿と社務所が、三十六年には拝殿が、平成五年御本殿以下諸社殿が竣工、とのことです。
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北側の公園から、海の方に向かい、小道があった。
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波の上ビーチに下った。ここも小さいがローカル感あふれ、左側の崖はまさしく聖地であった。
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この上に、波の上宮があり、かつての人々が祈ったであろう、海が広がっていた。現在は高架橋があるが、、。
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冬だというのに、海はきれいだ。このあと天久宮に行こうと思ったが、タクシーが見つからず、ゆいレール旭橋駅まで歩いた。靴がボロボロで、近くのシューズ店を捜し、オーパにあるらしい。しかし入口が1Fに見つからず、一回りしてやっと2階に上がった。この時点でへばっていたので、すぐさま購入、そのまま履いて帰った。店員さんに親切にしてもらい、とても助かった。
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ホテルで一休みし、フロントでもらったお店マップ頼りに、一番近い沖縄居酒屋さんに。客は小生のみ、これはスクガラスという珍味、イカ墨と、アイゴの稚魚「スク」の塩漬けを「カラス」といい、結構辛くていけた。
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カウンターにハブが居ました
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実はこの後もう一軒、近くのお寿司屋さんにぶらっとはいりました。北海道出身のマスターと埼玉出身のママと話が弾み、2-3貫しか食べられなかったが、オリオンの瓶を1本いただきました。これは夜景ですが、夜まで、また早朝から、隣の郵政建物から車やブザー、荷物の音が響き、やどはいまいちでした。
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翌朝、お店が開く前の那覇空港、ラウンジで読書。帰りのANA便は往便より大きく、機材もシートも新しく快適だった。こうして瞬きするような久々の旅は終わり、まだどこかに行く気力体力好奇心が残っていることを、再認した。心も少し割り切れて、軽くなっただろうか。次の旅立ちは、すぐそこ、乞うご期待?
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