2022/12/14 - 2022/12/14
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fromatozさん
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伊勢神宮を参拝後、朝熊山登山。
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おはらい町通りを歩いて伊勢神宮(正式名:神宮)の皇大神宮(内宮)へ。
おはらい町 名所・史跡
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宇治橋を渡って、宮域に入る。
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玉砂利の敷き詰められた神苑の参道を歩く。
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五十鈴川沿いにある御手洗場(みたらし)。
五十鈴川 自然・景勝地
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瀧祭神(たきまつりのかみ)。五十鈴川の御手洗場の近くにあり、垣と門のみで社殿はなく、石畳に祀られている。五十鈴川の守り神として古くから祀られている。
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四至神(みやのめぐりのかみ)。四至とは神域の四方を意味し、内宮神域の守り神として、石畳の上に祀られている。
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皇大神宮。祭神は皇室の御祖神であり国民の総氏神とされる天照大御神。約2000年前、皇位のしるしとして受け継がれる三種の神器の一つであり、天照大御神のご神体とされる八咫鏡(やたのかがみ)をこの地に祀られたのが起源とされる。
階段から先は撮影禁止。伊勢神宮内宮(皇大神宮) 寺・神社・教会
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神宮神田で収穫し、神宮の最も重要な祭りである三節祭でお供えされる御稲(みしね)が奉納される御稲御倉(みしねのみくら)と、奥にあるのは、古神宝を納める外幣殿(げへいでん)。
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別宮の荒祭宮(あらまつりのみや)。祭神は天照大御神荒御魂。神様の御魂のおだやかな働きを「和御魂(にぎみたま)」というのに対して、荒々しく格別に顕著な神威をあらわす御魂の働きを「荒御魂(あらみたま)」としてたたえている。
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別宮の風日祈宮(かざひのみのみや)。祭神は風雨を司る級長津彦命(しなつひこのみこと)、級長戸辺命(しなとべのみこと)。豊受大神宮(外宮)の別宮、風宮(かぜのみや)も同じ祭神。古来、風雨の災害が無いよう、また五穀が豊かに実ることを祈願されてきた。もともと「風神社」と呼ばれていたが、「社」が宮号をもつ「風日祈宮」となったのは、鎌倉時代の蒙古襲来の際、神威によって猛風が起り、襲来した敵軍10万の兵を全滅させ、未曽有の国難を救った霊験に応えるべく正応6年(1293年)に、太政官符を以て宮号宣下を発せられたことによる。いわゆる「神風」信仰の起源と考えられる。
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御厩(みうまや)にいた皇室から献上された神馬。アングロアラブ種というアラブ種とサラブレッド種の交配種。日本在来種でないのは見栄えや飼育のしやすさからなのだろうか?
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参集殿(休憩所)前の錦鯉の泳ぐ池。
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皇大神宮の宮域にある山の守護神である大山祇神(おおやまつみのかみ)を祀る大山祇神社(おおやまつみじんじゃ)と木華開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)を祀る安産・子授けの神として崇敬されている子安神社。
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大山祇神社と子安神社の近くにあった苔と紅葉が映える一角。
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神宮司庁の先から出て、朝熊山(あさまやま)へ登山。「お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り」と伊勢音頭の一節にも唄われ、伊勢神宮へお参りする人々は朝熊山の山上にある朝熊岳金剛證寺へも参詣するのが習わしだった。
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昭和の時代、伊勢神宮(内宮)から朝熊岳間に乗り合いバスが運行されていたようで、その時の名残とおぼしき石積みがあった。
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紅葉している木の写真を撮ったのはこの場所くらいで、ほとんど見られなかった。
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朝熊山経塚群。伊勢市観光協会のWEBサイトには「金剛證寺本堂の北西にある、経ケ峯から発見された経塚群。明治時代に陶製経筒が発見されていましたが、未調査のため詳細は不明でした。その後1959年・1960年(昭和34年・35年)伊勢湾台風による倒木の整理作業中に銅製経筒や鏡などが発見され、後の調査で43基もの経塚が発見されました。経塚は、穴を掘って石を敷き詰めた空間に、副葬品と共にお経をいれた筒を据え置き、その上に大きな石で蓋をしたものです。出土品の中には非常に貴重なものも含まれ、阿弥陀如来を描いた「線刻阿弥陀三尊来迎鏡像」などは国宝に指定されています。これら出土品は金剛證寺などに保管されており、埋経されていた場所には出土地点を明確に残すため、寄進者により石塔が立てられました。」とあるので、現在目にする石塔は昭和時代のもののようだ。一番手前左の石塔の基部には「16」と刻まれており、他の石塔にも数字が刻まれているものがあり、年号でもなさそうなので不可解だったが、出土品の出土地点を管理するための番号か何かなのだろう。
朝熊山経塚群 名所・史跡
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ルートの都合から金剛證寺の奥之院へ。伊勢志摩地方では「亡くなった人の魂は朝熊山に昇る」と考えられ、葬儀の後は宗派を問わず奥之院を訪れ、卒塔婆を建て供養する習わしがあり、奥之院へ続く参道や周辺には所狭しと卒塔婆がびっしりと建てられている。
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卒塔婆の大きさによって金額が違う。死後の供養もお金で差別化がはかられるという、生々しい現実を”改めて”突きつけられる。死者の弔い方や規模は、やはりお金がものをいうことを。
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奥之院に掲げられていた塔婆志納料一覧。1万円以上の塔婆志納料を納めれば、一律6年間卒塔婆が建立される。ここはある意味平等性が高い。でも遅くとも6年後には卒塔婆は取り去られてしまうようだ。その後はどうなるのかというと、、、
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奥之院にある合祀供養塔。卒塔婆の建立期間が経過すると、合祀法要の後に、この供養塔に合祀されるそうだ。ここでようやく、こちらの世界での見栄え(卒塔婆の種類や大きさ)の格差からも解放され、平等に供養されるようになるということか。
ここで気付いたのだが、卒塔婆を建立できる土地には限りがあるが、6年経てば新たな卒塔婆を建立できるようになるので、持続可能なビジネスモデルだなと。 -
金剛證寺の本堂へは後で寄ることにして、奥之院から車道を歩いて朝熊山山頂展望台へ。鳥羽方面がよく見える。条件がいいと富士山も見えるらしいが、この日は見えず。
朝熊山頂展望台 名所・史跡
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山頂広場にポツンと佇む「天空のポスト」と名付けられたポスト。
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「さんぽ道」を歩いて勘吉台へ。伊勢市方面も開けている。
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先程、奥之院に寄った金剛證寺の本堂へ。
金剛證寺 寺・神社・教会
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手前の小さなお地蔵さんの”ナニ”の方が御利益ありそうだった。
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元禄、享保の年号が彫られた石碑。歴史を感じる。
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往路とは別の朝熊岳道で下山。なぜかクリスマス飾りが登山道に。
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大正14年(1925年)~昭和19年(1944年)まで開業していた朝熊登山鉄道(ケーブルカー)の軌道跡。
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近鉄鳥羽線の朝熊駅。無人駅。ユニークな造り。
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今宵の宿の最寄り駅の松阪で下車し、チェックイン後に夕食。松阪牛で全国旅行支援のクーポンを消費。松阪牛極上カルビ2200円、松阪牛モモ1430円、松阪牛ウデ1375円(合計5005円)。さすがに極上カルビはとろける美味しさ。
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