2022/12/09 - 2022/12/09
1053位(同エリア4682件中)
杏仁豆腐さん
世田谷の静嘉堂文庫美術館からギャラリーを移した静嘉堂@丸の内。
東京駅のそば、皇居のお堀端にある重要文化財の明治生命館内にオープンしました。
チケットは、日時指定の事前予約制でした。とても人気が高く、購入後しばらくしてHPを見たら、最終日まで完売となっていました。
☆移転前の静嘉堂文庫美術館訪問
用賀から二子玉川まで散策☆世田谷美術館・静嘉堂文庫美術館☆セタビカフェ☆2021/04/20
https://4travel.jp/travelogue/11688795
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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明治生命館
明治生命館は、1934年(昭和9年)3月、3年7ヵ月の歳月をかけて竣工しました。
設計は、東京美術学校(現、東京芸術大学)教授岡田信一郎。 -
中に入るとクリスマスツリー。
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明治生命館は、1997年(平成9)に昭和期の建造物としては初めて、国の重要文化財に指定されました。
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1945年(昭和20年)9月12日から1956年(昭和31年)7月18日までの間、アメリカ極東空軍司令部として接収され、この間、1952年(昭和27年)まで2階の会議室が連合国軍最高司令官の諮問機関である対日理事会の会場として使用されました。マッカーサー総司令官もこの会場で開催された会議に何回も出席したそうです。
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窓と装飾もお洒落な作りです。
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日本建築学会賞など受賞しています。
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事前に予約済みで、予約時間に入館します。かなりの人が来ています。
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館内は天井から自然光が差し込むホワイエを4つの展示室が囲みます。
ホワイエは写真撮影OKです。 -
ガラス天井が特徴的な吹き抜けのホワイエです。
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以前はラウンジとして使用されていました。人が多いです。
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有田窯
色絵花卉丸文菊形皿 -
紫水晶木蓮式瓶
瑪瑙双耳瓶 -
岩崎彌之助と岩崎小彌太の胸像。
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静嘉堂が所蔵する全ての国宝を始め、茶道具・琳派作品・中国書画や陶磁器・刀剣などの選りすぐりの名宝を、新たな建築空間に合わせ4つのテーマで展観しています。
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館内は、それほど広くないので、人の列があちこちで出来ていました。
音声ガイドのナビゲーターは、梅原裕一郎(声優)。 -
織田信長―豊臣秀吉―徳川家康に愛でられた「付藻(つくも)茄子]と「松本茄子」は、大阪夏の陣(1615年)で大阪城とともに消失したかにみられました。しかし徳川家康の命により、焼け跡から探し出され、塗師・藤重父子による超絶で精緻な漆による繕いによって破片から甦りました。
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曜変天目は、もと徳川将軍家所蔵であったものが、三代将軍・家光の時代、春日局を経て、後に淀藩主となる稲葉家へ伝えられたとされています。今日、世界中で現存する曜変天目(完形品)は、日本にある三碗のみで、京都・大徳寺龍光院、大阪・藤田美術館所蔵の各一碗と本碗で、すべてが国宝に指定されています。
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世田谷岡本の時は、人も少なく、ゆっくりと鑑賞できたのですが、混雑の中での鑑賞です。
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手掻包永(てがいかねなが)
太刀 銘 包永も人気です。
均一な反りを見せる典雅な姿や「柾目肌」の地鉄、直線的な刃文が特色です。 -
「静嘉堂」の名称は中国の古典『詩経』の大雅、既酔編の「籩豆静嘉(へんとうせいか)」の句から採った彌之助の堂号で、祖先の霊前への供物が美しく整うという意味です。
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1977年(昭和52)より静嘉堂文庫に併設された展示館で、美術品の一般公開が始まりました。1992年(平成4)4月、静嘉堂創設100周年を記念し、静嘉堂文庫美術館を新設、2021年(令和3)6月まで世田谷岡本の地で展覧会を開催してまいりました。
そして、創設130周年の2022年(令和4)10月、岩崎彌之助が美術館建設を願っていた東京丸の内の、重要文化財・明治生命館1階にて展示活動を始めます。 -
明治生命館
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明治生命館
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明治生命館
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東京駅丸の内中央口から皇居前の和田倉門交差点をつなぐ行幸通りに、ガラス張りのボックスインスタレーションが設置されていました。
「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」と草間彌生とのコラボレーションです。 -
スマートフォンでQRコードを読み込んでインスタレーションをタップすると、ユニークなARフィルターが作動するという仕組みです。
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東京駅
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歩いていると兎が。
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かんだやぶそばに来ました。
明治13年(1880年)創業の老舗そば屋です。 -
2013年2月の火災で、一時閉店し、同じ敷地に新店舗を改築し、2014年10月に営業を再開しました。
再開してから、初めての訪問です。
寒い冬の日は神田薮蕎麦で かきそば ☆淡路町の歴史的建造物☆2012/01/22
https://4travel.jp/travelogue/10641116 -
奥のテーブル席に案内されました。
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かきそば
冬は、これです。
ぷりぷりのかき。
わかめがたっぷり。ゆずの香。 -
妻がいただいた、かも南ばん。
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初代、堀田七兵衛氏です。
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かんだやぶそばを後にします。
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かんやぶそばの近所の竹むらに来ました。
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都選定歴史的建造物です。
昭和5年(1930年)の建築。 -
桜茶
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あんみつをいただきました。
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竹むらの前は、あんこう鍋のいせ源。
昭和7年(1937)の竣工。「いせ源」は、徳川14代将軍家斉の治世、天保元年(1830)の創業。 -
鳥すきやきのぼたんも近所です。
明治30年に創業。
関東大震災のときに被災した店の現在の建物は昭和4年建築。 -
柳森神社に来ました。
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富士講関係石碑群
富士宮浅間神社が鎮座しています。 -
手水舎
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江戸三森(烏森神社、椙森神社、柳森神社)の一社です。
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力石群
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金刀比羅神社
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「明徳稲荷神社」、「秋葉大神」、「水神厳島大明神 江島大明神」、「金刀比羅神社」。
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福寿神祠は、江戸幕府五代将軍・徳川綱吉の時代に、ご生母であった桂昌院により江戸城内に「福寿いなり」として創建。
桂昌院は八百屋の娘でしたが、春日局に見込まれ三代将軍・徳川家光の側室となりました。
「玉の輿」という言葉は、桂昌院(「お玉」が元の名前)が八百屋の娘から側室へとなったことが由来です。 -
本殿
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秋葉原駅に向かいます。
岡昌裏地ボタン店です。明治30(1897)年の創業で、建物は昭和3(1928)年築です。 -
海老原商店
昭和3(1928)年に竣工。
隣にあった古い家屋は取り壊されていました。 -
竹むらで購入した、揚げまんじゅう。
自宅でいただきました。
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