2022/12/10 - 2022/12/10
6位(同エリア1228件中)
松本伸雄さん
関東に王国を築いた北条氏旗揚げの城。
-
サガミで昼食です。
-
サガミの昼食。あと蕎麦がうどんが付きました。
-
駐車場でバスを降り、興国寺城跡へ。
-
左前の芝生が細く白くなっている所が、三日月堀跡。幅4m、深さ3.8mです。
-
此処でスタンプをいただきます、
-
初代城主北条早雲の碑。
-
最後の城主である天野康景の碑。
-
ガイドさん。
-
高尾山穂見神社。
-
伝天守台を見る。
-
西側土塁。
-
東側土塁。
-
興国寺城は、長亭元年伊勢新九郎盛時(北条早雲)が今川氏親より興国寺城と富士郡下方十二郷を与えられ、伊豆韮山へ攻め込む足掛かりとした場所です。
-
伊豆を平定した彼はその後約100年間続く戦国大名、北条氏の祖となりました。
-
石垣。
-
伝天守台。
-
上から見た土塁。この先は西櫓台です。
-
東根古屋から真っ直ぐ道がのびてます。伊豆を望む。
-
伝天守台の礎石建物跡。瓦が出土していないため、実際には天守はなかったと考えられる。
-
興国寺城の重要性は早雲以後にも、今川氏、後北条氏、武田氏、徳川氏、豊臣方の中村一氏の家臣である河毛重次、そして関ケ原の戦い以後には、徳川氏の家臣である天野康景など、120年間でなんと16人以上の城主が入れ替わった。
-
当時の主要街道であった根方街道は箱根や足柄へ向かう道につながっており、これを押さえるという戦略的意味は、戦国時代において極めて高かったのでしょう。
-
大土塁。 -
興国寺城の周りは湿地帯で古地図には、蓮池となっています。此処は、船着き場だそうです。
-
大空堀に降りてきました。
-
空堀。
-
右は、北曲輪。
-
幅30m、深さ20mの堀です。
-
これは防空壕です。
-
堀から見上げる。
-
この先は、草木で行けませんでした。おわり
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
沼津(静岡) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
30