2022/11/30 - 2022/11/30
4249位(同エリア14948件中)
Bachさん
秋は「紅葉」だけでなく「ススキ」も魅力的で、以前から全国でも箱根の仙石原や秋吉台と並ぶ奈良の「曽爾高原」に行って見たいと思っていましたが、ちょうどこれも見たいと思っていた山の辺の道沿いにある「長岳寺」の「地獄絵」の公開が11月30日までになっていたので、時期的には既に終わりかけの「紅葉」と「ススキ」狙いで、久しぶりの奈良に行くことにしました。
「地獄絵」をまじかに解説付きでみるのは初めてでしたが、まもなく通るであろう地獄の世界では「六文銭」と「御朱印」を用意しておけば罪が軽くなることを教えてもらい、「曽爾高原」ではススキが有名になった理由やこれを維持するわずか1000人の村人たちの努力についても知ることになり、途中で立ち寄った「長谷寺」も含めて、今年も終わろうとしている秋の「紅葉」と「ススキ」を堪能する1日となりました。
また、近くでランチに立ち寄った「長谷路」という蕎麦屋さんが、大正時代の登録有形文化財の建物で、京都の寺院にも負けないくらい素晴らしい庭園を眺めながら地元名産のソーメンと柿の葉寿司を味わうことが出来たのも思いがけない秋ならではの経験で、狙いの「夕日のススキ」は見れなかったものの大変楽しい日帰りドライブでした。
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(行程)10:30自宅~奈良~天理~12:00長岳寺~三輪(大神神社)~桜井~13:15長谷路~14:15長谷寺~15:40曽爾高原~18:00自宅(往復200km)
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「長岳寺」(ちょうがくじ)前「天理市トレイルセンター」駐車場到着
「天理市トレイルセンター」は、「山の辺の道」沿いのほぼ中間地点にあり、情報提供や休憩場所として平成29年にリニューアルされた -
レストランもあってお客さんがたくさんいたので後で調べると、心斎橋にある人気洋食店「洋食Katsui 」のオーナーシェフが天理出身であったことから出店したという、一番人気は「エビフライ」で美味しそうなタルタルソースをつけて1,600円
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建物内には季節の特産品や土産物、文化財展示コーナー、シャワー設備などもある
*「山辺の道」は、 奈良の三輪山から春日山の麓まで古代大和の山辺に通した日本現存最古の道で、天理から桜井まで約16kmのコース、万葉集ゆかりの地名や伝説が残り古びた寺社や古墳などが多く古代ロマンを味わえる人気のハイキングコース -
駐車場からすぐ前に山門
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「大門」(山門)1640年再建
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大門から入ると100mほど長い参道が続く(つつじの時期には美しい)
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受付
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「長岳寺」(ちょうがくじ)
平安初期の824年淳和天皇(じゅんなてんのう)の勅願により弘法大師・空海が創建の古刹で、平安時代からある日本最古の鐘楼門などの建造物4棟と、仏像5体が重要文化財に指定されており、注目は狩野山楽の「大地獄絵」 -
「楼門」
上層に鐘を吊った形跡があるので「鐘楼門」と呼ばれており、平安時代創建当初(824年)の唯一の建物で日本最古、重要文化財 -
1万2000坪の広い境内は浄土式庭園となっている
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ツツジと紅葉の名所として有名
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左手が「本堂」
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「本堂」1783年再建
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毎年秋の10.23から11.30に「大地獄絵」が開帳され、本日は最終日
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「阿弥陀三尊像」(阿弥陀如来と観世音菩薩、勢至菩薩)
平安時代末期の作で水晶の玉眼を使用した最古の仏像、本尊の傍は平安時代中期の多聞天(たもんてん)及び増長天(ぞうちょうてん)で、いずれも重要文化財*共に四天王で多聞天は毘沙門天と同じ) -
「大地獄絵」
江戸時代初期の狩野山楽作で縦3.5m、横11mの大作、六道及び極楽世界が描かれている*六道(ろくどう)は、地獄・餓鬼・畜生・人・天・修羅 -
9幅の軸で構成され三途の川、八大地獄、餓鬼・畜生・修羅道、十王裁判図などが描かれ、閻魔大王によって極楽浄土か地獄かを裁かれるが、この時「御朱印帳」を見せると仏様への信心を認められて極楽浄土へ行けるという解説があり、最後には極楽から阿弥陀如来が迎えにきて極楽往生する聖衆来迎図になっており、地獄の世界がどんなものかを「絵解き」で分かり易く説明することで悪いことをしないことを広める手段として使った
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「地獄絵」は人間が亡くなってからどういうプロセスで地獄や極楽に行くか、ということを解説していて面白い、四十九日まで7日間ごとに死者の魂の行き先を決める審判がおこなわれ十王と呼ばれる十人の王によって裁かれ、まず初七日の7日目に書類審査を受け殆どが「三途の川」へ行き、善人は橋をその他は舟で渡るが(この時六文銭を払うと船に乗れる)、14日目に川の渡り方を急流か浅瀬か着物を剥がれるか決められ、21日目にも28日目にも審判を受け中罪は餓鬼道へ、重罪は地獄へ落とされ、35日目に閻魔大王、42日目に弥勒菩薩、49日目に薬師如来の裁きを受け、殺生、盗み、邪淫、飲酒、妄言、邪見、強姦、父母殺害というような段階で8つの地獄に分けられる、最も深い阿鼻地獄に辿り着くまで2000年かかるというが、地獄で修行をして罪を償えば三回忌には阿弥陀様が迎えに来て下さる、この間現世では法要を執り行い追善供養して無事に成仏し極楽浄土に向かうよう願う
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「本堂」前に池をつくり周りに花を植えて極楽浄土とした
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「放生池」
5月にはカキツバタが際立つ -
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階段手前左手に「不動明王石像」と「笠塔婆石仏」(かさとうば:屋根に笠をのせたもの)
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階段上から本堂方面
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正面に「大師堂」(だいしどう)
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手前に「百度石」(ひゃくどいし)
お百度参りの基点となる石 -
「大師堂」(だいしどう)
1645年建立で、開基の弘法大師像と藤原時代の不動明王が祀られている -
右手に回遊
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大師像の頭の苔と紅葉の対比が素晴らしい
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「大師像」(だいしぞう)
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こういう石仏が多い
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これらの「小石仏」は鎌倉から江戸時代のものらしい
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反対側から本堂を見る
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「鐘堂」
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散り紅葉が素晴らしい!
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周回して本堂へ戻る
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「慈悲地蔵」と言うらしい
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「長谷路」でランチ
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長谷寺参道沿いの旧伊勢街道宿場町にあり築200年の大正時代の中頃に建てられた家屋をそのまま飲食店に利用しており、並びの酒店などとともに6棟の建造物が「山田酒店(茶房長谷路)」の名称で平成12年に国の登録有形文化財に登録された
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隣は酒店と寿司店
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地元名物の三輪そうめんと柿の葉寿司を食べたいと思って探したら、思いがけなくも登録有形文化財の建物で大当たり!
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入口から庭園が始まる雰囲気がいい!
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入ってすぐ左手には本格的な「茶室」が!
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京都の庭園にも負けないくらい素晴らしい!
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いたる所が苔むして紅葉とコラボしている
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石段を渡ると食事処になる
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椿も存在感あり
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灯籠がよく似合う
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ランチ時で満席状態
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お蔭でじっくり庭園鑑賞が出来た
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メニューは三輪ソーメンとそばと柿の葉寿司、コーヒー、抹茶、ケーキもある
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にゅーめんと柿の葉寿司を注文
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大正ロマンの座敷でいただく
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食事後も庭園をすみずみまで鑑賞
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手入れが行き届いて素晴らしい庭園でした!
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500m行くと「長谷寺」に到着
長谷寺の「はせ」は、この地が初瀬(はせ)という所から呼ばれる
平安時代から、京都の清水寺、滋賀の石山寺と並び「三観音」とされる -
「長谷寺」は686年天武天皇の御願により道明上人(どうみょうしょうにん)によって創建され、さらに聖武天皇の勅願をうけ十一面観音菩薩を造立し大伽藍(だいがらん)を建立し、平安時代から貴族の参詣によって栄え、鎌倉時代以降は武士や庶民からも信仰を集め各時代を通じて繁栄した、源氏物語や枕草子などにも語られ、長谷観音の信仰は全国に広まり鎌倉など分身を奉祀する百数十寺院の総本山になる
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総門「仁王門」
明治27年(1894)火災に遭い本堂に近い上登廊と鐘楼、蔵王堂などは免れ、中登廊、下登廊、仁王門は焼けてしまい、中、下登廊は明治22年、仁王門は明治27年の再建 -
屋根付きの階段「登廊」(のぼりろう)
平安時代に奈良の春日大社の宮司が我が子の病気平癒(へいゆ)を長谷寺に祈願し回復したことからその御礼に寄進したという、重要文化財に指定されており特長のある長谷型の灯籠が際立つ -
この階段は上登廊・中登廊・下登廊と3廊に分かれていて総数399段で、段差が下廊は低く、中登廊、上登廊に行くほど高くなっている
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「花の御寺」(みてら)と呼ばれて一年を通じてさまざまな花が咲き誇るが、圧倒的な人気は「ぼたん」で150種、7000株ある
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「慈眼院」(じげんいん)
「下登廊」の途中には、長谷六坊と呼ばれる「歓喜院」「宗宝蔵(清浄院)」「梅心院」「月輪院」「慈眼院」「金蓮院」の六つの子院があり、江戸時代にはこれらの六つの院が、子弟教育、僧侶養成など長谷寺の運営においてとても重要な役割を持っていた -
「月輪院」(がちりんいん)
お抹茶とコーヒーがいただける「寺カフェ」がある -
下登廊から中登廊を見る
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直進:開山堂、右折:本堂、左折:三部権現堂(さんぶけんげんどう)
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「繋屋」(つなぎや)
下登廊から中登廊への曲がり角 -
中登廊から下登廊を見る
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「蔵王堂」(中登廊の上がったところ)
三体の蔵王権現が祀られている、釈迦如来(過去仏)と千手観音(現在仏)と弥勒菩薩(未来仏)の三世の利益を表し、毎日金峰山より金色の梯を渡り本尊へ詣でに来る為ここに祀られている -
「縁結びの社」と「貫之の梅」(蔵王堂の横)
「縁結びの社」は、西行法師とその妻の尼僧が観音様のお導きによりこの場所で再会したことから建立された、「貫之の梅」は、幼少期を長谷寺で過ごした紀貫之が再訪した際に「人はいさ心も知らず故郷は花ぞ昔の香ににほひける」と詠み、その返歌として叔父の浄真は「花だにも同じ色香に咲くものを植ゑんけん人の心しらなむ」と詠んだことにちなむ -
中登廊から本堂方面
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上登廊沿い
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四季桜が!
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本堂舞台の懸造(かけづくり)の隙間からの紅葉
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「愛染堂」(上登廊を上った正面)
1588年観海上人(かんかいしょうにん)の再建で、愛染明王像が安置されている -
「本堂」(観音堂)
奈良時代の創建から7回焼失しており、現在の本堂は江戸時代徳川家光の寄進によって建て替えられたもので、急斜面を正面にして本尊を安置する正堂(しょうどう)と参拝の為の礼堂(らいどう)、正堂と礼堂を接続する相の間(あいのま)より構成され、礼堂の前の舞台と共に空中に張り出すように建てられている -
本堂には、本尊の十一面観世音菩薩像が祀られており現在特別拝観中
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「十一面観世音菩薩立像」
高さ12.3mを誇る日本最大級の観音様で、通常の十一面観音像と異なり右手に数珠とともに地蔵菩薩の持つ錫杖(しゃくじょう:杖)を持ち、左手には通常の水瓶を持つ、これは地蔵菩薩と同じく自ら人間界に下りて衆生を救済して行脚する姿を表したものとされ他の宗派には見られない独特の形式で、これを「長谷寺式十一面観音(長谷型観音)」と呼ぶ -
内部の両側に架けられている絵馬は牛若丸と弁慶で、もともとは一枚だったが夜ごとに絵から抜けだして大立ち回りをするので二つに分けたといういわくつきのもの
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相の間から見た「礼堂」
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本堂は京都の清水寺と同じ断崖絶壁に建てられた懸造(かけづくり)といわれる建築様式で、本堂の前が舞台造りになっていて、ここからの眺望は絶景
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目の前には愛宕山(あたごやま)
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擬宝珠の一つは1650年製という古さらしい
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「大国堂」
大和七福神八宝霊場の一つで、尊像は弘法大師作、商売繁盛、台所を守護し食物を満たすご利益 -
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「本願院」(ほんがんいん)
長谷寺を開山した徳道上人が晩年に住居した跡 -
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「五重塔」
昭和29年戦没被災者慰霊のため建立され、戦後日本に初めて建てられ「昭和の名塔」と呼ばれており、本尊に大日如来を祀っている -
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「曽爾高原」(そにこうげん)駐車場に到着(標高700m)
見頃の週末にはかなり混み合い、特に夕暮れ時には夕日の絶景を見るために1~2時間ほど待つこともあるという -
「曽爾高原」(そにこうげん)は、奈良と三重県境にある日本300名山の一つ倶留尊山(くろそやま:標高1038m)から亀山(849m)の麓に広がる高原で、秋には一面がすすきに覆われ毎年たくさんの観光客が訪れる
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室生高原、赤目渓谷、青山高原一帯の「室生赤目青山国定公園」(むろうあかめあおやま )の中にあり、奈良県宇陀郡曽爾村にある
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日光・戦場ヶ原、箱根・仙石原高原、山口・秋吉台などと並ぶ全国でも有数のススキの名勝
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「曽爾高原にススキが多い理由」は、昔から茅葺屋根に使われてたくさんのススキが必要なため育てたが、今は殆どなくなったので杉などの植林を進めたりしたものの、この素晴らしい景観を残したいと思い奈良県に働きかけ保護してもらうことになったという
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現在の曽爾高原のススキは刈り取って世界遺産の白川郷・五箇山を始め全国の茅葺屋根に使われている *茅とは屋根を葺く草の総称で、ススキの他に葦(ヨシ)、カリヤス、カルカヤ、シマガヤ、チガヤ等のイネ科の多年草がある
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ススキの見頃は、10月から11月で、9月の中旬から薄紫色のススキが10月にはふわふわと穂の部分に花が開き白く変わっていき、見頃が終わった12月に、約1週間くらいかけてススキの刈り取りが行われ大きな束にして全国各地の民家や神社仏閣のかやぶき屋根の材料として送られていく
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厳しい冬の間、地表に出ているススキは枯れてしまうが、ススキが枯れた3月下旬から4月の初旬にかけて「山焼き」を行い、雑草などの他の植物は燃やされて草原は真っ黒になるが、地面奥深くにあるススキだけは燃えてできた灰を肥料として成長し、夏にかけては一面に青い絨毯が敷かれたようになり、秋になるとススキが一面に生える
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9月の中旬から11月下旬まで2ヶ月間ほどはライトアップされ、幻想的な世界を醸し出し、絶好のデートスポットとなる
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左方面:亀山山頂、右方面:ファームガーデン、手前:青少年自然の家、奥:古光山
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入口休憩所
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「お亀池」は、土砂の堆積によって湿地化し湿原植物の宝庫となっており、サワヒヨドリ、サワギキョウ、チダケサン、コマツカサススキなどが生育している、池の水は雨水と山からの伏流水が蓄えられ名水百選にも選ばれた「曽爾高原湧水群」の源
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お亀池には「大蛇伝説」があり、若者がお亀と言う美人の嫁をもらったが、産後実家へ帰ってしまい子供が夜泣きをするのでお亀に乳ををもらいに出かけたところ、お亀池までお亀がやってきて一度だけ乳を与えて「もう明日からは来ないで」と男に言うが、また夜泣きをするので乳をもらいに行くとお亀は怒って大蛇となったという
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「お亀池」は、火山の火口ではないかといわれているが、周囲に噴火による火山灰の堆積がはっきりしないことから地質学的には特殊な侵食であると考えられている
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若者が多いが外国人がこんなところまで来ているのにはビックリ!
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直進すると亀山峠810mから倶留尊山(くろそやま)1038mに登る
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最大の魅力は、夕陽でススキが黄金色に輝くときであるが、本日は太陽がなく寒いだけなので残念ながら断念!
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ススキはイネ科の多年草で、穂を動物の尾に見立てて 「オバナ(尾花)」と呼ばれ、 日当たりを好み日陰では成長しないから全国の日当たりのいい山や野原に生える
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ススキの語源は、葉がまっすぐに立つことの「スス」と、芽が萌え出ることの「萌(キ)」に由来すると言われ、英語では「Japanese silver grass」(学名Miscanthus sinensis)と言うように、10月には銀色に輝き、11月には金色に染まる
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ここでも結婚式の前撮りを発見!
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年間50万人が訪れるらしいが、曽爾村の人口は1,000人、2040年には600人になるという、こういう自然が未来永劫残っていくことを願うばかり
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