2022/09/10 - 2022/09/11
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ゆうこママさん
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一泊二日の講師解説付きツアーに参加した。一日目は、「かくれ里」ゆかりの地、政所、小椋谷の蛭谷、君ケ畑をたどった。
この日は中秋の名月でもあり、太郎坊宮にて観月の宴。
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木地師ということばを知ったのは、白州正子の著書であったと思う。
山で切った木を材料にろくろをひいて椀や盆を作る職人のことで、近江のどこかに集落があると記憶していた。曖昧な記憶とツアー募集チラシのなかの「木地師」という単語が一致して、今回のツアーに参加することにした。
10時半、近江八幡駅を出発したバスは東の鈴鹿山脈の方角、永源寺ダムのさらに奥へと行く。 -
人家がまばらになり山がいよいよ深くなってくると、道の駅奥永源寺渓流の里。ここで、大型バスからマイクロバスに乗り換える。これより先は大型は通行不可とのこと。
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乗り換えたマイクロバスで始めに訪れたのは、政所という集落の日登美山荘。永源寺ダムの建設で沈むこととなった民家を移築したのだとか。ここで昼食だ。
食事はこのツアーのウリでもある。 -
政所はお茶の産地として知られる。
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愛知川沿いに佇み、水車小屋やイワナの生け簀もあり、暑さもやわらぐ。
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部屋のなかには囲炉裏がきられ、一組限定で宿泊もできるのだとか。
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楽しみのお料理は、この皿に加えて川魚料理が付き、派手ではないがどれも本当に味がよい。特にイワナの塩焼きは絶品で、塩加減も焼き加減もサイズもちょうどよく、頭から完食。そして、お茶はもちろん政所茶。
おなかいっぱい食べたが、胃もたれしないからすごい。 -
早めの昼食後の訪問先は、政所の若宮八幡社。室町から江戸時代にかけての能面と能衣装がのこり、年に一度だけ虫干しと称して一般公開されるのだ。
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狂言は分かりやすく楽しめるが、能は一度観て諦めた私。能面の見方などさっぱりわからない。
能面イコール無表情で陰鬱というイメージを抱いていたが、ここで拝見した面には表情が分かりやすいものもある。っていうか、底抜けに明るいものさえある。 -
ところ狭しと並べられた能面の多くは、国の重要文化財だ。
さらに、これまた重文の室町期の能衣装が、手の届く位置に掛けられ、鮮やかさを失わない絹糸の風合い、光沢を間近にみられる。 -
説明してくださった氏子さんらによると、この辺りの川筋では神様に奉納するために盛んに能が行われてきたそうだ。
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昔、若い頃、これらの面を付けて皆でふざけて遊んだりしていたものだが、あるとき調査にきた大学の先生から貴重なものと教えられびっくりした。といったお話しを伺った。
幽玄な芸能がこのような山奥の人々の暮らしのすぐ間近に残っていたことに驚かされる。 -
次に訪れたのは、小椋谷の蛭谷ひるたに集落の筒井八幡社。
木地師発祥の地として知る人ぞ知る。 -
木の加工は縄文時代から各地で行われていたのに、なぜ小椋谷が発祥地とされるのか。
木地師は材料となる山の木がなくなると、次の場所に移っていかなければならない。
定住地=本籍を持つことのできない木地師たちに本籍を提供し全国の木地師の身元保証のような役割を果たしたのが、小椋谷のよう。 -
さらには、山の7合目以上の木なら自由に切ってもよいという許可証も発行したそうで、木地師たちは良材を求めて、許可証とろくろを持って移動し暮らしたのだそうだ。
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木地師の本拠地となるための権威としてまつられたのが、惟喬これたか親王。文徳天皇の第一皇子として生まれたが天皇になれず、この地に隠棲した人物だ。
不遇な親王の存在から伝説が生まれたのか、生んだのか、親王が自ら編み出した手引きろくろの技術を村人に教え、木地師たちはその技を手に全国各地に拡がっていったという伝説。
筒井八幡社の白壁の3本線は、天皇家ゆかりの神社だという権威を示すしるし。 -
境内の木地師資料館には「氏子駈帳」という全国の木地師名簿のような古文書などが展示されているほか、各地の木地師が奉納した木製品やこけしが展示されている。それに能面も。
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展示品で面白いのが、手引きろくろの実物。
なかなかに大きな機械だ。
一人が綱を引いたり戻したりし、もう一人が木地を挽く。綱はただ引けば良いというものではなく、相手の力加減に合わせてスピードを変えなければならないそうで、夫婦で上手く息を合わせなければ、よい製品ができないそう。 -
境内の狛犬の台座は円盤型のとても珍しい形状。木地をかたどっているそうだ。
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ろくろをひいて木を加工する全国の木地師たちの神社だが、奉納額を見ると、旋盤を使う金属加工業や木を加工する万年筆メーカーからも崇敬を集めているようだ。
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小椋谷をさかのぼり次に訪れたのは、君ヶ畑の金龍寺。
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集落の高台へと登る石段脇の標柱には「日本国中木地屋御氏神 惟喬法親王御廟所」
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さらに、側面には「清和天王御建立宝塔」
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石段を登ると
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山門の塀の線は、最高格の5本線
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金龍寺には親王の御座所があったことから、高松御所とも言われ、
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木地師の拠り所として大切に護られているようだ。
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次に訪れたのは、大皇器地祖おおきみきぢそ神社。参道を登るとき、法被を着た地元の方たちとすれ違った。
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杉の巨木に囲まれた参道は、ことばできない美しさ。自然に心が整っていく。
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翌日は祭りのようで、境内ではその準備が整っていた。
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全国の木地師や旋盤工、万年筆職人などの信仰を今も集めるという大皇器地祖神社。
美しい樹木の群れに囲まれ、清々しい心持ちになった。
そして、ものづくりや伝承への尊敬の気持ちがわいてきた。 -
木地師発祥の地で最後に訪れたのは、君杢工房。
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現代の木地師の作業場を見せていただいた。
ろくろは、手動ではなくなったが基本は昔と変わらないようだ。
全国の木地師がこのように技を守り続けているのだろう。
日本のものづくりよ、がんばれー -
この日最後の訪問先は、太郎坊宮たろうぼうぐう。
かくれ里に登場するそうだが、全く記憶にない。トホホ。勝負の神様として信仰を集めているそうだ。参道に多くの狛犬が並ぶのは、明治末期の神社合祀令の際に近隣から集められたからで、さらに、寄進を募って今のような狛犬ストリートの様相になったよう。
近頃はペットの神様としても人気なのだとか。 -
太郎坊宮は、蒲生野の平野に存在感たっぷりにそびえる神奈備、太郎坊山に建つ。この夜は、その参集殿から中秋の名月を愛でようという趣向だ。
夕刻、神社に到着すると観月の神事。ススキや茎葉のついたままのサトイモの株が供えられた祭壇の前で、お祓いを受け、祝詞やら巫舞などが粛々と進められていく。 -
そして、なおらい。
ちょうど月も昇ってきた。皆しばし月に見とれる。 -
近江八幡駅前の招福楼の吉祥弁当
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食べきれないほどのお料理が小さな空間に美しく盛り付けられている。
美味しい弁当をビールや地酒とともに楽しむうちに、月のことなどすっかり忘れてしまった。
近江は美味しい。
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