2022/09/07 - 2022/09/09
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kotetsupatapataさん
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数多の旅行記の中からご覧いただき誠にありがとうございます(^^)/
北海道2日目は夕張市の廃墟を巡るという端から見たら失礼極まりないテーマで旅します
余りにも写真が増えたので前後編に分けて掲載させていただきます。
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おはようございます♪ヽ(´▽`)/
取り敢えず朝マックで元気チャージ!
たまに無性に食べたくなるんだよな~ -
本日は車を借りて夕張市へ向かいます。
御用達のニコニコレンタカーで借りたのですが、今時珍しくカーナビがオプションを含めて無し。・゜゜(ノД`)
仕方がないので道路地図コピーして走ることにします。
まあ札幌市街地以外は問題ないでしょ
12時間で2,635円 -
岩見沢インターで下車し夕張市へ向かう道中で見かけた炭坑跡の記念碑
朝日炭鉱は岩見沢市にあった中小炭鉱です。開発は明治末期から行われ、戦後は朝日炭鉱株式会社(昭和24年以前は日本硝子株式会社の商号)が経営にあたっていました。朝日駅北側に選炭場、駅北西部に炭鉱住宅が広がっていましたが今は原野に還っています。昭和40年代には10万トンを超える生産量を記録しましたが昭和49年に閉山に至りました。 -
敷地内にあった国鉄万字線の旧朝日駅です
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万字線は、室蘭本線志文駅から万字炭山駅まで23.8kmを結んでいたローカル線です。万字炭山からの石炭の積み出しを目的とした「万字軽便線」として1914(大正3)年11月11日に全線が開通しました。これにより沿線の炭鉱開発も促進され、1918年に「美流渡炭山」や「朝日炭山」などが開鉱。基幹産業を支える輸送手段として活況を呈しました。
昭和中期に石炭需要が減少すると、万字線は本来の目的を失っていきます。炭鉱の閉山により1978(昭和53)年に貨物営業が廃止。次々に閉山になり、人口が減って乗降客が減ったため、100円の営業収入を得るのに、どれだけの営業費用を要するかを表す「営業係数」が、3,000円近くにまで膨れ上がり、1985(昭和60)年4月1日をもって約70年間の歴史に幕を下ろしました。 -
旧万字駅は現在簡易郵便局として利用されております
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夕張市に入ったよ(~▽~@)♪♪♪
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☆石炭博物館☆
まずは市の北側に位置する石炭博物館へ向かいます
石炭博物館の駐車場にある北炭夕張炭鉱の総合ボイラー煙突がお出迎えここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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イチオシ
☆石炭博物館☆
『圧倒的な廃墟感に負けず ドンドン進もう!』
ここら辺で怖じ気づく」人もいるのでしょうか?ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
元は水上レストラン「 その名も「望郷」です。
もうこの時点で廃墟感に押しつぶされそうですここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
石炭歴史の村のマスコット「ゆうちゃん」です
明るい笑顔が尚更心に刺さりますここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
遊園地が開園していた頃は、園内を周遊する列車が走っていたのかな?ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
石炭博物館の入り口にそびえ立つ高さ27.5メートルの赤い立坑櫓。
この立坑櫓はこの場所(夕張炭鉱・二鉱エリア)で実際に稼働していたものではなく、石炭博物館が開館した1980年当時に最新鋭炭鉱だった清水沢地区の北炭夕張新炭鉱の立坑櫓をモデルに作られたシンボルタワーです。ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
外観は至ってフツーの博物館
入館料は720円ですが、この後行く予定の「幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば」とのセット券は1000円でしたので、そちらを購入ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
館内は写真撮影全てOKですここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
展示されていたパネルより これから入坑するであろう炭坑夫のつかぬ間の休息ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
こちらもパネルより 最盛期には縦横無尽に線路が張り巡らされていたのですねここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
今回は工事中のため見ることが出来ませんでしたが、博物館の出口近くには「天竜坑」の跡が遺されています。
今いる辺りも50年前は大勢の炭鉱夫やその家族で賑わっていたんでしょうねここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
『全国最低の行政サービスと全国最高の市民負担』
ここまで自虐されたら返す言葉もありませんよ(◎-◎;)
“バリバリ夕張”は当時のキャッチフレーズ 渡辺満里奈がCMに出ていたみたいここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
夕張を走っていた鉄道の名残ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
壁面には人口と石炭の採掘量がグラフで描かれてました。
正に右肩下がり(T_T)ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
今だから財政破綻の事も大きく取り上げられてますが、当時バブル絶頂期の頃は世間全体がこういうレジャーランドを計画するのがおかしくない という時代背景を鑑みれば、一概に当時の首長等ばかり責められないのかな?
などと部外者は考えてしまいますここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
ヘッドライトの充電装置かな?ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
この後竪坑を模したエレベーターにのって地下の展示場へ降ります。
この人形リアルすぎて恐すぎ!Σ(×_×;)!
ここは「捜検所」といって、マッチなどの火気を持ち込まないように検査するところです。ちょっとの火でも大爆発となる可能性があるので、坑道内は火気厳禁なのです。ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
エレベーターで降りた地下展示室ですここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
地下展示室には夕張炭鉱が最盛期を迎えていた頃に使われていた炭鉱機械や、実際に作業をしている作業員や作業風景を模したマネキンが展示されてますここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
明治の頃は馬が引いていたのでしょうここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
救護隊 一度事故が起こると救助する方も命懸け。 離ればなれになって被害に遭わないようロープを繋いで複数人で作業に当たっていたようですここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
スローガンの数々ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
出口近くのドラムカッターです。
こちらでは毎時00分と30分に元炭坑マンのスタッフが実際に機械を動かし解説してくれます。
それにしても凄い音ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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☆石炭博物館☆
大変見応えありました(*^。^*) 夕張へいらした方は是非訪れてもらいたい施設です。
明治から昭和にかけての我が国の隆盛を支えたのは間違えなく石炭産業ですし、その一翼を担った夕張市の反映と衰退をつぶさに知ることができました。ここを行かずして夕張に行ったと言うなかれ by kotetsupatapataさん石炭博物館 美術館・博物館
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石炭博物館を後にし夕張本町商店街にきました。 ここはレトロな映画看板が立ち並んでおり、「ゆうばりキネマ街道」と名付けられております。
夕張は石炭の採掘によって栄えた「炭坑の町」でしたが、その労働者の娯楽として多くの映画館が造られました。
さらに多くの映画の舞台ともなったことから「映画の街」へと姿を変えました。「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」という映画祭も毎年開催されています。
但し今はごらんの有様で、"う"の看板が"つ"になってますね -
『太陽がいっぱい』
1960年(昭和35年)公開の映画
主演 アラン・ドロン
この看板は駐車場の奥に飾られてました -
『シェーン』
1953年(昭和28年)公開されたアメリカ西部劇映画 -
言わずと知れた『男はつらいよ』
渥美清が雑(-_-) -
『網走番外地 南国の対決』
1966年(昭和41年)公開 "網走"なのに舞台は沖縄
ちなみに当時高倉健35歳 今の小生より一回り以上年下・・ -
街外れにひっそり埋もれるようにおかれていた「炭鉱殉職者追悼之碑」
ここ夕張でも大きな事故が度々起き、多くの犠牲者が出たことは子供ながら覚えています。
手入れも行き届かないのが侘しさをつのらせていきます -
廃校となった旧夕張中学校です
最盛期には26の小学校と10の中学校を擁した夕張市ですが、財政破綻の影響を受け現在は小中学校各々1校に廃統合されました。
ちなみに高校は6校あったようです -
こちらは隣接した旧夕張小学校
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旧夕張駅と背後にそびえているのはホテル マウントレースイです。
コロナの影響でしょうか一昨年から休業してます夕張駅 駅
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2019年に廃止となった夕張駅です。
線路は錆びていますが、今にも列車が入ってきても不思議でないくらい遺されてますね夕張駅 駅
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イチオシ
遠く夕張駅方面です
こうしてみるとこの地に似つかぬホテルの巨大さが際立ちます -
踏切があった箇所だけは線路を取り外していますが、後はそのまま放置しているようです
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マウントレースイ スキー場
ここも財政破綻の影響で何度か経営者が変わり、今は香港の企業がスポンサーになってます。 -
ホテルからはこの通路を渡るとスキー場に直結していたんですね
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車を南下させ鹿ノ谷郵便局のそばにあった鹿ノ谷駅です。
看板が外されただけで、まだ駅としての風格は残っていますね鹿ノ谷駅 駅
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駅舎の左手にあった跨線橋からみた鹿ノ谷駅のホーム
いつ列車が走ってきてもおかしくないですね・・ いや流石にそれはないか(汗)鹿ノ谷駅 駅
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同じ場所から夕張駅方面です
鹿ノ谷駅 駅
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途中で見かけた団地です
この建物はまだ年数が経っていないようですし、多くの住人も居住しているようです -
夕張のもう一つの観光地である「幸せの黄色いハンカチ」のロケ地へ向かう道中、獣道っぽい突き進んでいった先にあった廃屋群
この辺りは清水沢日吉地区です -
ここにも人の営みがあったのでしょう
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イチオシ
朽ち果てた長屋
カーテンがまだ掛かっていたりと若干生活感が残っています。 -
もしかしたらヒグマも出そうなのでなかなか奥には立ち入れず\(+_<)/
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分かってはいましたが、言葉にするのも難しいです
こんな光景がずっと広がっています
どんな思い出この地を去って行ったのでしょう
まだご健在なのでしょうか -
今来た道を戻り、「幸せの黄色いハンカチ」へ向かいます。
続きは後編で(*^▽^)/★*☆♪
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