1987/09/05 - 1987/09/05
10位(同エリア123件中)
とーりさん
コロナ禍もようやく落ち着きを見せ、トラベラーさんたちは続々と海外へと飛び立っておられて羨ましいですが、私は当面国内旅行に勤しむことになりそうです。ということで暫くは国内旅行記や過去の旅行を振り返ります。まず今回は私が海外旅行に目覚める前の国内旅行について旅行記を認めたいと思います。私の国内旅行は鉄道旅行から始まりました。つまりこれが表題にある「鉄」の時代です。当時の私は乗ることが目的といういわゆる「鉄ちゃん」に該当する存在でした。今でこそ鉄ちゃんは世間に認知され、女性アイドル(?)などもいらっしゃいますが、当時世はスーパーカーブーム、圧倒的少数派の鉄道ファンを名乗ることが恥ずかしく「隠れ鉄ちゃん」として細々と楽しんでいました。
ご存知のとおり鉄道趣味にはジャンルがあって、鉄道車両のメカニズムを追求する「車両鉄」、鉄道写真を撮るのが目的の「撮り鉄」、乗り潰し等乗ることが目的の「乗り鉄」などがあり、最近ではさらに多様なジャンルがあるようです。私は時刻表を見て列車の乗継を計画、それを実践し、うまくいけば悦に入るという鉄道旅行作家の大家、宮脇俊三さんに近く、今で言ういわゆる「乗り鉄」ですが、そこまでストイックではなく、観光地では乗車を休み観光を楽しむといスタイルでした。また、車両よりも駅に興味があり、下車駅で入場券を買い集めたり、駅を起点に観光など街歩きを楽しみ、温泉旅館に泊まるなど、今の自分の旅行形態の原型が造られたと思っています。
一方、「道」というのは「北海道旅行」です。海外旅行が流行り始めた頃、まだひとりで行く勇気がなかった時代に嵌ったのがこれでした。最初は鉄道で回ったのですが、大自然や美味しい食べ物、ユースホステルの楽しさなど鉄道以外の面白さに感化され、次第に鉄道は手段としての乗物となっていきました。
それでも北海道以外では暫く「鉄ちゃん」ぶりを発揮し、乗りながら観光するということが主だったのですが、海外旅行にシフトした現在では国内の鉄道趣味は自分の中では廃れ、最近ではほとんど鉄道には乗っていません。
そんな中、整理していたところ過去に旅行した内容の一部ですが記録や感想が残っていました。スマホどころかデジカメもない時代、撮影は選びながら行っていたので写真はそれほど残っていませんが、形になるものだけ掲載させていただきます。という訳で今までの旅行記とはちょっと違って「鉄分」濃い目になりますのでご了承ください。
1987(昭和62)年9月1日~9月17日の17日間、北海道ワイド周遊券(有効期間20日)を利用し、当時あった北海道の鉄道路線を完乗しました。当時の予定表のノートを基に、少ないながらの写真、それと購入した入場券や駅弁の包紙などで辿ろうかと思います。今の旅行記のように時刻は厳密に記録しておらず、ノートは予定表なので多少ずれていることはあるかと思いますが、概ね予定通り回っています。幸い、当時に近い1987年3月号の復刻版時刻表が発行されており、確認したところ、旅行時とそれほど時刻の変更は無さそうです。当時乗った北海道の路線は以下のとおりです。函館本線、函館本線支線(通称:藤城線、砂原線、上砂川線)、江差線、松前線、札沼線、歌志内線、深名線、室蘭本線、室蘭本線支線、千歳線、石勝線、石勝線支線、日高本線、根室本線、富良野線、池北線、留萌本線、宗谷本線、天北線、石北本線、名寄本線、名寄本線支線、釧網本線、標津線、標津線支線、札幌市営地下鉄東西線、南北線、札幌市電、函館市電。
なお、写真は私の撮影技術の稚拙さに加え保存状態が悪く、色褪せていたりカビ(雪の結晶のようなもの)が付いているものもあり、不快と思われる方いらっしゃると思いますがご容赦ください。
今回は5日目です。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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夜行急行まりもで釧路に到着しました。地下道で駅舎と繋がっている思ったより大きな駅です。早速駅を出て入場券を購入しました。構内は早朝にも拘わらず大音量で演歌のような歌を流していて今なら煩いと思うところですが、当時は道東に来たという興奮をさらに盛り上げてくれました。
(追分23:46 ⇒ 翌6:10釧路 急行まりも) -
とりあえず「わたしの旅スタンプ」も押しておきます。
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5日目の日程はこちら。釧路から30分弱の接続で普通列車に乗車し終点根室を目指します。根室から最東端の納沙布岬へバスで往復した後、釧路行き列車に乗車し、途中の厚床で乗換え標津線支線へ。イの字で接続する中標津から標津線の本線で終点根室標津到着後、折り返してそのまま標津線本線を標茶、そして釧網本線でここ釧路に戻る予定です。
(釧路6:35 ⇒ 9:49根室) -
根室行き列車に乗り、途中沿線最大の駅厚岸で名物駅弁の「かきめし」を購入しました。私見ですが駅弁というとそれだけでもてはやされ、どう考えても美味しいと思えないものが多い中、こちらのかきめしは素朴ながら炊き込みご飯と相性も良く、美味しいと思える駅弁です。
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釧路から3時間以上もかけて終点根室に着きました。途中の日本離れした何とも掴みようのない広大な眺めは初めての自分にとって胸を打つ風景でした。
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根室は始発の釧路以来久々の街ということもあり規模以上に大きく感じる街でした。ここから1時間ほど待ちますが、現状最東端の地、納沙布岬へ行くバスに乗車します。
(根室駅11:00 ⇒ 11:45納沙布岬 バス:根室交通) -
最果て根室で押すスタンプは何となく感慨深いです。
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根室から45分程バスに揺られてようやく着きました納沙布岬です。天気が良ければ4kmほど先にある一番近い北方領土、貝殻島が見えるのですが、この日は曇っていたので見えませんでした、残念です。
(納沙布岬12:15 ⇒ 13:00根室駅 バス:根室交通) -
見えない納沙布岬に居ても仕方ないので滞在30分、折り返しバスで根室駅に戻りました。根室から次の釧路方面列車の発時刻は14時過ぎと暫く時間があります。折角最東端の街に来たので根室市街を歩き、隣の東根室駅まで行ってみることにしました。
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市内を寄り道しながら1時間弱かけて来ました東根室駅。駅舎など無くホームは板張りの簡素な無人駅です。しかしここは御覧の標柱が示すように日本最東端の駅となっています。東へ向かう根室本線の終点手前の駅が最東端というのは、ここで線路は大きく西へ回頭し市街を回り込むように根室駅に入るため終点の根室駅より東に位置しているのです。
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東根室で上り列車に乗り1時間弱かかって標津線支線の分岐駅厚床に到着しました。
(東根室14:16 ⇒ 15:10厚床) -
この駅は街自体はごく小さいですが標津線支線を分岐する釧路~根室間の主要駅。駅員もいて入場券を買うことができました。
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こんな小さな駅にも「わたしの旅スタンプ」はありました。
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そしてこの駅は駅弁が売っている最東端の駅でした。駅弁の名は「ほたて弁当」です。ホタテがど~んと入っている訳ではなく、切ったものをまぶし、出汁で炊き込んでいるものだったと思います。
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こちらが掛け紙。ローカルで素朴な駅弁でした。
25分の待ち合わせで標津線支線に入ります。
(厚床15:35 ⇒ 16:40中標津) -
標津線支線は根室本線の釧路以東よりもっと人跡稀な原野を走ります。最初の奥行臼付近は最たるもので、行ったことはありませんがシベリアのようなところかと思ったものです。そうして1時間ほど走って着いた中標津の街の大きく見えること。長崎屋や東武(関東の東武とは別系列)など大規模小売店もあり、町でありながら空港も備え、支庁所在地の根室より栄えているようなところです。駅も分岐駅とはいうものの、それぞれ1日10往復に満たない列車しか来ない駅には見えない堂々とした造りです。
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ここで標津線支線から標津線の本線に20分ほどのインターバルで乗換え。早速入場券をGetです。
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ついでに観光入場券というのもあったので買いました。
(中標津17:00 ⇒ 17:29根室標津) -
スタンプもありました。何でこんなところに大きな街ができたのか。一度じっくり歩いてみたくなりました。
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中標津から標津線の本線に入り終点根室標津に到着しました。ここは標津町の中心で、一帯は標津村だったのですが、中標津が分村し発展していく中、ここは静かな雰囲気です。
(根室標津18:16 ⇒ 21:11釧路) -
ここにも観光入場券があったので買いました。でもどちらかと言うと私は普通の入場券の方が好きです。
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ここにも「わたしの旅スタンプ」はありました。スタンプ台のインクが乾いていたので薄くなってしまいました。
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根室標津から陽が落ちた標津線を標茶方面へ。途中の西春別で列車交換で4分停車したので、急いで駅へ行って入場券を仕入れました。
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標茶到着、これで標津線は支線も含め全線完乗です。列車は網走からの釧網本線列車と併結して終点釧路を目指します。併結作業もあり12分程停車するのでここでも入場券を購入しました。
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標茶から1時間ほどかけて21時過ぎに釧路に到着。最後に国立公園指定記念のスタンプを押し、この日は予約しておいたビジネスホテルへ投宿しました。
新規乗車区間:
根室本線一部(釧路⇒根室)
標津線支線、標津線
釧網本線一部(標茶⇒東釧路)
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この旅行記へのコメント (2)
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- 横浜臨海公園さん 2023/02/04 12:41:42
- 厚床駅弁
- とーりさま、こんにちは。
旅行記を拝見させて頂きました。
厚床のほたて弁当を味わった方は、かなり少数だと思います。
小生も昭和50年(1975年)冬に味わっておりますが、ホタテのかたまりが入っているわけでも無く、紅ショウガの色が毒々しさを強調する事もあり、正直余り美味だったとは思えない味でした。
とーりさまの仰る様に駅弁駅弁と騒ぐ連中が多いですが、全国各地の弁当を味わって、小生の鈍感味覚に合格点が与えられるとすれば、せいぜい20パーセント前後では無いでしょうか!
標津線乗車時に持参のコンパスで指針を見ていると、指針が一定方向を示し全く動かないところが北海道らしいと感じさせられたものでした。
横浜臨海公園
- とーりさん からの返信 2023/02/04 20:58:11
- コメントありがとうございます。
- 横浜臨海公園さまこんばんは、とーりです。いつもありがとうございます。
厚床の「ほたて弁当」、私も正直美味しかったかと言われるとほとんど印象に残っていないので、そうでもなかったんだと思います。ただ駅弁販売駅が減少していく中、分岐駅とはいえ最果てのこぢんまりとした小さな駅にも拘わらず、時刻表に「弁」の印が記載されていて、これは食べねばと思った記憶があります。となれば味は二の次、希少さゆえに購入したということで、自分的にミーハーだったのかな(笑)なんて思ってしまいました。
横浜臨海公園さまも道内というか全国くまなく回られているようで、旅行記これからも拝見させていただきます。
とーり
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