2022/06/10 - 2022/06/10
74位(同エリア87件中)
いいちゃんさん
- いいちゃんさんTOP
- 旅行記248冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 172,276アクセス
- フォロワー9人
2022年6月、チャグチャグ馬コを見に行く旅の第3日目は平泉から胆沢平野を回り花巻によって盛岡近郊のつなぎ温泉までの旅です。
本日は盛岡近郊に泊まって翌日のチャグチャグ馬コに備えますが、平泉から道すがらの旅です。
その1は平泉から胆沢平野まで行って西進し胆沢ダムまで行きます。戻りながら展勝地まで行きます。
旅程
第1日 信州~飯坂温泉(泊)
第2日 飯坂温泉~松島~平泉(泊)
第3日 平泉~胆沢~花巻~盛岡つなぎ温泉(泊)●
第4日 盛岡つなぎ温泉~滝沢~盛岡~秋保温泉(泊)
第5日 秋保温泉~富岡~磯部温泉(泊)
第6日 磯部温泉~妙義~信州
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝食は定番の目玉焼き、納豆、ノリです。
旅館舞鶴、部屋が一寸狭いけれど他すべて良しのとても良い宿でした。
7時50分、宿のおかみさんに見送られて平泉を出ます。 -
8時20分、奥州市・胆沢地区にある見分森公園に到着です。
-
展望台に向かいます。
駐車場から少し歩きます。 -
展望台からは胆沢平野が一望できます。
北上川右支川胆沢川の下流に広がる扇状地です。
天気が良ければ遠くに岩手山が望めます。 -
胆沢平野は、散居村(こちらでは散居集落と呼びます)が見られます。
広い田畑の中に屋敷林に囲まれた住居が散らばって点在するもので富山の砺波平野が有名です。 -
こちらからは晴れていれば栗駒山が望めるのかもしれません。
-
9時10分、胆沢ダムまで来ました。
胆沢ダムは昭和28年に竣工した石淵ダムの再開発として平成26年に完成しています。
堤高132m、堤長723m、堤体積13,500,000m3の中央土質遮水壁型のロックフィルダムです。
大きなダムです。 -
奥州湖の展望台まで上りました。
-
霧が立ち込めています。
-
奥州湖
網場の先の狭くなっている所には湖底に沈んだ石淵ダムがあります。 -
戻って、奥州交流館に入ります。
胆沢ダム建設時からあります。 -
交流館前に、工事に使われていたダンプトラックのタイヤが置いてあります。
工事中からあるので、説明板などがかなり劣化していました。 -
交流館の展示パネルです。
右の上から下に流れる北上川に向かって扇状に広がる扇状地の形状がよくわかります。 -
胆沢ダムと周辺のジオラマは工事中からの物です。
交流館は、以前、胆沢ダム建設工事や胆沢地区の郷土の歴史、用水などの紹介がなされていました。
現在は、胆沢ダムに関する展示が無くなり、胆沢地区の説明も縮小され、胆沢ダム下流で行われているラフティングなどの受付がメインになっていました。 -
胆沢ダムへ行きます。
国交省のダム管理事務所の駐車場が広く、見学者用のスペースも広く取られています。 -
洪水吐から放流が行われていました。
中央下にみえるのが水力発電所です。 -
満水に近いのか洪水吐ゲートが開かれ水が流れ出ています。
洪水吐は「西松建設事件」の西松建設が施工しました。
「西松建設事件」は西松建設から民主党・小沢代表の資金管理団体「陸山会」への違法献金をめぐる事件で、秘書が逮捕されています。西松建設側は「胆沢ダム」の工事受注は献金の成果だとしています。
なお、自民党側にも「陸山会」より総額では多額の資金が流れましたがこちらは立件されませんでした。 -
胆沢ダムの下流面
ダム本体は鹿島が建設しました。
正確に言うと鹿島が主体のJV(共同企業体)です。西松建設も同様です。
JVは複数社で工事を請け負うのでパイを分けられる仕組み?
工事は主体となる業者が仕切っているのが現状?
受注においても?
業者の組み合わせは?
競争入札なら参加者の数は膨大になるが?・・・
北上川は洪水対策として5大ダムが建設されました。
戦前に猿ヶ石川の田瀬ダムが着工し、戦後に胆沢川の石淵ダムが着工、最初に竣工します。田瀬ダムが追って竣工し、和賀川の湯田ダムが建設されます。
3ダム全て西松建設の施工によるものです。
主だった河川には縄張りがあるみたいです?
他の大きな河川でも見られます?
従って、北上川は西松建設の・・・
ではなぜ鹿島がということになります。 -
ダムの上流
北上川の3つ目のダムまでは、西松建設が施工しました。
4つ目は1968年に竣工した本流の四十四田ダムで鹿島建設(現鹿島)が施工します。
縄張りが取られた?
この年代、映画化もされた石川達三の「金環食」の下敷きになり1965年に表面化した「九頭竜ダム事件」が起こります。
政治家が関わったのではと言われる事件です。
では最後の5つ目のダムは?? -
ダムの下流
縄張りはダムだけ?
旧〇立競技場は、〇成建設が施工しました。
新〇立競技場は、プロポーザルで何とかという建築家の案が採用されましたが、この建築家と組んだのが〇成建設です。施工も〇成建設です。
ということは・・・
最初のザハ・ハディド設計の案は「新何とか」と違って斬新で〇藤〇雄が押したのは無理もありません。惜しむらくはプロポーザル時点の工事費がいい加減で膨らんだこと?
こういった工事は費用が膨らむのが常識で、当初はそれを承知で進んでいた?
胆沢ダムなんか事業当初(完成まで数十年もかかっていますが)から10倍?くらい膨らんでいますから。 -
ダム管理事務所1階が開放されて、展示スペースとなっていました。
旧石淵ダムの模型です。
旧石淵ダムは西松建設が施工しました。
パイを広く分け与えるため?のJVが採用されるのは後の時代です -
電源開発会社の胆沢第一発電所と岩手県営胆沢第三発電所です。
「新何とか」とは逆に故ザハ・ハディドに頼みたいような代物です。
第一と第三が有って第二は何処なのでしょうか?
胆沢川沿いに下って行きます。 -
ここは旧胆沢第一発電所があった場所です。旧石淵ダムから取水し、水路で導水されて下流のここまで水が来ていました。
右は旧胆沢第一発電所と田瀬ダムの水を利用した東和発電所建設時に殉職した8人の慰霊碑です。
胆沢ダムには無かったような?
これらの発電所工事は胆沢ダム工事とは比較にならない小規模なものですが、かつてはこのような規模でも尊い犠牲がありました。 -
現在は変電所だけが残されています。
かつて屋外鉄構の先に水力発電所がありました。
この発電所の下に取水堰があって、下流には岩手県営の胆沢第二発電所があります。
旧胆沢第一発電所は胆沢ダムの築造に伴い廃止され、代わってダム下流に新しく第一発電所が設けられました。
第三発電所は、河川維持用水を有効利用するために造られた発電所です。この用水の目的はダムから放流することによって河川に常時水が流れている状態にします。 -
更に下流に進むと、徳水園があります。
-
日本最大級の扇状地である広大な胆沢平野の田に水を引くため、胆沢川に古くは寿安堰、茂井羅堰が設けられていました。
ただ日照りが続くと渇水となり、水争いが絶えなかったといいます。
後に旧石淵ダムが出来て、堰は統合され農業水利事業により用水路の整備がなされます。
この徳水園にはこれまでの農業水利事業にかかる記念碑などが建てられています。 -
右端の記念碑が最も新しいもので、平成18年に建立されました。
-
現県知事達増拓也氏の名があります。
平成18年に完工したこの水利事業には受益者として農業用水を利用している農家は工事費に対して決められた割合で負担します。
減反政策によって、耕地の6割しか利用されていないと言われていますので負担も大変だったろうと思います。
ここでも御多分に漏れず費用は当初より膨らんだと言いますが、負担金は増えなかったとも言います。
こちらは農水省ですが、何故でしょうか?国交省のダムといい??です。 -
徳水園の脇にある円筒分水です。
大きなもので日本最大級と言われます。 -
円筒分水の構造です。
中央から水が噴出して、外側の円形水路に導かれます。
円形水路には仕切りがあって、茂井羅系と寿安系の2か所の水路に水が分かれて流れます。
仕切りの位置が固定されていますので、決められた配分通りに水が流れます。
著名なのものとして川崎の二ヶ領用水の円筒分水があります。
小田急線の多摩川鉄橋の下流にある頭首工の右岸に取水口があり、これに接続した水路の先にあります。
かつてこの頭首工の上流左岸(東京側)が決壊し住居が流されるという災害があり、ここの堰も関係して裁判沙汰にまでなったものです。
また、この水害を基にした「岸辺のアルバム」というテレビドラマがありました。 -
円筒分水への入口です。
-
茂井羅頭首工(堰)、水量を多く取水する時期において、ここから直接茂井羅系の水路に水が流されます。
円筒分水といい頭首工といいそれに付随する長い水路の維持は大変だと思います。もちろんこれには受益者の分担もあるでしょうが、それなりのものが何処からか入って来なくては維持できないでしょう。
更に、これら設備を設けるための水利事業にも多額の投資がなされています。
米の値段にこれらを足したらどうなるのでしょうか? -
上流にある寿安頭首工から取水された水が流れる水路。
円筒分水に入ります。 -
円筒分水の周囲はアクアパークになっていました。
-
徳水園の下流にある於呂閉志胆沢川神社に詣でます。
参道です。 -
於呂閉志胆沢川神社
境内に掲げられた説明書きには「於呂閉志神社」と「胆沢川神社」と合祀したとあり、「胆沢川神社」は807年坂上田村麻呂が勧請したと伝えられ水の神様をまつる神社です。 -
本殿
春、円筒分水への水を流す通水式が行われますが、この神社で神事が執り行われます。
その際、3人の子供が神楽を舞ってくれます。(今はどうなっているのかな?)
小学1年くらいでしょうか小さな女の子が舞っている最中、頭が小さいので被り物がずれて直されていたのを思い出します。
この地方の風物詩で、地元の新聞社やテレビ局が取材に訪れます。 -
北上展勝地を経由して花巻へ向かいます。
北上川左岸に植えられた桜は弘前、角館と並ぶ「みちのく三大桜の名所」です。
開花時期が春のゴールデンウィーク前後ではなかったかな?
西と比べ東北の春は1ヶ月程度遅いのです。
広大な駐車場です。
昔は洒落た看板は無く、舗装ではなくて砂利が敷かれていた?
時代が下るにつれ整備されていきます。
近くにみちのく民俗村がありますが、先を急ぎます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
水沢・江刺(岩手) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
38